みんなで食べよう夕ごはん〜「しもうま夕ごはん会」の1年〜
ひとり暮らしだったり家族が忙しかったりで、夕ごはんはいつもひとり…という人も少なくありません。たまには誰かと一緒に夕ごはんを食べたい、でも夜に遠くまで出かけるのはちょっと、という人たちのために、世田谷ボランティアセンターで開かれているのが「しもうま夕ごはん会」です。
◆ひとりぼっちの夕ごはんはつらい 「ごはんなんて、コンビニ弁当だっていいのよ。つくってくれるより、いっしょに食べてほしいの」
高齢者やひとり暮らしの人たちからたびたびそんな声を耳にしたことから、「しもうま夕ごはん会」は始まりました。
介護保険サービスでは、利用者のための調理は対象になりますが、単なる話し相手を依頼することはできません。ヘルパーさんは夕ごはんをつくり終わると帰ってしまいます。お昼はミニデイや趣味の集まりなどで誰かと一緒に食べる機会があるけれど、夕食はいつもひとりで食べていると、ひとり暮らしの人の多くが言います。
外食も毎日とはいかないし、ひとりでは飲食店に入りにくい人もいる。夜の外出は危ないと、家族やヘルパーさんに止められている場合もあります。いつもコンビニ弁当では栄養が偏るし飽きる。自分でつくっても、ひとり分では材料が限られたり、メニューが単調になりがちです。ことに、これまでずっと家族と一緒に食事をしてきた世代にとっては、いつもひとりで夕ごはんを食べるのはさみしくてつらいことです。
どうせつくるならほかの人の分も。どうせ食べるなら誰かといっしょにと、世田谷ボランティアセンターで「しもうま夕ごはん会」をたち上げることになりました。おかずを持ち寄るのか、お弁当を頼むのか。何時から始めるか、会費はいくらにするか。そもそも参加する人はどのくらいいるのか。最初はすべて手探りでした。
ひとり暮らしの男性を対象に月1回、いっしょに料理をつくる昼食会を開いている「キッチンサロン三茶」に意見を聞いたり、ボランティアセンターの利用者にアンケートをとったりして、「料理は自分たちでつくる。開催は月1回、会費は500円」と決まりました。夕ごはん会に参加したいという人だけでなく、つくり手としても参加できるという人も集まりました。こうして2013年10月、ボランティアセンターでお試し会が開かれ、翌月から正式にスタートしたのです。
◆人気メニューは炊き込みごはん 夕ごはん会は毎月第3火曜日の午後5時半から始まります。帰りが遅くならないようにこの時間になりました。参加者の多くはひとり暮らしの高齢者。友だち同士誘い合わせて来る人もいれば、手押し車を押してくる人、面倒だから3食カップラーメンだったという人もいます。高齢ではないけれど病気で自分では料理をつくれないので参加したという人、お姉さんの車イスを押してくる人、息子と同居しているけれどメニューの幅を広げたいという人などさまざまです。
6人ずつ座れるようセットされたテーブルの席は自由。来た順に好きな場所に座ります。料理を待つ間は隣の人とおしゃべりを楽しんだり、誰かしらがみんなにお茶を入れたりと、ゆったりとした時間を過ごします。この和やかさも回を重ねてきたからこそ。はじめはテーブルをロの字型にしたり、自己紹介の時間をつくったり試行錯誤を繰り返しましたが、かえってぎごちなくなることも。自己紹介をしなければならないならもう来ないという人もあらわれ、次第にみんながくつろげる今の形になりました。
夜7時には食事が終わります。参加者は口々に、「ごちそうさま」「毎回楽しみにしているのよ」「みんなで食べるとやっぱりおいしいわねえ」などと言いあいながら、三々五々帰っていきます。帰り際にスタッフに、日ごろ困っていることの相談を持ちかける人もいます。
つくり手の参加者は午後4時に集まり、まずみんなで買い物に出かけます。田舎から届いたジャガイモを担いで来てくれる人、ひとり暮らしで使わなくなったからと重いフードプロセッサーを持ってきてくれる人もいて、みんな元気いっぱい。つくり手には男性もいて、「これしかできないから」といいながらも、慣れた手つきでごはんをよそったり、テーブルを整えたり。自然に役割分担ができているようです。
つくり手は4〜5人から8人くらいになる時もあります。主婦歴ウン10年のベテランぞろいだけに手際の良さはさすがですが、味にも素材にも調理法にもそれぞれこだわりがあって、ひとつの料理をいっしょにつくるのが大変なことも。でもそれも、みんなにおいしい料理を食べてもらいたいと思えばこそ。そんな競いあいも、元気のもとになっているのかもしれません。
メニューはみんなの希望を聞いてスタッフが決めますが、人気があるのは炊き込みごはんや酢豚など、ひとりではあまりつくらない料理です。昨年12月にはローストビーフにも挑戦しました。
◆生まれる地域の絆 現在の参加者は下馬と野沢からがほとんど。ご近所だから、ふだん顔を合わせることもあります。「しもうま夕ごはん会」のお知らせは、あんしんすこやかセンターなどにチラシを置くほか、近くの団地2棟にポスティングしています。参加者が歩いて来られる範囲を考えてのことですが、それが思わぬ成果を生みました。今までは顔を知っていても会釈するだけだったけれど、夕ごはん会で顔なじみになってからは、挨拶したり、会話を交わすようになった、というのです。
人と言葉を交わす機会が増えれば気持ちも明るくなるし、地域の情報も耳に入りやすくなります。知りあいが増えれば、ひとり暮らしには心強いセーフティネットになることでしょう。「同じ釜の飯を食う」という言葉があるように、いっしょにごはんを食べることには、人との垣根を外し、距離を縮める不思議な力があるようです。
思いがけない参加者も現れました。「しもうま夕ごはん会」に、毎回のように小さなゲストがやってくるようになったのです。近くのインターナショナルスクール「ブリティッシュスクール・イン・トウキョウ昭和」の多国籍の小学生です。子どもたちは参加者といっしょに料理をつくったり、同じテーブルについて日本の食事作法を教わったり、後片付けを手伝ったりします。世代が離れていても、国が違っても、食べ物を仲立ちにして会話がはずみます。
このプログラムは学校でも大好評で、毎回4名の募集に10倍以上の申し込みがあるとか。子どもたちにとっても参加者にとっても、異文化交流ができる双方向の社会貢献となっています。
◆見えてきた問題点 夕ごはん会の定員は10名ですが、最近は参加者が20名を越えることもたびたびになりました。常連さんもでき、できるだけお断りしたくないと考えているからです。参加者が増えるのは嬉しいことですが、設備やつくり手の負担を考えると限界が来ています。会場の炊飯器ではこれ以上の人数は難しくなり、仕事を持つ若いつくり手は、つくり始める時間が早いのでなかなか続かないのです。
もっとあちこちで夕ごはん会が開かれればいいのに。いっしょに企画してくれる人はいないかな、というのが、スタッフの願いです。障がいがあって自分ひとりでは会場まで来られない人のことも気になっています。送迎の手段やスタッフのサポート体制をつくって、何とか実現したいと考えています。
ひとり暮らしや高齢でなくても、誰かと夕ごはんを食べたいと思っている人はまだまだいそうです。家族と暮らしていても、たまには自分が外に出ることで家族を解放してあげたい、でもひとりでは外食しにくい、と思っている人もいますし、シングルマザーやシングルファーザーも、大勢でいっしょに食事をすれば日ごろの緊張が解きほぐせるかもしれません。ひとりで食べることに抵抗のない若い世代でも、夕ごはん会のような機会があれば参加したいと思っている人は少なくありません。食べることには単に栄養をとるだけでない力があると、どこかで気づいているのかもしれません。
夕ごはん会の参加者からもいろいろな声が届くようになり、新しいアイデアも生まれています。ひとりで飲食店に入りにくいなら、みんなでいっしょに外食に行こう。家族で過ごす人の多いクリスマスや年末年始にこそ夕ごはん会を開きたいなどなど。どれも今後の課題です。
時代とともに生活の形が変わっていくのは仕方がないけれど、いつでもひとりで夕ごはんを食べるのが平気になるのはどこかさびしい。大切なことを忘れてしまうような気がします。
みんなで食べるごはんは楽しいし、いっしょに食べれば仲良くなれる。自分たちでつくれば経済的で、ムダが減って棄てるものも少なくてすむ。いいことずくめの夕ごはん会ですが、実施している所は都内でもまだほとんどありません。世田谷発の新しい活動として広まっていってほしいものです。
(取材/家井 雪子)
★いっしょに夕ごはんをつくってくださる方募集中!
新しく夕ごはん会を開いてみたいという人・場所も探しています。
詳しくは 世田谷ボランティアセンター
03-5712-5101 まで