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さいとうひろし
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ここから [2011年06月27日(Mon)]
京都に戻り一週間が経ちました。


さまざまな光景や、交わした言葉が胸に詰まっていて、そこから何か次のステップに向かうには、今しばらくの時間が必要とおもいます。しかしながら多くの思いを、形として送って下さった方々に、今お伝えせねばならないことはあります。そのことが普遍性をもったものであるかどうかは分かりませんが、今ある内なる<願い>を信じてまとまりの無いような形になるかもしれませんが書かせていただきます。


          木洩れ日  宮古恵風支援学校での野染め


あの海を前に、今生きていることが地獄だと話された方がおりました。何も答えることはできません。ただ聴くことは出来ます。そこに常にいれば。
ではそこにその人の手すりのように常に立つことは、私には出来るのか。


地獄を生きる人はしかし、いわゆる被災地の人だけではない。例えば東京で電車に乗ると一日に何回も聞く言葉、人身事故。一日に100人ちかくの人が自死していく国に私たちは住んでいます。いや他人ごとではない、私もその一人にならないとは限らない。
そのような<わたし>がボランティアに行ってもよいのか。トレーニングしたら乗り越えられるような問題ではない。
寝る家もない、今日を生きる金もない路上生活者、ベッドの中で身動きできないままの人でも、この大災害に心痛めている人はもちろんいます。いや彼らこそ痛みを共有する人が多いのではとも思います。募金も出来ない、泥だしに駆けつけることもできないものは支援は出来ないのか。
でも今苦しむ人を見てどうにかしたいと思う切なる願い。願うことは出来る。
まずそこから始まらねばとおもいました。






この4月から5月にかけて被災地を廻った後、皆さまに<お針箱と布を被災地に>にと呼び掛けさせてもらいました。
短い間に、本当に多くの荷物が届きました。その荷を解くたびに伝わってくるお一人お一人の願いがありました。被災地でなくてもみな被災者なのではと、ある時期から感じるようになりました。この複合巨大災害によって体の一部が欠損したような痛みを覚えているのではとも感じました。その痛みの中には、このような事態を引き起こした責任が自分の中にもあるとの自己処罰的な認識が、特に福島原発の事態に関しては色濃くある人が多かったように思います。
苦しむ人たちのためにと、お針箱をそろえる作業、周りの人たちに呼び掛ける行為、針山を丁寧に作る時間が、自らの苦しみを解いてくれていたのではとも、我が身と重ねて感じました。

そのようにして頂いたものを抱えて巡る旅です。
一人が一人と出会い手渡してゆく旅にしなければと念じました。






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