~子育てサロン『古民家mamas』の「小さなネウボラ」~地域で子育てを支えよう「ネウボラ」。聞き慣れない言葉ですが、メディアにも取り上げられ最近少しずつあちこちで耳にするようになりました。福祉の国フィンランドで70年以上にわたって続けられている、切れ目のない「出産・子育て支援制度」です。世田谷でも区長が「ネウボラを参考にしたい」と発言しています。
「小さなネウボラ」のような活動をしている「古民家mamas(ママス)」を訪ねてお話をうかがいました。

(写真/松本のりこ)
◆フィンランド発の「ネウボラ」 「ネウボラ(neuvola)」とは、「アドバイス(neuvo)」する「場(la)」という意味。フィンランドには、妊娠の予兆がある時点から妊娠期間中、そして出産後も子どもが小学校に入学するまで、親と子どもを切れ目なく支える制度「ネウボラ」があります。担当の保健師(通称ネウボラおばさん)が相談にのり、継続的にサポートするので、信頼関係が築きやすく早期支援につながっています。
今でこそ、福祉の面でも「学力」でも世界でトップの先進国とされていますが、かつてはフィンランドもロシアから独立した1917年直後には内戦が起こり、国民は戦いと貧困にあえいでいたといいます。戦争さなかの母子の惨状を見た小児科医や保健師が中心となり、母子支援の民間団体を立ち上げました。その理念は、個別の家族の経済状況によって支援対象を選別するのではなく、すべての母子および家族を包み込む形での子ども家庭支援。そのために考案されたのが、乳児の衣類やケア製品を詰めあわせた「育児パッケージ」です。

出産後すぐ使える赤ちゃんの衣類やケア用品が入っていて、すべての子どもに無償提供される
これが制度化されたのは1937年。270ユーロ相当の育児パッケージ(または現金140ユーロの選択式)は、妊婦検診への動機付けともなっています。育児パッケージがもらえることから「ネウボラ」に向かう、そうすればそこにはずっとつながる細かいケアが待っていて、親と子どもには安心できる場が保障される、というわけです。
◆「少子化」への切り札? 「少子化」「児童虐待」「母親の孤立・孤独」「子どもの貧困」・・・、日本の子どもをめぐる言葉はあまり明るいものとは言えない状況にあって、この「ネウボラ」が注目され、少子化に悩む自治体が「ネウボラ」的なものを導入しはじめています。浦安市では独自に認定した子育てケアマネジャーと保健師が中心になって妊婦といっしょに「子育てケアプラン」を作成したり、産後に「こんにちは赤ちゃんギフト」を支給するなどの支援に取り組んでいます。
世田谷区は、世の中の傾向に反して子どもの数が年々増えているという「増子(ぞうし)化」の自治体。5歳以下の未就学児が年間1000人も増えるため、保育園をつくってもつくっても足りない、という事態になっています。2月2日の定例記者会見で保坂区長は「ネウボラ」のしくみを紹介し、平成27年度中に、切れ目のない子育て支援に関わる検討会を設置して、「世田谷版ネウボラ・切れ目のない支援体制の構築をしていきたいと考えています」と意欲的です。東京都も新年度から「東京版ネウボラ」として「産前産後から就学期までのすべての子育て家庭を支援する新制度をスタートさせる予定」と報じられています。
◆古民家ママスが蒔いた「ネウボラ」の種 実はこのネウボラが育つための「苗床」がすでに世田谷にはあります。世田谷線松蔭神社前駅近くの築160年の古民家、ここに6年前にオープンした小さい子どもをもつ親たちがすごす場所「古民家ママス」がそれです。
慣れない子育てにひとりで向き合わなくはならないお母さんたちがホッとできる場をつくりたいと思った吉原佐紀子さんが、オーナーさんと話し合って、古民家を子育てに活かそうと始めました。「はいはい、たっちまでがオススメですが、2歳過ぎても、ママ自身が来たくて通ってくる母子、妊娠中の人もいます」と吉原さん。毎週月曜と金曜に親子が集い、訪ねたこの日は「指編み」が人気で、初めての参加者も含め、大賑わい。

双子ちゃんをおんぶと抱っこして育休パパも参加
3年ほど前にネウボラのことを知った吉原さんは、フィンランド語の通訳・翻訳者である坂根シルックさんに「すごく興味があります」と手紙を書き、『フィンランドと日本、私の子育て』を古民家で話してもらう機会を設けました。そして昨年6月『ネウボラ・モデルを世田谷から』という勉強会を古民家で開き、区長や区の職員、ネウボラを著書などでも紹介している吉備国際大学教授の高橋睦子さん、シルックさん等の話に30畳の部屋がギュウギュウになるほどの子連れのママ、パパたちが熱心に耳を傾けました。
さらに9月には昭和女子大学で、『ネウボラ・フォーラム(後援/世田谷区、協力/フィンランド大使館)』が開催され、より具体的な「世田谷版ネウボラ」のイメージが出てきました。「古民家ママスを始めたころには影も形もなかった『ネウボラ』が形をあらわし、ひとつになったのよね」と吉原さんは言います。
◆ネウボラおばさん、ここにあり 「小さなネウボラ」を実践してきた古民家ママス。始めるにあたっては地域で活動している人に声掛けをし、保育士、看護師、小学校の先生、子育て中のママ、といろんな人たちが集まりました。「人数が少なくなると、不思議とピッタリの人をみつけてくるのよね」と吉原さん。でも、ここでは「専門性は忘れましょう。聴いて、受け入れるだけ。余計な口出しはしない」というのが「きまり」。専門性は密かにしておいて、共感できる「素人性」を活かすということです。世田谷版の「ネウボラおばさん」ここにあり、という感じです。

古民家ママスのスタッフ。左から2番目が吉原さん
育児パッケージがフィンランドのネウボラの動機付けであるように、古民家ママスでは、大げさでなくプチイベントを数多く企画し、それがこの場へ親子をいざないます。例えば「着付け教室」では着物を着付けてもらい、着物姿で赤ちゃんを抱っこして、古民家の縁側で写真を撮ることができ、お母さんたちに大好評です。

着物姿で赤ちゃんと写真撮影
「小さなイベントでいいんです。花とそよ風があり、そこに季節があればそれだけで子どものことを小さくて大きい存在、と感じられるでしょう。折り紙を折ることひとつだって素晴らしい。新しい価値に目覚めるための扉を開くのは私たちの役目」
古民家は季節を感じるにはピッタリ。3月は雛飾りが古民家によく似合い、その隣には少し気の早い五月人形も並びました。季節を感じ、楽しむことができると、子育てに疲れたママも「これでいいんだ!」と自信と自身を取り戻すことができそうです。
◆ひとつながりは、人つながり ネウボラは、妊娠・出産・子育ての切れ目のない、ひとつながりの支援です。「でもひとつながりって、まさに人つながりなのよね」と、吉原さんはしみじみと言います。人が出会って、人が人を呼び、それぞれが個性を発揮する姿を古民家ママスで日々実感しているからです。
「支援のしくみづくりには、ぜひ民間の支援者を活かしてほしい。うまく連携していくためには、実際に動いている人を起用するのがいいんです。それがなかったら必要な人に必要なケアが届きません。行政に相談に行くにも、よくわかっている人がお母さんに付き添っていかないと、母子が放置されてしまいます。制度の合間合間に人がいないと制度は動きません」
古民家ママスの取り組みをモデルに「世田谷版ネウボラ」を模索し、区内のさまざまな場に「小さなネウボラ」をつくっていく、そのためにはもちろん「人」が不可欠です。「ネウボラおばさん、増殖計画!」を合言葉にしたいですね。
この古民家、残念ながら取り壊しのため3月末をもって使うことができなくなりました。でも吉原さんはいいます。「ここをフルに6年間活用できたので、きっと建物も喜んでいると思います。どんなところに行ってもそこをママスの場に変えていく自信はあります」名残は尽きませんが、どこであっても古民家ママスらしく、ママと赤ちゃんが主役の場であって欲しい、と思うことしきりです。
(取材/星野弥生)
※4月の古民家mamas開催は4月6日(月)、13日(月)、21日(火)、28日(火)
12時半〜15時半、会場は松陰会館コミュニティスペース(世田谷区世田谷4-13-19)
詳しくは、古民家mamasブログでどうぞ!
http://ameblo.jp/kominkamamas/