「小話再録」その8
―人生笑いが必要―
■姓名の面白さ
日本語は世界の言語の中で最も難しい言語の一つだそうだ。漢字の読み方となるとさらに難解で、浅学非才の私などは読めない漢字が多く、特に名前となると間違えるのも失礼で、どう読むのか、しばしば苦吟する。
『日本苗字大辞典』(丹羽基二編、芳文館)や『決定版!名字のヒミツ』(森岡浩著、朝日新聞出版)など関連する書籍や資料によると、日本人の名字は約30万種。資料によって違うが、中国の名字は多い数字で2万2000、韓国は約1000となっており、両国に比べ日本は圧倒的に多い。
明治以前の日本人は、武士階級を別にするとミャンマーなどと同様、名前だけだったとされているが、室町時代の農民が残した書物を見ると、実際には名字があった人もいたようだ。公の場で名乗れなかっただけで、農民たちも名字を持ち、勝手に自分で名字を付けることもできたという。
明治3年(1870年)、新政府が「平民苗字許容令」を出したこともあって農民の間に名字が一挙に広がった。農民だけに当然、「田」の付く名字が多かった。太田、田中、小田、東田、西田、南田、北田、田南、田淵、田端などである。
村の知識人である寺の坊さんに名前を考えてもらうことも多く、お布施が少なかったわけではあるまいが、「助平」なる名字を付けられた人もおり、「スケベエ」とはひどいと親族一同で再度お願いに参上したところ、「お前たちは学がない。これはスケヒラと読み、武士の姓のように格調がある」と言われ、一同納得した、などといった話もあるようだ。
「姓名分布&ランキング」名の検索型WEBサイトもあり、「笹川」を調べると4101件。ただし「陽平」の名も打ち込むと、結果は「該当ありません」。筆者の姓名は日本でただ一人ということになり、やや意外であった。
名前も時代とともに変化する。近年の特徴はその読み方。明治安田生命の調査「名前ランキング2014」によると、2014年生まれの女の子の名前は「陽菜」、「凛(りん)」がそろってトップ。「陽菜」は「ひな」、「ひなた」、「はな」、「はるな」、「あきな」、「ひなの」と読むという。男の子の1位は「蓮(れん)」。2位は「大翔」と書いて「ひろと」、「はると」、「やまと」、「そら」、「たいが」、「たいと」と読み方も多彩だ。
複雑なのは男の子の「はると」。なんと3種類の表記があるという。前出の「大翔」のほか、「陽大」、「春音」、「悠隼」、「陽士」、「春季」、「晴歩」、「陽歩」、「陽友」...。すべて「はると」と読むそうだ。
女の子は「めい」。漢字表記は「愛唯」、「萌衣」、「芽愛」、「夢芽」、「夢彩」、「恵生」ど全部で16種類もあるそうだ。
30万にも上る日本人の名字には、初めて聞く珍しい名字や、どう読むのか、見当もつかない名字が並ぶ。
一部を紹介すると、まず漢字1文字の「一」、「九」、「十」。一は二の前にあるから「にのまえ」、「はじめ」、「もと」と読む場合もあるらしい。九は「1文字のく」ということで「いちじく」。十はひとつ、ふたつと数えていくと、ここのつの次の「とお」に「つ」がないので「つなし」。
数字シリーズには以下のような例もある。「一円」、「十二月一日」、「十五夜」。読み方は順に「いちえん、いちいん」、「しわすだ、しわすた」、「もちづき」。「四月朔日、四月朔」、「七寸五分」、「七五三」は、それぞれ「わたぬき」、「くろわだ」、「しめ、しのしめ」。「わたぬき」は、四月一日に綿入れの着物から綿を抜く、ということから出た読み方という。
「小鳥遊」は小鳥が遊ぶのは鷹がいないから、ということで「たかなし」と読むそうだ。こうなるとパズルの世界に近い。
このほか「留守」、「家出」、「一言」、「二股」、「浮気(うきぎ、うき、うわき)」、「鼻毛」、「髭」、「狼(おおかみ)」など、多くが100件以下で筆者が初めて知る名字もたくさん並んでいる。
極め付きの名字は「一」と思う。「姓名分布&ランキング」によると、熊本県を中心に74件あるという。仮に「一一」さんが実在し、役所の窓口で署名欄に「一一」と書きこんで提出した場合、どうなるか。
「名前を書いてくださいましたか」
「言われた通りに書きました」
「『一一』では困るんです」
「そう言われても、これが私の名前です」
「いい加減にしてください。本当の名前を書いてください」
「本当の名前なんです。先祖を恨みます」
「では何と読むんですか」
「ニノマエ ハジメです」
「はぁぁ.....」と窓口担当者の目は点に。勝手な想像で失礼ながら思わずフッフッフーと口がほころんでしまった。