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校庭にある二宮尊徳先生の像 [2021年04月27日(Tue)]
「大東亜戦争に出征の二宮尊徳先生の像無事帰還さる。」
※「わがふるさと佐々並」(昭和61年発行)より
 佐々並村が昭和10年に経済更生運動優良村として表彰された際、この二宮尊徳先生の銅像が、旧佐々並小学校の玄関に建立された。
 しかし、大東亜戦争は部烈を極め、戦争用物資は欠乏を来たし、砲丸用として金物の供出が命ぜられ、村の人々は、この像だけは残したいとの念願であったが、戦争に勝つためにはと止むを得ず供出、出征と決定し学校の児童生徒、一般よりも多数参集して出征の壮行会を執行して武運長久をお祈りした。
 ところが不思議なことに、終戦後十余年の歳月を経たとき、原田さん(舞谷出身故人)によると、佐々並の二宮先生の像があるとのことがわかった。よく話を聞いてみると現実で仁保村(現山口市内)にあることがわかった。この当時は食料難の時代でもあり、鍬(クワ)を持って「ニコ」を背負い本を読まれる二宮先生の像を求める学校が多かったらしい。
 なぜかこの像が仁保の学校に建立されることになり、よく見れば像の台石に「贈経済更生優良村佐々並村」と記されているのわかった。これは佐々並に還すべきと校長先生始め保護者の方々も同意され返還されることになった。当時三輪車で輸送し、昭和三十年に鉄筋二階建の佐々並宮の川毛利公御歳跡の佐々並小学校校舎前に無事帰還されたのである。
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Posted by 萩市立佐々並小学校 at 09:48 | 佐々並小の不思議?! | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
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