CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 2009年11月 | Main | 2010年01月»
プロフィール

佐藤孝弘さんの画像
リンク
<< 2009年12月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
カテゴリアーカイブ
最新記事
https://blog.canpan.info/satotakahiro/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/satotakahiro/index2_0.xml
月別アーカイブ
最新トラックバック
年末のご挨拶 [2009年12月30日(Wed)]
いよいよ今年もあと二日となりました。現在、実家の函館でこの記事を書いております。

本年も当ブログをお読みいただきまして、ありがとうございました。おかげさまでアクセス数も順調に増え、初めてお会いする方でも"ブログ読んでます”と言われることも何度かありました。今後も政治や政策に関心のある皆様のお役に立てるような記事を書いていきたいと思います。

本業の東京財団での仕事でもバタバタとした1年でした。2月に発表した建築基準法の政策提言では、メディア等で大きく取り上げていただいたほか、6月3日には国土交通省の審議会でも発表の機会をいただきました(内容についてはこちらの第18回社会資本整備審議会(6月3日)の議事録や資料をご覧ください)。

また、6月から7月にかけては、臓器移植法の改正について東京財団主催の勉強会などでバタバタしておりました。人の死の定義など重要な問題について、選挙前の政局がらみで拙速な審議と採決が行われたことは非常に残念に思います。その時可決されたA案に反対の方のほうが、民主党議員の中には多かったと思いますので、政権交代を機に、見直しをしたいてだければと思います。本件の総括については、大沼研究員の論考(議員立法についてメディアの報道について)をぜひご覧ください。昨今話題になっている"政治主導”の議論とも深く関係している点でもあります。

選挙前には各党マニフェスト検証の仕事のお手伝いなど、を行いました。各党ともマニフェスト作りの工夫をし、かつてと比べるとかなり進化はしているものの、まだまだ改善の余地があると思います。特に、個別の政策ダマを統合する理念や将来の社会像が明確でないという点については、各党共通していたように思います。

9月には、昨年プレジデント社から出た著書の「M&A国富論」が第3回M&Aフォーラム賞正賞を受賞しました。ここでの提言の実現についても引き続き活動をしていきたいと思います。

10月以降は、今年の大きな課題である、労働法制のあり方の研究を加速しております。現在、派遣法の議論が進んでおりますが、この問題は派遣法の中だけで完結させるべきものではなく、労働法制全体の将来像の中で位置づけを考えていくべきです。年明けには政策提言を出したいと思っております。

本年は政権交代という歴史的な出来事もあり、国のしくみも試行錯誤を繰り返しつつ大きく変化しております。私も非営利・中立の政策シンクタンクのメンバーとして、より良い政策の実現に向けて引き続き努力していきいたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
「平成22年度税制改正大綱を読む」森信茂樹 [2009年12月25日(Fri)]
先日出たばかりの税制改正大綱の総括を森信先生が書いておられます。非常に整理された論考です。↓こちらの東京財団HPに載っておりますのでぜひご覧ください!

こちらをクリック!
「人口減少と日本経済」樋口美雄、津谷典子編 [2009年12月25日(Fri)]
前回のエントリーで書いたように、日本の経済成長に対して悲観的な見方をする方が多い原因に、人口減少があると思います。もちろん、人口減少自体は大変大きな問題なのですが、「人口が減るから何をやっても無駄」とあきらめてはいけません。

なにしろ、経済全体の成長率については…

「人口成長率の低下は労働力人口率の低下となって、経済成長率を引き下げる働きを持つ。賃金成長はそれを相殺する働きを持つので、どちらの効果が大きくなるかによって、将来の経済成長の動向が決まる。2節で詳しく検証するが、技術進歩率がこれまで経験してきた水準より大きく落ち込まない限り、控え目な予測でも日本経済はマイナス成長になることはなく、一人当たり所得は増加する。」(P182)

ということですし、仮に全体の経済成長率が下がっても…

「経済全体での実質GDP水準や消費水準が下がっても一人当たりの実質GDP水準や一人当たりの消費水準が下がっていないのであれば、経済厚生は下がっているわけではない。むしろ一人当たりの消費水準が上昇していれば、経済全体での消費水準が低下していても経済厚生は上昇している。」(P286)

ということになるわけです。

過度に悲観的になるのではなく、しっかりとデータで実態を踏まえた上で具体的な問題にどう対処していくかを議論し、実行に移すべきです。今年の衆院選でも本来はこうした中長期的な政策が争点になるべきでした。それを考えるに当たり、本書は「基本書」としてうってつけではないでしょうか。

・少子化対策としては、保育所の整備が最も政策効果が高い
・現行の医療・介護保険制度は現役世代の負担が大きすぎ、世代ごとの積立方式への移行でその負担を緩和できる
・“移民”については、高度人材に集中して外国人労働者を受け入れることが効率的

など、政策的インプリケーションも多く含まれています。ぜひお読みいただければと思います。また、来年の政治においても、こうした骨太の政策論争が行われることを期待したいと思います。
Posted by 佐藤孝弘 at 10:56 | 経済 | この記事のURL
「経済成長って何で必要なんだろう?」芹沢和也・荻上チキ編 [2009年12月22日(Tue)]
タイトル通り「日本には経済成長が必要」なことを主張した本です。「当たり前じゃないか」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし経済成長自体を否定する言説は論壇では普通に出てきますし、日本はもう成長できないというふうに思いこんでいる人が(政治家を含めて)多いことも事実で、改めて経済成長の必要性をわかりやすく語る本書はすごく貴重です。

構成としては、若手経済学者の飯田泰之さんが、岡田靖さん、赤木智弘さん、湯浅誠さんとそれぞれ対談をし、最後に芹沢さん、荻上さんのまとめ対談があるという形式になっています。

格差や貧困の問題、正規・非正規雇用の問題など、イデオロギー対決的な文脈で語られがちな問題について、経済成長という政策的にも解決可能な手法で問題自体を吹っ飛ばそうという飯田さんの姿勢が非常に新鮮に感じられます。

例えば、日本には成長余力はもうないと思っている方がいると思いますが飯田さんは、「2%仮説」の話をされています。

「20世紀以降の近代社会をいろいろな国で見ていくと、経済の潜在的な生産力は平均的にだいたい年2%から2.5%で向上していく。はっきりとした理論化はまだですが、いろいろな国、いろいろな時代を見ると、だいたい中長期的に年2%台の成長なんです。」

そして実際に多くの先進国がこの2〜3%成長をしっかりと達成しているわけです。日本だけができない理由はないでしょう。そして飯田さんも、日本もこうした成長が経済政策によって可能になると言い、具体策としてのインフレターゲットや負の所得税などの議論も行われます。

個別の政策論では意見の分かれる部分も出てくると思いますが、そもそもこうしたプラクティカルな議論がなされないという状況に一撃加えた点は本当に素晴らしいと思います。

一方で飯田さんは経済学の限界についても意識的です。

「じつはぼくは、いまでも「論壇」にすごく期待をもっています。というのも、経済学が技術にすぎない以上、どんな目標を設定するか学問的に答えることはできない。この目標の部分は経済学の論理の外から来るべきなんです。論壇には、この役割分担とその必要性に、もう少し自覚的になってほしいと思います。」

飯田さんの投げた直球に論壇はどう答えるのでしょうか?
Posted by 佐藤孝弘 at 15:07 | 経済 | この記事のURL
「年収2000万円で調整 子ども手当 所得制限」(「朝日新聞」2009年12月18日朝刊1面) [2009年12月18日(Fri)]
政府は来年度から導入予定の「子ども手当」について、年収二千万円の所得制限を設ける検討に入りました。先日の「民主党要望」を受けての方針変更です。私ももともと所得制限はあったほうがよいと考えていたので、これには賛成です。なお、政府内には八百万円で所得制限する案も出ているそうです。

ただ、そのためには実現すべき課題があります。まずは事務手続きの問題。麻生内閣での「定額給付金」の際、所得制限をつけなかったのは事務コスト・時間がかかりすぎるという問題からでした。

所得制限をするには実際の所得を把握する必要があり、申請者・窓口双方で手続きが生じます。また、所得制限を設ける際の所得階層ごとの「段差」をどうつけるか、という問題もあります。後者には注意が必要です。例えば、中学生以下の子ども3人を育てる世帯があったとしますと、年間もらえる額が「2万6千円×3人×12ヵ月=93万6千円」となります。これで、年収2千万円を超えた瞬間この金額がゼロになるような設計をしますと、どうでしょうか。「年収を2千万円以内に抑える」という非常に強いインセンティブにならないでしょうか。

こうした事態を防ぐには、たとえば「年収1800万円なら月額2万3千円、1850万円なら月額2万円…」といったような段階的な給付額の減額を考えていく必要があります。いわゆる「103万円の壁問題」を解決するために配偶者特別控除が設けられたような問題がここでも生じてくるわけです。理想的には「段差」ではなくなめらかな「坂」の形でできればよいということになります。

制度設計や事務的な課題を検討することになると思いますが、来年6月の支給に間に合うかどうかがポイントになると思います。いずれにせよ(以前も書きましたが)、将来的には給付つき税額控除の一類型である児童税額控除へ転換することを念頭に制度設計することが大切かと思います。
「納税者番号14年に」(「日本経済新聞2009年12月16日朝刊1面) [2009年12月16日(Wed)]
政府税制調査会が2010年度税制改正大綱で、消費税増税は今後4年間見送り、増税する際には「給付つき税額控除」を導入することを明記する予定とのことです。

東京財団が森信茂樹上席研究員を中心に、2007年から主張し続けてきた、給付つき税額控除と納税者番号制度の議論がようやく動き始めました。当時は「給付つき税額控除」といっても「???」という反応をする方が多かったです。ついにここまで来たか、と感慨深いものがあります。

詳しくは「税と社会保障一体化プロジェクト」HPで

納税者番号は今後の社会保障にとってカギとなるアクティベーション政策の重要なインフラともなります。プライバシー権の問題も知恵を出せば十分解決可能だと思いますので、ぜひ実現していただきたいと思います。

東京財団においても引き続き、これらの具体的な制度設計を検討していきますので、ご期待ください。
「around 30歳の逆襲」(「週刊東洋経済2009年12月19日号特集) [2009年12月15日(Tue)]
今週の週刊東洋経済は「アラサー特集」です。現在34才の自分が含まれるかどうかはちょっと微妙ですが、近い世代の動向には関心があり、しっかり読んでしまいました。

記事によると、アラサー世代の特徴の最大公約数は、
「熱情を内には秘めているが、表面上は至ってクール。会社には頼れないと感じているが、目の前の仕事には熱心に取り組む。」
とのことです。意外とたくましい感じですね。こうした評価は自分の友人や後輩などをみてもかなり当たっている気がします。

バブル崩壊以降「失われた20年」が続いていますので、30歳前後の世代というのは基本的に物心ついてからずっと不況ということになります。私もバブル期にはまだ中学生でしたので、実感としてはほとんどありません。

結果として、世の中に対して現実的にとらえる一方、爆発的な金銭的成功のイメージもないということになるかと思います。金銭への強い執着が無い分社会貢献のほうに関心を持つという面もあるでしょう。

また、この20年はいわゆる「日本型雇用モデル」が崩壊する過程でもあったわけで、生き方も多様化しているようです。本誌では、「大企業」「ベンチャー経営」「外資系金融」「社会起業家」「非正規社員・フリーター」という5つの切り口で実際にアラサー世代に取材したルポが掲載されています。読んでいると、非常に多様で、「人生に決められたレールはない」時代になったというのを改めて感じます。

同世代の中でもでもそういう状況に気づき、自分なりに目的意識をもってキャリアアップを作っていく人と、以前と変わらず「レール」を求める人で違いが出てくるのだろうと感じました。政策・制度のほうはやはり遅れていて、セーフティネットをはじめとしていろいろな部分で穴ができています。基本的には個人の人生の選択に中立的な制度に変えていくのが重要だと思います。

アラサー世代の方にも、また、アラサー世代を部下に持つ方にもぜひ読んでいただきたいと思います。
Posted by 佐藤孝弘 at 12:01 | 仕事 | この記事のURL
「生活保障 排除しない社会へ」宮本太郎 [2009年12月11日(Fri)]
近年、日本人の「生活」を安定させてきた各種システムのあちこちで綻びが出て来ていると指摘されます。民主党が「政治とは生活である」というスローガンを掲げて大勝したことは、その認識が一般の生活者にかなり広く実感として感じられているということを示しているのかもしれません。

本書は、そうした綻びの原因を指摘し、今後目指すべきビジョンを示しています。その原因は、一言で言えば、「雇用保障を受ける男性正社員が家族全体を支える」という従来型の構造が崩壊してしまったということです。これまで「男性稼ぎ主」は終身雇用、年功制といったしくみや各種保護政策で手厚く守られてきたわけですが、グローバルな競争等の結果として、これまでの保障を失いつつあります。また、そもそも非正規雇用の割合が急激に大きくなり、はじめから正社員ルートに参加できない人も増えています。

本書の目指す方向性は、雇用と社会保障を強く連携させ、「社会保障の目的として、人々の就労や社会参加を実現し継続させることを前面に掲げ、また、就労および積極的な求職活動を、社会保障給付の条件としていこう」というアクティベーションの考え方です。本書では、「ベーシックインカム」の考え方と対比しながら、わかりやすく解説されています。

幅の広い問題を非常にコンパクトに、明快にまとめており、ひとつの「ビジョン」と言える内容だと思います。ぜひ多くの方に読んでいただきたい本だと思います。

基本的な方向性は個人的にも賛同いたしますが、具体的な政策論のところで、本書は外部(会社外)の職業訓練への期待が非常に大きいなあと思いました。外部の職業訓練ももちろん今後重要になってきますが、現時点の日本ではやはりOJTが技能形成に結びついている部分が大きいと思いますので、その点をどう考えるか…。難しいところですが、今後も考えていきたいと思います。
「労働市場改革の経済学」八代尚宏 [2009年12月10日(Thu)]
昨年の「派遣切り」以降続く、雇用における正規・非正規の問題はまだまだ全く決着がついていません。現在、政府与党内では派遣法や有期雇用のルールについて検討中であり、その動向には注目する必要があります。

本書は、現在の問題の中心を、正社員と非正社員の間の「労・労対立」ととらえ、その問題解決のためには労働市場の流動化が必要、としています。正規・非正規の問題の現状分析については、明確で理解できる部分が多いのですが、では、問題をどういう政策・法改正で解決するかという点になると非常に曖昧な記述になっているような気がします。

例えば、解雇規制について。著者は、「日本の「解雇規制」の問題点は、必ずしも規制が厳しすぎることではなく、予見可能性が低いことである。これは、解雇の有効性を判断する具体的な基準が、労働法ではなくもっぱら司法判断にゆだねられているためである。」と書いています。

また、「解雇権濫用法理は、1解雇の必要性、2解雇回避努力、3被解雇者の公平な選定、4組合との協議、等からなっているが、これらのうち、3と4の条件は比較的明確なものであり、問題は少ない」としています。(おそらくこの「解雇権濫用法理」は「整理解雇法理の4要件」の間違いではないかと思います。また、3と4は一般的には「人選の合理性」「手続きの妥当性」と呼ばれているものです)

その上で、1については、「こうした企業経営上の判断については、個々の裁判官が責任をとれるものではなく、別の手続きの形での規制に置き換える必要がある。」としています。ところが「別の手続きの形での規制」が何を指すのか、よくわかりません。

2については、「「解雇回避努力」のかわりに「解雇補償義務」を設けよ」としています。これは「お金を払えばクビにできる」ようにすればよいのでしょうか。

これらを解釈しますと、整理解雇法理の4要件のうち、上記の3と4については維持し、1と2は廃止した上で、お金を払えばクビにできるようにしようという話かと思います。

まず単純に、この考えを法律としてどうやって実現するのですか?という疑問があります。
かつて省庁で、法律作りの作業に多少係わった者として、法制技術的にほぼ不可能に思えます。どういう条文をつくればよいのか、著者に今後明らかにしていただきたいものです。

また、より本質的には、神林先生の「解雇規制の法と経済」に詳しいように、そもそも解雇権濫用法理、整理解雇法理が発達した背景には、(所属組合による差別など)差別的、恣意的な解雇が行われた場合が多いわけですから、上記3「人選の合理性」を残すのであれば、解雇規制の強さはあまり変わらないと思いますし、その点については相変わらず裁判所に持ち込まれることになりそうです。

アメリカのように「解雇は基本的に自由」という国でも、それを補完するものとして差別による解雇について保護する法制が発達していますので、「あらゆる意味で解雇は自由」というわけではありません。著者は想定として、経営状況の悪化や、個人の生産性の低下を原因とした解雇を念頭に置いているようですが、実際には、そういった理由と、差別的、恣意的な理由による解雇の区別はつきません。だからこそ、アメリカでも「勤続年数の逆順に解雇」という誰が見ても明らかな基準による実務が発達するのだと思います。

八代先生の路線から行けば、どんなに解雇規制を緩和するにしてもアメリカ的路線が限界ではないでしょうか。つまり、「解雇は原則自由である」と法律に明記した上で、差別的、恣意的な解雇について詳細な規定をゼロからつくり直す、といったプロセスになるしかないように思います(私はそういう方向にはまったく反対ですが)。

このような疑問が浮かんでくるのですが、いかがでしょうか。解雇規制の部分は本書でもキモのはずなので、もう少し明確に書いていただければありがたいと思いました。解雇権濫用法理や整理解雇法理を批判する方は多いですが、今後は具体的な制度改正提案とセットでなければあまり説得力を持たない気がいたします。

とはいえ、参考になる部分も多くありました。制度改正論の一方の極にある考え方として、読んでおくべき一冊かと思います。
Posted by 佐藤孝弘 at 16:30 | 経済 | この記事のURL
「行刷相 事務次官廃止を検討」(「日本経済新聞」2009年12月8日朝刊2面) [2009年12月08日(Tue)]
仙石行政刷新大臣が、公務員制度改革法案について来年の通常国会に提出すると意向を示したとのこと。さらに、各省の事務次官ポストの廃止も視野に検討する考えを示唆したそうです。

「事務次官の廃止」は、霞が関に係わりのない人にとっては、何でもないことのように思えるかと思いますが、役所サイドからはかなりの反発が予想されます。課長以上の幹部クラスの大きな「目標」がなくなるわけですから、大きな心理的インパクトを与えることになりそうです。

実は、戦前も「行政組織のどこまでが政治任用でどこまでが試験を通った官僚の内部昇進か」という問題はずっと存在しています。「文官任用令改正問題」として議論され、清水唯一朗先生の「政党と官僚の近代」に詳細にそのことが論じられております。

たとえば、大正2年(1913年)、第一次山本権兵衛内閣にて、政友会は文官任用令を改正、それまで資格任用だった各省次官を自由任用としました。それまで試験を経て選ばれた官僚しか就けなかった次官ポストを政治任用で任命できるようにしたわけです。目的は政党人登用の門戸開放です。

ところが、実際に起こったのは政党人の就官ではなく、現職官僚の政党参加だったとのこと。当時の官僚は、政党の影響力から政策や人事の独立性を守るために政党に積極的に入り込んでいったということのようです。

政党からみると、有力官僚を政党に参加させることは、「政党内閣時代」を実現するための重要なリクルート手段でした。その後の政党(政友会、憲政会)の総裁は犬養毅を例外としてほとんどが次官級経験者によって占められています。

結局、この門戸開放策は、当初の意図とは全然違う結果をもたらしたようです。

話を現代に引き戻すと、実際問題としては省内調整や対外的なスポークスマンの役割を政治家がしっかりとやるのであれば、事務次官は不要です。もちろん、政務三役クラスの増員は不可欠でしょう。

濃密な省内調整のプロセスによって、戦前とまではいかないまでも新たな政官関係が生じてくることが予想されます。そこまで踏まえた上での政治主導システムをぜひ構築していただきたいものです。
| 次へ