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「世論の曲解 なぜ自民党は大敗したのか」菅原琢 [2010年02月23日(Tue)]
気鋭の政治学者による、世論調査のデータ分析です。メディアや評論家、そして政治家自身など、「政治のプロ」が陥りがちな間違いを、精緻な議論によって正しております。

「大敗した2009年の総選挙においても、農村部では自民党は健闘した」という評価は多かったですが、これを著者は過大評価とします。自民党が農村の小選挙区で善戦したように見えたのは、民主党が候補者を絞ったことによることが大きく、善戦に見えただけというわけです。そして、データを用いて民主党が都市住民だけでなく、農村部においても、かなり浸透してきていることを説明します。

本書を読んでいると、自民党が“再生”するのはなかなか容易ではないと思えてきます。本書の前半部分は主に2005年総選挙と2007年参院選の解説なのですが、2005年では大勝した自民党が2年後には大負けした主な原因として、安倍政権が小泉構造改革路線を放棄したことをあげています。

問題なのはこの構造改革路線の中身です。私が思うに、最近まで議論されてきた「構造改革」には、政治改革(自民党改革)の側面と、経済構造改革の側面があると思います。そして専門家はどちらかと言えば後者に意味を求めてしまいがちです。たとえば、郵政民営化でいうと、自民党族議員と特定郵便局長会とのつながりといった側面と、民営化することが日本経済の効率性を高める、といった側面がありますが、後者に意味をもたせたい、という思いがあるように思います。

しかし、経済構造改革の側面で言えば、安倍政権は小泉政権からそれほど後退しているよとは言えません。たとえば、経済政策としては経済成長重視のいわゆる「上げ潮」路線でしたし、公務員制度改革やアジア・ゲートウェイ構想なども小泉構造改革路線の延長と見ることができます。郵政にしても、「造反組」の復党はみとめたものの政策の方向性自体は小泉政権を継承しています。

ところが、郵政造反組の復党問題を機に、自民党への支持は離れていきました。これからすれば、国民は小泉構造改革路線をもっぱら政治改革(自民党改革)の側面としてとらえ、これに反するように見えた安倍政権を見限ったということになりそうです。多くの人は、小泉総理の経済政策ではなく、「自民党をぶっこわす」側面に喝采を送っていたわけです。言いかえれば自民党の「党の体質」に嫌気がさしたともいえるのではないでしょうか。

最近では自民党の谷垣総裁も「経済成長重視」を明言するなど、経済における構造改革路線に舵を切る方向でまとまりそうです。

しかし、肝心の、嫌われてしまった「党の体質」が何であったのか、それについてどういう方向に変えていくのかという点については、自民党サイドからはあまり聞こえてきません(少なくとも国民には伝わっていません)。先の衆院選でも長老議員が多数残ってしまったことが、そのあたりをさらに曖昧にしています。経済成長重視路線は「みんなの党」がすでに掲げており、一定の支持を得ています。また、今後立ち上がるであろう新党も、そうした路線を掲げるでしょう。こうした中、自民党が埋没しないで存在感を出していくのはかなり難しいのではないでしょうか。

逆に、民主党サイドが最も注意しなければならないのは、「党の体質」についての悪いイメージ国民に与えてしまうことでしょう。こちらも既に失敗しかかっているような気もいたします。

などなど、いろいろと想像力を膨らませてくれる本です。通常、データ分析中心の本は読み物としては退屈なものになりがちですが、本書は大変面白くなっていますのでぜひオススメします。
Posted by 佐藤孝弘 at 18:00 | 政治 | この記事のURL
「長崎知事選 民主敗れる「政治とカネ」逆風」(「読売新聞」2010年2月22日朝刊一面) [2010年02月22日(Mon)]
各紙の一面が昨日投開票が行われた長崎県知事選について大々的に報じております。いずれも、民主党推薦の候補の敗因として「政治とカネ」問題による逆風を大きな原因としています。

本ブログでは、注目を集める地方選挙のたびにいつもグチのように言っているのですが、地方選挙に中央の政治情勢と結びつけて有権者が投票行動したり、メディアが報道したりするのはもう止めたほうがよいと思います。

鳩山総理や小沢幹事長の「政治とカネ」の問題と、今後の長崎県政が何か関係あるのでしょうか?もちろん、国政における「政治とカネ」の問題はしっかり議論せねばなりません。しかし、その意見の表明を地方自治体関連の選挙で行われるのは問題です。長崎県知事選はあくまで長崎県の将来のための選挙であるべきだからです。

今回の知事選も、昨年の東京都議会議員選挙のように、現政権への信任投票という側面が強くなってしまいました。私はこの傾向を勝手に地方選挙の「世論調査化」と呼んでいます。

ここまでいくと「首長選挙における政党推薦は禁止」といったルールを検討したほうが良いかもしれません(こうした制約はあまり好きではありませんが…)。少なくともメディアの報道のやり方次第で「世論調査化」はかなり防げるかと思いますので、そちらに期待したいと思います。
Posted by 佐藤孝弘 at 18:10 | 政治 | この記事のURL
「首相、内部留保へ課税「検討」」(「日本経済新聞」2010年2月18日朝刊3面) [2010年02月18日(Thu)]
鳩山首相が昨日、今後の税制改正の議論の中で、内部留保への課税を検討すると表明したそうです。共産党の志位委員長との会談の中で、志位氏が提案したことに対し「適正な課税をすることも検討したい」と応じたそうです。

もし実現するとすれば、民主党政権が行う政策の中で最悪のものとなると思います。そもそも、首相は「内部留保」の意味を分かっているのでしょうか。おそらく内部留保を「企業が配当にも給与にも回さずため込んでいる現金の現在の総額」であると勘違いしているのではないでしょうか?

基本中の基本の話ですが、内部留保とは決算において利益が出た際、株主に配当を支払い、法人税などの税金を支払った残りの金額です。そして、この内部留保は毎年バランスシート上「剰余金」として金額が積み上がっていきますが、「剰余金」の分の現金があるわけではありません。その後設備投資したり、商品を仕入れて在庫に化けている場合もあるわけです。これは、企業の活動として当然のことです。

共産党はこれまで「トヨタの内部留保は13兆円」などという部分を強調し、それを「隠し利益」などと呼び、いかにも現金が13兆円余っているかのような宣伝をしてきましたが、企業会計と複式簿記のしくみを知っている多くの人は相手にしていませんでした。ところが、我が国の総理大臣がその話にすぐに「乗った」わけです。

内部留保をどう振り分けていくかは純然たる経営判断事項です。その多くは将来の企業の発展のための投資に使われることも多いわけです。内部留保に課税をすることで経営判断に歪みを与えてどうするのでしょうか。

そもそも内部留保に課税すれば従業員への給与に回るという根拠も不明です。むしろその分給与を下げようとするかもしれません。何らかのプラスのインセンティブを与える制度設計ならばまだ良いのですが、そうした工夫が念頭にあるようには見えません。

まさか実現することはないと思っていますが…。
「菅財務相に解散戦略? 消費税論議前倒し 党内も困惑」(「朝日新聞」2010年2月17日朝刊4面) [2010年02月17日(Wed)]
菅直人財務大臣が3月から消費税を含めた税制改革の議論を行うと宣言したことに対し、「なぜ?」という声が政府・与党内に出ているそうです。鳩山総理は衆議院議員の任期中の4年間は消費税は上げないと明言しておりますので、それに反するというわけです。

菅氏は、「消費税増税の際には解散総選挙で国民に信を問うべき」という趣旨の発言を過去しております。したがって周囲の憶測としては、任期満了を前に解散することも念頭においているのではないか、となります。

などなど、いろいろ書かれておりますが、そんなことよりも単純に財政について今の路線で支出を続けると、4年の任期を待たずして破綻するということを、財務大臣になって思い知ったというだけなのではないでしょうか。「なぜ?」と思うほうがおかしいと思うのですが…。

菅財務大臣には、そんな声は無視して、どんどん税制改革の議論をすすめていただきたいと思います。
「民主に政調復活論 政策関与 小沢氏に要望へ」(「朝日新聞」2010年2月16日朝刊4面) [2010年02月16日(Tue)]
民主党内で政調(政策調査会)を復活させる動きが出てきたそうです。政調廃止は民主党の「政治主導」の一環として小沢幹事長のもとで実現しましたが、政務三役などの役職に就いていない議員が政策決定に関与できなくなっていました。民主党内の有志が政調復活の試案をまとめ、近く小沢氏に要望するようです。

政調復活は大変歓迎すべきことかと思います。本件については、以前から当ブログで何度も指摘してきました。党のシンクタンク機能を空っぽにした上での「政治主導」はマニフェストの賞味期限が切れた瞬間破綻します。民主党もようやくそうした危機感が出てきたのかもしれません。

ただ、政策立案に関与する政治家の数が増えればよいというものではありません。自民党の部会とは違った形での、政策をブラッシュアップし、政治家の政策立案能力を高める、まさに政策シンクタンクとしての政調という視点が求められるでしょう。

最近も、次官・局長・部長を同格にするなどの、目的も効果も不明な組織改革案が出たばかりですが、いくら組織だけいじってもそれを仕切る政治家に政策立案能力と政策決定の判断力がなければ全く意味がありません。

政局絡みの面もあるとは思いますが、民主党が真の意味で政策重視の政党になっていくことを期待したいと思います。
Posted by 佐藤孝弘 at 17:14 | 政治 | この記事のURL
「子ども手当「財源、無駄削減で」首相 満額支給見送り示唆か」(「日本経済新聞」2010年2月15日朝刊1面) [2010年02月15日(Mon)]
鳩山総理が昨日、子ども手当の財源に関して「将来に借金を残すことはしたくない。(予算の)無駄を削減する中で、余裕ができた分だけやろうという仕組みを基本的にはつくろうと思っている」と語ったそうです。

普通、この発言を聞けば、「子ども手当の満額支給はあきらめたのか。これ以上の国債発行はやりたくないのだな」と誰でも思うでしょう。ところが、本日のインタビューでは、「予定通り満額支給をやる」という趣旨の発言をしたとのこと。そして財源はあくまでムダ削減だそうです。

ここまで来ると、とりあえず目の前にいる人に気に入られるために、調子のいいことばかり言っているようにしか見えません。また、大胆な発言の割には根拠を示さないパターンが多すぎます。総理の言葉が軽すぎて、誰も政治家を信じられなくなってしまうでしょう。消費税の議論もスタートするようですが、来るべき増税を国民が受け入れられるには政治や制度への信頼が不可欠なのですが…。
統帥権の独立と検察・日銀の政治的中立について [2010年02月12日(Fri)]
先日秦郁彦氏の「統帥権と帝国陸海軍の時代」という本を読んで思うところがありました。まだまだアタマの整理ができていないのですが、備忘録的に書いておこうと思います。

昭和史における軍部の暴走の大きな拠り所(法的根拠)として何かと取り上げられる「統帥権」ですが、昔から大きな疑問がありました。それは、「そもそもどうして明治憲法にこんな条文を作ったのか?」ということです。

大日本帝国憲法の第11条は、「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」と定めています。軍の作戦や指揮命令に関することについては、天皇が直接命令を下し、内閣の補弼は不要ということです。具体的には陸軍省に対する参謀本部の独立という形で制度化されました。

後付けかもしれませんが、いかにも「軍部の独走・暴走」を招きそうな制度ではありませんか。そういう懸念は憲法制定当時はなかったのでしょうか。私としては、統帥権独立の「政策目的」「制度趣旨」を知りたかったわけです。ところが、それについて明確に書かれた本にこれまで巡り会いませんでした。

本書は、その疑問に答えてくれました。驚くべきことに、その成立事情は研究レベルでも明らかではないというのです。現在においても、大きく分けて5つほどの説があるとのこと。

1、西南戦争などの教訓
2、プロシア軍制の模倣
3、日本的伝統の影響
4、天皇親政と民権対策
5、山県(有朋)一派の野望

これらの要因が複合的に作用して統帥権の独立が成立していったそうです。著者の秦氏は5の要因を強調されておられます。山県有朋が軍や政府内部で権力基盤を確立する過程に、大いに利用されたというわけです。実際上大きかったのはそこかもしれません。しかし、私がもともと興味をもっていた、公式の「制度趣旨」です。その点からすれば、どうやら、「軍隊の政治的中立」というところにありそうです(本書では4の部分に書かれています)。

本書の内容と私見を交えて書きます。統帥権の成立時期は西南戦争の直後にあたります。ご存じの通り、西南戦争は新政府内部の闘争に敗れた西郷隆盛が起こした反乱です。ここから得られるストレートな反省としては、政府内部の権力闘争が軍に及ぶと国内の軍隊の内乱になりかねないということです。そうならないために、軍隊は天皇に直属させることで中央の政争から隔離したということのようです。

また、当時の政府は自由民権運動が激化し、この運動と軍が結びつくことも恐れていました。この意味でも軍の政治的な中立は必要でした。

軍隊の非政治化・中立化が統帥権の表向きの制度趣旨となると、悪名高い「統帥権」も、もともとの趣旨自体は正しい、ということになります。しかし、後年それが徐々に拡大解釈され、軍部大臣現役武官制や帷幄上奏権とセットになって軍部の暴走につながったということになります。

大きな教訓のひとつとしては、「○○の政治的中立」といった制度趣旨の政策については、当事者がよほど運用に気をつけなければ当初の意図と違った結果が待っているということでしょう。

戦後の法律では基本的に全ての制度に民主的なコントロールが及ぶようにはなっているのですが、いくつか議論になりうる制度は残っています。

たとえば、検察の政治的中立の問題です。今回の小沢氏とその秘書への捜査の過程でも大いに議論を呼びました。検察は政治家の汚職などについても捜査も行います。一方、上司は政治家である法務大臣がなるという、利益相反的な状況が生まれてしまいます。

当然、検察の捜査に法務大臣となった政治家が捜査内容について口を出すことには慎重さが必要になります。そのための制度的なバランス調整として、検察庁法14条は「法務大臣は、第4条及び第6条に規定する検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる。」と定め、法務大臣が個々の事件の捜査について指揮をするときには、検事総長を通じて行うという、いわゆる「指揮権発動」の条項を定めています。

さて、今回の騒動では、民主党サイドから「口先介入」的な動きが数多く出ましたが、統帥権の反省からはこういう対応が一番危険であることがわかるはずです。検察の捜査方法に本当に大きな問題があるなら、堂々と指揮権を発動すべきです(逆に、発動しないことが政治の怠慢ということになります)。そうでないのなら、圧力をかけるような発言は極力控えるべきでしょう。そうした中途半端な対応が「法の支配」を崩していくわけです。

また、政治からの独立性といえば、日銀の独立性という問題もあります。これは、金融政策については、政府から独立した中央銀行という組織の中立的・専門的な判断に任せるべきとの考えです。日本では1998年の日銀法改正により、この原則が法的に明確化されました。

最近では菅財務大臣がデフレ対策について、日銀に積極的な金融政策を求めています。1月29日の経済演説には以下のようにあります。

「さらに、今後の経済財政運営に当たっては、国民の暮らしに直結する名目の経済指標を重視するとともに、デフレの克服に向けて日本銀行と一体となって協力かつ総合的な取組を行ってまいります。
日本銀行に対しては、こうした政府の取組と整合的なものとなるよう、政府と緊密な情報交換・連携を保ちつつ、適切かつ機動的な金融政策の運営によって経済を下支えするよう期待します。」

また、別な場(衆院予算委員会)では、デフレ脱却に向けての金融政策のあり方について問われ、「わたしたちも、まだまだもっといろいろな政策があることはわかっているが、日銀の独立性も考える必要がある」と答えています。

などなど、日銀に対するもどかしい思いがにじみ出ています。しかし、日本銀行の金融政策について政治の関与が法的に正面から認められているのは、総裁、副総裁の人事です。その人選に対し、かつての民主党はどういう対応を取っていたのでしょうか。

現総裁・副総裁の人選をしたのは福田内閣の頃です。国会同意人事である日銀総裁の人選については、衆参の「ねじれ」により民主党がキャスティングボートを完全に握っていました。しかし、副総裁に就任していれば積極的な金融政策を志向したであろう、伊藤隆敏氏を蹴ったのはほかならぬ民主党です。

人選の際の民主党の拒否理由は、「元小泉内閣期の経済財政諮問会議議員だから」というものだったと思います。どういう人が相応しいかを議論したというよりは、日銀総裁人事も政争の具になっていたということです。政策軽視の最たるものです。いざ政権を取った今、その問題に気づいているのでしょうか。

もちろん、日常的に政府と日銀が政策目標についてしっかりすり合わせをするということも重要だと思いますが、もともとの人選の時にしっかり考えていれば今の菅大臣のようなボヤキはなかったはずです。

このように、現在においても統帥権の問題に近い問題が(薄まった形で)存在します。法制度を考える場合に「システムか、人か」という議論は尽きませんが、「政治的中立」がからむ制度ではどうしても「人」の側面が重要になるわけです。いったいいつになれば「政策重視の政治」が実現するのでしょうか。
Posted by 佐藤孝弘 at 14:52 | 歴史 | この記事のURL
政策提言「郵政改革試案〜住民が決めるユニバーサルサービスへ〜」のご案内 [2010年02月08日(Mon)]
本日、政府から「郵政改革の素案」が発表されたようです。組織体制の見直しでは、現行の5社体制から、日本郵政(持ち株会社)、郵便事業会社、郵便局会社を統合し、銀行と保険の2社をぶらさげる3社体制に移行するそうです。また、郵便貯金、簡易保険の事業を大幅に拡大する方向性とのこと。

全国一律の「ユニバーサルサービス」を実現するコストをまかなうには、収益力を高める必要があるということでしょう。相変わらず郵便局のサービス維持による赤字を郵貯・簡保で埋める、という発想から抜けられないようです。この方向性ですと、当然経営責任が不明確になりますし、日本郵政の「JAL化」への道が近づくだけでしょう。

しかし、そもそもユニバーサルサービスとは何なのでしょうか。郵便局の公共性とは何でしょうか。そして、いかなる理由でそれを維持することが正当化されるのでしょうか。

もういちど原理原則に立ち戻って考えてみる必要がありそうです。東京財団では、石川和男上席研究員を中心に政策提言「郵政改革試案〜住民が決めるユニバーサルサービスへ〜」を取りまとめました。

政策提言はこちら

郵政問題についてモヤモヤとした思いを持っている方は、ぜひご一読ください。

※最近ブログ更新が滞り気味でスイマセン。私の方は、現在雇用に関する大きめの政策提言を鋭意執筆中です。こちらも楽しみにおまちください!
Posted by 佐藤孝弘 at 22:01 | 経済 | この記事のURL
「教育の職業的意義―若者、学校、社会をつなぐ」本田由紀 [2010年02月03日(Wed)]
最近は雇用に関する政策提言の取りまとめに没頭しているのですが、そうなると必然的に学校教育の問題にも関心が向かわざるを得ません。これまでは正社員という“通常ルート”に乗れば一から教育を受けることができたので、学校教育において「仕事に役に立つ」という観点はあまり重視されてこなかったように思います。ところが、近年非正規雇用の割合が拡大し、そのような機会を奪われる若者が増えてきています。必然的に就業の全段階としての学校教育を考えざるを得なくなるわけです。

そのような問題意識を持っていたところに本書に出会いました。

本書がユニークなのは、序章に「あらかじめの反論」として、教育の職業的意義を否定する言論のパターンを5つ提示し、それぞれに反論していることです。例えば、否定的反応1「教育の職業的意義は不必要だ」では、

「これは、教育が仕事に役立つ必要はない、教育はもっと高尚な、人格を形成し教養を高めるためのもの、あるいは一般的・基礎的な知力や柔軟な「人間力」を養うためのものだ、という主張である。このような主張は、教育をきわめて理想視する「教育学」的な立場からなされる場合もあれば、逆に産業界の人事や採用の実態をふまえた現実主義的な立場からなされる場合もある。」

だそうです。ちなみに他の4つは以下のとおりです。

否定的反応2「職業的意義のある教育は不可能だ」
否定的反応3「職業的意義のある教育は不自然だ」
否定的反応4「職業的意義のある教育は危険だ」
否定的反応5「職業的意義のある教育は無効だ」

正直、教育の職業的意義についてネガティブな人がこんなにいることに驚きました。個人的には教育の最大の目的は社会で自立して活きていくための力をつけることにあり「教育の職業的意義」は極めて重要だと思っています。

本書では、現在、学校教育において「教育の職業的意義」が軽視されることを指摘し、そこに至った事情と今後の方向性について論じています。

興味深かったのは、日本型雇用との関係の部分です。戦後の労働政策の方向性としては、職務をベースとした人事制度を志向してたのですが、それを産業や進学率の向上という実態が跳ねかえしていきます。

具体的には、高度経済成長による労働需要の急激な拡大→労働者を企業に囲い込む必要性→職務よりも企業への帰属を重視し、職能給へ、というプロセスをたどっていたというのです。

また、戦前は初等教育卒がブルーカラー、中等、高等教育卒が事務職という明確な区分がありました。ところが、1960年代には高卒者の割合が増え、高卒者にもブルーカラー職へ採用する必要が生じ様々な混乱が生じることとなりました。それを収拾するには、企業内部の職務の区分を曖昧にし、ホワイトカラー・ブルーカラー間の柔軟な異動を可能にする必要があったというのです。こうして、日本型雇用が生まれ、教育の職業的意義も薄れてきたというわけです。

著者は、「適応と抵抗」の両面を備えた職業的意義ある教育を提案されております。個人的には職業選択についての夢ばかりでなく、それについて回る各種の「リスク」についてもしっかり教えるべきだと思っております。

教育という切り口から日本社会全体のあり方を考えさせられる良書だと思いますので、ぜひお読みください。
Posted by 佐藤孝弘 at 17:08 | 教育 | この記事のURL
「鳩山政権の一〇〇日評価」工藤泰志編 [2010年02月01日(Mon)]
マニフェスト評価で有名な「言論NPO」がまとめた、鳩山政権発足後100日時点での政権運営に対する評価結果です。「経済政策」「雇用政策」など、全部で12項目について、100点満点で採点し、具体的な項目についての解説も詳しく書かれています。

それらの総合得点は…36点とかなり手厳しく、特に低かったのは「外交・安全保障政策」(11点)です。

総論的には鳩山政権の問題点として以下のようにまとめられています。

・政策実行プロセス
→政治主導の「形式」は進んだが、有効に機能せず、かつ総理リーダシップを発揮できず。

・マニフェストの問題
→そもそものマニフェストが財源の根拠が乏しい「支出計画」一覧表にすぎず、見直しが必要。

・説明責任
→理念ばかりが語られ、実際の政策決定過程は不透明に。

3点ともに納得なのではないでしょうか。個別のテーマごとの記述では、実際のマニフェスト項目ごとに詳しく実行度合いが書かれており、資料的価値もあると思います。鳩山政権を冷静に見つめ直したい方にはお勧めの本です。

なお、本書で提言している「マニフェスト見直し」ですが、私も早急に行うべきだと思います。そもそも民主党マニフェストは、政権与党になる前の限られた情報、限られたスタッフだけで作られたものであるため完璧なはずはないのです。

それを「国民との契約」などと、その絶対性を強調しつつ政策決定を先送りし、よくわからないうちにひっくり返す、といったことを繰り返せば支持率は落ちる一方でしょうし、一番の被害者は国民ということになります。今朝の日経新聞に掲載されている財務大臣インタビューでは再来年度予算では社会保障財源だけで6兆円の穴があく見通しだそうです。政策に対しての「まじめさ」「誠実さ」が今求められています。
Posted by 佐藤孝弘 at 18:49 | 政治 | この記事のURL