生産者と消費者をつなぐ「農」の形 世田谷の農業は東京23区内で練馬区に次ぐ2番目の規模で、野菜や果実、季節の花などが栽培されていますが、農家や農地は年々減少傾向にあります。
収穫体験ができる「ふれあい農園」や、花や野菜作りを楽しむ「区民農園」など、さまざまな体験の機会があります。
都市農業に理解を深める新たな取り組みとして、喜多見農業公園の運営に協力する「せたがや喜多見農とみどり」の活動と、世田谷産の野菜を販売する「まちかどマルシェ」と「旬世」、2つの事例をご紹介します。

「せたがや喜多見農とみどり」のfacebookページから
◆世田谷の農業の現状 江戸時代から続いてきた世田谷区の農業は、都市化により大幅に縮小されたうえ、相続税等の負担が大きく、農業従事者の高齢化や後継者の確保が難しいなどの理由で、農地や農家は年々減っています。区内の農家の大半は小規模経営であるため、特定の農産物を大量生産して市場へ出荷するのではなく、多品目の農産物を少量生産し、農家の個人直売所やJAの共同直売所などで販売しています。(「せたがや農業通信」より)
世田谷の農業が継続的に発展していくために、平成21年に「世田谷区農業振興計画」が策定され、この計画をもとに農業振興と農地保全に取り組んでいます。より多くの区民が「農」に関わり、農業に対する理解を深めるために、「ふれあい体験」や「区民農園」などさまざまな取り組みが行なわれています。
◆「農のある風景」を次世代へ 5月のはじめ、喜多見農業公園の広々とした畑には、じゃがいも、かきな、玉ねぎが植えられ、大蔵大根の白い花が咲き、ちょうちょがひらひら飛んでいます。まだ若いびわの木には新芽が吹き、小粒の青い実がなっていました。
ここ喜多見地区は、世田谷区の中でも農地が多く残っており、住宅のすぐ近くに畑が点在しています。特に喜多見4・5丁目は、東京都が創設した「農の風景育成地区」に指定されています。都市の貴重な農地を保全し、農のある風景を維持していくために、農地が残る特色ある風景を形成している地区を指定しています。
地域交流の場として農地を活用しようと、2013年度からこの地域に農業公園を整備するための世田谷区による検討会が始まり、地域住民や近隣の農家などが集まりました。3年間にわたる検討の末、昨年5月、喜多見農業公園がオープンしました。その検討会に集まった有志メンバーでつくったのが「NPO法人せたがや喜多見農とみどり」です。2016年4月に設立し、1年が経ちました。副理事長の池田あすえさんにお話をうかがいました。

池田さんの後ろに咲いているのは大蔵大根の白い花。
◆だれでも「農」に触れられる場 「NPO法人せたがや喜多見農とみどり(以下、農とみどり)」は、だれもが「農に触れ、学び、楽しむ」ことを目的につくられました。喜多見農業公園は世田谷区が設置して、ランドブレイン鰍ェ管理運営し、野菜作りを学べる講習会(今年度の申込みは締め切りました)のほか、植え付けや収穫体験などだれでも気軽に参加できるイベントを行っています。「農とみどり」が日常的な畑の手入れやイベントなど、公園の運営に協力しています。
体験イベントでは、200円〜500円の参加費を払えば苗植えや収穫に参加することができ、多くの親子連れやご近所の方でにぎわいます。こうした機会を通して活動に賛同する人が増え、この1年でNPOのメンバーが倍増しました。学生、子育て世代、サラリーマン、定年退職した方など、20代から70代まで幅広い世代がかかわっています。いろいろな人の知恵や能力を生かしながら活動していますが、NPO法人としてはまだまだ手探り中だといいます。「みなさんの意見を聞きながら、時間をかけて、少しずついいものにしていきたい」と話します。

草むしりも大事な作業
◆生産者と消費者の垣根を越えて これまでも区や農家やJAは、区内農産物を区民に届けようと、「せたがやそだち」の暖簾を掲げ、「地産地消」を推進してきました。「農家=生産者」と「住民=消費者」が、隣人として居住している世田谷ならではの利点です。そんな中でも農家の高齢化は進み、一般の人が気軽に応援したいと思っても、農業に対する知識や理解がないために農家の気持ちがわからず、農家の側もプロ意識から、丹精こめた畑に土足で踏み込まれるのをためらう傾向にありました。
池田さんは、世田谷の農家に嫁ぎ、農家の気持ちも、一般の人の感覚も両方知っています。「ここでは、地元農家の指導を受けて、本来の『農業』により近い形で、長い時間をかけて、作物も、土も育てることができ、継続することで土に対する愛着がわいてくるんです」と池田さんはいいます。農業公園は農業に携わったことのない人も出入りし、そこで地域の農を体感し、生産者の気持ちや収穫までの苦労を理解してもらい、農家と住民をつなぎ、子ども達に食農の大切さを伝えていけたらと考えています。

子どもたちが苗の植え付けを体験
◆地産地消の「街かどマルシェ」 4月22日、世田谷通りの若林交差点近くに、世田谷の採れたて野菜を売る八百屋さん「旬世」がオープンしました。オーナーは大学在学中に起業した平野拓巳さん。実家が喜多見にあり、小さい頃から群馬県川場村の「あるきんぐクラブ」に通っていたことから、自然に関心をもち、大学時代は川場村や高崎にある農業法人で農業の勉強をしてきました。前出の「農とみどり」のメンバーでもあります。そうして、「世田谷でも『生業』としての農業をやりたい」と思い、大学の後輩と2016年2月に会社を立ち上げました。

オーナーの平野さん
ただ、現状の都市農業のしくみでは参入が難しいので、今は小売りを中心に行っています。去年の6月ごろから、地域に開いた民家の軒先を借りて世田谷産の野菜を販売する「街かどマルシェ」を始めました。世田谷産の野菜は、喜多見や烏山を中心に10軒ぐらいの農家から直接仕入れています。毎日農家に通って、信頼関係をつくってきました。
しかし「街かどマルシェ」を増やしていく中で、屋外の販売は寒いので、やはり場所があった方がよいと考えるようになりました。固定した場所があれば商品の管理や加工もしやすく、お客さんにとってもより多くの商品から選べるというメリットもあり、今年3月に思い立って店舗を借りることにしました。それが「旬世」です。

世田谷産の野菜を売る「旬世」。収穫されたばかりの新鮮野菜が並ぶ。
◆世田谷野菜の可能性 平野さんは、「世田谷の農業に生産から販売までトータルに関わりたい」と言います。「農業は「業」なので、農家の方は必死に生活をかけて野菜をつくっていて、わいわいと楽しみ半分でやっているものではありません。ちゃんと『商い』としてできる農家がいないと世田谷の農業は成り立たない」と話します。
平野さんたちがこれからやりたいことは「世田谷野菜の取扱量を増やすこと」。消費者のニーズを聞き取って、それをもとに農家で適切な野菜を育ててもらうようにしたいそうです。農家には消費者のニーズが直接わからないので、それを伝えるのが小売りの役割。ニーズと合えば、もっと多くの人たちに買ってもらえると考えています。
実際、昔から住んでいる人たちは世田谷産の野菜を買っていく人が多い一方で、地域によっては新住民が多く、「世田谷産の野菜の良さを知らない人がまだ多いので、その価値を伝える余地がある」と言います。また、飲食店からも世田谷産の野菜の引き合いがどんどん増えているそうです。

「街かどマルシェ」への出張販売。地域の人に喜ばれている。
◆「生業」としての農業 平野さんは毎朝4時半に市場に行ったり、農家を回って野菜を仕入れ、7時すぎに「まちかどマルシェ」を、10時には店を開けます。「農業はサービス業ではなく、野菜をつくって売るのが仕事」と話し、「生業」として必死に取り組むものという想いを強く感じました。
次世代に農地を残していくためにも、都市農業の「生産者と消費者をつなぐ」という意味でも、お二人のお話は新たな農業の形を探っている取り組みです。池田さんは「真摯に取り組む農業者が報われる社会であることを望みます」と話し、「生業」としての農業ができる環境づくりが必要だということがわかりました。
(取材/編集委員 市川 徹)
●せたがや喜多見農とみどり
https://www.facebook.com/noutomidori/ ●世田谷街かどマルシェ
https://www.facebook.com/KAUMEIFARM/ 烏山は現在終了。上北沢店「岡さんのいえTOMO」…金曜のみ、
松原店「seema seema」…定期的、山下店「たまでんカフェ」…水曜・木曜
●「八百屋-旬世(しゅんせ)-」 世田谷区上馬5-38-10
定休日:月曜日 営業時間:10:00〜19:00