「在宅看護センター」
―起業家育成10周年―
笹川保健財団の喜多悦子会長はWHOをはじめ世界各地で地域医療を実践され、九州の赤十字大学で学長を勤められた後、人生最後の仕事は日本各地の、ともすれば病院が遠隔にある地域の医療を充実するための在宅看護センターの普及こそ大切だとの熱意のもと、ベテラン看護師を在宅看護センターを経営する企業家として育成する事業を立案の上活動され、今年で10年の節目となります。6月11日、帝国ホテルで武見敬三厚生労働大臣も出席され、盛大な集まりがありました。
日本財団の会議室で6-8ヶ月の研修を受講された看護師は130名を超え、全国各地で地域医療に懸命に活動されている。喜多会長のご指導よろしきを得て、落伍者はゼロであり、結束は固くネットワークを構築して地域医療、特に患者さんへの自宅訪問は大好評であり、この方々を中核に更に全国に拡大すべく喜多会長の情熱はとどまるところを知らない。
私たちの夢は診療看護師(ナース・プラクティショナー)制度の導入であります。欧米では既に実施されていますが、日本では看護師は日本医師法により、医師の補助員との位置に甘んじています。欧米では老齢者の慢性症(高血圧、糖尿病など)に対しては、診療看護師に薬剤の処方が認められています。医師会、薬剤師協会の大反対がありますが、高齢化社会の日本において在宅で病む患者には看護師による在宅訪問看護は不可欠です。
以下は当日の私の挨拶と、2021年8月4日付産経新聞の「正論」です。
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ご挨拶
於: 帝国ホテル
ご紹介賜りました、というよりも一度は顔を合わせておりますが、日本財団の笹川陽平です。素晴らしいですね、この熱気は。感動です。本当によく勉強いただき、特に喜多先生が在宅看護をされたいという強い意思をお持ちでした。「仏の喜多」か「鬼の喜多」かわかりませんが、礼儀作法を含め厳しい指導があったと思います。それだけに、皆さんがそれぞれの地域で素晴らしい活動をしているという報告をいただき、大変我々は感動しております。
地域医療における在宅看護の重要性はいまさら言うに及ばずです。地域で困っている方が沢山いらっしゃり、自宅まで訪問して面倒を見て下さる方がいるのがどれだけ、看護を受けられる方にとって心強いことでしょうか。この核がさらに大きくなって日本全国に普及していくことを期待しています。今や少子高齢化と言われますが、多くの方が在宅の中で悩み苦しんでいます。日本語のことわざに「終わりよければすべてよし」という言葉がありますが、愛のこもった看護、そして何よりお年寄りは話し相手が欲しいのです。それを受け止めて、ご老人の病気のみならず、家庭生活や様々な話を聞いてあげるということが精神衛生上大切ですし、次の来訪が楽しみになります。
通常の医療では行き届かないところを、皆さんが足を棒にして訪ねて下さるのは崇高な愛情の賜物です。本来医療はそうあるべきと思いますが、病院の治療というものにはある程度限界があります。そうした中で、喜多先生の指導を受けられた皆さんがともすると交通事情も難しいところに労をいとわず行かれているのは大変有難いことです。私は亡くなられた日野原重明先生と一緒にホスピスナースを養成しました。最初16名の方が来ました。その時分医学界では「ホスピスナースに何の意味あるのか」「医療は医者がやるものだ」という状況で、16名のうち15名は退職して東京に来てくださいました。唯一徳島県だけはホスピスナースが必要ということで、県がお金を出してくださいました。今や4000人以上のホスピスナースを育て、そうした人が核となって「今やホスピスナースは当たり前だ」という時代になりました。
在宅看護も同じよう「在宅看護をしてくれる人がいないとやっていけない」という時代になります。いやもうなっています。しかし行政、国の力では改革が難しく、皆さんがその先兵となって素晴らしい成績をあげて下さっています。今の報告にもありましたが、100億円の規模になったとのことで、これが10倍の1000億にすれば、厚生労働省も国も動かざるを得ません。私の夢はNPと申しましょうか、ナース・プラクティショナー、診療看護師になって欲しいのです。医師法によれば、看護師は医師の補助員という位置づけになっておりますが、時代錯誤です。国家試験に受かって2〜3年の人に、現場で20〜30年経験のある看護師さんがかしずく時代ではありません。慢性医療の薬などは、皆さんで十分処方できます。将来は何としてもNPまでもっていくということは私の気持ちですし、何遍も新聞などに書いているのですが、あたりが悪いです。しかし諦めずネバーギブアップでいかないといけません。
皆さんはいち看護師ではなく経営者になっておられ、これは凄いことです。こうした日本の閉塞した状況を変えないといけません。日本の国を良くするのは皆さんです。志の高い皆さんなんです。鬼か仏の喜多先生に習ったことやネットワークを活かして、皆さんが日本社会を変えていくという覚悟をもって、時代の変革を出来るのです。これは団結力でありネットワークです。それを皆さんにお願いしたいのと同時に、誇り高い仕事をしていることを自覚してください。今、日本本財団に就職したいという人は有難いことに大勢いらっしゃり、社会の為に尽くしたいという志の高い若い人が増えている状況です。その先駆者が皆さんです。仏の皆さん、神様の皆さん、ここから見ると神々しく正視できません。もしかしかしたらライトの関係かもしれませんが(笑)、皆さんの顔がまぶしくて見えません。この核を、日本の医療制度を変えるために活かしてください。皆さんは、病院に通えない人が満足して死ねるように悩みを聞いてあげ「あの看護師さんが来てくれてよかった」と思われる素晴らしい才能をお持ちなのです。日本の医療制度の中にNPを作るというモデルになっていただきたいと思います。ご苦労様です、宜しくお願い致します。
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一診療看護師制度の導入を目指せ―
産経新聞【正論】
2021年8月24日
新型コロナ禍に伴う外出自粛でやや減っているものの大手病院の外来には相変わらず長い列ができている。「3時間待ちの3分診療」と言われた一昔前よりは改善されたようだが、医療現場は昔も今も飽和状態にある。
≪医師の指示なしに一定の医療≫
経済協力開発機構(OECD)が平成29年にまとめた調査によると、人口千人当たりのわが国の医師数は2.4人、看護師は11.3人。当時の加盟国36カ国で見ると、医師数は32位、看護師数は10位。高齢化に伴う医療需要の急増、多様化を前にすると、このままでは医療の逼迫(ひっぱく)はさらに進む。
打開策として医師の指示を受けずに一定レベルの診断や治療を行うナース・プラクティショナー(NP=診療看護師)と呼ばれる新たな資格制度を導入する動きが各国に広がっている。看護師が自らの判断で裁量できる医療行為の範囲を広げることで全体の効率をアップし、医師、看護師不足の緩和を図るのが狙いだ。
その効果と実績は既に各国で証明されている。加えてわが国には高い志と才能を持った多くの看護師がいる。新たな資格制度として早急に取り入れるよう提案する。日本医師会は制度の導入に消極的と側聞するが、国民に対する医療サービスが強化されるばかりか、医師の負担軽減にもつながる。
≪米国では22万人が資格取得≫
NP制度は米国やカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、オランダ、アイルランド、シンガポールなどで導入されている。看護師資格の保有者が修士課程以上の大学院で専門教育を修め、国家試験に合格するとNPの資格を得る。医薬品の処方や初診対応、検査の指示や治療を判断する権限を持ち、米国では平成28年時点で看護師の約8%、22万人が資格を取得している。
これに対し、わが国では、「医師でなければ、医業をなしてはならない」とする医師法の定めで看護職は医師の判断、指示がなければ、医療行為を行うことはできない。平成26年には一定の範囲で診療行為を行う特定看護師制度がスタートしたが、あくまで医師の指示の下で行う診療補助に留(とど)まる。また日本版NPと呼ばれる診療看護師制度もあるが、民間の資格であり、国の資格である外国の制度とは本質的に異なる。
この結果、高血圧の慢性疾患を抱え、訪問看護ステーションの訪問看護を受けながら在宅療養をする高齢者を例にとると、患者を最も知る看護職が、特段の症状の変化もなく同じ薬を飲めば十分と判断しても、医師の指示がなければ使用できない。医師が多忙で指示が得られないまま症状が悪化するケースも少なくない。
さらに全国で約600カ所に上る無医地区には、半径4キロ以内に50人以上が住みながら近隣に医療機関がない。人は医療がなければ生活できず、人口も流出する。訪問看護ステーションは全国約1万3000カ所に整備されている。1施設当たり平均5人の看護職員(看護師、准看護師、保健師、助産師)が勤務し、医薬品の処方が認められるだけでも無医地区の医療は大きく前進する。
診療看護師制度が導入されれば、そうした流れを後押しし、高齢者にとって何よりも必要な“診てくれる人”との対話も生まれる。政府が目指す地域包括ケアシステムの構築にもつながろう。
日本看護協会も昨年9月、自民党看護問題小委員会宛てに「ナース・プラクティショナー(仮称)制度の創設に関する要望書」を提出、世界標準に沿った本格的な資格制度の創設を求めている。
日本財団も笹川保健財団と協力して、米国、カナダの大学院の修士、博士課程への留学を希望する看護師に年間1200万円を支援する奨学金を立ち上げた。予定は10年間で100人。先進的な看護技術を身に付け、大いに活躍してほしく考える。
≪医師の補助的立場からの解放≫
診療看護師制度は、看護師を医師の補助者の立場から解放する。診療看護師が先頭に立って看護の目線で看護の在り方を追求することで、今回のコロナ禍でも課題となった71万人の潜在看護師が医療現場に復帰するための条件整備も進もう。
新しい看護の在り方を日本から国際社会に発信するケースも期待できる。導入に伴う波及効果は大きい。
令和2年版厚生労働白書は、高齢者人口が35%3900万人とピークに達する20年後には、全就業者の20%に当たる1070万人の医療・福祉従業者が必要になると推計している。
少子化が進む中、短期間に大量の人材を育成するのは難しい。まずは限られた人数で効率的に現場を回す工夫が必要となる。診療看護師制度の導入こそ、その契機となる。
医療現場で働く看護職は平成28年現在で166万人。うち看護師は121万人。90%以上を女性が占める。診療看護師制度の普及は、ポストコロナの時代の女性の社会進出にもつながる。
(ささかわ ようへい)