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鹿児島での講演会のお知らせ [2017年07月18日(Tue)]
2017年8月5日(土)10:20~12:00
鹿児島市で「あなたとあなたの大切な人のこころの健康を守るために」というテーマでお話をします。

心の手当てになるようなヒントが得られるような講座になればと思っています。

鹿児島県民大学.jpg
Posted by 高橋聡美 at 09:32
南さつま市での講演のお知らせ [2017年02月02日(Thu)]
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2月5日に南さつま市でこころの健康についてお話しします


失敗や喪失のない人生はない。
失敗してもやり直しの効くコミュニティがあること、失敗しても、ま、いいやと、前へ進む強さがあること。
そんなお話しです。
故郷、加世田での初めての講演となります。

やさしいコミュニティになるようにお話させていただきます。
Posted by 高橋聡美 at 15:19
仕事と子育て [2011年02月22日(Tue)]
4月から夫が東京へ単身赴任することになりました。

「母子だけで高橋家大丈夫?」と色んな方が心配してくれているのですが、実際のところ、子育ての多くを夫が担っていた高橋家にとっては、試練の母子生活となります。

女手一つ、男手一つで子育てに奮闘されている方には本当に頭の下がる思いで、単身赴任ごときで何を言っているのかと、お叱りを受けそうですが、子どもに助けてもらいながら生活していこうと思っています。

母子で生活するにあたって、生活を変えて行かなければならないと思うのですが、例えば、今までは主人が宿題を見てくれていたので、今度は私がそれをやることになります。そうするとやはり仕事を時間には切り上げて、家に帰って子どもたちの宿題を見ることになります。
夫に、「解剖生理学なら私、教えられるけど、小学校の算数は教える自信がない」と話しましたら、「この子たちが中学・高校に上がったら、もう教えられなくなるよ。あの子たちに勉強を教える機会だってあと何十回もないと思うよ。」と言われ、そうか、子どもに宿題を教える幸せを味わえるのもあと何年かしかないんだな・・・とそのこと自体がとても大事な時間に思えました。

私の友人でも仕事と子育てを両立させている人が沢山いますが、仕事をする時は仕事をする、子どもと一緒の時は仕事のことを忘れて子どもの話に耳を傾ける、あるいは家族のためにきちんと家事をするという風にメリハリをつけている人はうまく両立させているように思います。

逆に、仕事を遅くまでだらだらとした場合(私もこのパターンをよくやってしまいがちなのですが)、家に帰るのが遅くなり、子どもが何か話しかけてきても、「今、ご飯作ってるから後で!」「そんな話なんかしてないでお風呂にさっさと入って!」と話を聞かずに何かをせかすようなコミュニケーションしかとれないという状況になります。おそらくこのような母子関係にある家庭は、朝の様子も「早くしなさい」「学校に遅れるわよ」のコミュニケーションパターンだと思います。
時間がないと料理も適当なものになりますし、栄養バランスも悪くなり、食事、お風呂が遅い時間になると子どもの就寝時間も自然と遅くなります。

私自身の経験で言うと仕事を遅くまでするということは、@子どもの話を聞けない A子どものペースを守れない Bきちんとした食事を作れない C子どもの就寝時間が遅くなる というようなデメリットが生じます。
このことは、ひいては子どもの心身の健康に害を与えかねず、そうすると母親は今度は看病などのために仕事を休む羽目になります。悪循環なのです。

こんな風に、自分自身の子育てのまずさに気が付いている私も、仕事が忙しい時に子どもたちにひどい態度をとることがあります。
ある日、仕事が遅くなり、精神的にも肉体的にも疲労困憊して帰宅した時に、下の娘(当時小1)が、玄関に走ってきて満面の笑みで「ママ!今日の晩ご飯は!?」と聞いたのです。
その時に私は、疲れのピークを感じ、「おかえりなさいもなくて、疲れて帰って来てるのにごはん作れっていうのは、どういうことなの。ママは飯炊きばばぁじゃないんだよ!」と言ってしまったのです。
娘は泣きだして子ども部屋に籠ってしまいました。

高橋家ではこの話は「飯炊きばばぁ事件」として、その後、色んな場面で引き合いに出されることになるのですが、娘はママが帰って来たのが嬉しくて玄関に飛んできたに違いなく、ママのご飯が大好きで今日のお夕飯をとても楽しみにして聞いたに違いなく、ママのことを疲れさせようと思って言ったわけでもないのに、心に余裕のなかった私は、そんな娘の無邪気な母への思慕に対して、ひどいことを言ってしまったと今でも思い出すたびに胸が痛みます。
心に余裕があったなら、満面の笑みで私を出迎えてくれた天使に気がついたことでしょう。

あれから下の娘は帰宅した私にこういう風にいうようになりました。
「ママ、お帰り!疲れてない?今日のお夕飯なに?」


子どもたちはお昼にお弁当を持って行きます。本日の聡美弁当 五穀ご飯と昨年漬けた自家製梅干し 1日3食25品目で子どもたちは元気! marukoさん素敵なハンカチをありがとうラブ
Posted by 高橋聡美 at 07:53
反抗期 [2011年02月17日(Thu)]
つい数か月前まで、「私にも反抗期っていうのが来るのかな?ママやお父さんのことを嫌いなるなんて信じられないよ悲しい」と言っていた11歳の娘が、ここ数日、ついに反抗期に突入したようです。

何を言われても「カチン!」って来ちゃうんだろうなぁと思いつつ見守るばかり。

昨日、下の娘が半べそをかきながら子ども部屋から出てきて私に訊ねました。
「ママ?ハンコウキっていうのは、妹にも反抗するものなの?」
ついつい笑い出しそうになるのをこらえて
「そうだね。いやなこと言われちゃったの?」と訊くと、コクリと頷き、「ハンコウキっていうのは何日くらい続くものなの?」と今度は訊きます。
「そうね、半年以上は続くと思うんだけれど?」と答えたら、「そんなに長いの悲しい」と、またべそをかきます。
何をするでも姉について回っていた妹も、彼女のテリトリーから排除されてしまったようです。

哺乳類の中でも人間は未熟な状態で生まれおち、その分、母と子は一心同体のように過ごし、親から独立するまでには沢山の時間と心理的労力を費やします。
子どもがこうやって心理的に独立していくというのは淋しいものがあるな・・・と母になり初めて味わう感覚を覚えました。

結局、昨日、ろくに口もきいてくれずにベッドにもぐりこんだ長女ですが、しばらくして「ママ〜ママ〜」と私を呼び始めました。ベッドに行くと、彼女は1歳の時のクリスマスにもらったコリーのぬいぐるみを抱きしめて泣いていました。

親離れしたい気持ちと、甘えたい気持ちと、この子なりに今日は随分と葛藤したんだろうなと、私まで涙が出てしまいました。

反抗期、つらいのは親の方だと思っていましたが、子どもも辛いんだと知った娘の涙でした。この子が汚い言葉を私に吐く時は、この子も心を痛めているのでしょう。彼女がもっと大きくなったなら、彼女の心の痛みを私に全部は話してくれなくなるでしょう。
子どもが「あのね」と話しかけてくれ、彼女達の心の痛みに寄り添える今は、母親として幸せな時なのかもしれません。

Posted by 高橋聡美 at 21:15
子どもとの関わりかた [2011年02月09日(Wed)]

私は普段、学生の相談を受ける立場にありますが、色んなケースを知るにつけ、「自分は母親として大丈夫かな・・・」と私自身の子育てに不安を覚えます。

もちろん、正しい接し方などないのですが、厳しく接すれば、「子どもをコントロールしてないかな?子どもの人格を尊重してるかな?」と不安になり、優しくしたらしたで「干渉しすぎてないかな?」と、あるいは逆に自立を促せば促したで「放任になってないかな・・・」と自問は尽きず手さぐりです。

以前にある知人のお子さんが不登校になり、相談を受けたことがありました。そのご家庭は、大変穏やかな奥様に、良識ある旦那さん、その穏やかな家庭の中でお子さんはすくすくと育ったのですが、親の知らない間にお子さんは学校での友人関係で悩みを抱え、不登校となったそうです。

親御さんはもちろん「こうなるまでうちの子は私たちに何も悩みを話してくれなかった。自分たちの何がいけなかったのか」と、考えたわけですが、何かとりわけ問題になるようなものがあるようにも見えませんでした。

ただ、ひとつ、奥様がこんな風に言っていたのが気になりました。
「私は色んな感情を抑えて、家庭内がいつも穏やかであるように今まで努力してきました」

「なぜ感情を抑えて暮らしているのですか?」と訊きましたら、彼女は小さい頃、家庭内暴力のお父様の元で育ち、家庭内で大声を出すことはおろか、小さな諍いも家庭内で起こしたくなかったと話してくれました。

家族の中で家庭内暴力がある場合は、子どもたちは自分の心を保てないほど心を痛めるわけですが、家族の中で感情を出し合わない家庭というのも、それはそれで子どもの感情の成長に影響があります。

両親が夫婦喧嘩をしないことが必ずしもいいわけではなく、例え少々派手な夫婦喧嘩をしても、「喧嘩をしても、お父さんとお母さんはまた仲直りをする」ということを子どもが学習することの方が、対人関係を学ぶ上で大事だと思います。
彼らが社会に出て、誰かとぶつかった時、「喧嘩したからもうおしまいだ」と思うのか、「喧嘩しても信頼は崩れてないし関係は修復できる」と思えるのかは、どんな感情のやり取りと修復を生育過程で経験してきたかということに影響されます。

こんなことを書きつつも、私もまた子育てに迷える一人の母なのですが、「どんな感情を出しても大丈夫。ここは出してもいい場所で、どんな感情を出しても私たちの信頼関係は崩れたりはしないんだよ」ということを子どもたちに伝えて行けたらいいなと思っているところです。


Posted by 高橋聡美 at 22:35
美しい人 [2011年01月28日(Fri)]
先日、「美しい」と思える女性にお逢いしました。
彼女のご主人は日本の歴史に残る大事なお仕事を成し遂げた方ですが、「ああ、この方があの歴史の裏側で献身的にご主人を支えた女性であったか」としみじみと彼女のその佇まいを眺めました。
2時間ほど色んなお話をしたのですが、お別れした後「彼女の美しさは何からくるのかな」ということをおぼろげに考えました。私はあんな素敵な50代になれるだろうかと。

彼女はとても真摯にご自身と向き合い、そして自分の弱さや醜い部分をいかに自分で受け入れていくかということをひたむきに考える人でした。
表面だけ強い人は沢山いますが、真に「強い人」というのはきっとこんな風に自分の弱さから逃げずにきちんと向き合える人のことなのだろうと思いました。そして自分の心の弱さや醜さと和解し共生できた時、彼女のようなひたむきな美しさを放つことができるのかなと思いました。

邪心のないものを「美しい心」というのかもしれませんが、良心も邪心も何もかも全てがその人自身で、その調和の中にその人らしい美しさが存在するのかも知れません。

彼女は「葛藤を抱えるにはどうしたらいいのでしょう」と私を真っ直ぐ見て尋ねました。
果たして今までどれだけの葛藤を私は自身で抱えて来ただろうか?と自問した時に、自分がいかに我慢することを知らず、無邪気という名の免罪符で罪なき人を傷つけてきたかということを思い知りました。

私は自分の短所も自分の人生の負の遺産も、自分なりに理解して受け入れて今まで生きてきたと思っていましたが、実はきちんと向き合うことせずして、受け入れた気になっていただけなのかもしれません。

彼女のように徳の高い人物になるには、私はあと何回も輪廻転生を繰り返す必要がありそうですが、いつか私も自分の弱さや邪心と和解できた時、彼女のような美しさを湛えた女性になれたらいいなと思いました。
Posted by 高橋聡美 at 15:18
お守りの言葉 [2011年01月15日(Sat)]
昨年、オレゴンのダギーセンターの研修で、アトリエ0123の原口伸明さんとご一緒させて頂きました。アトリエ0123では、0歳から3歳位のお子さんがお絵かきを楽しむ場所を提供すると同時に、女性が子育て期に抱く様々な不安や困難への相談を受けるなど、女性の生きにくさ全般に関するサポートをしているそうです。

アトリエ0123にセルフケアとしての「自分のお守り言葉」というのがあります。原口さんにこの言葉を教えて頂いて以来、私もよくこのお守りの言葉を自分の中で唱えるようにしています。
その時その時の自分のぶつかった困難によって唱える言葉は違いますが、このお守り言葉のように、自分に「Yes」と言ってあげることは全ての幸福の源のように思います。


自分へのお守りの言葉

わたしは十分がんばってきました
わたしはもっと愛されていい人です
わたしが悩むのは当然です
わたしに必要なのはわたしの味方です
わたしはもうそこにいる必要はありません
わたしのせいではありません
わたしはひとりではありません
わたしが怒るのは当然です
わたしはじつによくやっています
わたしはダメなんかじゃありません
わたしはおかしくありません
わたしがあやまる必要はありません
わたしのつらい日々はいつか通りすぎます
わたしが選ぶ選ばないはわたしの自由です
わたしがいやだというのに 理由などいりません
わたしに落度はありません
わたしがそれにこたえる必要はありません
わたしが忘れられないのは当然です
わたしはずいぶんよくなってきています
わたしはかわいそうな人ではありません
わたしのことはわたしが一番よく知っています
わたしは精一杯やりました
わたしはもうそんなところにはいません
わたしの体はわたしのものです


理不尽な思いをしたり、いやな言葉を浴びせられたりした時に、私はこの言葉をよく思い出すのですが、「わたしが悩むのは当然です」、「わたしが怒るのは当然です」と自分の中に生じたネガティブな物を肯定的にとらえること、それから、「わたしはおかしくありません」「わたしは謝る必要はありません」と自尊心を保つことは、セルフケアの基盤だと思います。

その上で、「わたしが選ぶ選ばないはわたしの自由です」「わたしがいやだというのに理由などいりません」と言う風に自分の感情や決定が自分の自由であることもまた自分をケアするのに大事な要素であると思います。自分のことは私の意思であり、私の自由であるということは、「強さ」なのだと思います。それと同時に、「全て自分が選べる」ということは、人生の選択はいつでも自分自身で行っていて、他人のせいなんかではないということでもあります。
いやなことがあった時に、「自分が傷つくのも傷つかないのも、自分の自由なのだ」と思えるようになってから色んなことが楽になりました。そうは言ってもやっぱり傷つくことは山ほどあるわけですが、必要以上に自分を傷つけなくなったように思います。

「自分の入れたいものだけを入れればいいんだよ」
いつか親友が私にくれたこの言葉もまた私のお守り言葉の一つです。
自分を大事にできてこそ、他者を大事にできる。だからこそまずは自分を大事にすることからはじめないと・・・・と思います。

自分が心地良いと思う感情や出来事で人生を散りばめていけたら、結果として幸福の連鎖が自分の周りでおきるのではないかなと思います。
Posted by 高橋聡美 at 23:03
理不尽さと付き合うこと、矛盾と同居すること、葛藤を抱えること [2010年12月20日(Mon)]
以前に、ある精神科医からこんな話を聞きました。
「統合失調症の患者を抱える家族に大事なことは、『葛藤をいかに抱えられるか?』ということだ」と。

なるほどな。と思ったのですが、でもこれは統合失調症の患者さんたちに限ったことではなく、人生において大事なことなのかな?と思いました。
こうあらねばならないとか、こうあるべきだという観念にとらわれず、曖昧さをいかに許容できるか?で人生の楽しさの幅が変わってくるのかな?と思います。

世の中、時に理不尽で、矛盾に満ちているのですが、その理不尽さや矛盾は時には人を傷つけ、しかしその一方で人を成長させることもまた事実でしょう。

人はその理不尽さがゆえに正義について考え、矛盾があるがゆえに物事を深く考える。

しかしながら、多くの場合、一番理不尽で、矛盾していて抱えきれないのは、他でもない「その人自身(自分自身)」ではあるのですが。

理不尽さとうまく付き合い、矛盾と同居し、葛藤を抱えること。
涙も笑いも人生の醍醐味と心得、歩いて行くこと。
嫌な部分も全部私自身であると堪能するということ。

確かにこれらのことは難しくて「イタイ」ことではありますが、幸せを増やす道なのかなと思います。
自己嫌悪に陥ってる時間はもったいないのです。

・・・・。

自身のことはさておき、私のこの理不尽さと矛盾に毎日つきあってくれている家族と職場の皆さんにはなんとお礼をお伝えすればよろしいのでしょうか。

明日もまた明日の私のベストを尽くします。
Posted by 高橋聡美 at 22:47
メタボとメンタルヘルス [2010年11月29日(Mon)]
この半年、博士論文などに追われ、週2〜3回のジムに通えずにいたところ、急激に体重が増えてしまいました。
理由を自分なりに考えると
@有酸素運動をしていないので脂肪が燃焼されていない
A筋力が衰えて基礎代謝が落ちた
B飲酒量の増加
それから、ストレスは肥満の原因となります。
確かにこの半年、論文のことでストレスの日々でした。

急激なストレスは食欲を落としたりしますが、慢性的なストレスはコルチゾ―ルというホルモンの分泌を促します。コルチゾ―ルは血糖値を上昇させたり、脂肪を蓄積させたりします。

そんなわけでストレスと肥満は関連があるのですが・・・・
色んないい訳と理論はともかく、自分自身の体重を適正体重に管理できないことは、自己嫌悪となりそれ自体がまたストレスとなるわけです。
ストレス→肥満→自己嫌悪→ストレス→肥満と、よくない連鎖が起きます。

本日よりDBP(デブ撲滅プロジェクト)ということで、まずは食事に気をつけ、運動も再開しようかなと思います。

体とこころは連動していて、、comfortableなメンタルがcomfortableな体を導き、comfortableな体はまたcomfortableなメンタルを導く。ここでの実践報告をひとつのモチベイションにしたいと思います。


本日の聡美食堂の治療食(?)
ひじきと大豆の煮物・白菜のサラダ・大根菜のまぜごはん・具だくさん味噌汁・さばの塩焼き(15食材)
Posted by 高橋聡美 at 19:45
講演会のお知らせ [2010年11月04日(Thu)]
早いもので11月になりました。
今日のような晴れやかな秋晴れの日は、亡くなった父のことを思い出します。

いつでも逢えると思っていた人に、急に逢えなくなるのが人の死というもの。大切だと思う相手、1人1人との時間を日々大事に生きたいなと思える今日の青空でした。

さて、11月20日に仙台市内で子どものグリーフに関する講演会を致します。
精神障害者の家族支援をしているNPO法人博英舎・こころやの主催で下記の要領で行われます。関心のある方はどうぞお越しください。

日時:11/20(土)   13:00―15:00
場所:仙台市青年文化センター エッグホール
    仙台市青葉区旭ヶ丘3-27-5 (旭ヶ丘駅 東1番出口すぐ)

◆ 仙台グリーフケア研究会の活動について
〜未来のセーフティネット:子どものこころのケア〜
仙台グリーフケア研究会 高橋 聡美 
        (仙台青葉学院短期大学 精神看護学講師)

◆「こころや家族会」と「こころや」の活動について
NPO法人 博英舎・こころや 大平 常元先生
(大平メンタルクリニック 院長)

◆ ディスカッション
【司 会】菅野 郁生(こころや家族会世話役)
【出演者】高橋 聡美 (仙台グリーフケア研究会)
      大平 常元先生   (NPO法人 博英舎・こころや代表)
      こころや家族会及びこころや利用者 数名
Posted by 高橋聡美 at 12:19
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