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亡き母へのメッセージ 〜母の日プロジェクト〜 [2011年05月01日(Sun)]
大震災のその日、3月11日。
この日の昼前、私は仙台駅のある喫茶店で尾角光美さんとお茶をしていました。

前日、彼女に自殺予防教育に関するレクチャーを頼み、その日の夜は遅くまで語らい、翌朝、彼女が仙台を発つ前にどうしても色々と話がしたかったのでした。

私がグリーフサポートのボランティアを始めた時、なぜ自分が遺児のサポートをするのかを私に気付かせてくれたのが他ならぬ彼女でした。それ以来、私は何の迷いもなく、自分の人生の仕事として遺児のサポートをすることを決めています。彼女は私の魂の恩人です。


今日、娘たちが急に私にプレゼントをくれました。
「ママ、これ、母の日のプレゼント」
スウェーデンカラーの大きなクリップとタオル地の可愛いハンカチです。
「え?今日、母の日?」と訊くと二人とも「1週間早いけどね!」とケラケラと笑っていました。
この大震災ですっかり母の日など忘れていた私でした。

尾角さんと逢った3月11日。その日の仙台は小雨がぱらつく曇り空でした。
仙台駅を眺めながら、私は彼女と他愛もない話をして、そしてこれから遺児支援のために私たちが何をすべきなのかということを話しながら、少し遅い朝のコーヒーを楽しんだのでした。その数時間後に大地震が来るなどと夢にも思わずに。

今でも、朝目が覚めて、「3月11日より前に日付が戻らないかなぁ」と思うことがよくあります。その度に、尾角さんとのんびりとお茶を楽しんだあの日の昼を思い出します。

あの日、沢山の子どもたちがお母さんを亡くしました。

本当に沢山の子どもたちが大好きなお母さんを津波にさらわれたのでした。

尾角さんはLive on の代表で、「母の日プロジェクト」を主宰しています。
亡き母への想いからはじまった母の日。その原点を大事にしたプロジェクトで、母を亡くしたひとたちから、手紙、詩、手記などメッセージを募り、文集、書籍にしています。今年で4回目になるプロジェクト。来週は母の日です。




Posted by 高橋聡美 at 21:10
この記事のURL
https://blog.canpan.info/satomilab/archive/193
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コメント
母が亡くなって初めての母の日
母はあまりにも突然不治の病に陥り、突然逝ってしまった。
あんなに健康には気を使っていたのに、突然病に襲われ、発病してから、8ヶ月余りで帰らぬ人に。
医者から、難病と告げられた時に、覚悟を決めたつもりだったけど、あんなに早く逝ってしまうなんて。
母と一緒に、あれもしたかた、あんなこともしてあげたかった、後悔は思えばきりがない。
母は生きてるのがあたりまえ、絶対に死なないなんて、ずっと思ってたから…
母が亡くなってもうすぐ一年になるのに、母の死が受け入れられない。
母はいつも笑っているに、笑えない。
母の存在が私にとっていかに大きかったか、今頃分かるなんて…。
ごめんね、母さん、ありがとう。

Posted by:西村洋子  at 2012年05月11日(Fri) 15:21