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「ねじれ」の季節3 [2010年07月16日(Fri)]
実は、「ねじれ」についての評価は大きく二つに割れています。

ひとつは、ポジティブにとらえる見方で、「ねじれ」という現象を、国会での議論と修正を通じて、より良い政策を導く政治への転換のチャンスとする見方。もうひとつは、現在の日本の政治システムが持つ欠陥ととらえる見方です。既に書いた通り、私は後者ですが、今回はその理由を書きたいと思います。

日本の政治システムは、議院内閣制で、外形的にはイギリスに近い運用がなされています。議会における多数派が内閣を組織し、政権運営を行います。基本的には議会における多数派を基盤とした政府が予算案や内閣提出法案(閣法)を出し、国会での審議を経て基本的には修正されないまま成立します。一方、ヨーロッパのイギリス以外の議院内閣制諸国では、内閣提出法案も比較的頻繁に修正するようです。

内閣提出法案の国会内修正は、一見、「多くの人の意見」が反映して良いようにも見えるのですが、私はそうは思いません。今、日本で求められる様々な制度改革は、「足して2で割る」べき性質のものではなく、ある価値観に基づいて大胆に進めるべきものが多いと考えるからです。日本の政治の中心課題は、増え続けるパイ(富)の分配から、優先順位をつけ切るべきところは切るということに移っていると思います。

また、仮に法案の国会における調整が頻繁におこるようなことが望ましい政治状況が日本にあったとしても、「ねじれ」という状況がそれに一致しているとは限りません。両者は制度的にリンクしていないのです。別な言い方をすれば、法案の国会における調整・修正が頻繁に行われることが望ましいのであれば、ねじれていようがいまいが、そうあるべきです。そういうことからすれば、「ねじれ」を、国会での議論と修正を通じてより良い政策を導く政治への転換するチャンスという見方は、後付けの理由に見えてしまうわけです。

問題は、ねじれかそうでないかという二つの状況が“選挙結果によって偶然にやってくる”という点にあります。

ある時はイギリス的なウェストミンスターモデル、またある時は欧州大陸的な議院内閣制モデル、と、ねじれがあるかないかで、うまく頭が切り替えられるはずがありません。また、国会運営のルールをその都度切り替えるわけにもいきません。また、最初にねじれがあったとしても、軽微なねじれでは数カ月で解消されることも多いでしょう。仮に国内外の政治課題によって、ねじれたほうが望ましい瞬間があったとしても、ねじれるかそうでないかは時々の選挙結果でランダムに決まるので、うまくはまってくれないのです。

ねじれは、基本的には参議院選挙後に起こります。現内閣の政権運営に対する国民の評価が非常に低い時、参院選で大敗することにより「本格的なねじれ」状況が生まれるわけです。となると、さらに参議院選挙とは何かということを考えていかなければなりません。

参議院選挙は近年特に、「時の内閣への評価」に使われる傾向が強いです。本来であれば参議院議員が6年間しっかり仕事してきたかどうか、あるいは新人候補に対しては、その候補が議員たる素質を持っているかどうかが問われる選挙のはずですが、そうは扱われません。メディアの報道の仕方も、有権者の投票行動も、もっぱら“現政権に対する評価”という判断基準で決めています。これは何を意味するかと言えば参議院議員選挙が、参議院議員の資質を問う選挙ではなくて「世論調査」になっているということです。

参議院議員選挙にかかる経費は、国の予算(総務省自治行政局管理課所管)から出ているのですが、平成22年度予算の概算要求における要求額は544億6400万円です。ずいぶんと高い世論調査の費用だと思いませんか?しかも、ねじれという、これも巨大なコストを生み出すわけです。こうした事態を引き起こす制度に合理性があるでしょうか?わたしはないと考えます。

ではどういった解決策があるのでしょうか。究極的には、たとえば現在3分の2の再議決がなければ法案を通せないところを、2分の1の再議決で済むようにする、すなわち、制度的にデッドロックが生じない仕組みに変えるべきだと思います。よりラディカルには一院制も検討できるでしょう。しかし、制度改正のためには憲法改正が必然的に必要となり、政治的ハードルが極限まで高くなります。では憲法を改正しない範囲でどうするか。次回以降のエントリーで考えていきたいと思います。
Posted by 佐藤孝弘 at 13:54 | 政治 | この記事のURL