―「漂流する日本」これでいいのか―
産経新聞【正論】
2025年10月7日
国際社会が激しく揺れ動く中、戦後80年間、平和を享受してきた日本は世界の荒波の中を漂流し、沈没しかねない状況にある。最近、そんな不安を強く感じるようになった。
≪見えない国の将来像≫憲法や皇室、安全保障など国の基本政策がいまだに定まらず、少子化や財政再建など喫緊の課題の打開策も見つかっていない。そして何よりも、国民が国づくりに参加する上で必要な国の将来像も見えていない。
一方でグローバル化が急速に進み、国際社会の動きは直ちに日本に跳ね返る時代となった。世界は協調主義から対立の時代に移りつつあり、中国や北朝鮮の脅威の高まりで、わが国の安全保障環境も厳しさを増している。
そうした変化に備えるためにも、まずは政治が長い低迷を脱し国を主導する本来の役割を果たす必要がある。
日本財団が昨年春、米英両国、中国、韓国、インド、日本の17〜19歳の若者各1000人を対象に行った18歳意識調査で、「自国が国際社会でリーダーシップを発揮できる」と答えた日本の若者は41%、「自国に優れたリーダーがいる」と答えたのは37%だった。
各国に比べて低く、特に中国、インドと比較すると、いずれも半数以下だった。筆者に言わせれば、有能な政治家は日本にもたくさんいる。ただし、国民の評判や批判を気にするあまり、自信を持って自説を主張する覇気に欠け、目立たないきらいがある。
≪政治家の勇気と覚悟≫戦前、立憲民政党の斎藤隆夫は帝国議会本会議で軍部を批判する「粛軍演説」、「反軍演説」を行い、議員を除名された。漂流するこの国を救うのは、覚悟と勇気を持って行動する斎藤のような政治家であり、国民は今、そうした政治家の登場を求めている。
わが国は戦後の高度経済成長で世界2位の経済大国となった。しかしバブル経済崩壊後、今も続く「失われた30年」で国内総生産(GDP)はドイツに次いで4位に落ち、近くインドにも抜かれると予想されている。
かつて経済協力開発機構(OECD)上位にあった平均賃金も、令和4年には加盟38カ国中25位まで落ちた。国民受けを狙ったバラマキ政策が長く続いた結果、国債や借入金などを合わせた「国の借金」はGDPの約2倍、1300兆円にも膨れ上がっている。
一昨年末の18歳意識調査では「国の将来に不安」を持つ若者は「少し」を含め71%に上った。これより前、18〜69歳の女性1万人に「子どもの将来と日本社会の不安」を尋ねた調査では、「財政悪化による医療・年金など国の基幹システムの崩壊」を指摘する声が40%を超え、「戦争や紛争に巻き込まれる恐れ」を心配する回答も18%に上った。
数字は、見えない将来に対する不安が若者の内向き志向、少子化を加速する一因になっていることを示している。大海に乗り出した船の船長(政治)が目的地(将来像)を示せないまま船員(国民)が戸惑っている姿に似ている。
政府だけでなく野党各党にも、それぞれが考える将来像を国民に示す責任がある。与野党から出された複数の将来像が競い合うことで国民の議論も広がり、政治に対する関心も高まる。
総務省によると、7月の参院議員選挙の18、19歳の投票率は41.74%。令和4年の前回参院選より6.32ポイント上昇した。しかし、次代を担う若者の投票率が半分に満たない現実はあまりに寂しい。いつの時代も、若者の政治に対する強い関心が社会を動かしてきた。投票率は政治に対する若者の期待、関心の高さを示すバロメーターでもある。
政治や政治家に対する国民の信頼は、政治家が「自分の明日」、「党の明日」より「国の明日」を第一に語り、行動していると実感された時に高まる。信頼や期待が高まれば、「国家」「国益」といった言葉を嫌う戦後の風潮を払拭する道も拓(ひら)けてくる。
グローバル化で国と国の距離が急速に縮まっている。「世界あっての日本」であり、世界の動きに迅速に対応できて初めて日本の安全も確保できる。外交の要である日米関係一つとっても、西側諸国の分断を避けるために米国一辺倒の見直しが必要となる事態も想定しておく必要がある。
≪政治が国の将来を左右する≫国民は低迷が続く日本の政治を冷めた目線で見ている。20年、30年後、どのような国を目指すのか、今こそ熱い議論が必要だ。残念ながら7月の参院選、今回の自民党総裁選をみても、そうした熱気は希薄だった。
国の将来の設計図を描くのが政治の役割であり、その出来栄えが国の将来を左右する。政治の世界を志した以上、自らが求める国の将来を語り、その結果に責任を負う覚悟が必要である。政治家は「長きをもって貴しとせず」である。未来を語って国民の心を揺さぶり、国の在り方を問う政治家の登場を期待してやまない。(ささかわ ようへい)