• もっと見る
« 2025年10月 | Main | 2025年12月»
leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
Google
<< 2025年11月 >>
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
プロフィール

笹川 陽平さんの画像
笹川 陽平
プロフィール
ブログ
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
リンク集
https://blog.canpan.info/sasakawa/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/sasakawa/index2_0.xml

【私の毎日】11月22日 (土) [2025年11月22日(Sat)]

11月22日 (土)

22:30 羽田空港着

【私の毎日】11月21日(金) [2025年11月21日(Fri)]

11月21日(金)

6:30 財団着

8:00 トレーニング 於:有明

10:00 南里隆宏 笹川保健財団常勤理事

11:00 梶原 貴 日本教職員組合中央執行委員長

13:00 若松 様

14:00 笹川平和財団

終日 財団内打合せ、原稿書き、寄付金への礼状書き

「小話再録」その8 ―人生笑いが必要― [2025年11月21日(Fri)]

「小話再録」その8
―人生笑いが必要―


■姓名の面白さ

日本語は世界の言語の中で最も難しい言語の一つだそうだ。漢字の読み方となるとさらに難解で、浅学非才の私などは読めない漢字が多く、特に名前となると間違えるのも失礼で、どう読むのか、しばしば苦吟する。

『日本苗字大辞典』(丹羽基二編、芳文館)や『決定版!名字のヒミツ』(森岡浩著、朝日新聞出版)など関連する書籍や資料によると、日本人の名字は約30万種。資料によって違うが、中国の名字は多い数字で2万2000、韓国は約1000となっており、両国に比べ日本は圧倒的に多い。

明治以前の日本人は、武士階級を別にするとミャンマーなどと同様、名前だけだったとされているが、室町時代の農民が残した書物を見ると、実際には名字があった人もいたようだ。公の場で名乗れなかっただけで、農民たちも名字を持ち、勝手に自分で名字を付けることもできたという。

明治3年(1870年)、新政府が「平民苗字許容令」を出したこともあって農民の間に名字が一挙に広がった。農民だけに当然、「田」の付く名字が多かった。太田、田中、小田、東田、西田、南田、北田、田南、田淵、田端などである。

村の知識人である寺の坊さんに名前を考えてもらうことも多く、お布施が少なかったわけではあるまいが、「助平」なる名字を付けられた人もおり、「スケベエ」とはひどいと親族一同で再度お願いに参上したところ、「お前たちは学がない。これはスケヒラと読み、武士の姓のように格調がある」と言われ、一同納得した、などといった話もあるようだ。

「姓名分布&ランキング」名の検索型WEBサイトもあり、「笹川」を調べると4101件。ただし「陽平」の名も打ち込むと、結果は「該当ありません」。筆者の姓名は日本でただ一人ということになり、やや意外であった。

名前も時代とともに変化する。近年の特徴はその読み方。明治安田生命の調査「名前ランキング2014」によると、2014年生まれの女の子の名前は「陽菜」、「凛(りん)」がそろってトップ。「陽菜」は「ひな」、「ひなた」、「はな」、「はるな」、「あきな」、「ひなの」と読むという。男の子の1位は「蓮(れん)」。2位は「大翔」と書いて「ひろと」、「はると」、「やまと」、「そら」、「たいが」、「たいと」と読み方も多彩だ。

複雑なのは男の子の「はると」。なんと3種類の表記があるという。前出の「大翔」のほか、「陽大」、「春音」、「悠隼」、「陽士」、「春季」、「晴歩」、「陽歩」、「陽友」...。すべて「はると」と読むそうだ。

女の子は「めい」。漢字表記は「愛唯」、「萌衣」、「芽愛」、「夢芽」、「夢彩」、「恵生」ど全部で16種類もあるそうだ。

30万にも上る日本人の名字には、初めて聞く珍しい名字や、どう読むのか、見当もつかない名字が並ぶ。

一部を紹介すると、まず漢字1文字の「一」、「九」、「十」。一は二の前にあるから「にのまえ」、「はじめ」、「もと」と読む場合もあるらしい。九は「1文字のく」ということで「いちじく」。十はひとつ、ふたつと数えていくと、ここのつの次の「とお」に「つ」がないので「つなし」。

数字シリーズには以下のような例もある。「一円」、「十二月一日」、「十五夜」。読み方は順に「いちえん、いちいん」、「しわすだ、しわすた」、「もちづき」。「四月朔日、四月朔」、「七寸五分」、「七五三」は、それぞれ「わたぬき」、「くろわだ」、「しめ、しのしめ」。「わたぬき」は、四月一日に綿入れの着物から綿を抜く、ということから出た読み方という。

「小鳥遊」は小鳥が遊ぶのは鷹がいないから、ということで「たかなし」と読むそうだ。こうなるとパズルの世界に近い。

このほか「留守」、「家出」、「一言」、「二股」、「浮気(うきぎ、うき、うわき)」、「鼻毛」、「髭」、「狼(おおかみ)」など、多くが100件以下で筆者が初めて知る名字もたくさん並んでいる。

極め付きの名字は「一」と思う。「姓名分布&ランキング」によると、熊本県を中心に74件あるという。仮に「一一」さんが実在し、役所の窓口で署名欄に「一一」と書きこんで提出した場合、どうなるか。
「名前を書いてくださいましたか」
「言われた通りに書きました」
「『一一』では困るんです」
「そう言われても、これが私の名前です」
「いい加減にしてください。本当の名前を書いてください」
「本当の名前なんです。先祖を恨みます」
「では何と読むんですか」
「ニノマエ ハジメです」
「はぁぁ.....」と窓口担当者の目は点に。勝手な想像で失礼ながら思わずフッフッフーと口がほころんでしまった。

【私の毎日】11月20日(木) [2025年11月20日(Thu)]

11月20日(木)

6:30 財団着

8:00 財団内打合せ

9:00 池内賢二 日本吟剣詩舞振興会専務理事

10:00 アミット・ロイ ササカワアフリカ財団会長

11:00 坂本悠馬  WMU(World Maritime University-世界海事大学)フェロー

13:30 森 喜朗 元首相

16:30 笠原謙一 駐パラオ日本国大使
    田島浩志 駐フィジー日本国大使

17:30 角南 篤 笹川平和財団理事長

終日 財団内打合せ、原稿書き、寄付金への礼状書き

【私の毎日】11月19日(水) [2025年11月19日(Wed)]

11月19日(水)

11:50 財団着

14:30 東京財団

終日 財団内打合せ、原稿書き、寄付金への礼状書き

「暴走老人?活動記」 ―ゴルフ三日間4ラウンド― [2025年11月19日(Wed)]

「暴走老人?活動記」
―ゴルフ三日間4ラウンド―


家族の中では、私のことを秘かに「暴走老人」と呼んでいるらしい。自動車免許証を持っているわけでもなく、法を犯したこともない。ただ、昨年の2月にアフリカ最高峰・キリマンジャロに85歳で登頂成功したあたりから、陰では「親父」と言わず「暴走老人」と呼んで話しているらしい。

確かに、もうすぐ87歳という年齢からすると、私の行動は多少「暴走」と言われても仕方ないところもある。私にとっては、幸いにも健康に恵まれた生活をしているので、「親父元気で留守がいい」といった意味合いの誉め言葉と、勝手に解釈している。

先週11月14日(金)は、久しぶりに休暇を取ってゴルフとなった。午前中は神奈川県茅ケ崎にある、かつて東急グループの総帥であり、日本商工会議所会頭も務められた五島昇氏が設立した、300人限定のスリーハンドレットクラブで1ラウンドをプレー。11時には終了したので東京に戻り、今度は小金井カントリークラブで午後1時からさらに1ラウンドをプレー。後半のハーフは日没も近く、走りながらのプレーとなり、わずか1時間5分で終了した。

土曜日は、兄の卒寿の祝いの会で狭山カントリー倶楽部にて1ラウンド。日曜日は再びスリーハンドレッドクラブで1ラウンド。午後4時頃には孫と自宅で野球練習。夜9時にはベッドに入り、楽しみの読書。山本七平の『日本教の社会学』を読むも5ページほどで眠りに入る。

翌朝4時半に起床。ストレッチ体操のあと入浴。6時半には日本財団に到着し、寄付金を頂戴した方々への礼状書きから一日が始まる。その後、秘書の中安さんと週内の予定の打ち合わせ。彼は気の毒にも、毎朝6時20分には出社している。誠に申し訳ないので、9時出社を勧めているが、「仕事ですから」と頑張ってくれている。

今週は、土曜深夜に出発してミャンマー入り。各少数民族武装勢力の考えを軍事政権側に伝えるため、国軍司令官、国境大臣、内務大臣らとの会談を予定。なんとか和平交渉への道筋をつけたいと、これまで157回にのぼる「ネバーギブアップ」の調整交渉は、まさに「アヒルの水かき」のような「沈黙の外交」である。

ミャンマーに2日間滞在後、インドへ移動。世界のハンセン病制圧を人生最大の仕事とする私にとって、ご理解とご協力を賜っているダライ・ラマ猊下へのお礼のご挨拶のため、山岳地帯のダラムサラへ。その後、ニューデリーにて外務大臣、保健大臣との会談を予定。可能であれば、ハンセン病回復者が集団で生活されているコロニーへも訪問。帰国は11月30日(日)の予定。

【私の毎日】11月18日(火) [2025年11月18日(Tue)]

11月18日(火)

6:25 財団着

9:00〜12:30 日本イスラエルシンポジウム 於:笹川平和財団

IMG_6486.JPG
シンポジウムで挨拶


14:00 飯島 勲 内閣官房参与 於:官邸

15:00 船越健裕 外務事務次官 於:外務省

16:30 千葉 明 駐バチカン日本国大使

終日 財団内打合せ、原稿書き、寄付金への礼状書き

【私の毎日】11月17日(月) [2025年11月17日(Mon)]

11月17日(月)

6:25 財団着

13:30 山科 章 ライフ・プランニング・センター 理事長

15:00 オタヴィオ・エンヒッケ・ジアス・ガルシア・コルテス
駐日ブラジル特命全権大使

16:45 イン・カンタ・ファヴィ・カンボジア王国女性省大臣

1117.JPG


18:30 日本イスラエルシンポジウム 意見交換会

IMG_0338.jpg
メロン・メッツィーニ・ヘブライ大学名誉教授と


終日 財団内打合せ、原稿書き、寄付金への礼状書き

「ハンセン病全国会議」 ―スリランカ― [2025年11月17日(Mon)]

「ハンセン病全国会議」
―スリランカ―


11月6日から11月8日までスリランカに滞在。笹川保健財団の皆さんの精力的な活動の結果、ディサナヤカ大統領ご出席のもと、スリランカで初めてとなるハンセン病全国会議が開催された。

大統領はかつて武装勢力として活動されていたこともあり、会場のホテルは早朝より厳重な警備体制が敷かれ、各階にも銃を携えた警備員が配置された。保健大臣によると、これまで大統領が保健省関連の会議に出席されたことはなく、「これが初めてです」と笑顔で話してくれた。これを機に、笹川保健財団は保健省と連携し、ハンセン病患者ゼロの目標達成に向けて積極的に協力することを約束した。

1117.003.jpg
ディサナヤカ大統領と


驚くべきことに、当初ハンセン病回復者の出席に否定的であった保健省も、笹川保健財団の説得に応じ、多くの回復者が出席された。当然とはいえ、彼らの協力なくしてスリランカのハンセン病ゼロ計画の実現は不可能であり、結果オーライの会議となった。

1117.001.jpg
政府、NGO、そして回復者団体から多くの人が参加した


以下は、原文英語の挨拶文です。

*******************

1117.002.jpg


アヌラ・クマラ・ディサナヤカ・大統領、ナリンダ・ジャヤティッサ・保健マスメディア大臣、磯俣秋男・駐スリランカ日本国大使、ご列席の皆さん。本日はハンセン病全国会議に参加いただき感謝申し上げます。特にディサナヤカ大統領におかれては、本年2月にお会いした際に、スリランカからハンセン病をゼロにするために本会議を開催することに同意を下さり、また先般訪日いただいた折にも本会議にご参加いただけるとの力強いお言葉を頂きました。大統領閣下の卓越した指導力のもと本日スリランカで初めてとなるハンセン病全国会議の開催を実現下さったことに心から敬意を表します。

私は半世紀以上にわたりハンセン病そして、ハンセン病に伴う差別を撤廃するために126ヶ国の現場で活動をして参りました。ご存じの通り、ハンセン病は今や早期発見・早期治療で障害なく完治する病気となりました。また、ハンセン病患者、回復者に対する差別は不当であり、撤廃していかなければなりません。スリランカは保健マスメディア省の多大な尽力もあり、2005年にハンセン病を公衆衛生上の問題として制圧が達成されました。しかし、コロナの影響で全世界的にハンセン病対策が停滞し、残念ながらスリランカも例外ではなく、隠れた患者、特に子供の患者が増加傾向にあるという状況にあります。

こうした困難な状況においても、引き続きスリランカ政府はハンセン病対策キャンペーン(Anti-Leprosy Campaign)を通じて、県・地区レベルの保健機関と協働して、検査・診断・治療・啓発活動をしていることに敬意を表します。また、政府のみならず、ハンセン病当事者協会(LPA)、カヴェリ芸術会(KKM)、アライアンス開発トラスト(LDT)、宗教間平和財団(IRPF)といった民間の団体が協力し合い、草の根からハンセン病の病気と偏見・差別を無くすために尽力されていることも、非常に重要なことであると認識しております。特に当事者団体であるLPAにおいては、今年2月の会議に私も参加させていただきましたが、回復者の皆さんが団結し、未来に対する希望をもって活動している様子に、勇気と自信を頂きました。

こうした素晴らしい活動がなされているスリランカだからこそ、今回の全国会議がスリランカにおけるハンセン病ゼロに向けた取り組みを一層前進させるきっかけになると確信しております。そして、政府、NGO、当事者が各自の知見を結集した本会議の結果をもとに、スリランカの新しいハンセン病国家戦略が策定されると伺っており、このような積極的な取り組みを推進下さっているディサナヤカ大統領に改めて敬意を表します。

お集まりの皆さん、長年ハンセン病で苦しんできた当事者の皆さんは勿論のこと、将来を担う子供たちが未来に希望を持てるよう力を合わせて参りましょう。我々が共に力を合わせれば、ハンセン病のない世界の実現は見果てぬ夢ではありません。皆さん、共に不可能を可能にして参りましょう。ありがとうございました。

「小話再録」その7 ―人生には笑いが必要― [2025年11月14日(Fri)]

「小話再録」その7
―人生には笑いが必要―


■人生とは何ぞや?ノーパンである

親鸞の『歎異抄』、道元の『正法眼蔵』、デカルト、ヴォルテール、ヘーゲル、ヤスパース、カント等々は、全て難解で、読んだというより単に目を通しただけである。脳味噌は既に老化のために委縮・硬直し、その働きを停止している。しかし、一つ理解できることは、全ての哲人たちが「人生とは何ぞや」と苦悩し続けてきたということである。

橋本治の名作『双調平家物語』(中央公論新社)は、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす」といい、このことを全15巻を費やして説明している。

老境の私も死を意識せざるを得ない時期が到来し、真面目に考えてみようとするが、学問の蓄積のない我が身では、何ともならない。

先般、駐日インド大使を訪ねた折、千鳥ヶ淵のお堀端に咲く満開の桜を眺め、西行の「願わくは花の下にて春死なんその如月の望月のころ」を思い出しながら突如閃いた。「人生とはノーパンである。その心は儚いことである」と。なんとも簡単なことではなかったか、人生は「儚い」のである。

しからばどのように残された人生を歩むのか?これは私にとって割とはっきりしている。出典は定かではないが、「この生を無駄にしないで『私は自分の出来ることをやった』と自ら言うことができるような人生を歩みたい。それが、私にわずかばかりの幸福(精神的)をもたらしてくれる唯一の方法です」(キュリー夫人)

ハンセン病の世界制圧と患者、回復者に対する差別撤廃と人権回復。60年以上も闘い続けてきたミャンマー政府と少数民族武装勢力との和解の実現。

これこそ、いずれ死を迎える私が目指すわずかばかりの「幸福」なのです。現在86歳にして精神的には青春真っ盛り。

毎日、夜明けが待ち遠しく、感謝、感謝の毎日です。