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「伝習録」王陽明 [2008年01月22日(Tue)]
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
(ご挨拶がかなり遅れ、失礼しました)
年初から株価の急落により、経済は混迷を極めておりますが、私は右往左往せず、長期的に世の中の役に立つ政策提言を行うことを目指してがんばってまいります。近々その成果の一つを世に公表できると思います。


今回ご紹介する「伝習録」は私の座右の書で、人生の転機にはいつも読み返している。明の時代の中国の思想家・王陽明の言行や手紙などをまとめたもの。同時に政治家として、軍人として大きな功績を残している。

私が最も好きな一節は

「問ふ、上智と下愚とは如何ぞ移す可からざると。先生曰く、是れ移す可からざるにあらず。只だ是れ移るを肯んぜざるなりと。」

これは、王陽明の弟子が、
「論語に『生来智力の優れたものと、劣ったものとは、後天的な修養では変わらないものだ』とありますが、どうしてこれが教育によって変えられないのでしょうか?」
と尋ねた際の応答である。

ここで引用されている論語の一節は、簡単に言えば「ダメな人間はいくら努力してもダメ」とも読めるような内容である。王陽明の弟子がこの内容について疑問を持つのも当然であろう。

王陽明は、「変えることが不可能なのではなく、自身が変わろうとしないからである。」と答えた。

陽明の返答の意味するところは、どんな人も生来備わっている能力があり、成長し立派になる資格を持っているということだろう(ちなみに陽明学ではその能力のことを「良知」という)。陽明の言葉は、人間愛に満ち、かつ人を前向きな気持ちにさせるものがある。

「伝習録」の魅力は一回では書ききれない。また折を見てご紹介したいと思う。
Posted by 佐藤孝弘 at 19:34 | 思想 | この記事のURL