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平凡なんて不幸以下 [2020年08月19日(Wed)]
 映画のヨンジ先生は、大学を長期間休学しており一般の大学生よりは年上だという。塾の経営者から「変わり者」と言われるように、学歴とのギャップなどいろいろと謎が多い。ヨンジ先生が何を考え、どこへ向かっていたのかはわからないままウニの下を去り、永遠に会えない場所に行ってしまう。
 キム・ボラ監督は、インタビューで主人公を14歳の少女にした理由を「最も無視されやすく、語られない年頃の話をしたかった」と語っている。さらに、社会には女子中学生の感覚を軽くて取るに足らないものだと卑下する傾向があることからあえて、女子中学生の視点から社会を描きたかったと語った(映画パンフレット参照)。
 「周囲の大人たちとは違うかっこいい大人」と感じるウニの感性を重視すれば、ヨンジ先生の背景や思想への詳細な言及は蛇足となるだろう。
 私は40歳を過ぎた今、この年頃の感性こそ真実なのではないかと感じている。当然、個人差はあるが、「世間的価値」を刷り込まれていない年代の子どもたちは、情報に惑わされず接し方や顔の表情から人間性を見抜くことがある。

 これまでいくつかの私の著書や活動のインタビューに登場してきた初恋の人「先生」も、他の誰とも違う独特のオーラを放つ人だった。

 13歳の頃、英語の塾の見学に訪れたとき、二人の男性が私の目の前を歩いていた。ふたりは英語で会話をしていて、背が高く、足も長かった。ひとりは白人男性、もうひとりも鼻が高く横顔から一瞬白人に見えたが、振り向くと切れ長の一重瞼の男性だった。それが「先生」である。「先生」と一瞬目が合って、少し微笑んでくれた瞬間の衝撃は、今でも忘れることができない。
平凡な中学生だった私の唯一の悩みと言えば、同級生の男子に関心がなかったこと。「悩み」というと大げさかもしれないが、小5くらいからか、女子の間では必ずクラスの誰が好きかという話題で盛り上がるようになる。バレンタインデーにはチョコレートを作って好きな男の子に渡しに行くのだ。私はこの頃、夢中になっていたのは南野陽子やWinkといった女の子のアイドルばかりで、オシャレにばかり関心が行き、恋愛には全く興味がなかったのだ。それも少し、寂しい気がしていた。

 映画では、ウニが後輩の女の子から告白され、デートをしたり、互いに頬にキスをするシーンがある。そうした行為は、思春期にありがちな憧れと親しみの延長で、独占欲の表れでもあって、性的な匂いはしない。
 私にはウニの後輩のような相手はいなかったが、この時期はむしろ、性的な匂いのしない同性同士の関係の方が居心地が良いように感じていた。

 「先生」との出会いは衝撃だった。どこか影のある雰囲気に引き込まれた。生まれて初めて、生々しく「性」を意識させられた人でもあった。広い背中、大きな手、鋭い視線、唇、微かな煙草の匂い…、すべてが艶やかで、罪悪感さえ覚えるほどだった。

 私はせっかくなら、「先生」に英語を教わりたい。そう思い、初めて出会った場所に問い合わせたが、契約には至らずそこには来ないと言われた。私は個人的に「先生」とコンタクトを取りたいと、「先生」が参加しているかもしれないというチャリティイベントに参加したのが活動の始まりである。

 拙著『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書)の中でも、「加害者家族支援の原点」として。「先生」とのいくつかのエピソードを紹介している。

「先生」との付き合いは約3年。ヨンジ先生のような「憧れ」のままではなく、嫌なところも残酷なところも知った。嫌いになったことは何度もあったが、愛していた。すべてをかけて。

                               つづく
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