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受け手の声(1) [2010年09月10日(Fri)]
受け手はどういう気持ちで子どもの電話を受けているのでしょうか。

社会福祉法人 世田谷ボランティア協会発行「セボネ」2009/11 No. 67に掲載された記事「ちょっときいて! チャイルドライン」より転載します。

『顔が見えないベンチ』 受け手(20代・男性)

高鳴る鼓動、それを抑えようと深呼吸、その吸い込んだ空気でえづいてしまう。
どんな子が、どんなことを、どんな気持ちで電話をかけてくるのだろうか。どんな期待を僕に持って・・・。そう考えるとまたえづいてしまう。

電話をかけてくる子に負けないドキドキを持って電話に向かう。例えるなら、公園のベンチで話をするために待っている感じだ。向き合う、寄りそう、いろいろと表現はあるけれど、「いっしょにベンチに座る」が自分の中で一番しっくりくる。

「はい、チャイルドラインです」とでた後は、どんな顔かな、自分の声にどんな表情の変化があったかなと想像しながら、緊張しながら、口を開く。
ひと言ひと言の声に、神経を尖らせ、僕とその子との空気を探る。顔がみたい、そんな気持ちを抑えながら。

一生懸命絞るように話してくれる声に、こころが震え、時に言葉も飲み込んでしまう。
話される悩みに、驚き、悲しみ、悔しがり、ときにちょっと微笑ましくも思う。こんな風に思えるなんて素敵だな。こんなに悩むなんていいなと。
一緒に笑ってみたいな。その悔しさを共にしたいな。
話せば話すほど、どんどん好きになってしまう。顔が見えない、会えない、2度目はない。このベンチは酷だ。

「ありがとうございました。」と去っていく姿に、頼もしさを感じ、いつかどこかで会えたらいいな、そんな気持ちを込めて「バイバイ」と電話を切る。
電話の余韻が残る中、「ああそうか、僕はもう大人なのか。」と感じ入る。