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「福沢諭吉 国を支えて国を頼らず」北康利 [2008年08月11日(Mon)]
福沢諭吉の伝記で、著者は前著「白洲次郎 占領を背負った男」がベストセラーとなった北康利氏。なお、北さんは私も部長を務めていた東大弁論部の先輩でもある。

福沢は豊前国中津藩の「下士」身分の家に生まれた。中津藩では、武士階級は「上士」と「下士」に分かれていた。1600名ほどの藩士のうち、上士と下士が1:3ほどの割合だった。子供の頃、上士身分の者が上士というだけで偉そうにしているのに忸怩たる思いでいたという。

中津藩を飛び出し、最初は長崎、次は大坂の緒方洪庵の適塾で蘭学を学ぶ中で、その才能を開花させていく。適塾は上士も下士もなく、実力だけが評価される世界である。それに加え、洪庵の門下生への慈愛に満ちた指導の中で、福沢は教育の有るべき理想を見た。

その後幕府に出仕した福沢は、咸臨丸で勝海舟とともにアメリカに渡り民主政治の実情を知る。アメリカ人にワシントンの子孫はいまどうしているのかを尋ねても答えられなかった。福沢からすればワシントンは日本で言えば徳川家康のようなもののはずであった。その子孫に国民が感心を持っていないという事実。ここに自由社会の本質をみた。

維新後は慶應義塾にてあくまで「民」の立場から人材の育成を続け、明治5年には「学問のすすめ」を発刊する。冒頭から、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずといへり」という新時代の本質を一言でとらえた言葉で、全国民に衝撃を与えることとなる。まさに福沢が理想とする実力社会の到来を告げる言葉である。「学問のすすめ」は累計340万部も売れたという。

身分社会を打破し、社会の流動性が高まると個人の強さがこれまで以上に求められてくる。福沢はそのことをいち早く見抜き、国民を啓発することを自らの使命と心得ていたのではないだろうか。

先日、著者の北さんのお話を伺う機会があった。サブタイトルの「国を支えて国を頼らず」は福沢の言葉ではなく、北さんが福沢の人生や思想を現すために造った言葉とのこと。まさに言い得て妙だと思う。前作と同様、テンポがよく、登場人物が活き活きと描かれており非常に面白い。是非読んでいただきたいと思う。
「私の履歴書 人生越境ゲーム」青木昌彦 [2008年07月25日(Fri)]
東京財団でVCASI(仮想制度研究所)を主宰する青木昌彦先生の自叙伝。もともと日本経済新聞の人気コーナー「私の履歴書」で連載していたものに大幅に加筆されている。

学生時代にブントで活躍した頃からアメリカでの研究生活、そして現在に至るまで、青木先生が企画してきた7つの「知的ベンチャー」を軸に自身の人生を振り返っている。先生自らが「越境ゲーム」と称しているように、学問的にも地理的にも、既存の枠組みを超えて自由自在に活動されてきたことがよくわかる。

読んでいて驚くのは登場人物の“濃さ”だ。経済学者だけにとどまらない大物の連続で、青木先生の幅広い交友関係がわかる。人を引き付ける磁力のようなものを持っておられるのだろうと思わずにはいられない。

その出会いとと研究生活の中から得られた結論はどれも示唆に富んでいる。私にとっては、
たとえば以下のような部分が非常に印象に残った。

「社会のゲームの新しいルールは、古いルールをぶちこわした後に突然生まれるのではなく、ゲームのルールを変えようという人たちのあいだですでに実験され、胚胎されているプレイの仕方が、だんだんと世の中に受け入れられることによって生まれるのだ」

「真の「改革」(制度変化)とは単なる「独法化」というような組織いじりで達成しうることではなく、人々が分かち持つ意識のあり方(マインド・セット)と深く関連するということに深く思い至った。」

読み物としても非常に面白く、冒険活劇を読んでいるような気持ちになる。ぜひ読んでいただきたい一冊だ。

先生は現在進行形でVCASIという7つめの知的ベンチャーに取り組んでおられる。こちらのほうにも今後ご注目いただきたい。