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「思考停止社会「遵守」に蝕まれる日本」郷原伸郎 [2009年03月13日(Fri)]
企業コンプライアンスの第一人者による警告の書です。「法令遵守」の絶対性がメディア等で強調されすぎ、企業や消費者が「法令遵守」と聞いただけで思考停止に陥ってしまう現在の日本の状況を豊富な具体例とともに描いています。

たとえば食品偽装の問題では、不二家や伊藤ハムに対する過剰なバッシングについて解説した後、以下のように述べます。

「伊藤ハムは、大手のハム・ソーセージメーカーです。お弁当のウインナーソーセージを楽しみにしている子供たちも含め、多くの消費者のニーズに応え、食品を安定供給する社会的義務を負っています。それは、食品企業として最も基本的な義務です。
 そういう食品企業にとって、客観的に見て健康被害の恐れがない程度の問題でただちに工場の生産を全面的に止めることが、本当に社会の要請に応えることと言えるのでしょうか。」

そして、諸外国と比較してもはるかに高い基準を定めてその基準を上回っただけで公表を求められ、自主回収を行った上にメディアからバッシングを受ける日本の異常さを述べ、以下のように続けます。

「もっともメディア関係者の中にも、このような日本の食品をめぐる報道の異常性を指摘し、問題提起しているジャーナリストもいます。また、現場で取材に当たっている記者の多くも、程度の差はあれ、そのような問題を認識しています。ところが、それがマスコミ全体の論調にはまったく結びつかないのです。そこに、この問題をめぐるマスコミ報道の病巣の深さがあります。」

最後にあるような、個別の記者レベルでは正しく認識しても、マスコミ全体の論調が過剰になってしまう状況、というのはまさにかつて山本七平が警告してきた「空気」そのものでしょう。私が思うに、「空気」を打ち破るのに必要なのは客観的な事実や専門知識です。私が思うに、日本のメディアや政治は、専門家を上手く活用することができていないためにこのような過剰報道に走っているような気がいたします。

また、本書では耐震偽装問題や敵対的買収の問題など、私が担当する東京財団の研究プロジェクト「会社の本質と資本主義の変質研究」の問題意識と重なる記述が出てきます。

建築基準法の問題では、我々も提言で最大の問題として掲げた建築基準法や建物の耐震性能についての一般国民の「安全幻想」についてもしっかり述べられています。

「それにもかかわらず、一般の人には、建築確認が、現在のような高層化・複雑化した建築物についても安全性を確保する役割を果たしているように誤解されてきました。建築基準法による建築確認という制度が果たしている役割について、一般人の認識と実態との間に大きなギャップが生じていたのです。」

また、敵対的買収の問題では、ブルドックソース事件の最高裁決定を批判します。

「ブルドックソース事件判決は、株主の大部分が賛成し、スティール・パートナーズ側にも十分な補償が行われているのだから当事者間の解決方法として問題はない、との判断です。それが企業買収の世界全体にどのような影響を与えるか、という点への配慮は十分ではないように思えます。」

このように述べ、裁判所の判断に「市場の健全な機能の確保」という観点が抜けていることを指摘しています。(※なお、この敵対的買収の部分では拙著「M&A国富論」もご紹介いただいております)

以上のように、問題意識としては東京財団での検討と極めて近いものがありますが、解決の方向性としてはどのようなものがあるのでしょうか。

ヒントは第七章、終章に述べられています。おそらく、日本においては、アメリカのように日本の何十倍もの弁護士がいて、社会の隅々からトラブルを訴訟の場に持ち込み、判例を通じて法を形成していくという行き方はやはりなじみにくいと思います。

まずは著者も指摘するよう、法の背景にある社会的要請が何であるかを自分の頭で考える習慣を日本人が身につけていくことでしょう。それを補助する法曹資格者の強化も重要です。そして、もう一方では、実態に合わなくなったルールについては迅速に、かつ理論と実態の調和が取れた法改正を行っていくことでしょう。本書ではどちらかと言えば前者のアプローチを強調していますが、東京財団の検討では後者のアプローチをとっています。いずれにせよ、本書でも指摘するように法曹資格者をはじめとした専門家を社会の中で活かしていく方向は変わらないように思います。

最近の事例を幅広く網羅し、非常に読みやすい本でもあります。法律が専門でない方もお読みいただくことをお勧めします。
Posted by 佐藤孝弘 at 14:09 | 法律 | この記事のURL