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『人民日報』紙面改革に見る中国政治改革論争 [2011年05月25日(Wed)]
今年1月来、中国共産党機関紙『人民日報』に従来ない率直さで政治改革の必要性を指摘する文章が相次いで掲載されるようになり、注目を集めている。その内容は、このところ相次ぐ温家宝総理の政治改革発言と軌を一つにしているようであり、今後の中国政治改革を考えるにあたって目が離せない。


1.『人民日報』評論部の批判記事

人民日報は、かつては発行部数1000万部以上あったとされるが、党と政府の公式見解を宣伝する党機関紙として事実報道の正確さと解説の面白みに欠けることから、近年では党員すら読まず発行部数が公称230万部まで落ち込んでいる。

ただし、政府や党の公式見解や方針を知る上では、今なお同紙に掲載される記事の内容や変化が持つ意味は小さくない。

その人民日報が昨年から累次の紙面改革に取り組んでいる。中でも注目されるのが、昨年初より毎週木曜日に掲載されるようになった「観点版」というページだ。この新設ページについて、ある解説記事は「党中央機関紙が(政治的に)敏感な話題や(論争が)白熱中の話題について議論する先鞭となるもの」と評している(2011年4月19日『中国新聞出版報』)。

実際、この「観点版」ページでは昨年来、社会階層の固定化や中産階級の存在など、従来この党機関紙が取り扱うことのなかった問題を積極的に取り上げてきている。

特に今年1月からは、「観点版」ページのヘッドラインに「人民日報評論部」署名でシリーズ物の評論記事が掲載されるようになった。1月6日(木)から1月27日(木)までの4週は「なぜ民衆工作を強化しなければならないか」と題するシリーズ、2月10日から3月17日までの6週は「いかに政府の信用力を高めるか」と題するシリーズ、3月24日から4月21日までの4週は「いかに社会の関係を協調させるか」と題するシリーズを、それぞれ掲載してきている。

いずれの「評論部」署名記事も、政治、経済、文化、社会など各方面の問題を正面から指摘したうえで、執政者として民意へ真摯に耳を傾けるべきとの主張を展開するものである。


2.「社会心理に注意を払え」

特に、4月21日から5月5日までの3週にわたって掲載された「社会心理に注意を払え」と題する一連の「評論部」署名記事が、内外の中国政治観察者から注目されている。

まず4月21日の記事は、急激な変化の中で中国社会に焦燥、不安、困惑、青年の怒り、拝金主義といった社会心理が広がっているとし、その背景として、例えば、都市化や大規模人口移動の影にある生活苦に悩む人々の大量出現や、住宅購入難、進学難、医療未整備といった問題を指摘した。

そこに加えて一部の党幹部の汚職腐敗や一部地方における裏工作が存在するために、党幹部に対する民衆の不信任を招いているとして、こうした状況下では、庶民に理性的な思考をもって情緒的な行動を慎むよう要求したところで実現は難しいと断じている。

こうした認識に立って同記事は、執政者たる者は先頭に立って範となる精神を示すべく、各種の現実問題の解決に積極的に努め、公平正義の社会を実現させるべきだと主張した。

続く4月28日の記事は、異質な思考にも寛容であれとする。同記事は、現在の中国社会は思想と文化の多元化、多様化、多変化の時代にあり、異質な思考の出現は避けられないとして、特に権力を掌握している執政者こそ異質な意見に寛容でなくてはならず、様々な意見と反対こそ執政レベルを向上させる重要な資源だと主張した。

さらに翌週5月5日の記事は、公平正義をもって中国社会に蔓延する弱者の心理を解消すべきであるとする。特に、自身の才能や能力による無力感ではなく、後ろ盾のない大学卒業生が就職活動中に遭遇する困難や、有力者への贈答の有無によって左右される公務員の出世を引き合いに出し、不公平な競争環境を問題視した。

こうした不公平な環境における弱者の心理が、昨今の児童無差別傷害事件といった暴力事件につながっているというのである。そこで同記事は、規則と制度に基づき、ひとりひとりが努力し、皆にチャンスがあり、皆が希望を持てる社会を創造すべきであると主張する。

このように、無味乾燥な党機関紙として読者を失った人民日報は、ここに来て現代中国社会の問題点を積極的に取り上げて現状を批判し、改善を提言する試みを始めている。

特に「社会心理に注意を払え」と題する一連の「評論部」署名記事について、ある分析は「4月28日に人民日報は突如として方針転換を図り、この20年来ほとんど見たこともないような文章を掲載した」として、人民の信頼と関心を回復させようという人民日報の意図が感じられるとする(『多維新聞』2011年5月5日)。


3.相次ぐ温家宝の政治改革発言

ただし、中国共産党の機関紙たる人民日報が、これだけ正面から社会問題を取り上げて現状を批判していることが、単に編集者の思いつきや人民日報内での意思決定によるものだとは考えにくく、そこにはより大きな政治的背景を感じざるを得ない。

特に「社会心理に注意を払え」と題する一連の「評論部」署名記事は、文章全体の流れも具体的な語句も、温家宝総理による最近の政治改革発言と軌を一つにするものである。

温家宝は2010年8月20日、経済特区30周年を迎えた広東省深圳を訪れた際、「経済体制改革を推進するだけでなく、政治体制改革も推し進めなければならない」と発言し、論争を巻き起こした。

その後も温家宝は、2011年3月の全人代閉会後記者会見で「不断の改革なくしては党も国家も活力がない」「政治体制改革は経済体制改革を保障する」「人民に政府を批判監視させるべき」「分配の不公平を欠帰結する必要がある」などと述べるなど、政治改革の必要性を訴える発言を繰り返している。


4.中国政治改革論争の現状

しかし、中国国内の政治改革論議は決して一枚岩ではない。そもそも2010年8月に温家宝が深圳で政治改革を訴えたわずか2週間後、同じく経済特区30周年記念式典出席のため深圳を訪れた胡錦濤国家主席であったが、政治改革について積極的に触れることはなかった。これは胡温政権内部での意見の分岐として注目された。

さらに、今年の全人代常務委員会活動報告では呉邦国委員長が、国家の根本制度など重大な原則問題について動揺してはならず、動揺すれば国家は内乱に陥る可能性があるとして、「五つのしない」(多党による執政交替をしない、指導思想を多元化しない、三権分立と二院制を実施しない、連邦制をしない、私有化をしない)を宣言した。

党内順位1位の胡錦濤と同2位の呉邦国が政治改革の必要性を黙止あるいは否定し、他の指導部メンバーからも目立った支持のないなか、党内順位3位の温家宝が孤軍奮闘しているように見える。

そうした苦しい温家宝の立場を垣間見る発言がいくつかある。例えば2011年4月27日、元香港事務顧問の呉康民が温家宝と会食した際、温は呉に対して「現在、中国では、封建の残余と文化大革命の遺毒という二つの勢力が、人々に真実を語らせず、決まり文句ばかりを語るよう働きかけてくる」と語ったとされる(『多維新聞』2011年5月5日)。

また、2011年4月14日、温家宝は新任の国務院参与らの採用通知授与式に際して、「国家、民族というものは、天下を憂いて勇気をもって事にあたる人、冷静沈着な思考を有する人、阿ることなく率直に発言できる人を常に必要とする」と述べている(『新華網』2011年4月15日)。これも反対勢力の圧力に屈せず率直に発言行動するべきとの考えを述べたものと言えよう。

4月28日に人民日報「評論部」が「異質な思考にも寛容であれ」とする記事を公表したのは、まさに政治改革発言を巡って温家宝が苦しい胸の内を吐露したタイミングと符合する。


5.今後も注目の人民日報「評論部」記事

人民日報「評論部」は、5月19日、「社会心理に注意を払え」とするシリーズ評論記事の第四弾として、「一切の非理性的言動の途絶を願うことは非現実的」と題する記事を掲載した。

同記事は、暴力に訴える弱者の心理を奨励することは絶対にないとしつつも、これを理解しなかったり関心をもたなかったり、出口を与えないことは許されないとして、庶民の声を聞き、不満が高まらないようにすることが重要と改めて強調した。

例えば住宅購入難に対しては、「賃貸を利用すればよい」などと冷たく接するのではなく、「社会保障の充実に一層力を入れるべき」だと主張する。問題発生時に、民衆が意見表明できる仕組みや、利害調整を保障するメカニズムを築くことこそ、非理性的な言動をなくす、最大の薬だと同記事は論じる。

こうした記事が、共産党機関紙たる人民日報に掲載される裏には、よほどの政治的な背景があるものと考えられる。これら人民日報「評論部」による一連の記事が、現在の中国内で政治改革を巡って分かれる議論のうち、温家宝の意見に沿っていることは明らかであるが、人民日報で同記事が掲載される背景は、決して温家宝ただ一人の意向ではあるまい。

筆者には、胡錦濤や呉邦国等の指導部や長老たちが表だって政治改革を支持するには至っていないまでも、温家宝が積極的に発言し、党機関紙たる人民日報がそれに沿って世論を代弁することは、少なくとも黙認されていることが興味深い。まるで表向き積極派と消極派という役割分担を演じつつ、まさに多様化する意見がコントロールを失い、暴力的に爆発して現行体制を脅かすことのないよう、国内の流れを慎重に形成していっているようにすら見える。

人民日報が今年1月に初めて掲載した「評論部」署名記事は、「我が党にとって最大の政治的優勢は民衆との密接な関係であり、党執政後の最大のリスクは民衆からの乖離である」という一文で最後を締めくくっている。

中国共産党は、本当に民心を掴むことができるのか。今後の中国政治改革を考察するにあたっては、人民日報「評論部」の記事から目が離せない。
(東京財団HPより転載)
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