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「中小向け会計基準作成へ」(「日本経済新聞」2010年1月19日朝刊4面) [2010年01月19日(Tue)]
企業会計基準委員会(ASBJ)、経団連、日本商工会議所などが、非上場企業の会計基準作成に乗り出すそうです。2015年にも上場企業に国際会計基準(IFRS)が強制適用される可能性もある中、非上場の中小企業に負担がかからないように簡素化した会計基準を作る方向で検討するとのこと。

これは実務への影響が極めて大きい話なので、しっかり検討していただきたいと思います。事実関係から行きますと、国際会計基準の受容についての金融庁が予定しているスケジュールですが、

「2012年までに、上場企業について、2015年から強制適用するかどうかを決める」

ということになっております。

非上場企業はこの中に入っておりません。なぜなら、上場企業の会計は金融商品取引法(かつては証券取引法)の世界であり、非上場企業の会計は、基本的に会社法(かつては商法)の世界だからです。

中小企業の会計基準というのは、長い間、極めてあいまいな位置づけにありました。旧商法には会計基準に関する詳細な規定はなく、具体的な会計処理の方法は「公正ナル会計慣行」にゆだねられてたわけです。

ところが、「公正ナル会計慣行」の意味は具体化されずに放置されていました。とはいえ全ての会社は貸借対照表と損益計算書を作成しなくてはなりません。そこで非上場の中小企業が参考にしたのが、法人税法の規定です。税は租税法律主義の要請もあって、会計と違って細かいところまでルールが決まっています。そこで非上場の中小企業は事実上税法を参考に会計処理を行うようになりました。例えば減価償却にしても、税法が定めるルールや耐用年数に基づいた処理をしていたわけです。

このように、非上場の中小企業においては、会計処理の方法に税務が大きな影響を与えています。法人税法74条には、以下のような規定があります。

「内国法人は、各事業年度終了の日の翌日から二月以内に、税務署長に対し、確定した決算に基づき次に掲げる事項を記載した申告書を提出しなければならない。 」

これは、「確定決算主義」と呼ばれるものです。「確定」とは株主総会で決算書が承認された状態を指します。こうして確定した利益を基礎に、税法の観点から加算・減算した上で課税所得が決まるという考え方です。こうした考え方は国によって異なり、アメリカなどでは税と会計は切り離され、別々に計算するようです。

日本では税と会計のリンクが強いほど、決算書の真実性や公正性が担保され望ましいということで、確定決算主義の重要性が強調されてきたわけです。

一方、株式上場企業の会計基準については、商法と切り離され、証券取引法の規制のもと、詳細なものが定められてきました。こちらは「公正ナル会計慣行」ではなく「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準」として、企業会計審議会が随時基準を更新してきたという歴史があります。

商法学者の標準的な解釈においては、企業会計審議会が作る基準は「公正ナル会計慣行」のひとつではあるが、他にも「公正ナル会計慣行」はありうる、という考え方が一般的でした。例えば、非上場の中小企業には別な基準が「公正ナル会計慣行」として並立しうるといった考え方です。

平成10年〜12年頃にかけて、上場企業においては、時価会計の導入の波が日本にもやってきました。国際的な時価会計へのシフトにあわせ、我が国でも金融商品会計基準や退職給付会計など、大きな制度変更が行われてきたわけです。こうした会計基準は当然、証券取引法の世界であり、先ほどの商法の解釈からすれば中小企業には適用はされないはずですが、このことは明確にされずにおりました。

上場企業の会計基準が複雑化する中、いよいよこの問題にケリをつけようと、平成14年に中小企業庁が「中小企業の会計に関する研究会」を立ち上げました。これは、中小企業における「公正ナル会計慣行」を明らかにしようとするもので、日本商工会議所、全国中小企業団体中央会、商法学者、税法学者、会計学者、日本公認会計士協会、日本税理士会連合会、金融機関など、関係者が集まって議論され、最終的には大部の報告書が完成しました。

私は当時中小企業庁でまさにこの研究会の担当者でして、報告書の原案もかなりの部分は執筆も行いました。この報告書では、会計「基準」とまでは言っておりませんが、事実上会計基準にあたるものが提示されました。これは、中小企業にとっての「公正ナル会計慣行」を明らかにするための戦後初の試みだったと思います。

この報告書は、4団体(日本税理士会連合会、日本公認会計士協会、日本商工会議所、企業会計基準委員会)に引き継がれ、「中小企業会計指針」として毎年更新がなされてきました。中小企業の会計については、まずはこの「会計指針」を徐々に普及していくという目標が建てられたわけです。

ただ、いきなりこの「会計指針」を中小企業に強制適用するわけにはいきません。中小企業といっても法人企業だけで200万社以上も存在し、その実態も多様です。しかも、戦後50年もこの問題を放置してきたわけですから、普及にも同じくらいの時間をかけてやるくらいの覚悟が必要です。

ここから先は聞いた話ですが、この4団体の議論においては、「会計指針」の内容を上場企業が用いている会計基準に合わせる方向での見直し論がリードし、本来の趣旨である、中小企業にとっての「公正ナル会計慣行」を探るという趣旨が貫徹されていないといわれています。

背景には「会計基準はひとつであるべき」というイデオロギーと、そうではない商法の解釈の違いがあり、このことは公認会計士と税理士の業際問題ともからんで複雑な状況を生み出しています。

こうした状況の中、上場企業におけるIFRSの導入を機に、中小企業の会計のあり方についてももう一度整理し直す必要がありそうです。この記事の検討もその試みの一つだと思います。

実は、中小企業向けIFRSというものがすでに存在しております。こちらはIFRSの簡素化版であり、簡素であるとはいえ、中小企業へ適用されたときに与える影響は極めて大きなものとなりそうです。IFRSはこれまでの取得原価主義の会計基準とはまったく異なる思想で作られておりますので、これまで日本が堅持してきた確定決算主義との整合性も当然議論の俎上に上ることと思います。

「会計基準はひとつであるべき」というイデオロギーを信じる人、あるいはIFRSの導入によって自分の仕事が増える人は、すべての中小企業にIFRSを適用すべきと主張するでしょう。「いつか見た光景」がまた繰り広げられると思われます。

会計の問題については、東京財団でも今後研究していきたいと思いますが、基本的には、「ある会計基準がそもそも会計基準として質の高いものか」ということと、「会計基準のユーザー(会社と金融機関などの関係者)の役に立っているか」ということをベースに検討がなされなければなりません。今後様々な場所で検討がされることでしょうが、その議論はイデオロギーとは切り離し、真にユーザー本位の基準を目指していただきたいと思います。
Posted by 佐藤孝弘 at 13:49 | 経済 | この記事のURL