みなさん、こんにちは!
昨年はパタゴニア社・インターンシッププログラムでお世話になりました。
この度パタゴニア・仙台ストアで、里山生活学校の紹介とインターンシッププログラムの報告をするトークイベントの開催が決まりました。
<スピーカーシリーズ>
里山生活学校で学んだ自然と人間の関係
〜インターンシップ・プログラム 160時間〜
4月14日(木) 20:30〜 (要予約:定員40名)
スピーカー: 伊藤 智子 (パタゴニア日本支社・リペア部門)、河内山 耕 (里山生活学校代表)
詳しくは↓をご覧下さい。
http://www.patagonia.com/jp/patagonia.go?assetid=18776#sendai
参加料は無料です!事前予約が必要です。
お手数ですが、ご予約はパタゴニア・仙台ストア(TEL:022-722-2325)までお願いします。
営業時間は11時〜20時です。
お店の所在地などはこちら↓をご覧下さいね。
http://www.patagonia.com/jp/patagonia.go?assetid=31900パタゴニア直営店では、パタゴニアスタッフやゲストスピーカーを迎えてアウトドアスポーツや環境問題をテーマとして取り上げ、スライドなどを交えたトークイベントを行っています。
今回の私たちのトークイベントは、今年のアースデイイベント(パタゴニア直営店を通じてこれまでに支援してきた環境団体と協力し、森、川、海の自然を守るための行動を呼びかける) の一環として行います。
短い時間ですが、この交流を通してもっともっとたくさんのひとに里山のすばらしさを伝え、活動の輪を広げられたら、、、と思っています。
みなさんのお越しをお待ちしています!
by智
2011年03月07日
2011年03月04日
スタッフブログリレー7
「イーハトーヴ岩手の豊かな里山の恵みに抱かれて」 風野の又三郎
岩手に生まれ育った若者の多くは、岩手には何も無い、何もかもが遅れていると言い、岩手から華やかな都会へと出て行ってしまう。
たしかに岩手には無く都会にはあるものは数え切れない。
岩手の大部分を占める里山の自然は、経済的な価値から見ると低い評価でしかない。
都市化・工業化の波に押されて過疎化と高齢化が進み、荒れてしまう里山が増えている。
そんな岩手へ、10年前に私は「Iターン」で都会から家族で移住した。
ところがよそ者の目から見ると、この岩手はとても豊かで恵まれているように映る。
はるか昔から脈々と続いているスローライフ・スローフード。
人と動物と森とが見事なハーモニーを奏でる美しい里山。
身近な自然の中に神々を感じて奉り、連綿と受け継がれる郷土芸能。
都会では失われた、岩手が胸を張って誇るべき大切な財産が、しっかりと根付いている。
そんな岩手の里山に抱かれて、仕事の傍らに自給用の米や野菜を作り、それらを食べて生きていけることは、とても贅沢なことだと実感する。
同じく今から10年前に、当時の増田寛也岩手県知事は「がんばらない宣言いわて」を全国に提唱し、大きな反響を呼んだ。
これまで日本は経済成長一辺倒で走ってきたが、ここらで勇気を持って立ち止まって振り返り、物質的・金銭的な豊かさへの欲望から解き放ち、自然と共生し心の豊かさを求めることに転換する。
「足るを知る」生き方を目指す。
今まで時代の最後尾を必死で追いかけていた岩手は、発想を逆転させれば、これからの時代の求めるべき理想の姿であり、世界に誇れるライフスタイルになりうると。
残念ながら増田知事の退任と共に、県の方針もだいぶ後退してしまったが、里山の自然と共生する岩手の伝統的なスローライフ・スローフードは、自信を持って世界に提唱するべきだと思う。
里山生活学校は、身近にある豊かな里山の自然の恵みを再発見し活用していく地道な活動だが、より多くの人々に共感を広げ、一歩一歩着実な歩みの中で、これからの世界の進むべき方向性を示していく、大きな可能性を秘めている。

(写真は岩手県北上市の里山風景。後方の白い山は早池峰山)
岩手に生まれ育った若者の多くは、岩手には何も無い、何もかもが遅れていると言い、岩手から華やかな都会へと出て行ってしまう。
たしかに岩手には無く都会にはあるものは数え切れない。
岩手の大部分を占める里山の自然は、経済的な価値から見ると低い評価でしかない。
都市化・工業化の波に押されて過疎化と高齢化が進み、荒れてしまう里山が増えている。
そんな岩手へ、10年前に私は「Iターン」で都会から家族で移住した。
ところがよそ者の目から見ると、この岩手はとても豊かで恵まれているように映る。
はるか昔から脈々と続いているスローライフ・スローフード。
人と動物と森とが見事なハーモニーを奏でる美しい里山。
身近な自然の中に神々を感じて奉り、連綿と受け継がれる郷土芸能。
都会では失われた、岩手が胸を張って誇るべき大切な財産が、しっかりと根付いている。
そんな岩手の里山に抱かれて、仕事の傍らに自給用の米や野菜を作り、それらを食べて生きていけることは、とても贅沢なことだと実感する。
同じく今から10年前に、当時の増田寛也岩手県知事は「がんばらない宣言いわて」を全国に提唱し、大きな反響を呼んだ。
これまで日本は経済成長一辺倒で走ってきたが、ここらで勇気を持って立ち止まって振り返り、物質的・金銭的な豊かさへの欲望から解き放ち、自然と共生し心の豊かさを求めることに転換する。
「足るを知る」生き方を目指す。
今まで時代の最後尾を必死で追いかけていた岩手は、発想を逆転させれば、これからの時代の求めるべき理想の姿であり、世界に誇れるライフスタイルになりうると。
残念ながら増田知事の退任と共に、県の方針もだいぶ後退してしまったが、里山の自然と共生する岩手の伝統的なスローライフ・スローフードは、自信を持って世界に提唱するべきだと思う。
里山生活学校は、身近にある豊かな里山の自然の恵みを再発見し活用していく地道な活動だが、より多くの人々に共感を広げ、一歩一歩着実な歩みの中で、これからの世界の進むべき方向性を示していく、大きな可能性を秘めている。

(写真は岩手県北上市の里山風景。後方の白い山は早池峰山)
2011年02月26日
スタッフブログリレー6
みなさんのリレーを沿道で旗振って応援していたらいつの間にか
バトンを渡されていました。
立派なことは書けないので休憩地点のつもりでお読みください♪
私もどちらかといえば町場の人間でした。でも幼い頃の記憶は多
くはないながらも自然の中で過ごしたことをよく覚えているもので
す。虫、土、林、葉っぱ、花、雪、水、夕焼け、夕立…
それぞれに匂いとか音とか感覚的な懐かしさがあります。お年頃
になったわたしはすっかりそういったものを忘れていったのでした。。
しかし、子供が生まれ地面に近い視点に合わせて一緒に虫や草を
追いかけていたら里山に迷い込んでいました。そこには、里山おや
じ一家が住みつき
https://blog.canpan.info/satoyamalife/archive/189
↑このような暮らしを送っていました。
その生活ぶりとイロイロなものが生み出されていく里山、本当に楽し
く魅力的♪もっともっといろんなことをしてみたい!思いは大きいの
ですがここのところ不登校気味の生徒になってしまっています(汗)
そろそろ進級が気になるので登校してきます。そしてブログも次の方
にバトンタ〜ッチ
by 穂
バトンを渡されていました。
立派なことは書けないので休憩地点のつもりでお読みください♪
私もどちらかといえば町場の人間でした。でも幼い頃の記憶は多
くはないながらも自然の中で過ごしたことをよく覚えているもので
す。虫、土、林、葉っぱ、花、雪、水、夕焼け、夕立…
それぞれに匂いとか音とか感覚的な懐かしさがあります。お年頃
になったわたしはすっかりそういったものを忘れていったのでした。。
しかし、子供が生まれ地面に近い視点に合わせて一緒に虫や草を
追いかけていたら里山に迷い込んでいました。そこには、里山おや
じ一家が住みつき
https://blog.canpan.info/satoyamalife/archive/189
↑このような暮らしを送っていました。
その生活ぶりとイロイロなものが生み出されていく里山、本当に楽し
く魅力的♪もっともっといろんなことをしてみたい!思いは大きいの
ですがここのところ不登校気味の生徒になってしまっています(汗)
そろそろ進級が気になるので登校してきます。そしてブログも次の方
にバトンタ〜ッチ

by 穂
2011年02月23日
スタッフブログリレー5
江刺区がまだ江刺市だった頃、
十代最後の春に私はこの里山にやってきた。
そして二十年、この手にたくさんの生活の力を手に入れた。
二十年間欠かさずやってきたことの一つに、
朝一番の火つけがある。
我が家にはガスがない。
そしてかまどがあるのではなく、薪ストーブがある。
(しかも鋳物でできた立派なものではなく、
ホームセンターで手軽に買える4,000円のもの)
これは使い方次第でかまどに勝ると私は思っている。
生活の中心に火があるという昔は当たり前だったことが、
今はスイッチを押す事やひねることで手軽に使えるようになり、
火をつける意味が薄れてしまった。
食事・風呂・暖房、生活においての火は
家族が生きていくのに大切なもので、
そのために薪の存在は大きい。
薪の確保は安心して暮らしていくための作業であり、
里山と生活のつながりの最たるものだと思っている。
今は山から切り出してくる薪よりも、
製材所からもらってくる方が多いけど、
ただ廃棄物として燃やされてしまうより木らしく使ってあげたいと
運んできている。

生活の中から薪が消えて山も遠くなってしまった。
確かに火を使う事が手軽になり、生活も楽になった。
それと引き換えに失ってしまう力は、
そうした暮らしの中ではおしまれることもない。
でも私は火を自在に使い、
家族が生きていく根底を山と共に支えていることに幸せを感じているし、
生きていける自信に満ちている。
この地域でも若い世代がどんどん都市部に出て行ってしまう。
里山に住みながら都市型生活をしていたら
山の恵も大地の恵も見えない。
生活の力はお金を稼ぐことに代り、
仕事は生活の糧をつくることから勤めに代る。
田んぼや畑は命を生み出しているにもかかわらず、
足かせに感じられてしまっている。
そんな地域で私は日々幸せで、
生活の糧を得られる山に大地に感謝して、
振り返れば決して良い事ばかりではなかった二十年を
後悔することなく笑って暮らしている。
そのことを里山生活学校を通して体験しながら、
共に時間を過ごしながら伝えていきたいと思う。
その手段が私には食事であり、ティータイムかな・・と最近思う。
最後に我が家の食事前のお祈りです。

十代最後の春に私はこの里山にやってきた。
そして二十年、この手にたくさんの生活の力を手に入れた。
二十年間欠かさずやってきたことの一つに、
朝一番の火つけがある。
我が家にはガスがない。
そしてかまどがあるのではなく、薪ストーブがある。
(しかも鋳物でできた立派なものではなく、
ホームセンターで手軽に買える4,000円のもの)
これは使い方次第でかまどに勝ると私は思っている。
生活の中心に火があるという昔は当たり前だったことが、
今はスイッチを押す事やひねることで手軽に使えるようになり、
火をつける意味が薄れてしまった。
食事・風呂・暖房、生活においての火は
家族が生きていくのに大切なもので、
そのために薪の存在は大きい。
薪の確保は安心して暮らしていくための作業であり、
里山と生活のつながりの最たるものだと思っている。
今は山から切り出してくる薪よりも、
製材所からもらってくる方が多いけど、
ただ廃棄物として燃やされてしまうより木らしく使ってあげたいと
運んできている。

生活の中から薪が消えて山も遠くなってしまった。
確かに火を使う事が手軽になり、生活も楽になった。
それと引き換えに失ってしまう力は、
そうした暮らしの中ではおしまれることもない。
でも私は火を自在に使い、
家族が生きていく根底を山と共に支えていることに幸せを感じているし、
生きていける自信に満ちている。
この地域でも若い世代がどんどん都市部に出て行ってしまう。
里山に住みながら都市型生活をしていたら
山の恵も大地の恵も見えない。
生活の力はお金を稼ぐことに代り、
仕事は生活の糧をつくることから勤めに代る。
田んぼや畑は命を生み出しているにもかかわらず、
足かせに感じられてしまっている。
そんな地域で私は日々幸せで、
生活の糧を得られる山に大地に感謝して、
振り返れば決して良い事ばかりではなかった二十年を
後悔することなく笑って暮らしている。
そのことを里山生活学校を通して体験しながら、
共に時間を過ごしながら伝えていきたいと思う。
その手段が私には食事であり、ティータイムかな・・と最近思う。
最後に我が家の食事前のお祈りです。


「山の恵と大地の恵とみんなで食事が出来ることに感謝します。私達の命を支える全ての命に感謝して、いただいた分はまた育てていきます。いただきます。」
by 里山かぁちゃん

