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Jimmy (05/08)
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ZOMセミナー9月期のお知らせ [2020年08月28日(Fri)]
9月のZOOMセミナーのお知らせです。
新型コロナ感染をめぐるメンタルヘルス・グリーフ・子どもの自殺・自尊感情などのテーマでZOOMセミナーを開催しています。


9月期の新規セミナーは、『子どものグリーフサポート実践セミナー』
子どものグリーフプログラムを実際にやっている方・やろうと思っている方を対象としたアドバンストセミナーです。

その他は7月〜8月に引き続きのセミナーで
特にコロナメンタルヘルスのセミナーと、バウンダリー心の境界線のセミナーは好評でしたので回数を多く設けました。



再受講は無料です。再度、受講されたい方は連絡ください。


詳細は下記のURLをご覧ください



セミナー1『新型コロナ感染症をめぐるメンタルヘルスの問題』
1.メンタルヘルス上の問題
  1)不安と正常バイアス
  2)インフォデミック・デマの心理
  3)差別・誹謗中傷の現状
2.新型コロナ感染症と自尊感情
3.レジリエンスと外傷後成長
  コロナが私たちにもたらした変化と成長 

セミナー 2『がんの受容とグリーフ』
1.がんを取り巻くメンタルヘルス
1)患者の心理
2)がんをどう家族に伝えるか
3)親のがんをどう子どもに伝えるか
2.グリーフサポート
1)遺族のグリーフサポート
2)子どものグリーフサポート

セミナー3
『バウンダリー:心の境界線〜コントロールと支配の心理〜』
1.バウンダリー 心の境界線とは
2.誰かをコントロールしたくなる心理
3.世話を焼き過ぎる人の心理〜自己犠牲を自覚する〜
4.自分をコントロールから解放するために
 人に尽くし過ぎる・暴力やパワハラを受ける・人をコントロールしがち。日常によくあるメンタルヘルスの話。

セミナー4 『あいまいな喪失 
〜さよならのない別れ・別れのないさよなら〜』
1.あいまいな喪失とは
2.行方不明・失踪の家族の気持ち
3.いろんなあいまいな喪失
  1)「昔の親と違う」認知症・パーキンソン病などによるあいまいな喪失
  2)「豹変する親」 アルコール依存・虐待する親によるあいまいな喪失
  3)「知られざる顔」まさかの浮気・まさかの犯罪
4.あいまいな喪失に向き合うためのヒント

セミナー5 『子どもの自殺の現状と予防』

1.子どもの自殺の動向

2.自殺の原因

3.自殺予防の実際


セミナー6 『死にたいと訴える子どもとどう向き合うか』

1.どんな時に希死念慮を抱くのか

2.自尊感情を育むコミュニケーショ

3.死にたいといわれた時の対応


4.リストカットを繰り返す子どもの接し方


セミナー7 『親子で育む自尊感情』

1.自尊感情とは

2.子どもの自尊感情を下げるコミュニケーション

3.子どもの主導権を奪わないコミュニケーション

4.自分もOK相手もOK 〜親の自尊感情〜




セミナー8 『グリーフの理解 基本のキ』

1.グリーフとは

2.死別後の反応

3.死因ごとのグリーフの特徴

4.支援になることならないこと

5.グリーフとレジエンス


セミナー9 『子どものグリーフを支えるために入門編』

1.子どものグリーフの反応

2.子どものグリーフサポートの現状


3.子どものグリーフを支える接し方


セミナー10 『両親が離婚した子どもを支えるために』

1.日本の離婚の現状

  離婚率・離婚の多い地域・世代・離婚の原因

2.親が離婚した子ども達の気持ちの理解


3.離別家庭の抱える問題

4.離別を経験した子どものサポートを留意点



Posted by 高橋聡美 at 11:17
ZOOMセミナー8月のご案内 [2020年07月28日(Tue)]
橋聡美zoomセミナー8月スケジュールのお知らせです。
今回は新たに4つのテーマが追加になりました。
1.新型コロナメンタルヘルス
2.がんのターミナルとグリーフ
3.心の境界線(毒親・パワハラの理解)
4.曖昧な喪失

詳しいお申し込み方法と日程は下記のファイルをクリックしてご確認ください。 

橋聡美ZOOMセミナー8月詳細





セミナー1 『新型コロナ感染症をめぐるメンタルヘルスの問題』 1.メンタルヘルス上の問題  
 1)不安と正常バイアス   
2)インフォデミック・デマの心理   
3)差別・誹謗中傷の現状
2.新型コロナ感染症と自尊感情
3.レジリエンスと外傷後成長   
コロナが私たちにもたらした変化と成長 

セミナー 2『がんの受容とグリーフ』
1.がんを取り巻くメンタルヘルス
1)患者の心理
2)がんをどう家族に伝えるか
3)親のがんをどう子どもに伝えるか
2.グリーフサポート
1)遺族のグリーフサポート
2)子どものグリーフサポート 

セミナー3 『バウンダリー:心の境界線〜コントロールと支配の心理〜』
1.バウンダリー 心の境界線とは
2.誰かをコントロールしたくなる心理
3.世話を焼き過ぎる人の心理〜自己犠牲を自覚する〜
4.自分をコントロールから解放するために  
人に尽くし過ぎる・暴力やパワハラを受ける・人をコントロールしがち。日常によくあるメンタルヘルスの話。  

セミナー4 『あいまいな喪失 〜さよならのない別れ・別れのないさよなら〜』
1.あいまいな喪失とは
2.行方不明・失踪の家族の気持ち
3.いろんなあいまいな喪失   
1)「昔の親と違う」認知症・パーキンソン病などによるあいまいな喪失   
2)「豹変する親」 アルコール依存・虐待する親によるあいまいな喪失   
3)「知られざる顔」まさかの浮気・まさかの犯罪
4.あいまいな喪失に向き合うためのヒント  

セミナー5 『子どもの自殺の現状と予防』
1)子どもの自殺の動向
2)自殺の原因
3)自殺予防の実際
  1次予防 自殺予防教育
  2次予防 危機介入
  3次予防 家族が自殺した場合 

セミナー6 『死にたいと訴える子どもとどう向き合うか』
1)どんな時に希死念慮を抱くのか
2)自尊感情を育むコミュニケーショ
3)死にたいといわれた時の対応
4)リストカットを繰り返す子どもの接し方

セミナー7 『親子で育む自尊感情』 
1)自尊感情とは
2)子どもの自尊感情を下げるコミュニケーション
3)子どもの主導権を奪わないコミュニケーション
4)自分もOK相手もOK 〜親の自尊感情〜

セミナー8『グリーフの理解 基本のキ』
1)グリーフとは
2)死別後の反応
3)死因ごとのグリーフの特徴
3)支援になることならないこと
4)グリーフとレジエンス

セミナー9『子どものグリーフを支えるために』
1)子どものグリーフの反応
2)子どものグリーフサポートの現状
3)子どものグリーフを支える接し方

セミナー10 『両親が離婚した子どもを支えるために』
1)日本の離婚の現状
   離婚率・離婚の多い地域・世代・離婚の原因
2)親が離婚した子ども達の気持ちの理解
3)離別家庭に対する偏見/支援する側の自覚
4)離別を経験した子どものサポートを行うにあたっての留意点

お気軽にsatomiit114@gmail.comまでお問合せください

Posted by 高橋聡美 at 17:34
鹿児島での講演会のお知らせ [2017年07月18日(Tue)]
2017年8月5日(土)10:20~12:00
鹿児島市で「あなたとあなたの大切な人のこころの健康を守るために」というテーマでお話をします。

心の手当てになるようなヒントが得られるような講座になればと思っています。

鹿児島県民大学.jpg
Posted by 高橋聡美 at 09:32
南さつま市での講演のお知らせ [2017年02月02日(Thu)]
15896320_1183527711728107_432468441802253744_o.jpg
2月5日に南さつま市でこころの健康についてお話しします


失敗や喪失のない人生はない。
失敗してもやり直しの効くコミュニティがあること、失敗しても、ま、いいやと、前へ進む強さがあること。
そんなお話しです。
故郷、加世田での初めての講演となります。

やさしいコミュニティになるようにお話させていただきます。
Posted by 高橋聡美 at 15:19
仕事と子育て [2011年02月22日(Tue)]
4月から夫が東京へ単身赴任することになりました。

「母子だけで高橋家大丈夫?」と色んな方が心配してくれているのですが、実際のところ、子育ての多くを夫が担っていた高橋家にとっては、試練の母子生活となります。

女手一つ、男手一つで子育てに奮闘されている方には本当に頭の下がる思いで、単身赴任ごときで何を言っているのかと、お叱りを受けそうですが、子どもに助けてもらいながら生活していこうと思っています。

母子で生活するにあたって、生活を変えて行かなければならないと思うのですが、例えば、今までは主人が宿題を見てくれていたので、今度は私がそれをやることになります。そうするとやはり仕事を時間には切り上げて、家に帰って子どもたちの宿題を見ることになります。
夫に、「解剖生理学なら私、教えられるけど、小学校の算数は教える自信がない」と話しましたら、「この子たちが中学・高校に上がったら、もう教えられなくなるよ。あの子たちに勉強を教える機会だってあと何十回もないと思うよ。」と言われ、そうか、子どもに宿題を教える幸せを味わえるのもあと何年かしかないんだな・・・とそのこと自体がとても大事な時間に思えました。

私の友人でも仕事と子育てを両立させている人が沢山いますが、仕事をする時は仕事をする、子どもと一緒の時は仕事のことを忘れて子どもの話に耳を傾ける、あるいは家族のためにきちんと家事をするという風にメリハリをつけている人はうまく両立させているように思います。

逆に、仕事を遅くまでだらだらとした場合(私もこのパターンをよくやってしまいがちなのですが)、家に帰るのが遅くなり、子どもが何か話しかけてきても、「今、ご飯作ってるから後で!」「そんな話なんかしてないでお風呂にさっさと入って!」と話を聞かずに何かをせかすようなコミュニケーションしかとれないという状況になります。おそらくこのような母子関係にある家庭は、朝の様子も「早くしなさい」「学校に遅れるわよ」のコミュニケーションパターンだと思います。
時間がないと料理も適当なものになりますし、栄養バランスも悪くなり、食事、お風呂が遅い時間になると子どもの就寝時間も自然と遅くなります。

私自身の経験で言うと仕事を遅くまでするということは、@子どもの話を聞けない A子どものペースを守れない Bきちんとした食事を作れない C子どもの就寝時間が遅くなる というようなデメリットが生じます。
このことは、ひいては子どもの心身の健康に害を与えかねず、そうすると母親は今度は看病などのために仕事を休む羽目になります。悪循環なのです。

こんな風に、自分自身の子育てのまずさに気が付いている私も、仕事が忙しい時に子どもたちにひどい態度をとることがあります。
ある日、仕事が遅くなり、精神的にも肉体的にも疲労困憊して帰宅した時に、下の娘(当時小1)が、玄関に走ってきて満面の笑みで「ママ!今日の晩ご飯は!?」と聞いたのです。
その時に私は、疲れのピークを感じ、「おかえりなさいもなくて、疲れて帰って来てるのにごはん作れっていうのは、どういうことなの。ママは飯炊きばばぁじゃないんだよ!」と言ってしまったのです。
娘は泣きだして子ども部屋に籠ってしまいました。

高橋家ではこの話は「飯炊きばばぁ事件」として、その後、色んな場面で引き合いに出されることになるのですが、娘はママが帰って来たのが嬉しくて玄関に飛んできたに違いなく、ママのご飯が大好きで今日のお夕飯をとても楽しみにして聞いたに違いなく、ママのことを疲れさせようと思って言ったわけでもないのに、心に余裕のなかった私は、そんな娘の無邪気な母への思慕に対して、ひどいことを言ってしまったと今でも思い出すたびに胸が痛みます。
心に余裕があったなら、満面の笑みで私を出迎えてくれた天使に気がついたことでしょう。

あれから下の娘は帰宅した私にこういう風にいうようになりました。
「ママ、お帰り!疲れてない?今日のお夕飯なに?」


子どもたちはお昼にお弁当を持って行きます。本日の聡美弁当 五穀ご飯と昨年漬けた自家製梅干し 1日3食25品目で子どもたちは元気! marukoさん素敵なハンカチをありがとうラブ
Posted by 高橋聡美 at 07:53
反抗期 [2011年02月17日(Thu)]
つい数か月前まで、「私にも反抗期っていうのが来るのかな?ママやお父さんのことを嫌いなるなんて信じられないよ悲しい」と言っていた11歳の娘が、ここ数日、ついに反抗期に突入したようです。

何を言われても「カチン!」って来ちゃうんだろうなぁと思いつつ見守るばかり。

昨日、下の娘が半べそをかきながら子ども部屋から出てきて私に訊ねました。
「ママ?ハンコウキっていうのは、妹にも反抗するものなの?」
ついつい笑い出しそうになるのをこらえて
「そうだね。いやなこと言われちゃったの?」と訊くと、コクリと頷き、「ハンコウキっていうのは何日くらい続くものなの?」と今度は訊きます。
「そうね、半年以上は続くと思うんだけれど?」と答えたら、「そんなに長いの悲しい」と、またべそをかきます。
何をするでも姉について回っていた妹も、彼女のテリトリーから排除されてしまったようです。

哺乳類の中でも人間は未熟な状態で生まれおち、その分、母と子は一心同体のように過ごし、親から独立するまでには沢山の時間と心理的労力を費やします。
子どもがこうやって心理的に独立していくというのは淋しいものがあるな・・・と母になり初めて味わう感覚を覚えました。

結局、昨日、ろくに口もきいてくれずにベッドにもぐりこんだ長女ですが、しばらくして「ママ〜ママ〜」と私を呼び始めました。ベッドに行くと、彼女は1歳の時のクリスマスにもらったコリーのぬいぐるみを抱きしめて泣いていました。

親離れしたい気持ちと、甘えたい気持ちと、この子なりに今日は随分と葛藤したんだろうなと、私まで涙が出てしまいました。

反抗期、つらいのは親の方だと思っていましたが、子どもも辛いんだと知った娘の涙でした。この子が汚い言葉を私に吐く時は、この子も心を痛めているのでしょう。彼女がもっと大きくなったなら、彼女の心の痛みを私に全部は話してくれなくなるでしょう。
子どもが「あのね」と話しかけてくれ、彼女達の心の痛みに寄り添える今は、母親として幸せな時なのかもしれません。

Posted by 高橋聡美 at 21:15
子どもとの関わりかた [2011年02月09日(Wed)]

私は普段、学生の相談を受ける立場にありますが、色んなケースを知るにつけ、「自分は母親として大丈夫かな・・・」と私自身の子育てに不安を覚えます。

もちろん、正しい接し方などないのですが、厳しく接すれば、「子どもをコントロールしてないかな?子どもの人格を尊重してるかな?」と不安になり、優しくしたらしたで「干渉しすぎてないかな?」と、あるいは逆に自立を促せば促したで「放任になってないかな・・・」と自問は尽きず手さぐりです。

以前にある知人のお子さんが不登校になり、相談を受けたことがありました。そのご家庭は、大変穏やかな奥様に、良識ある旦那さん、その穏やかな家庭の中でお子さんはすくすくと育ったのですが、親の知らない間にお子さんは学校での友人関係で悩みを抱え、不登校となったそうです。

親御さんはもちろん「こうなるまでうちの子は私たちに何も悩みを話してくれなかった。自分たちの何がいけなかったのか」と、考えたわけですが、何かとりわけ問題になるようなものがあるようにも見えませんでした。

ただ、ひとつ、奥様がこんな風に言っていたのが気になりました。
「私は色んな感情を抑えて、家庭内がいつも穏やかであるように今まで努力してきました」

「なぜ感情を抑えて暮らしているのですか?」と訊きましたら、彼女は小さい頃、家庭内暴力のお父様の元で育ち、家庭内で大声を出すことはおろか、小さな諍いも家庭内で起こしたくなかったと話してくれました。

家族の中で家庭内暴力がある場合は、子どもたちは自分の心を保てないほど心を痛めるわけですが、家族の中で感情を出し合わない家庭というのも、それはそれで子どもの感情の成長に影響があります。

両親が夫婦喧嘩をしないことが必ずしもいいわけではなく、例え少々派手な夫婦喧嘩をしても、「喧嘩をしても、お父さんとお母さんはまた仲直りをする」ということを子どもが学習することの方が、対人関係を学ぶ上で大事だと思います。
彼らが社会に出て、誰かとぶつかった時、「喧嘩したからもうおしまいだ」と思うのか、「喧嘩しても信頼は崩れてないし関係は修復できる」と思えるのかは、どんな感情のやり取りと修復を生育過程で経験してきたかということに影響されます。

こんなことを書きつつも、私もまた子育てに迷える一人の母なのですが、「どんな感情を出しても大丈夫。ここは出してもいい場所で、どんな感情を出しても私たちの信頼関係は崩れたりはしないんだよ」ということを子どもたちに伝えて行けたらいいなと思っているところです。


Posted by 高橋聡美 at 22:35
美しい人 [2011年01月28日(Fri)]
先日、「美しい」と思える女性にお逢いしました。
彼女のご主人は日本の歴史に残る大事なお仕事を成し遂げた方ですが、「ああ、この方があの歴史の裏側で献身的にご主人を支えた女性であったか」としみじみと彼女のその佇まいを眺めました。
2時間ほど色んなお話をしたのですが、お別れした後「彼女の美しさは何からくるのかな」ということをおぼろげに考えました。私はあんな素敵な50代になれるだろうかと。

彼女はとても真摯にご自身と向き合い、そして自分の弱さや醜い部分をいかに自分で受け入れていくかということをひたむきに考える人でした。
表面だけ強い人は沢山いますが、真に「強い人」というのはきっとこんな風に自分の弱さから逃げずにきちんと向き合える人のことなのだろうと思いました。そして自分の心の弱さや醜さと和解し共生できた時、彼女のようなひたむきな美しさを放つことができるのかなと思いました。

邪心のないものを「美しい心」というのかもしれませんが、良心も邪心も何もかも全てがその人自身で、その調和の中にその人らしい美しさが存在するのかも知れません。

彼女は「葛藤を抱えるにはどうしたらいいのでしょう」と私を真っ直ぐ見て尋ねました。
果たして今までどれだけの葛藤を私は自身で抱えて来ただろうか?と自問した時に、自分がいかに我慢することを知らず、無邪気という名の免罪符で罪なき人を傷つけてきたかということを思い知りました。

私は自分の短所も自分の人生の負の遺産も、自分なりに理解して受け入れて今まで生きてきたと思っていましたが、実はきちんと向き合うことせずして、受け入れた気になっていただけなのかもしれません。

彼女のように徳の高い人物になるには、私はあと何回も輪廻転生を繰り返す必要がありそうですが、いつか私も自分の弱さや邪心と和解できた時、彼女のような美しさを湛えた女性になれたらいいなと思いました。
Posted by 高橋聡美 at 15:18
お守りの言葉 [2011年01月15日(Sat)]
昨年、オレゴンのダギーセンターの研修で、アトリエ0123の原口伸明さんとご一緒させて頂きました。アトリエ0123では、0歳から3歳位のお子さんがお絵かきを楽しむ場所を提供すると同時に、女性が子育て期に抱く様々な不安や困難への相談を受けるなど、女性の生きにくさ全般に関するサポートをしているそうです。

アトリエ0123にセルフケアとしての「自分のお守り言葉」というのがあります。原口さんにこの言葉を教えて頂いて以来、私もよくこのお守りの言葉を自分の中で唱えるようにしています。
その時その時の自分のぶつかった困難によって唱える言葉は違いますが、このお守り言葉のように、自分に「Yes」と言ってあげることは全ての幸福の源のように思います。


自分へのお守りの言葉

わたしは十分がんばってきました
わたしはもっと愛されていい人です
わたしが悩むのは当然です
わたしに必要なのはわたしの味方です
わたしはもうそこにいる必要はありません
わたしのせいではありません
わたしはひとりではありません
わたしが怒るのは当然です
わたしはじつによくやっています
わたしはダメなんかじゃありません
わたしはおかしくありません
わたしがあやまる必要はありません
わたしのつらい日々はいつか通りすぎます
わたしが選ぶ選ばないはわたしの自由です
わたしがいやだというのに 理由などいりません
わたしに落度はありません
わたしがそれにこたえる必要はありません
わたしが忘れられないのは当然です
わたしはずいぶんよくなってきています
わたしはかわいそうな人ではありません
わたしのことはわたしが一番よく知っています
わたしは精一杯やりました
わたしはもうそんなところにはいません
わたしの体はわたしのものです


理不尽な思いをしたり、いやな言葉を浴びせられたりした時に、私はこの言葉をよく思い出すのですが、「わたしが悩むのは当然です」、「わたしが怒るのは当然です」と自分の中に生じたネガティブな物を肯定的にとらえること、それから、「わたしはおかしくありません」「わたしは謝る必要はありません」と自尊心を保つことは、セルフケアの基盤だと思います。

その上で、「わたしが選ぶ選ばないはわたしの自由です」「わたしがいやだというのに理由などいりません」と言う風に自分の感情や決定が自分の自由であることもまた自分をケアするのに大事な要素であると思います。自分のことは私の意思であり、私の自由であるということは、「強さ」なのだと思います。それと同時に、「全て自分が選べる」ということは、人生の選択はいつでも自分自身で行っていて、他人のせいなんかではないということでもあります。
いやなことがあった時に、「自分が傷つくのも傷つかないのも、自分の自由なのだ」と思えるようになってから色んなことが楽になりました。そうは言ってもやっぱり傷つくことは山ほどあるわけですが、必要以上に自分を傷つけなくなったように思います。

「自分の入れたいものだけを入れればいいんだよ」
いつか親友が私にくれたこの言葉もまた私のお守り言葉の一つです。
自分を大事にできてこそ、他者を大事にできる。だからこそまずは自分を大事にすることからはじめないと・・・・と思います。

自分が心地良いと思う感情や出来事で人生を散りばめていけたら、結果として幸福の連鎖が自分の周りでおきるのではないかなと思います。
Posted by 高橋聡美 at 23:03
理不尽さと付き合うこと、矛盾と同居すること、葛藤を抱えること [2010年12月20日(Mon)]
以前に、ある精神科医からこんな話を聞きました。
「統合失調症の患者を抱える家族に大事なことは、『葛藤をいかに抱えられるか?』ということだ」と。

なるほどな。と思ったのですが、でもこれは統合失調症の患者さんたちに限ったことではなく、人生において大事なことなのかな?と思いました。
こうあらねばならないとか、こうあるべきだという観念にとらわれず、曖昧さをいかに許容できるか?で人生の楽しさの幅が変わってくるのかな?と思います。

世の中、時に理不尽で、矛盾に満ちているのですが、その理不尽さや矛盾は時には人を傷つけ、しかしその一方で人を成長させることもまた事実でしょう。

人はその理不尽さがゆえに正義について考え、矛盾があるがゆえに物事を深く考える。

しかしながら、多くの場合、一番理不尽で、矛盾していて抱えきれないのは、他でもない「その人自身(自分自身)」ではあるのですが。

理不尽さとうまく付き合い、矛盾と同居し、葛藤を抱えること。
涙も笑いも人生の醍醐味と心得、歩いて行くこと。
嫌な部分も全部私自身であると堪能するということ。

確かにこれらのことは難しくて「イタイ」ことではありますが、幸せを増やす道なのかなと思います。
自己嫌悪に陥ってる時間はもったいないのです。

・・・・。

自身のことはさておき、私のこの理不尽さと矛盾に毎日つきあってくれている家族と職場の皆さんにはなんとお礼をお伝えすればよろしいのでしょうか。

明日もまた明日の私のベストを尽くします。
Posted by 高橋聡美 at 22:47