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「学校選択制のデザイン」への書評 [2010年05月11日(Tue)]
現在発売中の「週刊東洋経済」において、筑波大学の江口匡太先生に「学校選択制のデザイン」についての書評を書いていただいております。ありがとうございます。手元に東洋経済をお持ちの方はぜひご覧いただければ幸いです。
Posted by 佐藤孝弘 at 14:21 | 教育 | この記事のURL
「学校選択制のデザイン ゲーム理論アプローチ」安田洋祐編著 [2010年03月29日(Mon)]
以前のエントリでもお知らせしていた「学校選択制のデザイン ゲーム理論アプローチ」(安田洋祐編著、NTT出版)が発売されました。アマソンや一般書店でも入手できる状況になったようです。

本書は、東京財団仮想制度研究所(VCASI)における研究プロジェクトである、学校選択制デザインプロジェクトの研究成果をとりまとめたものです。私も第一章を執筆しております。

私は主に教育委員会へのヒアリングなどを通じた実態調査を担当しましたが、お話を聞けば聞くほど、時折メディアから流れる過激な学校選択制批判とは異なる実態が存在しました。我々はそれを反面教師として「まず結論ありき」という姿勢でなく、真摯に現実をとらえるよう注意を払ったつもりです。

本書を出発点として、教育行政の現場ともさらに活発な意見交換を行い、より良い制度改正を実現できればと思っています。学校選択制の制度改正に関心を持つ自治体の方々がいらっしゃいましたら、ぜひお声掛けいただければ幸いです。


(目次)

出版によせて(青木昌彦)
まえがき(安田洋祐)
プロローグ(安田洋祐)

 ―第1部 学校選択制の現状分析―
第1章 日本における学校選択制(佐藤孝弘)
第2章 米国における学校選択制(友枝健太郎・成田悠輔)

 ―第2部 学校選択制の理論分析―
第3章 マッチング理論による分析(瀧澤弘和・川越敏司)
第4章 米国におけるマッチング理論の実践(友枝健太郎・成田悠輔)
第5章 学校選択問題のフロンティア(小島武仁・安田洋祐)

 ―第3部 より良い学校選択制をめざして―
第6章 学校選択制に関する政策提言(安田洋祐)
Posted by 佐藤孝弘 at 10:48 | 教育 | この記事のURL
「学校選択制のデザイン」のご紹介 [2010年03月11日(Thu)]
東京財団仮想研究所(VCASI)で行っていた、学校選択制デザインプロジェクト(SCDP)の成果として、NTT出版から『学校選択制のデザイン―ゲーム理論アプローチ』という本が今月末に発売予定です。私も第一章を執筆しています。

編者は、プロジェクト・リーダーの政策研究大学院大学の安田洋祐先生です。安田先生はVCASIフェローでもあります。↓安田先生のブログで、表紙などを見ることもできますので、ぜひご覧ください。

安田先生のブログ「ECONO斬り!」
Posted by 佐藤孝弘 at 11:33 | 教育 | この記事のURL
「教育の職業的意義―若者、学校、社会をつなぐ」本田由紀 [2010年02月03日(Wed)]
最近は雇用に関する政策提言の取りまとめに没頭しているのですが、そうなると必然的に学校教育の問題にも関心が向かわざるを得ません。これまでは正社員という“通常ルート”に乗れば一から教育を受けることができたので、学校教育において「仕事に役に立つ」という観点はあまり重視されてこなかったように思います。ところが、近年非正規雇用の割合が拡大し、そのような機会を奪われる若者が増えてきています。必然的に就業の全段階としての学校教育を考えざるを得なくなるわけです。

そのような問題意識を持っていたところに本書に出会いました。

本書がユニークなのは、序章に「あらかじめの反論」として、教育の職業的意義を否定する言論のパターンを5つ提示し、それぞれに反論していることです。例えば、否定的反応1「教育の職業的意義は不必要だ」では、

「これは、教育が仕事に役立つ必要はない、教育はもっと高尚な、人格を形成し教養を高めるためのもの、あるいは一般的・基礎的な知力や柔軟な「人間力」を養うためのものだ、という主張である。このような主張は、教育をきわめて理想視する「教育学」的な立場からなされる場合もあれば、逆に産業界の人事や採用の実態をふまえた現実主義的な立場からなされる場合もある。」

だそうです。ちなみに他の4つは以下のとおりです。

否定的反応2「職業的意義のある教育は不可能だ」
否定的反応3「職業的意義のある教育は不自然だ」
否定的反応4「職業的意義のある教育は危険だ」
否定的反応5「職業的意義のある教育は無効だ」

正直、教育の職業的意義についてネガティブな人がこんなにいることに驚きました。個人的には教育の最大の目的は社会で自立して活きていくための力をつけることにあり「教育の職業的意義」は極めて重要だと思っています。

本書では、現在、学校教育において「教育の職業的意義」が軽視されることを指摘し、そこに至った事情と今後の方向性について論じています。

興味深かったのは、日本型雇用との関係の部分です。戦後の労働政策の方向性としては、職務をベースとした人事制度を志向してたのですが、それを産業や進学率の向上という実態が跳ねかえしていきます。

具体的には、高度経済成長による労働需要の急激な拡大→労働者を企業に囲い込む必要性→職務よりも企業への帰属を重視し、職能給へ、というプロセスをたどっていたというのです。

また、戦前は初等教育卒がブルーカラー、中等、高等教育卒が事務職という明確な区分がありました。ところが、1960年代には高卒者の割合が増え、高卒者にもブルーカラー職へ採用する必要が生じ様々な混乱が生じることとなりました。それを収拾するには、企業内部の職務の区分を曖昧にし、ホワイトカラー・ブルーカラー間の柔軟な異動を可能にする必要があったというのです。こうして、日本型雇用が生まれ、教育の職業的意義も薄れてきたというわけです。

著者は、「適応と抵抗」の両面を備えた職業的意義ある教育を提案されております。個人的には職業選択についての夢ばかりでなく、それについて回る各種の「リスク」についてもしっかり教えるべきだと思っております。

教育という切り口から日本社会全体のあり方を考えさせられる良書だと思いますので、ぜひお読みください。
Posted by 佐藤孝弘 at 17:08 | 教育 | この記事のURL
「曲がり角を迎えた中学受験ブーム」(「週刊エコノミスト」2009年3月17日号掲載) [2009年03月12日(Thu)]
現在発売中の「週刊エコノミスト」で森上展安さんが今年の中学受験の状況について書いておられます。

近年、少子化にもかかわらず中学受験ブームで受験者数がどんどん増えていたのですが、昨年に減少に転じ、今年はその傾向がさらに続いたとのこと。昨年の減少は首都圏に住む公立小学校6年生の総数が減ったことが大きな原因だったようですが、今年は6年生の総数が増えたにもかかわらず受験者数が減少、受験率も10年ぶりに低下したそうです。

明らかに不況の影響ですが、これまでなんでもかんでも受験していたのを、教育の内容や進学実績を見て、慎重に選ぶようになったようです。中学受験ブームがいわゆる“ゆとり教育批判”のキャンペーンで煽られていた面を考えると正常な状態に戻ったのかもしれません。

この傾向は現在VCASI(東京財団仮想制度研究所)で研究中の学校選択制にも間接的に影響を与えると思います。これまで東京の学校は、少子化や私立受験ブームの影響で公立校の教室のキャパシティに比較的余裕がありました。不況が長引いて、公立校に生徒が戻ってくると、キャパシティの余裕がなくなり、他の学区から受け入れられる人数が減ってくるものと思われます。そうすると抽選漏れしてしまう生徒が増えてしまいます。

そのようなときに今の制度でよいのか、より生徒のニーズをくみ取れる制度はないのか。引き続き研究をすすめていきたいと思います。
Posted by 佐藤孝弘 at 10:33 | 教育 | この記事のURL
「学校選択制を経済学で考える」安田洋祐(「週刊エコノミスト」2009年1月13日号掲載) [2009年01月06日(Tue)]
VCASI(東京財団仮想制度研究所)フェローの安田洋祐先生による学校選択制についての論考。安田先生はVCASIの学校選択制デザインプロジェクトのリーダーとして大活躍中です。

最近のメディアの論調では学校選択制は「格差を生む」としてネガティブにとらえられがちですが、肝心なのはその格差の中身にあります。メディアで最近よく語られる格差とは「選択の結果としての学校間の人数の格差」です。確かに、自治体の一部では学校選択制の定員制限について比較的柔軟に運用しているところがあり、学校間の人数のばらつきが目立つところもあります。

それを理由に廃止論を唱えることは簡単ですが、学校選択制を廃止すれば、その一方で「お金持ちに生まれれば私立中という幅広い選択肢から選び放題だが、私立に行く余裕がない、貧しい家庭の子供は強制的に1校を割り当てられてしまう」という、より本質的な格差を復活させることになります。ですから、ここは安易に廃止論を唱えるよりも、まずは現場の実態を見極めた上で制度の改良を考えるべきです。

本稿ではこれらの論点が極めてわかりやすく整理されていますので、ぜひご覧ください。今後、学校選択制デザインプロジェクトでより具体的な政策提言につなげていきたいと思っておりますので、ぜひご覧ください。

※当ブログ読者の方から「ですます調」のほうが読みやすいというご指摘をいただきました。しばらく「ですます調」で書かせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
Posted by 佐藤孝弘 at 10:27 | 教育 | この記事のURL
「教科書の上限撤廃」(「日本経済新聞」2008年11月13日朝刊) [2008年11月13日(Thu)]
現在、文部科学省が教科書検定基準の改定作業を進めている。その中で、生徒全員が学ぶ必要のない「発展的内容」について、小中学校で教科書全体の分量の10%程度、高校で20%程度と定めた現行の上限規制を撤廃する方針を決めたとのこと。

久しぶりに全面的に賛成できる政策。これまではこの制限のおかげで、最新の理論や事例を紹介することができなかった(特に理科)。今後各社は創意工夫を重ねて、活きた学問への興味を書きたてるような「発展的内容」のコンテンツを作ってほしい。

記事によると「ゆとり路線」がでこのような規制が維持されていたとあるが、まったくの余計なお世話である。若者の知的好奇心を育てるチャンスをこれまでみすみす放棄してきたわけだ。教科書は全ての生徒が手にするのだから、これを活かさない手はない。
Posted by 佐藤孝弘 at 16:19 | 教育 | この記事のURL
「学校選択行動(上)」橘木俊詔・八木匡(「経済セミナー2008年11月号掲載) [2008年11月07日(Fri)]
「経済セミナー」の連載で、今回は学校選択行動についての経済理論がテーマである。本稿によると「能力の高い級友から正の影響を受ける効果」をピア・グループ効果といい、各家計はこの効果を求めて私立学校を選ぶようになるという。

私自身は小・中・高・大と全て公立だったので、ピア・グループ効果というものがどのくらいあるのか実感としてはあまりない。ただ、子供を持つ親の気持ちを推察するに、少なくとも選ぶ側の判断材料としては、大きいような気はする。結局、お金を持つ親は私立の小・中学校を選ぶ。

ところが、公立高校の事情は少し異なるようだ。日本の公立高校は小・中学校と異なり学区の制約をあまり受けておらず、選抜試験によって能力別に入学者が割り振られるため、「高い難度の公立高校には優秀な生徒が集まり、優秀な生徒が高い授業料を支払って私立学校に通う必要性は、小・中学校に比して相対的に低くなっている」とのことだ。また、本稿ではそれを示すデータも掲載されている。

では、小・中学校でも学区制を緩和しバウチャー制度の導入を行った場合、どうなるか。バウチャーによって私立の授業料が実質的に引き下がる効果によって、公立から私立への流出が加速する効果と、公立学校間での移動性が高まることにより、公立学校でも高いピア・グループ効果が期待的できる学校が出現し、私立から公立への移動が加速する効果と、両方が考えられる。また、一部公立学校の質が低下することも当然ありうる。この点、本稿では以下のように述べる。

「むしろ、高能力者が抜け出して平均学力が低下し、低いピア・グループ効果が生まれる公立学校に対しては、優遇的な教員の増員を図り、少人数教育を徹底化させることによって学力の改善を図ることが必要であろう。」

ここではピアグループ効果のみ問題にしているが、これに「教員の指導力の差」という要素を加えると、以前ご紹介した若月氏の議論に近づいてくる。

学校選択自体の導入自体の是非のポイントはこの辺にあるようだ。VCASI(東京財団仮想研究所)で取り組んでいる「学校選択制デザインプロジェクト」でもさらに深い検討をすすめていきたい。
Posted by 佐藤孝弘 at 14:27 | 教育 | この記事のURL
「学校選択制で格差 男女比にも偏り」(毎日新聞10月22日朝刊1面) [2008年10月22日(Wed)]
おどろおどろしい見出しに驚いて記事を読んでみたら、ここでいう「格差」は今春の各校の入学率に大きな差があるということだった。

このような意味での差が出ることは学校選択制を導入したのだから当然予想されたことだ。それを殊更に派手な見出しを掲げているこの記事は学校選択制に悪いイメージを植え付けるレッテル貼りにすぎない。

以前このブログで品川区の教育長、若月秀夫氏の著書を紹介したが、若月氏も述べているように、学校選択制の導入の目的は既に隠れて存在している学校の格差(教員の指導力の差など)を浮き彫りにし、対策を打つことにある。

そうである以上、ここで明らかになるのは、指導力がないと保護者や生徒に判定された学校に、教育委員会や区がしっかりテコ入れしているかどうかということだ。入学率の差を放置している区はそれをサボっていることになる。それを無視して、学校選択制度自体を批判するのは、サボっている人たちにとっては絶好の責任逃れになるだろう。

ただし、保護者や生徒に学校の情報が正確に、豊富に伝わらない場合は、単なる噂話などが大きな影響力を持ってしまうのはこの記事の指摘する通りだろう。各学校には積極的に情報開示を行うインセンティブを与える必要があるだろう。

以前もブログで書いたが、格差と言えば、東京のお金持ちの子供は「私立」という豊富な選択肢がたくさんあって、自分の特性にあった学校を自由に選べるのだが、そうではない子供は学校選択制がなければ全く選べない。どちらかと言えばこちらの格差が本質だ。毎日新聞にはこれについても調べてほしいと思う。
Posted by 佐藤孝弘 at 12:52 | 教育 | この記事のURL
「学校大改革 品川の挑戦」若月秀夫編著 [2008年10月08日(Wed)]
学校選択制、小中一貫教育、外部評価制度など、次々と制度改革をすすめてきた品川区の教育長、若月秀夫氏の著書。

VCASI(東京財団仮想制度研究所)において、学校選択制の制度設計についての検討を進めることになり、手始めとして読んだ本。実際に教育行政と教育現場で、血のにじむような努力をして改革を進めた方なので、その意見には迫力がある。

学校選択制と言えば、それに対する反論として、「格差や序列化を発生させるのではないか」とか「地域と子どもの関係を破壊するのではないか」というものがすぐ出てくる。しかし、著者はそういった意見を「机上の空論」と切って捨てる。以下引用。

「その意味で、学校選択制は、「格差」や「序列化」を固定化するどころか、むしろそれらを是正するためのきっかけを学校に与えたものなのです。今まで見えなかったけれど、確実に存在する「格差」や「序列」が白日の下にさらけ出されたからです。学校選択制は将来、学校間格差を生み出す、などという後ろ向きで根拠の無い心配をする前に、品川区は今ある格差や厳しさに欠ける学校の体質に問題を持ち、それを解消したかったのです。」

実体験からしてみてもこの話には納得できる。個人的な話で恐縮だが、私は品川区立東海中学校という学校を卒業した。当時は指折りの“荒れた”学校で、近隣の評判も良くはなかったと思う。ところが、今や品川区でも人気校の一つになっているという。これなどは、学校選択制の大きな成果だろう。また、「私立」という抜け道が充実している東京では、学校選択制批判は特に当てはまらないかもしれない。

一方、江東区のように、学校選択制を廃止してしまった区もある。特に難しいのは、

A導入すること自体に問題があった
B導入したがその制度設計や運用に問題があった

ABどちらが原因なのか見極めになるだろう。また、各自治体住民が「学校」というものについて、どういった点に期待しているかということも重要だ。いずれにせよ実態はしっかりみていなければならない。

著者によると、教育改革を実効性のあるものにするには、抽象的な「教育論」だけでは不十分で、それを実現するための仕組みを作る「経営論」も同時に必要になるという。具体的には、「教員一人一人が好むと好まざるとにかかわらず、結果的に「そうせざるを得ない状況」を学校の中に意図的につくりだすこと」だが、これは制度設計によって教員の意識を変えさせ、行動を促す仕組みを造るということだ。

思想としての教育論と、それを実現する手段としての制度設計という両面から攻めていく必要があると感じた。
Posted by 佐藤孝弘 at 14:42 | 教育 | この記事のURL