地域で子どもを育てる「新寺子屋」 ちょうど1年ほど前、「地域の生活文化のDNAを伝える人」として、
駒井澄子さんに「キラリ世田谷人」で登場していただきました。長年「フレール西経堂」で自治会長、希望丘小学校の青少年委員を務め、団地の建て替え運動がきっかけで「老人給食」を始めるなど、地域の「歴史」のような存在の駒井さんでしたが、4月2日に84歳の生涯を閉じられました。
折しもこの特集で、地域での学習支援を取り上げようと「新寺子屋」の取材の日程を決めた時に、駒井さんの突然の訃報を聞くことになったのです。謹んでお悔やみ申し上げます。
駒井さんが尽力されてきた希望丘小学校の「新寺子屋」の実践をご紹介します。
◆土曜日は「新寺子屋」へ 取材した4月8日は新1年生の保護者に向けた「新寺子屋」の説明会の日。希望丘小学校(以下希望丘小)のランチルームには、ピッカピカの1年生の父母たちが続々と集まってきました。新任の校長先生が「この学校の特色のひとつが新寺子屋というのは素晴らしいことです」と挨拶されたのち、新寺子屋の運営に携わる先生、スタッフが自己紹介。

かつて希望丘小で昭和55年から8年間教え、その後は区内小学校で校長先生を務められた、代表の矢後浩先生は、退職後の平成17年に「寺子屋」が創設されて以来、13年にわたって関わっておられます。矢後先生の右腕のような田中映子先生は、元希望丘小の校長先生。スタッフの方がたも、それぞれ子どもが希望丘小の寺子屋育ちだったり、現役のPTAで校外委員だったり、またここで育った大学生もいます。12名全員がボランティアです。
「新寺子屋」が開かれるのは、授業日の第2土曜日を除く、学期中の毎週土曜日、10時から12時。年間で25回になります。矢後先生は保護者の方がたにむけて、「新寺子屋」のめざすものは何かを語られました。
「ひとつ目は『学力の向上』です。月に3回の学習ですが、子どもたちには基礎的・基本的な学力をつけたい。2番目は、『勉強の仕方』をわかってもらうこと。自分で勉強ができるようになってほしい。親御さんは『勉強しろ!』と言わないでいいですよ。3番目は『学習の習慣をつける』。土曜日は寺子屋へ、を合言葉にしてほしいですね」
◆地域ぐるみの「学習支援」 遡ること13年前、そもそもなぜ寺子屋のアイディアが出てきたのでしょうか。そこにはやはり駒井澄子さんが大きくかかわっていました。希望丘小で初代の青少年委員となり、遊び場開放に取り組むなど、学校や地域、子どもたちに常日頃から接してきた駒井さんから、当時、平均を下回っていた希望丘小の学力のレベルを上げるような補習をしてもらえないだろうかと相談があり、矢後先生はじめ、かつて希望丘小で教えていらした3人の先生たちが始めたのが「寺子屋」でした。
「寺子屋」の名称も駒井さんがつけたとのこと。最初は6年生まで、人数も10人くらい、と、まるで個人教授のようだったそうです。「1年から6年まで続けて来ていた子が今年、大学生になりました」と先生は感慨深げに振り返ります。
その後、希望丘小の「特色ある教育活動」と位置づけられ、「新寺子屋」と呼ばれるようになりました。この時から年会費1,000円を活動維持費としていただいています。
「まったく無料というのもよくないですね。なんの強制もなく「来たい」子どもが来るところですから。ひとりでも来れば、先生は来なくてはなりません。ボランティアにも責任が生じ、いい加減な運営はできませんよ」と矢後先生。
◆自分で学習する意欲を育てる 学校の授業と寺子屋のちがいのひとつは「学習方法」。こういう問題ならこうやれば解けるとわからせ、自分で学習できる力を養います。「こうやったらできる!」とわかると、「それまで何もやらなかった子が突然やり始めるんです。嬉しいですねえ」。学習への意欲につながるのでしょう。
「これは大切にしていることですが…」と矢後先生は続けます。
「挨拶をしよう。整理整頓をしよう。正しい姿勢で話をする人の方を向いて聞こう、と子どもたちに言います。みんなが来たくて来ている場所なので、勝手にわあわあ騒ぐのなら来なくていいよ、と言っています」学習だけでなく、生活習慣の支援もする場となっています。
◆自然と生まれる助け合い スタッフの中には、寺子屋育ちの大学生もいるし、お手伝いをしてくれる小学校高学年の子もいます。「寺子屋を卒業した子にとっては、手伝いをすることで勉強になります。『答え合わせをしてくれるかい?』と頼むと、自分で復習するチャンスにもなりますね」と先生。子どもスタッフを募集するようになって4年。10人前後の「助手」たちが当番制で関わります。「段取りがわかっているので、すごく助かります」とスタッフ。
4月15日は、小学2〜3年の寺子屋スタートの日。今年の2年生は29人。3年生は7人とちょっと少なめ。高学年の子どもたちの姿もあり、8人のお手伝いです。寺子屋に通い、そのまま「小さい先生」になる子が多いようです。算数の計算や、漢字の学習などで、困っている子どもたちにそっと手を差し伸べています。「誰かのためになにかをする」というボランティアが自然と育っていきます。

お兄さん・お姉さんスタッフも活躍
参加希望者が増えてきたため、「区のおしらせ」で、経験者を募集したところ、4人が応募されました。2月からスタッフとして関わる萩原さんは「とても新鮮な経験ですよ。音読で、最初は口を開けなかった子が開けるようになるんです。算数に高学年の子どもが入ると、わかりやすく教えてくれるんですね」。
もうひとりの新人スタッフの豊島さんは「今は親が叱りませんが、愛情を持って言えば大丈夫ですよ、と伝えたいです」といいます。保護者には当番として通年お手伝いを呼びかけています。親たちにとっては、地域の人たちとつながるいい機会ともなります。
子どもを中心に、学校や地域の人たちが関われるこのような「寺子屋」が区内や都内にもっと増えたらと思いますが、実際にはなかなか難しいようです。ボランティアとしてここまで関わるのはかなりの覚悟が必要です。自分の子どものために熱心な親は多いですが、地域の他の子どもたちに同じようにできる大人たちがどれくらいいるか。やはり問われるのは「地域の中で育て、育つ」という「地域力」なのでしょう。どの学年も単学級で、サッカーチームもつくれなかった時期に、希望丘小に入ってきてほしい、と駒井さんをはじめ地域の人たちが願い、動き出した意味は大きかったと思います。
◆何気なく見守る力 「新寺子屋」の事務局スタッフで、他にも「遊び場開放委員」や「船橋小径の会」など地域に幅広く関わる和久井直美さん。「子どもの6人に1人が貧困家庭と言われる時代。学習支援というと、塾に行かせられない生活困窮家庭が主な対象になる印象がありますけれど?」と和久井さんに訊ねてみました。
「寺子屋はあくまでも学校の勉強の補習なので、募集は全児童が対象です。でも、家族環境が複雑な子もいたりして、ひょっとしたら大変なんだろうなあ、と思わされることはあります。寺子屋に入る時には何の条件もありませんが、子どもと接している過程で、親のネグレクト(育児放棄)が心配されるケースが見えたりもします。周りがなんとなく気にかけながら、その子のことや家庭を見守り、少しでも状況が改善できたらということでしょうか」

新寺子屋を支える運営委員のメンバー
子どもや家庭が孤立することを放っておかず、かといって干渉せずに、なにげなく見守り、必要な時にはスッと手を差し伸べるという、希望丘小を巡る「地域力」には駒井さんのDNAが受け継がれています。和久井さんのように、駒井さんとともに活動をする中から、PTAでの役割や青少年地区委員などを務め、その親の背中を見て育った子どもたちが次世代を担う、という人材がこの地域には何人もいます。和久井さんの次女で大学生の聡美さんは「新寺子屋」のスタッフ。「母親があんまりアタフタと走り回っているので、見かねて」手伝うようになったとか。
◆駒井さんの蒔いた種が大きく育つ だんだんと桜がほころび始めた4月初め、駒井さんは、桜とともに、地域で活動を共にしてきた次の世代のたくさんの人たちに見送られました。晩年は目が不自由で、さまざまところで請われて話に赴く駒井さんには、いつも「後継者」たちが手足となって付き添いました。祭壇に飾られた遺影は少し若い時の意志の強そうなキリッとしたお顔でした。駒井さんを乗せた車とお別れする時に、参列者の間から起こった「駒井さん、ありがとう!」の声は、「後は任せておいてくださいね!」の決意のように聞こえました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
(取材/編集委員 星野弥生)