開放型刑務所活用で再犯削減を
産経新聞【正論】
2024年6月28日
犯罪検挙者の半数近くを再犯者が占める状態が続いている。背景には一度、罪を犯すと就労意欲があっても社会復帰が難しく、再び犯罪に走る悪循環がある。
<<再犯率が3分の1に>>そんな中、近年、北欧5カ国で導入されている「開放型刑務所」が再犯防止策として注目されている。2010年ごろ始まったノルウェーでは開放型刑務所の導入で再犯率が3分の1近くに減ったというのだ。
しかし、ノルウェーと日本では歴史も風土も違う。ノルウェーでは死刑が既に廃止され、刑事罰の最高刑も懲役 21 年。刑事司法制度も大きな差がある。
そんな中で、わが国が開放型刑務所を活用することは可能か、可能とすれば、どういった点が課題となるかー。7人の専門家による研究会を日本財団が立ち上げ、今月20日に第1回会合を開いた。9月にも提言書をまとめ、法務大臣に提出する考えでいる。
令和5年版犯罪白書によると、同4年の刑法犯の検挙人数は約16万9400人、うち約48%の約8万1200人を再犯者が占める。平成17年以降、刑法犯の検挙人数が減少傾向をたどる中、初犯者数が減る一方で再犯者数が高止まりしているのが特徴だ。
昨年8月、日本財団の事業担当者や法務省関係者がノルウェー、スウェーデンを訪問、開放型刑務所を視察するとともに矯正局担当者と意見交換を行った。
この中でノルウェーの担当者は、開放型刑務所を中心に人道的対応を強化した結果、厳しく処遇した時代に60〜70%に上った再犯率は大幅に低下。2014年から5年間は10%台後半から20%台前半、北欧5カ国の中で最も低い数字で推移していると説明した。
「世界で最も人道的」といわれる開放型刑務所も極めて豪華なつくりで、受刑者が可能な限り外の世界と同じように通勤・通学ができるよう工夫されていた。
自由度が高ければ、その分、逃亡のリスクも高まる。研究会のメンバーの一人・矢野恵美琉球大教授が初会合で示した資料によると、ノルウェーでは2017年、閉鎖型刑務所から4人、開放型刑務所から36人の逃走者が出ている。
ノルウェーでは、さほどの問題にならなかったというが、わが国ではそうはいかない。平成30年、「塀のない刑務所」として知られた愛媛県今治市の松山刑務所大井造船作業場から受刑者が逃走した際の騒動はあまりに大きく、今も記憶に残る。
大井造船作業場は60年以上前から受刑者を受け入れ、受刑者更生に取り組んできた。先駆的な取り組みに対する地元の信頼は高く、受刑者の受け入れは今も続いている。にもかかわらず大な騒ぎが起きるところに、ノルウェーとの違いがある。
矢野教授も「受刑者の自由度を高めれば逃走リスクが高まり、周辺住民の理解を得るのが難しくなる。逆に自由度を下げれば、開放型施設の良さが失われる」とその難しさを指摘している。
<<更生に力点を置く拘禁刑>>ただし、わが国も平成28年の再犯防止推進法の施行以来、再犯防止推進計画を5年ごとに見直し、再犯防止対策を強化してきている。令和4年に成立し、来年6月から施行される改正刑法も、117年前に刑法が定めた懲役刑、禁錮刑を廃止して「拘禁刑」に一本化し、「懲らしめ」より受刑者の更生、立ち直りに力点を置いている。
日本財団と法務省が平成25年、少年院出院者や刑務所出所者の更生に向け、連携して立ち上げた「職親プロジェクト」(中井政嗣代表)も現在は全国37都道府県に広がり、参加企業も422社まで増えた。既に760人が雇用され、社会の理解の広がりを示している。
<<再犯減れば犯罪被害も減る>>一連の流れを前に、わが国も開放型刑務所が必要な時代を迎えつつある気がする。そのためには何よりも地域住民の理解と協力が不可欠。仕事だけでなく、お祭りや地域催事への協力、高齢者施設での雑務など幅広い交流・貢献が欠かせない。
令和4年に刑務所や少年刑務所に入所した受刑者約1万4500人(うち女性は1600人)のうち、男性35%、女性の51%の罪名は窃盗。刑期も男性の54%、女性の65%は2年以下だった。
罪名、刑期からも開放型刑務所が整備されれば、少なくともこの層の受刑者の立ち直りには有効に機能するのではないか。検討課題は多岐にわたる。有意義な議論を経て研究会の提言書がまとめられると期待している。
再犯が減れば、その分、犯罪数は減る。犯罪数が減れば犯罪被害もおのずと減少する。それに伴い受刑者の更生を支援する世論も高まるー。そんな好循環が実現できればと思う。幸い、日本版の開放型刑務所には、職親プロジェクトで培った経験と知見が大きく役立つ。研究会の議論と並行して、モデルとなる施設の整備についても準備進める考えでいる。
(ささかわ ようへい)