18歳選挙権を前に考える
〜平和の担い手を育てる『主権者教育権』〜 これまで20歳からだった選挙権が18歳に引き下げられ、今年の夏に予定されている参議院選挙から適用されます。それに伴い、「主権者教育」という用語が飛び交うようになってきています。選挙権を与えられることになった人たちに「主権者」としての教育を施そう、という意図で使われているようです。
「主権者教育、どこかで聞いた言葉…」。法政大学名誉教授の永井憲一先生が提唱されている『主権者教育権』がそれです。しかし永井先生が提唱したものとは少し違った意味で語られる昨今の「主権者教育」。
セボネ編集委員が、子育て中の若いママと一緒に「憲法第一」の憲一先生にそのあたりのお話をうかがいました。
◆18歳選挙権 2011年に総務省が発表した「常時啓発事業あり方等研究会」最終報告書によると、主権者教育とは「『社会参加に必要な知識、技能、価値観などを習得させる教育』の中心をなす『市民と政治との関わり』を教えること」とされているようです。選挙権年齢を「18歳以上」に引き下げたのだから、高校でしっかりそのことを「教えなくては」と、文部科学省と総務省は昨年、高校生向け副教材を作成しました。また、東京都選挙管理委員会では高校などで出前授業や模擬選挙の取り組みを実施しています。

高校生向け副教材がつくられた
まずは国の根幹である「憲法」の基本を学ぶ必要があり、平和で民主的な社会の一員となるための「シチズンシップ教育」も今後ますます必要となってきています。これから国が取り組もうとしている主権者教育にはどんな意味があるのだろう。そんな疑問を抱きつつ、永井先生の説かれる『主権者教育権』をあらためてちゃんと知りたいと思い、取材をお願いしました。
◆永井先生が提唱した『主権者教育権』とは 永井先生は、「世田谷ボランティア協会をささえる会」の会長を、故 牟田悌三さんの後を継いで長年つとめられています。名前の示す通り、憲法一番の先生。これまで「ささえる会」や「世田谷こどもいのちのネットワーク」で、憲法についてわかりやすく話す機会を持ってこられました。何度かお話をうかがい、著書も読ませていただく中で、『主権者教育権』というのは先生が憲法を語る上で欠かせない重要な論点であることがわかりました。憲法と教育法の両方の分野にわたり、教科書裁判などにも取り組まれていく中で主張されてきたものだからです。

お話をうかがった永井先生
取材のはじめに「まずこれを読んでみましょう」と先生が示されたのは、「主権者教育権の大合唱を」(憲法研究会ニュース 2015年9月5日)という、先生が書いた文章。
「…日本国憲法は第9条で戦争と軍備を放棄し、平和で民主的な国の主権者となるための『主権者教育権』を国民のすべてに人権として保障している。これはすでに広く知られている『平和的生存権』と共に、いつでも誰に対してでも、その保障を要求し、提言できる権利である。いまや国民のすべてが、このような権利を享有していることを自覚し合い、その合唱をすべき時期に来ている。」と書かれています。
◆平和と民主主義の憲法の理念を実現する編集委員《なぜ、そしていつごろ『主権者教育権』を提唱されたのでしょう?》永井「1953年に池田・ロバートソン会談がありました。米国が日本に憲法を変え再軍備することを要求して来た。そこで憲法改正する代わりに、「教育と広報を通じて国民の気持ちを、再軍備するのと同じような結果がでるように教育します」と政府が通告し、学習指導要領を改訂するという手段を講じてきました。
はじめは試案であった学習指導要領が1958年から告示化され、教育政策と教育行政への影響力が強まりました。それでは戦前・戦中と変わらないと思い、私は平和主義と民主主義と人間の尊重という日本国憲法の理念を実現するのにふさわしい主権者となることができるような、学習権のひとつとして『主権者教育権』という論理を主張してきたのです」
編集委員《先生の言われる『主権者教育権』と、選挙をする主権者としての教育をしようという主権者教育にはどんな違いがありますか?》永井「平和で民主的、文化的な国家が日本国憲法の理念であるということは、憲法前文にはっきり書かれています。憲法が目指す方向での「主権者」となる権利は国民個々の権利として認められている、というのが私の基本的な考え方です。いま国がすすめようとしている主権者教育は、国のためにみんなで協同して、公共精神を育もうとしているように思います。言葉は似ていますが、私の提唱とはまったく違います。
一人ひとりが権利の所有者で権利を行使できるということを、私の提唱する意味での『主権者教育』で伝えなくてはなりません。社会科で憲法を教えるだけでなく、生活や社会のあらゆる場面でこれを当たり前と考える。職員会議、教授会、生徒会・・・どんな場でも主権者が寄り集まっているのだ、ということを徹底するのが、私の考える『主権者教育』なのです。
『主権者教育権』は憲法の理念を実現する国民の権利で、憲法上の3つの根拠に基づくものです。ひとつは第23条『学問の自由』です。真理を真理として扱うことを求めるから、学問の自由は保障されなければならない。もうひとつは第26条。「すべて国民は、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」「義務教育は、これを無償とする」平和で民主的な主権者となるための教育を受ける権利があるということです。
さらにもうひとつは第25条。「健康で文化的で最低限度の生活を営む権利を有する」ということが保障されたら、教育を受けることが無償なのは当たり前です。この3つの条項があるから、「民主的な国を創っていく主権者になる」教育を受けることが、子どもを含むすべての国民の権利として保障されているのです。
編集委員《先ほど「大合唱すべき時期」、と言われていましたが、どうすればいいのでしょう?》永井「一緒に歌おう、伝えようなど、運動の展開方法はいろいろあると思います。『主権者教育』への理解を拡げるために、国際的な「子どもの権利条約」を教科に入れることを要求して子どもも大人も、学ぶ機会をつくってみてはどうでしょうか。
「子どもの権利条約」の考え方のひとつは、大人にとって都合のよい子どもを育てるのではなく、ひとりの人間として育てるというものです。教育の中ではその考えを重視することが私はとても大切だと思います。子どものいない地球に未来はない、というジュネーブ宣言から来たものなのですから」
◆憲法は、私たちのいのちと生活を守るもの 保育園児のママである野島美奈子さんは、子どもと大人がいっしょに人形劇を楽しみながら、平和と人権の大切さを知るきっかけとなるような会を企画し、公共施設を使用したいと相談したところ、政治的な主張のあることはNGと断られた経験がありました。「憲法を学ぶことは政治的なことなのだろうか?」と疑問を感じ、ぜひ永井先生のお話を聴きたいとこの日参加してくれました。頷きながら熱心にメモを取っていた野島さんの感想です。
「まず、永井先生の『権利は行使しなければもっていることにならない。行使するということは主張するということ。誰も主張するなとは言えませんからね』とおっしゃった言葉が胸に残っています。
今回お話を聞くまで学習指導要領を見たことがなかったので、平成27年に改訂された現在の小学校学習指導要領の内容をさっそく見てみたところ、憲法や個人のもつ権利についてはほとんど触れられておらず、これでは自分にどのような権利が生まれながらにして備わっているのか理解を深めることは困難だ、ということがうかがい知れました。
これまでの教育は『権利』意識を非常に低く抑えられてきたのではないかと思います。「子どもの権利条約」等をより深く学び、子どもがひとりの人間として自分に備わっている権利をまず知ることが、『主権者教育権』のスタートになるのではないか、と思いました」
◆自らを主権者に育てていく学び 若者たちが選挙にいかない、政治に無関心。これも憲法で誰もが保障されている大切な「権利」を丁寧に学んでこなかった結果といえるかもしれません。憲法は私たちの「いのち」や「生活」の問題と直結しているのに。「18才選挙権」を目前に、いろいろな取り組みが始まっていますが、これをきっかけにあらためて一人ひとりが考えていく必要があるのではないでしょうか。自らを主権者として育てていく学びに必要な教育を要求する権利が『主権者教育権』。その意味では、高校生だけでなく、小学校から、また大人になっても誰もが持ち、行使すべき課題といえるのでしょう。
(取材/編集委員 星野弥生)

永井先生と漫画家・赤塚不二夫氏による著書『「日本国憲法」なのだ!』(2013年 草土文化)
憲法をわかりやすく解説。