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「ねじれ」の季節2 [2010年07月13日(Tue)]
昨日のエントリーでは今回の参院選後、2007年のねじれに近い状況が生まれたと書きましたが、大きく異なる点があります。今回は、衆議院の議席が与党で3分の2以下です。したがって法律案を衆院の再議決で通すことができません。いわば、潜在的には法律が一本も通らない可能性があるということです。民主党サイドからすれば、ますます連立相手を探す必要性が高いということになります。

さて、先に私は“ねじれ状態”が政権与党をめざす野党に「内閣支持率を下げ、不支持率を上げること」という目的を達成するための「武器」を与えると述べました。具体的には以下のとおりです。

・法律案の議決
・予算の議決
・条約の議決
・総理大臣の指名の議決
・国会同意人事
・両院の承認が必要な案件
・参議院における首相問責決議案の可決
・参議院における国政調査権発動や証人喚問
・参議院における議員辞職勧告決議

たくさんありますね。これらの武器は実際にどのように機能したのでしょうか。今回は、2007年のねじれ状態における、テロ特措法を巡っての混乱を見てみましょう。

2007年9月26日に発足した福田内閣の最初の課題はテロ対策特別措置法の延長問題でした。日本の自衛隊は、2001年以降、「テロとの戦い」としてアフガニスタンに展開する米軍等の艦船への給油活動を行ってきました。もともと2年間の時限立法だったのですが、数度の延長を経て次の期限が11月1日という状況だったのです。

しかもこの案件は、同年7月の参院選に大敗した安倍総理が、9月9日オーストラリア・シドニーで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)出席後の記者会見で、「職を賭して取り組んでいかないといけない」と発言し、わずか数日後に本当に辞意表明してしまった、といういわくつきでした。安倍総理は辞意表明の記者会見で次のように述べています。

「本日、小沢党首に党首会談を申し入れ、私の率直な思いを伝えようとしたが、残念ながら断られてしまいました。テロとの戦いを継続させるうえで、私はどうすべきか。むしろ、局面を転換しなければならない。新たな総理のもとでそれを目指していくべきではないだろうか。今の状況ではなかなか、国民の支持、信頼の上において政策を力強く進めていくことは困難な状況である。ここは自らがけじめをつけることによって局面を打開しなければならない。そう判断するに至ったわけでございます。」

実際の主な辞任理由は持病の悪化であることが程なく判明したわけですが、テロ特措法の処理について、福田総理が強く意識したことは間違いありません。安倍総理辞任後の総裁選を勝ち抜き、総理となった福田氏は、就任後の所信表明演説で、野党と重要な政策課題について誠意をもって話し合いながら国政を進めたいと述べ、低姿勢で臨みました。

当時の与党には、法律案の衆院3分の2再議決という手があるとはいえ、そうそう簡単には使えるわけではありません。なぜなら法律案の再議決には「60日ルール」というものがあります。日本国憲法54条4項には以下のような記述があります。

「参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取った後、国会休会中の期間を除いて60日以内に、議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる。」

ということですので、再議決を行うには少なくとも60日は待たなければいけないわけです。必然的に通せる法案の数は限られてきます。

福田内閣のそうした方針に対し、民主党の小沢代表は、年金保険料流用禁止法案、被災者生活再建支援法改正案など、独自法案を次々と出していきました。政府の「話し合い」提案に安易に乗って、法案を成立させてしまうとすべて政府・与党の手柄になってしまうことを恐れてのことだったといわれています。福田総理は低姿勢をしばらく続けましたが、野党は一向に歩み寄っては来ません。

そうした中、テロ特措法の議論がはじまります。2007年10月9日から始まった衆院予算委員会にて、福田総理はこれまた低姿勢で野党の理解を求めました。しかし、民主党は海上自衛隊の給油がイラク戦争に従事したアメリカの空母に使われていたのではないかという疑惑を追及、テロ特措法の延長の見通しは立たなくなりました。

結局、政府はテロ特措法の延長はあきらめ、10月17日に新法である新テロ対策特別措置法案を閣議決定しました。これにより11月1日のテロ特措法の期限切れによる自衛隊艦船の一時撤収が確実になったわけです。結局新テロ対策特別措置法案は年明け、57年ぶりの衆院再議決による法案の成立という事態となりました。

窮地に陥った福田総理は2007年11月、野党第一党である、民主党と連立(いわゆる「大連立」)を模索することとなりました。福田総理と小沢代表のトップ同士の話し合いのレベルでは合意しかけたものの、民主党内の強い反発によって小沢代表はこの話を断念せざるを得ませんでした。その直後小沢代表は「政治的混乱のけじめをつける」とし、辞意表明するという事態にまで騒動が発展しました。結局、党執行部の慰留により、辞意は撤回することとなりました。

このことは、「本格的なねじれ状況が起こったとき、ねじれを解消したい与党は最終的には大連立を画策する」ということを示唆します。3分の2再議決すら使えないデッドロック状態の菅政権。同じ道をたどるのでしょうか。
Posted by 佐藤孝弘 at 14:44 | 政治 | この記事のURL