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気候変動と国際政治                                    気候インフレが招く紛争 [2023年03月25日(Sat)]
生活条件の悪化は、気候変動と紛争とを結ぶ重要な経路の一つである。

気候変動の影響で人々が食えなくなり、生活に行き詰れば、暴力に加担してでも食い繋ごうとする者も出てきておかしくないからだ。

もちろん気候変動に伴う環境悪化が必ず生活条件の悪化につながるとは限らないし、生活条件の悪化が必ず暴力につながるわけでもない。

しかし、これまで多くの研究が、気候変動と紛争とを結ぶ中間要因として生活条件の悪化に注目し、その因果関係を検証してきた。

農林水産業の生産減少

気候変動が進むと、干ばつ、洪水、熱波といった自然災害の強度と頻度が増大したり、動植物の生育環境が変化したりすることなどによって、農作物の収穫、家畜の飼育、漁や養殖の水揚げなど食料生産に深刻な影響を与える(IPCC, 2022)。

農林水産業の生産減少は、まずそれに従事する人たちの収入減を招く。平和な暮らしで収入が減少するということは、暴力によって揉め事を解決したり、力によって資源へのアクセスを確保したりすることの機会費用が下がるということだ。

多くの研究が、気候変動の影響を受けやすい農林水産業の収入減少と紛争との関係を強調している。

例えば、インドネシアでの稲作やサハラ以南アフリカのトウモロコシ栽培のハイシーズンに気温の異常が生じると、それら作物の収穫量が減少し、内戦の発生率が高まるという(Caruso et al., 2016; Jun, 2017)。

同様に、アフリカ46か国のデータを1997年から2011年まで分析した別の研究でも、その土地の主要作物の成長期に異常気象が起きると、それ以外の時期の異常気象に比べて、紛争に結びつきやすいとの結果が出ている(Harari & La Ferrara, 2018)。

また、シリア内戦に関する分析でも、主要作物の成長期に干ばつが起きると、暴動の発生を誘発しやすいと指摘されている(Linke & ruether, 2021)。

牧畜に関しても、ソマリアを対象としたある研究が、家畜価格の低迷によって、暴力行為に加担する農牧民が増加したり、そうした農牧民に対する過激派組織アル・シャバーブの勧誘が活発化したりすると報告している(Maystadt & Ecker, 2014)。

ほかにも、コロンビアでのある調査が、コーヒーの国際価格急落によってコーヒー生産の多い自治体でゲリラや反政府勢力による攻撃が大幅に増加することを見出している(Dube and Vargas, 2013)。

気候インフレ

気候変動に伴う物価上昇は「気候インフレ」(climateflation)と呼ばれる。

気候変動によって農作物、家畜、水産物の供給が減少することになれば、それは農林水産業者の収入減少にとどまらず、食料価格の上昇という形でより多くの人々の生活条件を悪化させることになる。

IPCC第6次報告書によると、2℃を上回る温暖化においては、特にサハラ以南アフリカ、南アジア、中南米、島嶼地域で深刻な食料不足となる可能性が高いとされる(IPCC, 2022)。

また、いまだ化石燃料に依存した現状では、その高騰は光熱費や輸送費を押し上げ、庶民の暮らしにも大きな影響が及ぶ「化石インフレ」(fossilflation)をもたらす。

2021年以来、脱炭素に向けたエネルギー転換の過渡的な副作用で石油や天然ガスの需給バランスが崩れ、そこにロシアのウクライナ侵攻の影響も重なって、化石燃料の国際価格が急騰した。

さらに、今後多くの企業が脱炭素のために割高な技術や設備に投資するようになれば、その費用が価格に転嫁されて「グリーンフレーション」(greenflation)が起きるとも考えられている。

つまり気候変動は、さまざまな経路を通じて物価上昇を招きかねないのだ(Schnabel, 2022)。

食料危機、物価高騰、暴動

食料危機や物価高騰が暴動に結びつくことは、天保飢饉に端を発した天保騒動など、日本の歴史にも例を見つけることができる。

ヨーロッパでも、フランス革命の先駆けとなった1789年のレヴェイヨン事件をはじめ、18世紀から19世紀にかけてパンの価格高騰が招く暴動が相次いだ(Smith, 2014)。19世紀のバイエルンでは、豪雨のためにライ麦が不作となり、その価格が上昇した結果、窃盗など財産犯の発生率が上昇したという報告もある(Mehlum et al., 2006)。

気候安全保障の研究でも、異常気象や自然災害による食料価格の上昇が都市暴動や紛争を招いた例が指摘されている。

例えば、1997年1月から2010年4月 までの期間を対象にアフリカで113の市場を調査した研究によれば、干ばつが起きると食料価格が高騰し、その結果として紛争の頻度が上がるという関係が見られたという(Raleigh et al., 2015)。

また、2007年から2008年にかけての食料価格高騰が、アフリカ諸国をはじめ世界の多くの発展途上国で食料危機と暴動を招いたことも指摘されている(O'Brien, 2012)。

気候変動によって食料生産国からの輸出が減ることになれば、食料の多くを輸入に頼る日本のような国にとっては死活問題だ。国際的な食料危機は、多くの国でマクロ経済や政治状況の安定に影響を与え、紛争を煽る可能性もある(Berazneva & Lee, 2013)。

例えば「アラブの春」(2010年から2012年にかけてアラブ諸国で相次いだ大規模反政府暴動)についても、その背景として気候変動の影響を指摘する研究者がいる。

2008年から2010年にかけて、気候変動に関連するとされる干ばつのために、ロシアや中国の小麦などが不作となった。それによる世界的な穀物の不足と価格高騰が、「アラブの春」の背景の一つとされる。

実際、世界的な穀物価格の高騰のために、特にパンの価格が大幅に上昇し、場所によってはそれ以前の3倍以上の値段になったという。これにより、アラブ諸国で当時勃興しつつあった反政府勢力が勢いづいて、「アラブの春」が広がったと指摘されているのだ。(Sternberg, 2012)


<参考文献>
IPCC. (2022). Climate Change 2022: Impacts, Adaptation, and Vulnerability; Contribution of Working Group II to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change; Cambridge University Press: Cambridge, UK.

Caruso, R., Petrarca, I., & Ricciuti, R. (2016). “Climate change, rice crops, and violence: evidence from Indonesia.” Journal of Peace Research, 53: 66–83.

Jun, T. (2017). “Temperature, maize yield, and civil conflicts in sub-Saharan Africa.” Climate Change, 142: 183–97.

Harari, M., & La Ferrara, E. (2018). “Conflict, climate and cells: a disaggregated analysis.” Review of Economics and Statistics, 100(4): 594–608.

Linke, A. M., & Ruether, B. (2021). “Weather, wheat, and war: Security implications of climate variability for conflict in Syria.” Journal of Peace Research, 58(1): 114–131.

Maystadt, J. F., & Ecker, O. (2014). Extreme weather and civil war: Does drought fuel conflict in Somalia through livestock price shocks?. American Journal of Agricultural Economics, 96(4), 1157-1182.

Dube, O., & Vargas, J. F. (2013). Commodity price shocks and civil conflict: Evidence from Colombia. The review of economic studies, 80(4), 1384-1421.

Schnabel, I. (2022). A new age of energy inflation: climateflation, fossilflation and greenflation. Speech at a panel on “Monetary Policy and Climate Change” at The ECB and its Watchers XXII Conference. Frankfurt am Main, 17 March 2022.

Smith, T. G. (2014). Feeding unrest: Disentangling the causal relationship between food price shocks and sociopolitical conflict in urban Africa. Journal of Peace Research, 51(6), 679-695.

Mehlum H., Miguel, E., & Torvik, R. (2006). Poverty and crime in 19th century Germany. Journal of Urban Economics, 59, 370–388.

Raleigh, C., Choi, H. J., & Kniveton, D. (2015). The devil is in the details: An investigation of the relationships between conflict, food price and climate across Africa. Global Environmental Change, 32, 187-199.

O'Brien, T. (2012). Food riots as representations of insecurity: examining the relationship between contentious politics and human security. Conflict, Security & Development, 12(1), 31-49.

Berazneva, J., & Lee, D. R. (2013). Explaining the African food riots of 2007–2008: An empirical analysis. Food policy, 39, 28-39.

Sternberg, T. (2012). Chinese drought, bread and the Arab Spring. Applied Geography, 34, 519-524.
気候変動と国際政治                                        脱炭素の政治力学 [2023年03月24日(Fri)]
気候変動対策やグリーン産業政策に対する各国の姿勢は、それぞれ時間差や温度差がある。

そうした政策姿勢の違いは、その国が直面する気候変動リスクの大小のほか、国内外の市場の動向、海外からの圧力など複雑な政治経済要因に左右される。

なかでも大きな影響を及ぼすのが、産業構造の違いを反映した国内政治である。

気候変動を加速させる資産 vs 脆弱な資産

気候変動対策やグリーン産業政策をめぐる政治は、温室効果ガスの排出によって気候変動を加速させる資産(炭鉱、自動車工場、鉄鋼所など)に関わる者と、気候変動による環境変化、異常気象、自然災害に脆弱な資産(沿岸の土地、乾燥地の農場など)に関わる者との間の争いとして理解することができる(Colgan, 2021)。

ここで言う資産には、資本、労働、知識など、その産業の生産に関わるあらゆるインプットを含む。

例えば、製鉄会社が所有する従来型の高炉は、製鉄過程で大量の二酸化炭素を排出するため、気候変動を加速する資産である。一方、保険会社は、気候変動によって異常気象や自然災害が激甚化すると支払いが増えてしまうサービスを提供している点で、気候変動に脆弱な資産の保有者と言える。

では、脱炭素などの気候変動対策が積極的に行われると、こうした気候変動を加速する資産や脆弱な資産はどうなるか?

気候変動対策は、気候変動を加速する資産の需要を減らし、その価値を大きく下げることになる。

例えば日本(2020年時点)では、鉄鋼業だけで国全体の二酸化炭素排出量の約12%も占める(環境省, 2022)。日本のように鉄鋼業が盛んな国が脱炭素を進めようとすると、二酸化炭素を大量に排出する従来型高炉は価値の低下を免れないだろう。

そのため、こうした気候変動を加速する資産(例:高炉)に関わる者(例:製鉄会社、製鉄が盛んな国)は、脱炭素など気候変動対策に反対するインセンティブを持つことになる。

他方、保険会社や島嶼国のように気候変動に脆弱な資産に関わる者は、気候変動が深刻化すると損害を被ることになるので、本来なら気候変動対策やグリーン産業政策に賛成する側になるはずである。

気候変動とともに変わる政治力学

ところが、つい最近まで、気候変動に脆弱な資産の関係者の声は、多くの国で政治的に大きな力となりにくい状況が長く続いた。むしろ気候変動を加速する化石燃料、自動車、鉄鋼といった産業が強い国では、そうした産業の政治的な影響力の方が強く、効果的な気候変動対策の推進にとって足枷となってきた。日本もそうした国の一つと言えよう。

なぜ気候変動に脆弱な人々の声は大きな力になりにくいのか?

それは、一種の認識ギャップに起因する問題だ。化石燃料、自動車、鉄鋼といった産業の保有資産が脱炭素政策によって価値を下げることは、直接的かつ明確に認識されやすい。

これに対して、気候変動による環境変化、異常気象、自然災害の影響はゆっくりと顕在化するため、それに対して脆弱な立場の人たちの間ですらその脅威や損害が認識されにくい。このため、気候変動を加速する産業の関係者が脱炭素に反対する声ばかりが大きくなりがちなのだ。

ただし、今や多くの国々が気候変動の顕在化を認識し、また、脱炭素を通じた経済成長を志向するようになってきた。

こうして気候変動対策や脱炭素が進むにつれ、気候変動を加速する資産は時間とともに減価していき、こうした資産に関わる者もやがて政治的な影響力を下げていく。

一方、気候変動の影響と見られる異常気象や自然災害が頻発化、激甚化するにつれ、気候変動に脆弱な資産に関わる者は自らの不利益をはっきりと認識するようになり、有効な気候変動対策を求める政治的な声を高めるだろう。

気候変動の深刻化に伴うこうした国内政治力学の変化は、今後各国で脱炭素やグリーン産業政策を後押しする方向に作用していくと考えられる(Farmer, 2019)。


<参考文献>
Colgan, J., Green, J., & Hale, T. (2021). Asset Revaluation and the Existential Politics of Climate Change. International Organization, 75(2), 586-610.

Farmer, J. D., Hepburn, C., Ives, M. C., Hale, T., Wetzer, T., Mealy, P., ... & Way, R. (2019). Sensitive intervention points in the post-carbon transition. Science, 364(6436), 132-134.

環境省. (2022). 2020年度(令和2年度)の温室効果ガス排出量(確報値).
気候変動と国際政治                                        グリーン産業政策が呼ぶ国家間対立 [2023年03月23日(Thu)]
環境と経済成長を両立する持続可能な発展を目指す経済を「グリーン経済」(green economy)と呼ぶ。

そのための産業政策が「グリーン産業政策」(green industrial policy)だ。それには、環境技術の開発を刺激促進するための公的投資、インセンティブ、規制、その他の政策支援が含まれる(Harrison, 2017; Rodrik, 2014)。

グリーン産業政策の特徴は、その目的にある。グリーン産業政策と他の産業政策を分かつのは、経済をグリーン経済に転換、再構築しようとする目的である。グリーン産業政策による脱炭素が気候変動対策の中心を占めるようになるにつれ、気候変動対策はその性格を狭義の環境政策から経済・産業政策へと変化させつつある(Meckling & Bentley, 2020)。

脱炭素関連の技術や産業振興で優位に立てる国は国際社会での影響力を高めると予想されるため、各国のグリーン産業政策は国際政治にも波及しうるのだ(Allan, 2021)。

各国のグリーン産業政策

日本
日本が脱炭素のためのグリーン産業政策を明確に打ち出したのは2020年12月のことである。当時の菅首相が2050年までの脱炭素社会(カーボンニュートラル)の実現を目指すと宣言したことを受け、これを実現するための産業政策としてまとめられたのが『グリーン成長戦略』である。

同戦略では、太陽光発電やバイオ燃料など再生可能エネルギーの普及促進のほか、運輸、製造、住宅などを含む14の重点分野が示された。これら重点分野を中心に、財政支出、税制優遇、規制改革、標準化、国際連携などの政策を総動員して、2050年時点で関連雇用1800万人を生み出そうという方針だ。

イギリス
同時期にイギリスでも、ジョンソン首相が総額120億ポンド(1ポンド165円の為替レートなら約2兆円)の『グリーン産業革命』計画を発表した。洋上風力発電や低炭素水素への技術投資、環境保全などを通じて、2030年までに最大25万人の雇用創出を目指す計画だ。ジョンソン首相は伝統的に小さな政府を好む保守党の所属であったにも関わらず、脱炭素のために政府の大規模な市場介入を志向した点で印象的な計画だ。

アメリカ
しかし世界には、日本やイギリスよりもずっと前からグリーン産業政策を積極的に推進してきた国がある。

例えばアメリカでは、早くも2009年にオバマ大統領が「グリーン・ニューディール」政策を打ち出し、省エネ投資などを通じて250万人の雇用創出を目指すとしていた。

中国
また、中国は、さらに早い2007年以来、地方政府の首長や有力国有企業の経営者に対する共産党の人事評価に、経済成長のみならず省エネや脱炭素の目標達成も組み込み、再生可能エネルギーの産業育成と導入促進を推し進めてきた(Qi, 2013)。これによって中国は、太陽光パネルや風力発電設備の製造能力を急速に向上させ、その累積導入量は世界最大を誇るにいたっている。

さらに中国は、2015年5月、省エネルギー・新エネルギー自動車、大型水力発電所、原子力発電所など10の重点分野と23の品目を設定し、製造業の高度化を目指す長期戦略『中国製造2025』を打ち出した。こうした中国のグリーン産業政策は、アメリカで党派を超える対抗心を生み出し、トランプ大統領が中国に貿易技術戦争を仕掛ける背景ともなった(Thompson, 2022)。

グリーン産業政策による国家間対立

気候変動の深刻化に伴い脱炭素やグリーン産業政策を進める国が増えてくると、それは国際政治にも波紋を広げうる。

グリーン産業政策がもたらす国際政治学的な影響は、主に2点ある。一つはグリーン経済の鍵を握る技術や産業を巡る国家間対立、もう一つは自由貿易体制の緊張である。

技術や産業を巡る国家間対立

国際政治の観点から見ると、グリーン産業政策はグローバルなサプライチェーンにおける各国の位置づけを変え、世界のパワーバランスを再構成する可能性がある。

今後世界で巨大な需要が見込まれる環境技術は、その知的財産をめぐる激しい国家間競争が予想される。グリーン産業政策は、その優位を確保するうえで重要な政策である(Scholten, 2018)。

国内のグリーン産業を育成することで各国は、産業競争力の強化と経済成長を争うことになる(Farrell et al., 2019)。

例えば中国は、2007年の『気候変動対応国家計画』で「1次エネルギーに占める再生可能エネルギーの比率を10%に引き上げる」との目標を掲げて以来、エネルギー効率の改善や再生可能エネルギーの普及による低炭素経済の実現を産業政策の重要な柱の1つとしてきた。

中国は、新エネルギー、電気自動車、リチウムイオン電池技術への投資により、これらの産業で優位に立ちつつある。その結果中国は、例えば太陽光パネルや風力発電設備の製造能力を急速に向上させ、いまや世界最大のシェアを誇るにいたっている。

こうした中国のグリーン産業政策は、結果として米中貿易戦争の一因となった。

米国は、輸入が急増した中国製太陽電池セル・モジュールに対して、オバマ政権下の2012年に反ダンピング措置を発動し、さらにトランプ政権の2018年に通商法201条に基づくセーフガード措置を発動したのだ。ほかにもトランプ政権は、対中国制裁関税の対象に風力発電タービン用の大型磁石なども含めていた。

また、グリーン産業政策に端を発した対立は、自由民主主義諸国間でも生じている。

例えばカナダのオンタリオ州は、2009年に風力・太陽光発電の固定価格買取制度(FIT制度)を導入したが、その制度の利用者に発電設備の国産品優先使用を要求した。これは、純粋な環境政策の枠を超えて、再生可能エネルギー関連産業の振興と雇用の創出という意図をも有する典型的なグリーン産業政策だ。これに対して日本は、このカナダ産品優先使用の要求を外国製品に対する不公平な差別としてWTOに訴え、協定違反が一部認められている。

自由貿易体制の緊張

グリーン産業政策が国際政治にもたらしうるもう一つの影響は、自由貿易体制の緊張だ。

グリーン産業政策は自由貿易と経済統合を脅かしつつあり、ひいては国際秩序の不安定化につながる恐れもあるとの懸念がある(Colgan, 2021)。

炭素国境調整措置
その典型例が「炭素国境調整措置」である。「炭素国境調整措置」とは、厳しい気候変動対策をとる国が、対策の不十分な国からの輸入品に対して炭素排出に見合った課税をしたり、そうした国への輸出について脱炭素コストを還付したりすることで、公正な競争条件を確保しようとするものである。

例えばEUは、2021年7月、世界に先駆けて炭素国境調整措置の導入方針を表明した。また、米国でもバイデン大統領が、2020年の大統領選において、パリ協定を順守していない国からの輸入品に対する炭素国境調整措置の導入に言及していた。

問題は、こうした炭素国境調整措置が自由貿易を阻害するものとして、WTOなどの貿易ルールに抵触する可能性があることだ。

『関税と貿易に関する一般協定(GATT)』第2条2項(a)では、ある国内産品に消費税などの内国税が課されている場合、同種の輸入品にその税の範囲内の課徴金を徴収することが認められている。しかし、この規定が脱炭素コストにも適用可能かは定かでない。

またGATT第20条は、「人、動物又は植物の生命又は健康の保護」や「有限天然資源の保全」のため必要な場合に輸入品を差別的に取り扱うことを認めているが、炭素国境調整措置にこの例外規定を適用する余地があるかも前例がなく不明である。

温室効果ガス排出権の購入要求
グリーン産業政策が招いた国家間対立として、外国企業に対する温暖化ガス排出権の一方的な購入要求が対立に発展した事例もある。

2012年、EUは、域内を飛行するすべての航空便に排出権の購入を義務付ける計画を発表した。ところがこの計画は、ロシア、インド、中国から直ちに激しい反発を受けた。中国はこの制度への参加を拒否し、ロシアにいたっては報復措置の検討すら示唆したのだ。

幸いこの対立は、国際民間航空機関の主導で航空排出規制が進められた結果収束に向かった。だが、この事例も炭素国境調整措置と同様、積極的なグリーン産業政策をとる国と気候変動対策で後れをとる国との間の対立の一例と見る事ができる。

グリーン産業政策が自由貿易を脅かすといった事態は、積極的な気候変動対策で自国企業に脱炭素を強いている国が、脱炭素を疎かにする国で安価に生産された輸入品から自国企業を守ろうとすることによって生じる。


世界には、温室効果ガスの排出を減らすために積極的に行動する国がある一方で、そうしない国もある。気候変動の深刻化に伴い脱炭素やグリーン産業政策を進める国が増えても、産業構造の違いによる国内政治の力学などのために、脱炭素に積極的に取り組まない国は少なからず残るだろう。もし、前者が後者からの輸入品を制限するなら、自由貿易は損なわれ、やがて国家間の対立を生みかねない。

第二世界大戦後の自由貿易体制は、世界の多くの国々で工業化を促進し、経済成長を可能にする条件を提供してきた。一方、そうした工業化と経済成長は、温室効果ガスの世界中で排出増加をもたらし、気候変動を引き起こしたという面もある。

そうして自由貿易体制が呼び寄せた気候変動は、各国のグリーン産業政策を通じて、逆に自由貿易体制を脅かすかもしれないのだ。


<参考文献>
Harrison, A., Martin, L. A., and Nataraj. A. (2017). Green Industrial Policy in Emerging Markets. Annual Review of Resource Economics, 9 (1), 253–274.

Rodrik, D. (2014). Green industrial policy. Oxford review of economic policy, 30(3), 469-491.

Meckling, J., and Allan, B. B. (2020). The Evolution of Ideas in Global Climate Policy. Nature Climate Change, 10 (5), 434–438.

Allan, B., Lewis, J.I., and Oatley, T. (2021). Green Industrial Policy and the Global Transformation of Climate Politics. Global Environmental Politics, 21 (4), 1–19.

Qi, Y. ed. (2013). Annual Review of Low Carbon Development in China : 2010. World Scientific Publishing, Singapore.

Thompson, H. (2022). The geopolitics of fossil fuels and renewables reshape the world. Nature, 603, 364.

Scholten, D. (2018). The geopolitics of renewables−An introduction and expectations. In The geopolitics of renewables (pp. 1-33). Springer, Cham.

Farrell, H., & Newman, A. L. (2019). Weaponized interdependence: How global economic networks shape state coercion. International Security, 44(1), 42-79.
気候変動と国際政治                                        気候安全保障をめぐる論争 [2023年03月22日(Wed)]
IPCC第6次評価報告書は、気象や気候の極端な現象が、紛争の期間、深刻さ、頻度に影響することを認める一方、その統計的な関連性は必ずしも強くないとしている(IPCC, 2022)。

気候変動と紛争に関する研究では、多数のデータを用いた統計解析が支配的な分析手法となってきた。2007年からの10年弱に国際的評価の高い学術誌に掲載された気候安全保障関連の論文のうち、約60%が統計解析を分析手法として用いたものであった(Ide, 2017)。

統計解析に基づく研究では、回帰分析などの手法を用いて、気候データと紛争データとの間の相関関係の有無を調べる。ある一つの国だけを対象に分析するものもあるが、多くの気候安全保障研究では複数の国々(とはいえ、ほとんどはアフリカ諸国)を対象にデータを集めて分析している。

しかし、気候安全保障研究をめぐっては、統計解析の限界や立場の違い、さらにはサンプル・バイアス、気候変動と異常気象との混同、定性的事例研究など、様々な点をめぐって論争がある。

ここでは、統計解析の長所と短所から生じた気候安全保障研究の論争とその背景を紹介しておこう。

カリフォルニア学派とオスロ学派
社会的・政治的要因を巡る論争


スタンフォード大学の著名な生物学者ポール・ラルフ・エーリック編集の下で2007年の『米国科学アカデミー紀要』(PNAS)に掲載された論文「近代人類史における地球規模の気候変動、戦争、人口減少」(Zhang et al., 2007)は、気候安全保障研究の興隆にとって大きな契機となった。

これに刺激を受け、スタンフォード大学のバークやカリフォリニア大学バークレー校のシャンなど、主に米国カリフォルニア州を拠点とする計量経済学者や計量政治学者らを中心に、様々な定量的手法で気候変動と紛争の関係を分析する研究が相次いだのだ(Burke, 2009; Hsiang, 2011など)。

彼らカリフォルニア学派の研究者たちは、異常気象と紛争との間に有意な相関を見出す分析結果を得て、今後の気候変動も紛争への影響が懸念されると主張した。

一方、こうしたカリフォルニア学派の研究は、ヨーロッパを拠点に平和と戦争について研究する政治地理学者らを中心に、議論の対象となってきた。特にノルウェーにあるオスロ国際平和研究所のブハウグは、バークやシャンらの研究について、前述のとおり分析上の不備を指摘し、自らの分析では気温とアフリカの内戦との間には相関関係が見出されなかったと報告した(Buhaug, 2010, 2015; Buhaug et al, 2014)。

気候変動と紛争との相関について、なぜ正反対の意見が出たのだろうか?

カリフォルニア学派とブハウグらオスロ学派との意見の相違は、分析にあたって用いる方法や仮定の違いに起因するものである。特に彼らは、紛争の背景にある社会的・政治的な要因を分析に組み込むべきかどうかで、大きく意見が分かれた。

カリフォルニア学派の学者たちは当初、気候の影響を受ける要因を色々と分析に含めると気候変動の影響を正しく評価できないと考え、分析に用いる要因はできるだけ少なくすべきだと考えた。

対照的にオスロ学派の研究者らは、民族的な差別、脆弱な経済、冷戦構造の崩壊といった一般的な紛争要因を分析から除外してしまえば、紛争要因として気候変動の影響をむしろ過大評価することになってしまうため、こうした社会的・政治的な要因も分析に含めるべきだと批判したのだ。(O’Loughlin, 2014)

こうしたカリフォルニア学派とオスロ学派との間の論争は、その後の気候安全保障研究の発展に大きな影響を与えることになった。

今では、気候と紛争の関係を考える際には、社会、政治、経済など様々な背景要因を考慮に入れる必要があるという理解が広がっている。

統計解析の難しさ

しかし、気候の変化と紛争との間の関係が、事例ごとに特有な社会、政治、経済など様々な背景要因によって大きく左右されるとすれば、それを統計解析によって一般化可能な形で検出するのは容易ではない。

気候と紛争との相関関係に関する統計解析の結果がなかなか一致を見ない一つの大きな理由は、こうした複雑で個別事例ごとに異なる因果プロセスを統計解析に反映させることが難しいためだと考えられる。

統計解析による定量的な気候安全保障研究に向けられた代表的な批判として、ここではデータ入手の限界および恣意的な仮定という二つの問題を指摘しておこう。

データ入手の限界

信頼できる統計解析を行うためには、一定数以上の定量化可能なデータを集める必要がある。

しかし、気候と紛争との関係について、統計解析に必要なデータを必ず入手できるとは限らない。これが、統計解析による気候安全保障研究の難しさの一つである。

例えば、気候変化と紛争との関係を統計的に明らかにすることを目指した初期の研究は、戦闘関連死が1000人以上の大規模な内戦や国家が当事者となっている紛争だけを分析対象とするものがほとんどであった。これは、当時そうした単位の紛争データしか入手が難しかったことが大きな理由である。そのため、当初の気候安全保障研究では、小規模な紛争が統計解析の対象からは外れてしまっていた。

その後2010年ごろから、より幅広い規模や範囲に関する紛争データベースが相次いで利用可能になったことで、共同体間の小規模な争いや死者を伴わない騒乱あるいは国境を跨いだ集団間の紛争などと気候との関係を調べる研究も増えてきた。

しかし一方、データベースごとに紛争の規模や範囲が異なれば、気候や社会要因との関連性も当然異なりうる。気候変動と紛争との関連性に関してコンセンサスが得られていない背景には、こうした紛争の定義の相違が一つの理由であると考えられる。

また、気候の影響が紛争にまでエスカレートするかどうかは、それぞれの社会の脆弱性を左右する制度や政策に大きく影響される。

しかし、例えば気候変動への適応策や緩和策の程度、あるいは地域固有の紛争解決制度や資源管理制度などについては、比較可能な定量データはほとんど存在しない。このため、こうした政策や制度は気候変動に対する社会の脆弱性を大きく左右するにも関わらず、統計解析に組み込むのが難しい。

このように、紛争に影響する様々な政治的、経済的、社会的な要因について、これを分析するために必要なデータを統計解析できるほど大量に集めることは、可能だとしても非常に労力がかかり、現実的でないことが多い。

こうしたデータ入手の限界が、気候と紛争との関係の統計的解析を難しくしている一つの要因と考えられる。
 
恣意的な仮定

次に、恣意的な仮定の問題について指摘しよう。

統計解析を行う際には、紛争(従属変数)と気候変動の関連要因(独立変数)との関係について一定の仮定を置いて検証することになる。

しかし、その仮定の置き方次第では、気候と紛争との関係をうまく見出せない可能性があるのだ。

例えば、気候安全保障の統計解析においては、気象の変化と紛争が時間的、地理的に近接して発生することを暗に仮定して分析することが多い。ある年に異常気象や自然災害が発生した場合、その同じ年あるいはすぐ次の年に、同じ地域において紛争の発生や期間に変化があるかを分析するという具合である。

しかし、異常気象や自然災害を遠因とする紛争は、短期間のうちにその地でだけ起きるとは限らない。

むしろ、定性的な事例分析を重視する政治生態学者らによれば、環境の変化や資源をめぐる紛争は複雑な社会政治的な経路を通じて、長い期間を経た後や離れた場所で紛争を招くこともある(Turner, 2004)。

例えば、2003年にスーダン西部のダルフール地方で起きた紛争は、気象の変化と紛争が長い時間を隔ててつながった事例として知られる。ダルフール紛争の背景としては、アラブ系遊牧民族とアフリカ系農耕民族との間の対立がしばしば指摘される。この地で1983年に起きた干ばつは、彼らアラブ系遊牧民族とアフリカ系農耕民族の間に、水や土地などを巡る抗争を招いた。2003年のダルフール紛争は、この20年前の干ばつに端を発した民族対立を背景に生じたものだという(Mandani, 2009)。

異常気象や自然災害とそれに端を発する紛争とは、必ずしも時間的、地理的に隣接するとは限らないのである。

定性研究と定量研究の相互補完の必要性

気候と紛争との間にある複雑な因果プロセスの解明が重視されるようになるにつれ、それを明らかにするために各個別事例に関する詳細な定性分析が求められるようになってきた(Ide, 2017)。ダルフール紛争のような個別事例は、統計解析においては一つの異常値として無視される存在かもしれない。

気候と紛争との本当の関係は、こうした個別事例を丹念に調べなくては分からない面がある。

現地調査に基づく定性的研究の強みは、地域の複雑性を分析に取り込むことができることだ。例えば、集団の構成や力関係、極端な異常気象に対処する伝統的な知恵、集団間の緊張を緩和する非公式の制度などは、個々の地域や社会によって千差万別である。

こうした定量的データが得られない土地固有のミクロレベルの要因も取り入れて、気候と紛争を結ぶ因果関係を明らかにすることができるのが、定性的研究の強みである。

定性的な事例研究と定量的な研究とはお互いに相いれないものではなく、補完関係にある(Meierding, 2013; Gilmore, 2017)。

定性的研究は、定量研究において異常値として無視されるような事例に焦点を当て、気候と紛争との間にある複雑な因果プロセスの詳細を明らかにできる。そこで明らかになる要因には、その土地その事例だけに特有の事情も少なくないだろう。

しかし、定性的研究を通じて明らかになった要因のうち、他の多くの事例にも当てはまりそうな要因については、新たな変数や仮説として定量的な統計解析によって検証されるべきものとなる。

こうして定性的研究と定量的研究とが互いに補完し合う事ができれば、気候変動と紛争との関係について我々はより深い理解を得ることができるようになるだろう。

少なくとも、統計解析で有意な相関を検出できない場合があるからといって、気候と紛争との間の関係を否定することは必ずしも適切ではない。気候変動や異常気象と紛争との間に何らかの因果的なつながりを見出している定量的研究や定性的研究も少なくないからである。


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気候変動と国際政治                                        気候変動と紛争との相関の程度 [2023年03月21日(Tue)]
気候変動と紛争との関係を分析した既存の実証研究では、一部に懐疑論はあるものの、気候の変化、異常気象、自然災害と紛争の間に何らかの因果的なつながりを見出している研究が少なくない。

では、気候と紛争との間に何らか相関があるとして、それは一体どの程度の相関なのであろうか?

この点、2019年に科学誌ネイチャーに掲載された一つの論文が興味深い。気候と紛争との相関の程度について、気候安全保障に関するトップ研究者11名の意見を集約した論文だ(Mach et al., 2019)。

ここでは、気候変動と紛争との相関の程度を考える一つの参考材料として、この論文の概要を紹介しよう。

構造化された専門家判断

論文は、「構造化された専門家判断」(structured expert judgement)という方法で執筆された。この方法は、既存のデータから確実な結論が得られないようなテーマについて、専門家たちの不確実さの残る判断を定量的に集約する手法である。

具体的には、まずスタンフォード大学のマッハ(Mach)らファシリテーターが、過去に主要な学術誌で気候安全保障の関連論文を発表するなどした65名の候補者の中から、その専門分野(政治学、経済学、地理学、環境科学など)、所属機関、論文の影響度、気候と紛争の関係に対する賛否の態度などの観点から11名の専門家を選定した。

彼ら経験豊富で論文引用数の多い専門家11名の意見は、次の3段階のプロセスを経て集約されている。

(1)専門家一人ひとりに対して、ファシリテーターが1日がかり(6時間から8時間程度)で詳細な個別インタビューを実施
(2)11名の専門家が一堂に会して、個別インタビュー結果の集計をもとに2日間の集団討議
(3)個別インタビューと集団討議の結果をもとに、専門家グループ全員が執筆に参加して論文を作成

特に個別インタビューでは、気候が紛争に与える影響について、専門家の意見をファシリテーターが主に二つの観点からリスク(発生確率×インパクト)という数値の形で引き出している。

第一の観点は、過去の紛争に影響したと考えうる16の要因(経済社会発展レベル、格差、ガバナンスなど15の要因と気候変動)をファシリテーターが示し、それら要因が紛争の増加や減少にどの程度の確率やインパクトで影響したと思うかを尋ねるというものである。

第二の観点は、今より平均気温が2度あるいは4度上昇した場合に、どの程度の確率とインパクトで紛争が増減すると考えるかという将来予測である。なお、ここでの紛争は、一国内で生じる組織的な内戦を指し、その死者数などの規模は問わないものとされた。

気候要因が関連する過去の内戦は全体の3%〜20%

この三段階評価の結果、11名の専門家たちは、過去100年の間に、気候や異常気象が世界の内戦発生に多かれ少なかれ影響を与えたであろうという点では意見の一致を見た。

ただし、過去100年に生じた内戦のうち、気候要因が影響したものを全体の3%前後と低く見る専門家から、20%以上と高く見積もる専門家までおり、その評価には幅がある。

また、過去100年の間、気候要因が内戦のリスクを「大幅に増大」させた確率はせいぜい5%程度だというのが、この専門家らの見立てである。彼らは、ファシリテーターが用意した16の要因の中で、気候や異常気象の影響を14番目(つまり、影響度が3番目に低い要因)に位置付けている。

一方で彼らは、気候要因よりも他の経済的、政治的、社会的な要因の方が紛争リスクに対してはるかに大きな影響を与えてきたという点でも意見が一致している。

専門家らが内戦リスクに対して特に影響力のあるものとして挙げたのは、社会経済発展の程度、国家のガバナンス能力、集団間の不平等(民族的な差別)、紛争の歴史である。特に社会経済的発展の低さは、内戦の発生とその期間に最も関連が深い要因として、専門家11名全員の間に意見の一致が見られた。

紛争の大幅増加 4℃の温暖化で確率26%

一方、彼ら11名の専門家は、さらなる気候変動が今後の内戦リスクを増大させるという点には強く合意している。

ここでも各人の評価には幅があるものの、専門家11名の平均推計値で言えば、世界の平均気温が産業革命前から約2℃上昇すると13%の確率で内戦リスクは「大幅に増大」し、約4℃の温暖化シナリオでは26%の確率で「大幅に増大」するとの予想である。

加えて専門家らは、気候変動と異常気象は、その影響度の評価が16の要因の中で最も不確かだともしており、もしかしたら気候がもたらす影響は想定よりもずっと大きいかもしれないと認めている。特に将来は、気候変動がこれまで予想されてきた因果プロセス以外の経路で紛争のリスクを高める可能性があるとしている。

これから地球に訪れる気候変動は、過去数千年の人類の歴史には経験のないものである。世界の平均気温が2℃ないし4℃上昇する場合の影響について、その予測にはいまだ大きな不確実性が伴う。将来の気候変動と紛争の関係について専門家らは、これまでの経験を根本的に覆すような事態もありうるとしているのだ。

紛争要因の一つとしての気候

以上見てきたとおり、気候と紛争との関係は、直接的で単純なものではない。気候変動や異常気象が生じても、必然的に紛争が発生するわけではない。

気候要因よりも、社会経済発展の程度、国家のガバナンス能力、集団間の不平等(民族的な差別)、紛争の歴史など、その土地ごとの経済的、政治的、社会的な要因の方が紛争リスクに対してはるかに大きな影響を与えてきたというのが、専門家たちの一致した見方である。

むしろ気候変動や異常気象は、紛争を招く多くの要因の一つとして捉えられるべきものである。気候変動や異常気象が必然的に紛争につながることはなさそうだが、両者の間に何らかの因果的なつながりを見出している研究も少なくない。

気候変動や異常気象の影響は、他の政治的、経済的、社会的な要因との相互作用の中で、時に短期のうちに、時に長い年月を経て、紛争へとつながる場合があるようだ。


<参考文献>
Mach, K.J., Kraan, C.M., Adger, W.N. et al. (2019). Climate as a risk factor for armed conflict. Nature 571, 193–197.
気候変動と国際政治                                        気候工学が招く国家間対立 [2023年03月20日(Mon)]
地球の自然環境を工学的な手法をもって維持改善しようとする学問分野を地球工学と呼ぶ。なかでも、気候への意図的かつ大規模な働きかけを行うものは気候工学とも呼ばれる。

気候工学によって温暖化が抑えられるなら、気候変動に伴う紛争の可能性も下がると期待されるが、話はそう簡単ではない。

気候工学に対しては、その地球環境への副作用やモラルハザードに関する批判が向けられている。さらに、気候工学が紛争を招くことも懸念されるのだ。

気候工学とは

各国政府が現在表明している温暖化ガス排出削減目標を足し合わせても、地球の平均気温の上昇を食い止められそうにない中、排出削減の代替手段(プランB)として、気候工学の活用が議論されている(Corry, 2017)。

気候工学的手法による温暖化対策は、大きく分けて二つの種類がある。

一つは太陽光を遮蔽または反射させる太陽放射管理(SRM:solar radiation management)であり、もう一つは二酸化炭素を大気中から回収する二酸化炭素除去(CDR:carbon dioxide removal)である。

太陽放射管理(SRM)
太陽放射管理(SRM)技術は、地球にやってくる太陽光の数%を地球から反射させ、それによって地球の気温を下げようというものだ。

方法としては、例えば宇宙空間に反射板を設置したり、成層圏にエアロゾル(微小粒子)を散布したり、海洋上で海水を高く噴き上げて雲を明るくしたりといった方法が提案されている。

こうした太陽放射管理(SRM)技術は、温室効果ガス排出削減のために必要な膨大な投資額に比べれば、比較的安価な温暖化対策である。成層圏エアロゾル注入法のコストは、年間22.5億ドルから180億ドル(1ドル130円の為替レートなら2950億円から2兆3400億円)ほどと見積もられている(Smith & Wagner, 2018; Smith, 2020)。

現在、グリーンテクノロジーに年間約5000億ドル(同65兆円)が投資されていることを考えると、成層圏エアロゾル注入法はその数十分の1から数百分の1の費用で、より直接的に温暖化を回避することが可能と期待されているのだ。

二酸化炭素除去(CDR)
一方、二酸化炭素除去(CDR)は、主要な温室効果ガスである二酸化炭素を大気から回収し、それを数千年の時間軸で地下や海底に貯蔵したり、光合成によって固定化したりする技術の総称である。大気から装置で二酸化炭素を直接回収する方法や人工光合成による方法など、様々な案が研究されている。

ただし、大気中から二酸化炭素を分離するのは大きなエネルギーが必要なため、その費用は決して安くない。二酸化炭素1トンあたり600ドルという試算もあれば、94ドルから232ドルの間という試算もある(Service, 2018)。

世界で排出される二酸化炭素の量は、新型コロナウイルス感染症の影響を受ける前の2018年時点で、年間約335億トンであった。仮にこれを全量大気中から除去しようとすると、その年間費用は3兆1490億ドル(同、約409兆円)から20兆1000億ドル(同、約2613兆円)かかる計算になる。太陽放射管理(SRM)技術の費用や現状のグリーンテクノロジー投資と比べて、はるかに大きな費用だ。

気候工学が招く国家間対立

気候工学を巡っては、環境への悪影響やモラルハザードに対する懸念に加え、その実践の賛否、意図的な悪用、副作用、管理体制などのために、国家間対立が起きる可能性も懸念されている。

気候工学の研究や実践は、国際政治的な側面も持つのだ。

利害対立

全地球規模で気候工学が実践された場合、影響を受けない国はないだろう。それによって利益を得る国もあれば、不利益を被る国もありうる。すなわち気候工学は、勝者と敗者を生み出すものなのだ。

気候学者のウィリアム・ケロッグ(William Kellogg)とスティーブン・シュナイダー(Stephen Schneider)は、気候変動への対応として気候工学の活用を提起した極めて初期(1974年)の学術論文において、その実践が国家間の緊張を高める可能性を既に指摘していた(Kellogg & Schneider, 1974)。

その後も、同様の懸念はたびたび提起され、中には軍事衝突の可能性さえ示唆するものもある(Barrett 2008, 41; Schellnhuber 2011; Maas and Comardicea 2013, 43)。

化石燃料に深く依存した経済からの脱却に困難を感じている国の中には、気候工学の研究開発や実践を積極的に支持する国もあろう。今のところ気候工学の研究に最も積極的なのは米国である。

米国海洋大気庁は、2019年12月に議会から400万ドルの予算を得て、気候工学の研究を始めている(Fialka, 2020)。米国ではハーバード大学教授デイヴィッド・キース(David Keith)の研究チームSCoPExも太陽放射管理(SRM)の研究を積極的に行っており、これをビルゲイツ財団が資金援助していることは良く知られた話だ。

気候変動の影響に対して極めて脆弱な途上国、島嶼国、小国の中にも、藁をもつかむ思いで気候工学に期待する国があるだろう。

そもそも気候工学的な手法は、国際的コンセンサスを待たずに一方的に実践することも技術的には可能である。

そのため、国際場裏での影響力が大きくない途上国や小国であればこそ、らちのあかない排出削減交渉に時間を費やすよりも、思いを同じくする国だけで集まって気候工学に活路を見出すことも考えられる。

実際、2019年の国連環境会議では、スイス、ブルキナファソ、ミクロネシア連邦、ジョージア、リヒテンシュタイン、マリ、メキシコ、ニジェール、セネガルなど、気候変動の影響を強く受ける小国や途上国が気候工学の研究促進を提案している(SGRP, 2019)。

一方、脱炭素化へ既に大きな投資を行い、そのための技術などに優位性を持つ国々には、この動きを停滞ないし逆行させかねない気候工学に対して、慎重な態度をとるインセンティブが生じるだろう。実際、脱炭素化をリードするEUは、域内の立場の違いもあり、前出の国連環境会議で気候工学決議に対してあいまいな立場をとったという(ibid)。

逆に、気候工学技術をいち早く確立した国は、その技術的優位を失ったり、国際的な管理の下で手足を縛られたりすることを嫌うだろう(Nightingale and Cairns, 2014)。

この点、国連環境会議での気候工学決議提案に最も強く反対し、その不採択に持ち込んだのが、気候工学研究が盛んな米国であったという事実は興味深い(Chemnick, 2019)。

また、ロシアのような寒冷な国の中には、自国がある程度温暖化することを歓迎する国があるかもしれない。識者の中には、近隣諸国が成層圏にエアロゾルを散布するためロケットを発射したら、ロシアは撃墜するのではないかと考える者もある(Schellnhuber, 2011)。

ただし実際には、ロシアは2010年の生物多様性条約第10回締約国会議で気候工学の原則禁止を求める決議に反対の立場をとった(SGRP, 2019)。

以上のとおり気候工学は、従来の気候変動対策と同様、その推進によって利益を得る国もあれば、不利益を被る国もある。そうした利害の違いこそ、気候工学が国家間に対立を招きかねない主たる原因の一つなのだ。

意図的な悪用

一部の識者は、地域や時期を絞った気候工学的手法が、軍事外交目的など利己的な都合のために意図的に悪用されるのではないかと懸念している(e.g. Lin, 2015)。

もちろん気候工学的な手法による気候への介入は、制御が困難であり、紛争当事国以外の第三国をも巻き込む可能性がある。このため、気候工学を外交政策の手段や軍事目的の武器として意図的に悪用するのは難しいと見る向きもある(Maas & Scheffran, 2012; Briggs, 2010)。

しかし、気候工学の悪用に対する懸念は、まったく根も葉もないものではない。

実際、軍事目的のために気候が操作された例が過去にあるからだ。ベトナム戦争中に米軍は、カンボジア領内を通り南ベトナムに至る陸上兵站補給路(いわゆるホーチミン・ルート)の交通を妨げたり、敵の対空ミサイルの発射を困難にしたりするために、インドシナ半島で人工降雨作戦を繰り返した。

この人工降雨作戦は、1963年8月にベトナム中部フエで行われたのを皮切りに、CIAや空軍が主体となって、1960年代半ばにかけて繰り返されたという(Hersh, 1972)。

ベトナム戦争終了後、米国とソ連は人工降雨のような環境改変技術を軍事利用しないことを互いに合意し、両国の主導で1976年に『環境改変技術敵対的使用禁止条約』が国連で採択された。

この条約では、環境改変技術を「自然の作用を意図的に操作することにより地球(生物相、岩石圏、水圏及び気圏を含む。)又は宇宙空間の構造、組成又は運動に変更を加える技術」と広く定義し、その軍事的使用その他の敵対的使用を禁止している。同条約の締約国は、2022年現在、米国、中国、ロシア、インド、日本を含む78か国に上る。(UN, 1978)

ただし、条約で禁止されているからと言って、気候工学的手法が軍事目的で使用されないとは言い切れない。

『環境改変技術敵対的使用禁止条約』は、その違反に対して、国連安全保障理事会への苦情申し立てとそれを受けた同理事会による調査を定めるのみである。決して強制力が強いわけではない。

そもそも大国による国際法軽視は、国際政治の常である。気候工学を実際に実践できるのは、ロケットを多数飛ばしたり二酸化炭素を大量に回収貯蔵したりという技術的な能力と、その実践に伴う国際的な批判や制裁に耐えられる立場を兼ね備えた大国である。その数は、米国、中国、欧州の一部、ロシアなど、決して多くはない(Ernst & Parson, 2013; Keohane, 2015)。

したがって、そうした条件を備えた一部の国が気候工学の支配権を握ることになると主張する者もいる(Nightingale & Cairns, 2014)。

予期せぬ不利益を巡る対立

気候工学は、予期せぬ結果を招く場合もある。気候工学の影響を完全に制御するのは難しい。予期せぬ結果として、一部の国や地域に想定外の温暖化、寒冷化、異常気象、自然災害、その他の環境問題が生じる可能性もある。

こうした予期せぬ結果によって、国家間の対立が生じることもあろう。

さらに言えば、気候工学が軍事紛争の真の理由とはならなくても、敵対する国家間で紛争のきっかけとなることはある(Maas & Scheffran, 2012)。

あるA国によって気候工学的手法が実践された後、別の国Bで異常気象や自然災害が起きたとしよう。その場合、B国を襲った異常気象や自然災害とA国の気候工学との関連を疑う声が上がったり、B国の世論や政府がA国を非難したりする可能性は十分ある。

場合によっては、A国に対してB国が賠償を求めたり報復措置を採ったりといった事態にエスカレートすることも考えられる(Nightingale and Cairns, 2014)。

この場合、気候工学的手法の実践と異常気候や自然災害などとの因果関係が科学的に証明されなくても、対立は起きうる。

科学者や被害国の指導者が本当に気候工学との因果関係を信じているかどうかに関わらず、異常気候や自然災害の被害を受けたB国の世論や政府は、気候工学を実践したA国を非難する口実を得ることになるからだ(Scheffran, 2013)。

ガバナンスを巡る対立

英国王立協会が2009年にまとめた報告書は、「気候工学を展開するにあたって最大の課題は、科学技術的な問題よりも、むしろそのガバナンスに関する社会、倫理、法律、政治の問題であろう」と述べている(Shepherd, 2009)。

気候工学の外部性
気候工学的な手法による温暖化対策は、ある一つの国あるいは大学やNGOの行為ですら世界全体の気候に影響を及ぼすかもしれないという点で、経済学でいう「外部性」が大きい。

気候工学が及ぼす影響が好ましくないもの(負の外部性)の場合、前述したような予期せぬ不利益を巡る対立が生じうる。

他方、気候工学によって温暖化防止という好ましい影響(正の外部性)が世界で広く共有されるなら、それは一種の国際公共財となる。

どこかの国や民間主体が効果的な対策を実践しさえすれば、地球上のみながその恩恵を受けること(非競合性)ができ、気候変動対策に協力的でないからといって地球から追い出されるということもない(非排他性)からだ。

そのため気候工学には、誰がそれを実践する費用を負担し、また、誰が実践を巡る権限を持つべきかという政治的問題が付きまとう。

そして、こうした気候工学の実践と管理を巡っては、各国の間に利害や思惑の衝突が生じうる。

費用分担
ノーベル経済学賞受賞者のトーマス・シェリングはかつて、「気候工学によって温暖化対策は複雑な国際管理体制の問題から単純な費用負担の問題へと変わるかもしれない」と述べた(Schelling, 1996)。

気候工学による温暖化対策が典型的な国際公共財であるならば、そのガバナンス問題は、どう費用を分担し、どうフリーライダー(ただ乗り)を排除するかという、割とありふれた問題になるからである。

気候工学のガバナンスが費用分担の問題だとなれば、これを巡る先進国と途上国との間の対立が熱を帯びかねない。

前述のとおり、気候工学を実際に実践できるのは米国、中国、欧州の一部、ロシアなど一部の大国に限られるだろう。そうした国々は温室効果ガスの主たる排出国にも名を連ねる。

そのため、温室効果ガスの排出にも気候工学の技術にもほとんど関わりのない多くの途上国は、先進国や大国こそ、温室効果ガス排出の責任をとって自らの費用負担で気候工学的手法を実践すべきと主張するだろう。

地球のサーモスタッド
ただし気候工学のガバナンス問題は、残念ながら単なる費用分担の問題にはおさまらない。

地球全体に影響が出る施策の実践に、いったい誰が正当な権限を持つのかという問題もはらむからである。

言い換えれば、誰が地球のサーモスタッド(温度調整装置)のスイッチを握るのかということになる(Keith & Dowlatabadi,1992)。

特に成層圏エアロゾル注入法については、その終端ショックに注意が必要だと指摘されている。この手法で温暖化を食い止めるには継続的にエアロゾルを成層圏に注入し続ける必要がある。それを突然やめれば、温暖化が突然顕在化して地球の平均表面温度が急激に上昇しかねない(Baum et al., 2013)。

つまり気候工学は、適切に実施管理されなければ、地球全体に大きな影響が出るのだ。

ルールとガバナンスのあり方
したがって、いざ気候工学を実践するというときが来たら、国際的なルールとガバナンスの確立が必要になろう。

しかし、気候工学を巡って各国には様々な利害や思惑の違いがあることから、気候工学の実践を巡るガバナンスの交渉も対立が避けられそうにない。

ある者は、気候工学のガバナンスは国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)締約国会議のような幅広い参加者が集まる既存の多国間枠組みを通じて行われるべきだと主張する(Zürn & Schäfer, 2013)。

一方で、気候工学のガバナンスに特化した新たな枠組みの立ち上げを提案する者もいる(Lloyd & Oppenheimer, 2014)。

こうした多国間枠組みでの民主的なガバナンスを主張する向きがある一方、少数の国家グループが気候工学のガバナンスを握るべきだと主張する者も少なくない。無理して法的拘束力のある多国間枠組みを世界中の国々が参加して作ろうとすれば、各国の利害調整の結果、ルールが骨抜きになったり、気候工学の実践が過度に限定されたり、または交渉が膠着状態に陥いったりといった事態になりかねないからだ。(Benedick, 2011; Parson & Ernst, 2013; Lloyd & Oppenheimer, 2014)

特に、技術開発の初期段階においては、その有効性や副作用への懸念から国際的なコンセンサス形成が難しいと予想される。それは、気候変動対策そのものを巡る過去30年の国際交渉の歴史が物語っている。

そのため、合意できる国だけで集まって、一刻も早く温暖化を食い止める必要があるというのが、少数グループでのガバナンスを支持する向きの意見だ。

しかし、国際的なコンセンサスなしに、一部の国が一方的に気候工学の実践を強行する事態となれば、結局、実践に賛成する国とこれに反対する国の間、あるいはガバナンスのあり方を巡って意見が分かれる。そうした意見の相違のある国の間では、対立が深まるとも危惧される。(Horton & Reynolds, 2016)

つまるところ気候工学は、技術的には温暖化対策の切り札になりうるかもしれないが、政治的には国家間の対立を助長する種になりかねないのだ。


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気候変動と国際政治                                        日本でも高まる気候安全保障への関心 [2023年03月20日(Mon)]
みなさんは、「気候安全保障」という言葉をお聞きになったことがあるだろうか。

「気候安全保障」とは

「気候安全保障」とは、気候変動が遠因となって起きる紛争や暴動から国や社会を守ることである。

気候変動がもたらす異常気象、自然災害、海面上昇などの環境変化、あるいは脱炭素、エネルギー転換、地球工学などの対策は、複雑な因果のプロセスを経て、時に反政府暴動、民族紛争、内戦、さらには国家間の衝突につながりうる。特に、農業への依存度が高い国、低開発の国、ガバナンス能力の低い国などは気候変動の影響に対して脆弱であるため、これを遠因とする紛争や暴動のリスクもその分高くなる。(Sekiyama, 2022a)

日本は、気候変動の影響に対する適応力が比較的高く、また、激しい民族対立などの紛争の温床も国内にないため、気候変動が日本国内で内戦や大規模な反政府暴動を招く事態は想像しにくい。しかし日本も、@周辺海域における領有権や排他的経済水域を巡る対立激化、Aアジア太平洋諸国からの気候移民の増加、Bアジア各国を中心としたサプライチェーンや現地市場の損壊による経済低迷などによって、近隣諸国との衝突や国内治安の悪化といった事態に晒される可能性は十分ある。(Sekiyama, 2022b)

気候変動とともに顕在化する安全保障リスク

こうした気候安全保障リスクは、気候変動の影響とともに今後顕在化してくるものだ。また、気候変動による紛争や暴動のリスクには議論の余地があり、不透明なところもある。仮にそれが現実味を帯びてくるとしても、今日明日のことではない。

しかし残念ながら、気候変動は現実のものとなりつつある。

気候変動に関する最新の科学的知見をまとめたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第6次評価報告書によれば、世界平均気温は19世紀後半と比べて既に1.1度ほど上昇しており、年間降水量の増加や平均海面水位の上昇も加速している。近年、世界中で深刻化している干ばつ、猛暑、豪雨などの異常気象も、気候変動との関係が指摘されている。(IPCC, 2021)

気候変動の影響は今後さらに顕在化してくる。世界は今、2050年のカーボンニュートラル達成に向けて努力を始めているが、仮にこれが達成されても、今世中ごろ(2041~2060年)の世界平均気温は19世紀後半と比べて1.2℃から2.0℃上昇するという。カーボンニュートラルが達成できず、今世紀半ばまで現状の水準で温室効果ガスの増加が続く場合には、平均気温は1.6℃から2.5℃上昇する見通しだ。(ibid)

平均気温がたった2度上昇しただけで、気候変動前の19世紀後半には50年に1回の頻度でしか発生しなかったような異常な熱波の発生確率が13.9倍になるという。同様に、19世紀には10年に1度の頻度でしか起こらなかったような深刻な干ばつも、平均気温が2度上昇した世界では2.4倍発生しやすくなる。(ibid)

気候安全保障リスクは、こうした気候変動の影響とともに現実味を増してくる。それは今日明日のことではないが、気候変動は「脅威の乗数」として増幅的に社会の平和と安定を脅かしかねず、また、いったん歯車が動き出せば不可逆的かもしれない。環境政策の基本原則である予防原則(precautionary principle)に鑑みれば、気候安全保障リスクの存在を今から意識し、回避の策を先んじて講じておくことは、それほど馬鹿げたことではない。

国際社会で重ねられてきた議論

実際、気候変動に伴う異常気象や自然災害がもたらす紛争や暴動の脅威には、環境保護主義者のみならず、世界の安全保障専門家も注目している。

例えば国連安全保障理事会では、2007年以来、気候変動、資源・エネルギー・水の枯渇、生態系変化などの問題が安全保障に与える影響について議論を重ねてきている。またEUも、その共通外交・安全保障政策にかかる文書の中で、気候変動、自然災害、環境の劣化は、コミュニティの回復力や生命が依って立つ生態系に広範囲な影響を及ぼし、世界中で多くの紛争を招いているとの認識を示している。

政府機関のみならず、カナダのトロント大学、米国のスタンフォード大学、ノルウェーのオスロ国際平和研究所、スウェーデンのストックホルム国際平和研究所、シンガポールの南洋理工大学など、多くの機関が気候安全保障の研究を積極的に進めてきた。

世界の議論に乗り遅れてきた日本

この点、日本では、2020年代になるまで、ごく限られた例外を除いては、気候安全保障という概念が語られることはほとんどなかった。

実は日本も、当初は世界の流れに遅れることなく、気候安全保障の議論を始めていた。中央環境審議会の地球環境部会・気候変動に関する国際戦略専門委員会は、早くも2007年2月に気候安全保障の議論を開始し、5月には『気候安全保障(Climate Security)に関する報告』をとりまとめていたのである(環境省, 2007)。これは、前述のとおり国連安保理で気候変動の問題が初めて議論されたのと同じ時期であり、国際的に見て決して遅い動きではなかった。

しかし日本では、その後、気候安全保障に関する政策議論は続かなかった。例えば、2007年度から2019年度までの環境白書を見てみても、環境安全保障ないし気候安全保障という語は見当たらない。同様に防衛白書について1970年度から2019年度までの語句検索を調べてみても、環境安全保障や気候安全保障は載っていない。

こうした政策的な関心の低さを反映してか、日本では学術界でも気候安全保障への注目度は高くない状況が続いていた。国立情報学研究所の論文索引データベースCiNii Articlesで「気候安全保障」のキーワード検索をしたところ、検出された論文等は2001年から2021年の20年間の合計でわずか17件であった。近似概念である「人間の安全保障」の検索結果が1222件に上ることと比較すると、気候安全保障に対する日本国内の関心の低さが際立つ。

しかし気候安全保障は、日本が無視してよいほど重要度の低い問題ではない。

世界のどの地域も何らかの気候安全保障上のリスクに、それも複合的なリスクに、今後直面する可能性がある。だからこそ欧米各国は、気候安全保障に関する研究と議論を進めてきた。

日本は、そうした世界的な議論の流れに乗り遅れてきたのだ。


日本でも高まる関心

日本において、気候安全保障という言葉がしばしば聞かれるようになったのは、2021年ごろからだ。2021年4月には日本経済新聞と朝日新聞が相次いで気候安全保障をテーマにしたコラム記事を掲載した。両紙ではその後も度々このテーマを扱うコラムや連載寄稿が掲載されている。全国紙が気候安全保障を取り上げたことで、より多くの人がこの言葉を知ることになったことだろう。

防衛省も、2021年5月に省内で「気候変動タスクフォース」を新たに立ち上げた。同年8月末に発行した令和3年度版『防衛白書』では、「気候変動が安全保障環境や軍に与える影響」に一節を割き、同白書として初めて気候安全保障に言及している。

もちろん、2007年から2021年の間に、日本で全く気候安全保障の議論がなされていなかったわけではない。例えば2017年1月には、外務省が「気候変動と脆弱性の国際安全保障への影響」に関する円卓セミナーを開催している。また、2020年10月には、国立環境研究所の亀山康子・社会環境システム研究センター長と防衛研究所の小野圭司・特別研究官が、日本における気候安全保障論についてまとめた共著論文を国際学術誌に発表するとともに、「気候安全保障とはなにか」と題して記者発表を行った。こうした動きも、日本で再びこのトピックに関心が集まるきっかけとなったであろう。

また、2020年にはパリ協定の運用が開始され、翌2021年は米国がバイデン大統領の就任によって気候変動を外交安全保障の中心課題に据えるという国際的な動きがあった。加えて、国際財務報告基準を作成するIFRS財団が、企業による気候変動リスクの情報開示基準を作成する動きを2021年に始めたことも、日本で従来以上に気候変動問題への関心が高まった重要な背景の一つと言えよう。こうした一連の出来事が、2021年というタイミングに日本でも、気候変動のリスクについて官民の関心をにわかに高めることになったと思われる。

日本とその周辺諸国も今後、複合的な気候安全保障リスクに直面する可能性が十分ある。気候変動が「脅威の乗数」として増幅的に社会の平和と安定を脅かしうること、そして、いったん歯車が動き始めれば不可逆的かもしれないことを考えれば、日本も気候変動を遠因とする暴動や紛争を回避する努力に今から取り掛かるべきだろう。

日本でも今後さらに「気候安全保障」に関する議論が重ねられ、対応が進むことを期待したい。


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環境省.(2007b).『気候安全保障(Climate Security)に関する報告』
対中国追加関税第4弾のコストは誰が負担するのか? [2019年08月06日(Tue)]

対中国追加関税第4弾

米中対立が止まらない。

8月1日、 トランプ米国大統領は、つい一月前の大阪サミットで発動見送りを約束していたはずの対中関税第4弾を9月1日に発動すると表明した。

その報復として中国商務省は6日、米国からの農産品の購入を一時停止すると発表した。

表 米中の相互関税引き上げ措置
表1.png


対中関税による追加財政収入

トランプ米国大統領から見て、対中関税引き上げによる追加財政収入のメリットは小さくない。

表の対中関税対象金額に追加関税率をかけ合わせてみると、第1弾から第3弾の対中関税引き上げによって、トランプ大統領のポケットには年額にして推定300億ドル(約3兆1500億円)程度の追加財政収入が入ってきている計算になる。

第4弾が発動されれば、単純計算でさらに年額300億ドル程度、合計600億ドル(約6兆3000億円)程度の追加収入だ。

しかも、この追加関税は決して米国民が全て負担しているわけではない。実際、米国消費者物価は2%程度で安定的に推移してきている。

なぜ対中関税引き上げは米国消費者物価に影響しないのか?対中関税は輸入物価を押し上げ、米国経済を傷つけるのではないか?


対中国関税が輸入価格に転嫁されないメカニズム

対中関税引き上げが米国消費者物価に反映されない背景として、3つの相互に関係する要因を指摘できる。

一つ目は、これまでの対象物品が比較的対中依存度の低い物品だったことから、米国消費者物価全体への影響が限定的だった。

米国市場の対中依存度は、産業機械などが主な対象だった追加関税第1弾時点で6.2%、集積回路などの第2弾時点で12.5%、食料品や家具などの第3弾時点でも20.5%にとどまる(内閣府『世界経済の潮流』2019年)。

二つの目に、追加関税負担の多くを中国側輸出者が飲み込んできたと見られる。

対中関税引き上げ以降、米国消費者物価は安定的に推移している一方、中国生産者物価は伸びが落ちてきた。ここから見て取れるのは、中国企業が対米輸出価格を引き下げている可能性である。

三つ目は、人民元安の影響だ。

2018年3月に米国が、中国を含む多くの国を対象に鉄鋼およびアルミニウム製品の追加関税を発動した当時、人民元の対米ドルレートは6.26ドルであった。

しかし、その後すぐさま人民元は対ドルで下落に転じ、2019年8月7日には7元を超え、2018年3月比で約12%の人民元安となっている。

関税引き上げ第4弾は、携帯電話やノートパソコンなど、中国製品に代わる調達先を探しく、かつ米国消費者に直結しやすい対象品目に10%の追加関税が課されるが、その値上げ圧力は人民元安によって相殺されうる。


今後の展望

向こう1年程度の展望について、今回の米中貿易戦争がトランプ大統領の国内向け政治アピールという要素が強いという点から考えれば、中国がよほどの譲歩をしない限り、米国側が早々に決着を図ることは考えられない。

特に、上述したとおり、トランプ大統領のポケットには対中追加関税のおかげで推定300億ドル以上の追加財政収入がある。この追加財政収入で、大統領選に向けた支持獲得を狙ってバラマキ政策も可能になる。

実際、トランプ大統領は5月に、対中貿易戦争で不利益を受けている農家に補助金145億ドル(約1兆5200億円)を支給すると発表した。追加財政収入を使って、さらには中間所得者向けの減税やインフラ投資なども可能となろう。

この追加関税収入を手放してまで、年内早い段階で米中協議をまとめるインセンティブは、中国がよほどの譲歩をしない限り、トランプ大統領にとってはほとんどないと筆者は考える。

4月、5月ごろは、そのよほどの譲歩をする姿勢を中国側が一瞬見せたのだろうが、そんな譲歩は中国国内で理解が得られず流れたのだろう。

トランプ大統領としては、このまま対中強硬姿勢を維持し、選挙が近づく年明けの適当な時期に合意すればよいと考えているのではないかと想像される。対中貿易戦争の勝利を声高に主張することで、米国株式市場の値も上がり、大統領選への大きなアピール材料となるだろう。
ホルムズ海峡有志連合構想とTPPに見る国際秩序の変容 ーパックス・アミシティア(有志連合による秩序)の時代へー [2019年07月20日(Sat)]

国際秩序は誰が形成維持するのか?

国際政治学に覇権安定論という考えがある。国際秩序の形成維持を担う意思と能力を有する超大国(=覇権国)が、その責を担ってきたという考えである。

国際平和や自由貿易といった国際秩序は、その形成や維持には大きな政治的・経済的なコストがかかる。世界の多くの国は、そうした国際秩序から恩恵を受けるが、そのコストを進んで担う能力と意思を持たないため、フリーライダーであろうとする。

唯一、覇権国だけが、国際平和や自由貿易といった国際秩序の形成維持と自国の安定繁栄とを重ねて、自らコストを負担するというのである。

覇権国が相対的に力を落としたら、国際秩序はどうなるのか?

国際政治学の論壇で長らく議論されてきた命題だが、最終的な答えはでていない。国際秩序が覇権国によって維持されているとすれば、その力が相対的に落ちてくれば、国際秩序の形成維持は困難になろう。

しかし現実には、戦後の国際秩序の形成維持を担ってきたアメリカの経済力・軍事力の優位が1970年代以降長期にわたって相対的に低下してきたにもかかわらず、世界の安全保障や国際経済の秩序構造は基本的に変わらずにきたことから、一度形成された国際秩序にはそれ自体に持続性があると考える向きがある。

この点、筆者は、分野ごとの国際秩序維持コストの大小によって、覇権国衰退の影響も異なるだろうと考えている。

【自由貿易秩序の場合】

たとえば自由貿易にかかる国際秩序は、その維持にさほど大きなコストはかからないため、秩序形成に貢献した覇権国が衰退した後も、維持されやすいと考えらえる。

ただし、各国それぞれの立場の違いを抑え込んで新たなルールに合意を取り付けるには、反対者を黙らせるだけの政治・経済的な力が必要となるため、覇権国の力が落ちたら、さらなる新たなルール作りは進まない可能性が高い。

また、既存の自由貿易秩序が、覇権国の利益とあわなくなれば、覇権国自身がそれを否定することになるだろう。

戦後の自由貿易体制の構築をアメリカが主導したが、その相対的な力が落ちた後、WTOでの多国間交渉はいっこうに進展していない。

それでも過去に合意された自由貿易のルールは維持されてきたが、新興大国が自由貿易の下で台頭してきた現在、ついに覇権国たるアメリカの利益にそぐわない面が出てきた。今やアメリカは、かつて自分が形成した自由貿易の国際秩序を自ら否定しようとしている。

【安全保障秩序の場合】

一方、安全保障にかかる国際秩序は、その前提として軍事力の展開を必要とするため、その維持には経済コストがかかる。

加えて、他国のために自国の若者の血が流れかねないことを自国民に納得させねばならないという政治コストも小さくない。覇権国の力が落ちれば、そのコストの負担を重荷に感じることになるだろう。

アメリカには、もはや「世界の警察」のコストを自国だけで払う余裕はない。トランプ大統領がイランとの戦争を思いとどめ、日米安保条約に疑問を呈し、NATOに不満をぶちまけるのも当然である。

覇権国以外に誰が国際秩序のコストを払うのか?

覇権国が国際秩序の形成維持コストを負担をしなくなった場合、もはや他の国々はフリーライダーでいられない。

【有志連合による国際秩序】

国際秩序の形成維持を担う覇権は、必ずしも単一の国によって具備される必要はない。ある一国だけでは国際秩序の形成維持の任に十分な費用対効果を見出せない場合、複数の国がその意思と能力の範囲で集団的にコストを分担すればよい。有志国による集団覇権である。


【TPP:自由貿易の有志連合】


たとえば自由貿易について言えば、WTOでの多国間交渉に進展が見込めなくなった過去20年の間に、限定的なメンバーの間で何百もの二国間協定や地域協定が締結されてきた。

こうした二国間や地域の自由貿易協定は、限定された範囲でのみ国際秩序の形成維持を担いうる有志国による限定的覇権あるいは集団覇権の行使の結果と見ることができよう。

そうした地域協定の最たるものがTPPである。世界的な覇権国ではない日本も、アジア太平洋地域であれば大きな影響力を持つ。オーストラリアやニュージーランドなどの有志国とともに集団覇権を行使して、アメリカが交渉離脱した後のTPP11の締結を主導した。

【ホルムズ海峡:安全保障の有志連合】

安全保障分野で言えば、アメリカのホルムズ海峡有志連合構想は、かつてアメリカが一国で担ってきた同海域の秩序維持のコストを、有志国で集団的に負担することを提案しているものである。

パックス・アメリカーナからパックス・アミシティアへ

複数の有志国が集団的に覇権を行使することで秩序が形成されるならば、それは19世紀にイギリスが覇権国として築いたパックス・ブリタニカや20世紀にアメリカが築いたパックス・アメリカーナの秩序に続く、いわば21世紀の「パックス・アミシティア」(有志連合による秩序)と呼びうるものである。

今後は、アメリカであろうと中国であろうと、一国だけでは国際政治経済秩序を主導しうる超大国たりえない可能性も高い。

その場合、国際政治経済秩序は、貿易、金融、安全保障といった分野ごとに、秩序の形成と維持をする意思と能力を持った有志国が集まり、集団的に国際秩序の形成維持を担うようになるだろう。

米中貿易戦争ーメイド・イン・チャイナは誰を苦しめたのか? [2018年11月09日(Fri)]
米中貿易戦争の背景ー比較劣位産業の憂き目
2018年7月6日、米国が中国の知的財産権侵害への対抗措置という名目で818品目の輸入品に340億ドル規模の制裁関税を発動し、中国も同規模の報復関税を発動。さらに8月23日には第2弾、9月24日には第3弾の相互関税引き上げへと発展し、対立はエスカレートしてきている。

経済相互依存の深化した二国間では、相手国からの輸入品との競争に敗れた比較劣位産業の関係者が、選挙などを通じて、自国政府を相手国への強硬姿勢へと動かすという事が考えられる。

国際経済学の標準的な貿易理論では、デービッド・リカード以来、各国が比較優位のある産業に特化し、自由貿易をすれば互いに利益を得ることができると考えられている。

この理論では、労働力や資本などの生産要素が比較劣位の産業から比較優位の産業へと速やかに移動することが前提となっている。

しかし現実には、労働力の移動はそれほど容易ではない。たとえば、長年農業に従事してきた者が、外国からの安価な輸入品との競争に負けて廃業寸前になったからといって、すぐさま金融業界へ転職することは難しいし、また、住み慣れた町を離れて家族とともに遠く離れた場所に引っ越すのも転職の障害となる。

労働力の移動は、標準的な貿易理論が想定するほどスムーズではなく、多くは自由貿易の結果として収入減、失業、廃業といった憂き目を見ることになる。

それでも、標準的な貿易理論では、国全体の経済で見れば自由貿易による利益が損失を上回ることが強調されるが、政治的には、むしろ自由貿易によって憂き目を見ることになった比較劣位産業関係者の存在こそ重要である。

彼らは、選挙やロビーイングなどを通じて、自分たちに憂き目を遭わせた相手国への報復を主張することができる。また、そうした元労働者の票を期待する政治家の側が、報復的な政策を自らアピールすることもあろう。

こうして、相手国からの輸入品との競争に敗れた比較劣位産業の関係者は、選挙などを通じて、自国政府を相手国への強硬姿勢へと動かすというシナリオが予想される。

メイド・イン・チャイナに敗れた人たち
デイビッド・オーターらの研究「The China Syndrome: Local Labor Market Effects of Import Competition in the United States」(Autor, Dorn & Hanson, 2013)によれば、米国では、中国からの輸入品との競争に晒された地域において、失業率の上昇、労働参加率の低下、賃金の低下、障害者手当等の受給率上昇といった影響が確認されている。

彼らの推計によれば、1990年から2007年までの間に、中国との貿易競争によって米国の製造業では、大卒者、非大卒者あわせて150万人以上の雇用が失われた。

そうした労働者はほとんど他の街に移り住むことはなく、大半が地元にとどまり、その約4分の1が失業者として街にあふれるとともに、残りの約4分の3は職探しすらしなくなった。

さらに、製造業の衰退した地域では、非製造業でも雇用が減少することになり、特に物流、建設、小売りなどの非製造業分野に従事していた非大卒者を中心に職を失った。

その結果、1990年から2007年の間にアメリカでは、主に中国からの輸入が労働者一人当たり1000ドル増えると、その地域の就業率が大卒者で0.42%ポイント、非大卒者で1.11%ポイント減少するという影響が観察された。

こうした中国からの輸入増に起因する米国の就業率の低下は、幅広い年齢層で見られ、壮年層(50-64歳)では失業者の84%、中年層(35-49歳)では71%、若年層(16-34歳)でも失業者の68%が中国からの輸入増が原因で職を失ったと推計されている。

自由貿易が国家間対立を生む

相手国からの輸入品との競争に敗れた比較劣位産業の関係者が自国政府を相手国への強硬姿勢へと動かすという考え方は、国際政治学における従来の相互依存研究ではあまり指摘されてこなかった説であるが、現状の米中貿易戦争の背景として説得力を持ちうる。

トランプ氏は、大統領選挙中から、中国に対する膨大な貿易赤字を問題視してきた。2018年に入ってからの度重なる対中制裁関税の発動は、中国製輸入品との競争によって不利益を被ったと考える人々の支持を狙っての事だろう。

支持を決めかねる低中所得層
ただし、対中制裁関税が本当に中国製輸入品との競争によって不利益を被ったと考える人々の支持につながるかは、まだ分からない。

海外市場調査会社Syno Japanが米国の一般消費者(18〜79歳)1036人を対象として2018年10月に行ったインターネット調査(Syno Japan, 2018)によれば、対中制裁関税に対する支持率は高所得層ほど高く、年収15万ドル以上の層では過半数の支持を得ている一方で、実際に中国製輸入品の増加で不利益を被ったと見られる低中所得層では未だ2〜3割の支持しか得られていない。

回答者全体の4分の1ほどは、いまだ対中制裁関税に対する態度を決めかねているとしており、こうした態度未定の人々が今後トランプ大統領の対中関税制裁の支持に回るかどうかが、米中貿易摩擦の行方を左右する一つの鍵となろう。

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