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「大学」 [2007年10月03日(Wed)]
儒教の基本教典「四書」のうちの一冊である(他は「論語」「孟子」「中庸」)。もともとは独立した書物ではなく、「五経」のうちの「礼記」の中の一編を12世紀に南宋の朱熹が抜き出してから儒学の重要教典となった。ちなみに「中庸」も同様に「礼記」から抜粋された。

儒教の考え方が非常にコンパクトにまとまっているため、まず最初に学ぶべきものとされたようだ。読んでみると、儒教というのは結局は「道徳と政治」についての思想であることがよくわかる。有名な「修身斉家治国平天下」という言葉も「大学」の中に出てくる。つまり君子として天下を平らかにするには、まず国が治まっていなければならない。そのためには自身の家が斉(ととの)っていなければならないし、家が斉うためには、身を修めなければならない。

ここでは、政治は道徳の延長として、当然のように一直線で並んでいる。マキャベリズムの対極に位置するような理想主義的考えで、一見変革のための政治思想としては到底通用しないように思える。実際、漢の時代にはすでに訓詁学(教典の注釈中心の学問)として、その思想的な力を失ったし、南宋の時代に朱子学として再構成されてからも、すぐに形式主義に陥った。しかし、それだけではない。

儒教は急進的な行動主義に転化する可能性を常に秘めている。「大学」の基底には、「一人の人間の純真な思いにより、世界中を感化することができる」という考えがあるように思われる。例えば、「いわゆるその意を誠にすとは、自ら欺くなきなり」とか、「徳あれば此(ここ)に人あり」(君主の徳が積まれると、そこに自ずから民衆が集まってくる)といったような表現が至るところに出てくる。

理想主義は形骸化しやすい反面、急進的な思想にもつながる。後に陽明学のような行動主義につながるものが「大学」からも読み取れる。王陽明「伝習録」の冒頭は「大学」の解釈についての朱子学に対する批判からスタートするのである(「伝習録」についてはまた別な機会に紹介させていただく)。

後に日本人、特に江戸期〜明治までの日本政治思想に大きな影響を与えた基本テキストとして、まずはこの「大学」を読んでいただくことをオススメする。

余談になるが、私は、明治維新の「維新」という言葉は、「詩経」に出てくる「周は旧邦と雖(いえど)もその命は維(こ)れ新たなり」から来ていることを「大学」を読んで初めて知った。当然に「大学」も暗唱していたであろう維新の元勲たちは、王政復古によって政治が革まることを表現したかったのかもしれない。
Posted by 佐藤孝弘 at 09:03 | 思想 | この記事のURL