「大腸がんステージ4」
―がん共存療法―
日本財団および笹川保健財団によるホスピスナース人材養成プログラムにご協力いただいた山崎章郎先生は、2019年に両側肺への多発転移を伴うステージ4の大腸がんと診断されてから6年が経過。
患者にとって大きな苦痛を伴うことになる現在の抗がん剤治療に対し、山崎先生は、独自に「がん共存療法」を考案され、データ収集に努力されておられるが、確たるエビデンスを得るためには、より多くの「大腸がんステージ4」の方々の協力が必要です。以下、週刊新潮7月10日号に掲載された記事を紹介します。今後の「がん共存療法」臨床試験のあり方についてのお問い合わせやご協力の申し出などございましたら、以下にご連絡ください。
<連絡先>
聖ヨハネ会桜町病院臨床試験プロジェクトチーム 山崎章郎
メールアドレス:project-t@seiyohanekai.or.jp
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ステージ4の緩和ケア医が実践「がん共存療法」
ステージ4と診断された緩和ケア医の山崎章郎氏が自ら実践している「がん共存療法」。併せて行った臨床試験は3年目を迎えたが、患者の生存期間は標準治療の中央値を超え、QOLも改善されて医療費の抑制にもつながった。その「確かな可能性」をレポートする。
2025年5月、連休明けのその日は快晴だった。病院を取り囲む木々の若葉が優しく揺れていた。
外科外来で、自身の体調は良好であり、普段通りの日常を送っていることを伝えつつ、4月末に受けたCT検査の結果を聞いた。
温厚な主治医は「1月のCT検査の結果と変わっていません。安定してますね」と穏やかに説明してくれた。
19年5月、両側肺に多発転移のある、ステージ4の大腸がんが判明してから、6年がたったことになる。3カ月後のCT検査の予約をお願いし、謝辞を伝えて外来を辞した私は、帰り道、この6年間の出来事を振り返っていた。
18年9月、大腸がんが見つかった。11月に受けた手術でステージ3と判明し、5年生存率は70%と告げられた。その生存率を80%に上げるため、再発予防目的の抗がん剤治療が始まった。
間もなく、食欲不振、下痢、手足症候群といった典型的な副作用が出現した。
在宅緩和ケアを実践するため24時間対応の訪問診療に携わっていた私には、仕事の継続が困難と思われるほど辛いものだった。
途中1カ月ほど休薬し、減薬して投与を再開したが、再び副作用は出現した。19年5月、経過確認のCT検査で両側肺の多発転移が判明し、その日からステージ4の大腸がん患者になった。
そして、治癒ではなく、延命目的の、その時点で最善とされる標準治療(抗がん剤治療)が提案された。5年生存率は17%(国立がん研究センター「がん情報サービス」)だった。
抗がん剤の耐え難い副作用を経験してしまった私には、生きがいでもある訪問診療も十分にできない状態での延命治療に意味を見いだすことは難しかった。熟考の末、後はがんの自然経過に委ねようと覚悟し、標準治療を断った。
だが、治療終了後1カ月もすると、副作用も抜けて、仕事も含めいつもの日常が戻ってきた。やがて、本当にこのまま自然経過に委ねていいのだろうか? という思いと共に、脳裏に、私の覚悟に理解を示してくれた大切な人々の、その時の、悲しげで複雑な表情が浮かんできた。
そして、標準治療以外に、日常生活を継続できる副作用の少ない方法があるのであれば、それを見いだし、大切な人々のためにも、精いっぱい生き抜いてみよう。あえて死に急ぐこともないのだ、と考えを改めた。
同時に、自分がステージ4の大腸がん当事者になり、それまで見過ごしてきてしまった標準治療の現実と課題に気付かされた。
それは、治癒を前提にはできず、副作用が避けられない標準治療をどうしても受けたくない患者さんや、標準治療を開始してみたが、副作用で離脱せざるを得なかった患者さんたちの中には、がんの終末期になる前に2度の挫折を経験する方々がいるということだ。
まず、標準治療が一番良いと言われて、他の人は辛くても頑張っているのに自分は頑張れなかった、という挫折が一つ。
次に、「早く死にたいわけではない」と、「わらにもすがる思い」でさまざまな代替療法を探し求めるが、足元を見るがごとく法外な費用を前にして諦めざるを得ない人も少なくない。二つ目の挫折だ。
そして挫折感と無力感を抱えたまま死に向かうことになる。それら患者さんたちの切ない思いに、もっと目を向けるべきだったのだ。
私は、前述のような患者さんたちの思いに応えるために、標準治療を補完・代替する、副作用が少なく、安全で、高額でない選択肢を模索することも、医療の大切な役割なのだと考えるようになった。
そしてたどり着いたのが「がん共存療法」という概念であった。
それは「がんの増殖を可能な限り抑制し、少しでも長く穏やかに、自分らしく生きることが可能な『無増悪生存期間』(がんの増殖を一定の幅の中で抑制している期間)の延長を目指す治療法」というものだ。
それを可能にすると思われる代替療法に関する書物を探し求め、なるほどと思える取り組みを、数年にわたって自ら実践してみた。
結果、多発転移病巣の多くは縮小・消失し、現在では左右肺に複数の小さな転移病巣が残っているのみだ。
詳細については『ステージ4の緩和ケア医が実践する がんを悪化させない試み』(新潮選書、22年)をご参照いただきたい。
ただし、拙著は私自身の個人的体験に基づいて記述したものであり、エビデンスのあるものではない。
そこで、それを実証する目的で、標準治療から離脱せざるを得なかった、肺や肝臓に転移のあるステージ4の大腸がん患者さんを対象にした臨床試験に取り組むことにした。
さまざまな経緯があったが、最終的には東京都小金井市にある聖ヨハネ会桜町病院や公益財団法人日本財団など、多くの関係者の理解と協力の下に、23年1月から24年12月まで、医師主導型自主臨床試験として「第1弾『がん共存療法』臨床試験」が実施された(当初は23年1月から24年6月までを想定していたが、諸般の事情で24年12月まで延長した)。
がんも含めた全ての生物は、成長し存在を維持するためのエネルギーと栄養を必要としている。
そして、際限なく分裂・増殖するがんは、その代謝特性として大量の糖質を必要とすることが分かっている。
「がん共存療法」は、その特性に焦点を当てた治療法だ。具体的には、下記のとおりである。
(1)まずは、がん細胞の増殖を抑制する目的で、がんが必要とする糖質を制限し、糖質に代わるエネルギー源として高脂肪食にする。
糖質制限下での高脂肪食は、新たなエネルギー源になり、かつ、基本的にがんには利用されない抗がん効果のあるケトン体も産生する。上記は「糖質制限ケトン食」といわれている。
「がん共存療法」では体力を維持するために成人に必要な1日の総摂取カロリーは減らさないことが原則だ。もちろんたんぱく質も、しっかりと取る。
(2)同時に、食後の上昇した血糖値を下げるインスリンは、がん細胞の増殖因子でもある。そこで、食後血糖値の上昇を極力抑制し、結果としてインスリンの分泌も抑制してがん細胞の増殖を抑制するために、糖尿病治療薬メトホルミン(M)を食前に服用する。さらに、抗がん効果のあるビタミンD(D)やEPA(E)を併用する。
(1)、(2)を併せて「MDE糖質制限ケトン食」と表現しているが、当療法では、これが基本的治療である。
次いで、それぞれの療法の安全性を確認しながら、一定期間毎に(3)がんの増殖抑制効果があるといわれているクエン酸などを使用した「クエン酸療法」や、(4)大腸がんに適応のある経口抗がん剤TS-1を、副作用を出さないことを前提に低用量から開始する「少量抗がん剤治療」、次に(5)がん組織の酸性化や、がん細胞内のアルカリ化を抑制してがんの増殖抑制を目的にした「アルカリ療法」を積み重ねていく。ただし、この「アルカリ療法」は、臨床試験開始以降の知見で途中から追加している。以上が臨床試験の実際だ。
第1弾臨床試験に最後まで参加した患者さんは7名(40代〜60代の女性3名、男性4名)だった。そのうちCT検査で効果を評価するRECISTという基準で、客観的評価可能な参加者は5名。うち1名は特例的に「MDE糖質制限ケトン食」のみでの経過観察となったため、「がん共存療法」の総合的な効果を適切に評価できる参加者は、最終的には4名(A〜D氏)だった。
A氏は最初から標準治療に拒否感を持つ標準治療無治療者、B〜D氏は標準治療を開始してみたが、副作用のため途中で離脱せざるを得なかった参加者だ。
B氏は標準治療の1次治療終了後離脱、C氏は1次治療途中離脱、D氏は2次治療終了後離脱だった。
そのため、当臨床試験は、A氏は標準治療の1次治療、B、C氏は2次治療、D氏は3次治療に相当することになる。
臨床試験期間中の副作用としては4名中2名に軽度の下痢が出現した。
また臨床試験期間中のQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生命の質)調査では、A氏は不変だったがB〜D氏のQOLは臨床試験参加前よりも改善していた。
この臨床試験の目的でもある「無増悪生存期間」の延長についてであるが、『がん化学療法レジメンハンドブック改訂第8版』(羊土社、25年)が例示する、標準治療の「無増悪生存期間」中央値は1次治療の場合には12.1カ月、2次治療の場合には8.4カ月、3次治療の場合には5.6カ月となっている。
当臨床試験における最長無増悪生存期間は1次治療に該当するA氏約7カ月、2次治療に該当するB氏約15カ月、C氏約9カ月、3次治療に該当するD氏は約12カ月だった。A氏以外は全員標準治療の中央値を超えていることになる。
また、臨床試験の期間を延長したことによって、当初は想定していなかった「生存期間」についても検討できるようになった。
その前に、以下の2点を念頭に置いていただきたい。
1点目はステージ4の大腸がんを抗がん剤TS-1単独で治療した場合の生存期間中央値は約12カ月という報告(04年)があること。
2点目は、先述した『がん化学療法レジメンハンドブック』が例示する最新の標準治療の生存期間中央値は、1次治療の場合には31カ月、2次治療の場合には16.8カ月、3次治療の場合には10.8カ月であるということだ。
上記を踏まえてA〜D氏の、臨床試験開始時から終了までの生存期間を見ると、全員23カ月前後であり、これは先述したTS-1単独療法の約2倍に相当し、かつB〜D氏3名は、標準治療の中央値も大きく超えていることが分かる(なお、A氏の場合は、臨床試験期間が標準治療の生存期間中央値31カ月よりも短いため比較は困難)。
全員、転移病巣は増大し続けているため、いずれ病状悪化は避けられないが、25年1月からは第1弾臨床試験に修正を加えた第2弾臨床試験に参加しつつ、今も仕事も含め通常の日常生活を送っている(なお、現在、第2弾臨床試験の参加応募は締め切られている)。
今後、以下の二つのような可能性が考えられる。
(1)標準治療とのコラボ
今回の臨床試験は既述したようにがんの代謝特性に基づいた三つの代替療法と「少量抗がん剤治療」を併用したものだったが、A〜D氏は三つの代替療法を併用したことで、TS-1単独療法の効果を大きく上回ったものと思われる。
以上より、今後、副作用を最小限に抑え、QOLを保持したまま、生存期間の一定の延長を目指す「がん共存療法」は、標準治療の限界を補完・代替できる治療法と位置付けられる可能性がある。
(2)高額がん治療費の軽減
25年4月10日の朝日新聞オンライン記事に、全国のがん専門医で作るJCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)医療経済小委員会が実施した、17種類のステージ4のがん患者の、標準治療における月ごとの薬剤費の調査結果が掲載されていた。
それによれば、月50万円以上の治療を受ける人の割合は中央値で59%。また、17%の患者は月額100万円以上の治療を受けていたとのことであった。
昨今、高額療養費制度の見直しが大問題になったように、ステージ4のがんに対する薬剤費の個人的負担は大きなものになっている。今後さらなる高額化が予測されるがん医療の薬剤費は、従来以上に大きな社会的課題になるだろう。
ところが、今回の第1弾臨床試験に使用した薬剤費は抗がん剤TS-1も含めて最大で1人1カ月5万円弱であった。また、第1弾臨床試験に修正を加えた第2弾臨床試験では1人1カ月約3万5000円だ。
このことは、現在の高額な標準治療とは別に、その取り組みの視点を変えることで、費用負担の少ない「がん医療」があり得ることを示唆しているといえるだろう。
ところで、「がん共存療法」臨床試験の取り組みが、1年以上にわたってNHKの取材を受けていた。その経過が、3月、4月にわたってNHK BSなどで3回放映された。臨床試験が始まった経緯や臨床試験参加者のエピソードを交え、私も含めてそれぞれの思いが伝えられた。
視聴した皆様からの感想は「考えさせられた」「感動した」など種々あったが、臨床試験に理解を示す人々からは、先述してきたような「がん共存療法」の可能性があまり伝わってこなかったことが残念だったと言われた。
私は「不偏不党を掲げているNHKだから、エビデンスレベルの低い現状を、肯定的に放映することは難しかったのだと思う」と応えた。
当「第1弾臨床試験」は、対象者数が少なくエビデンスレベルは低いが、副作用で標準治療から途中離脱せざるを得なかった、ステージ4の大腸がん患者さんの選択肢になり得る可能性を示している。
また、理論的には肺がんや胃がんなど塊を作る他の固形がんに対する有効性も示唆している。
さらに、費用負担も含め将来のがん医療の在り方にも一石を投じるだろう。
今後、多くの医療機関の協力を得て、エビデンスレベルの高い、規模の大きな臨床試験に取り組むことができればと願っている。
幸い、日本財団の笹川陽平名誉会長からは、引き続きの支援の励ましを頂いている。
国や都道府県などにも、日本社会の未来を見据えた「がん共存療法」に注目を頂き、上記のような臨床試験の取り組みへの支援をお願いしたいものである。