「ストラディヴァリウスの謎」
―なぜそんなに高価なのか―
日本財団の姉妹財団である日本音楽財団は、弦楽器の名器といわれるストラディヴァリウス・ヴァイオリン15挺、ストラディヴァリウス・チェロ3挺、ストラディヴァリウス・ヴィオラ1挺の計19挺の他、グァルネリ・デル・ジェス・ヴァイオリン2挺の合計21の弦楽器を保有し、世界一の保有者である。
勿論これらはコレクションのためではなく、世界の著名な音楽家の審査により選ばれた演奏家に無償貸与することにより、世界の音楽愛好家に楽しんでもらうためである。
購入時は現在に比べ非常に安価でした。この楽器の謎について分かりやすい説明がありましたので、下記の通り、4月5日付テンミニッツTVの記事を拝借致しました。
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時価数十億!?ストラディヴァリウスが高い理由
クラシック音楽には趣味も興味もなくてね、という人でも、名器「ストラディヴァリウス」の名前や評判を聞いたことはあるでしょう。絵画でいえばルーベンス、車にたとえればロールスロイスといわれる唯一無二の存在の秘密に迫ってみました。
そもそもストラディヴァリウスとは?
ストラディヴァリウスは、イタリア・クレモナのストラディヴァリ父子3人(父アントニオ、子フランチェスコ、オモボノ)が17〜18世紀にかけて製作した弦楽器のこと。とくに父親のアントニオが製作したものが有名です。オークションなどでは「ウン十億」と、楽器にしては破格の値段がつけられ、音楽関係者だけでなく資産家やコレクターにとっても垂涎の的として知られています。
ストラディヴァリ父子はほぼ70年間で1100〜1300挺の楽器を製作されたとされ、そのうちの約600挺が現存しています。最も多いのはヴァイオリンですが、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、マンドリンやギター、ハープまで、弦楽器ならほぼなんでもつくったようです。しかし、ヴァイオリンとチェロ以外の楽器は現存数が少ないため、公開市場にはまず出てこず、博物館や個人収集家のもとで眠っています。
最も多く出回るヴァイオリンも非常に高価なため、所有する団体から演奏家に貸与されるのが通例。日本では日本音楽財団が最も多くのストラディヴァリウスを所有し、内外の35歳以下の若手演奏家に無償貸与しています。
名器を演奏した古今東西の演奏家とオークションどんなに高価なものとはいえ、美術品ではなく楽器である以上、ストラディヴァリウスの価値は音色にあります。
ストラディヴァリウスを愛用した著名なヴァイオリン演奏家としては、ニコロ・パガニーニ、フリッツ・クライスラー、ジャック・ティボー、ミッシャ・エルマン、ヤッシャ・ハイフェッツなどの名が挙げられます。チェロでは、ムスティフラフ・ロストロポーヴィチ、ジャクリーヌ・デュ・プレ、ヨーヨー・マなどがストラディヴァリウスを用いた名演奏を残しています。
日本のヴァイオリニストで、ストラディヴァリウスの名を一般に広めたのは2021年に亡くなった辻久子さん。1973年に自宅を売却し、1703年製のストラディヴァリウスを購入したのは、大きなニュースになりました。その後も千住真理子さんや高嶋ちさ子さんが個人所有していることで有名です。
国内で最も多くストラディヴァリウスを所有する日本財団が、東日本大震災の復興支援のため、オークションに出品したのが「レディ・ブラント」(1721年製)。保存状態の非常によい逸品であったため、過去最高額の1,589万4000ドル(約12億7,420万円)で落札されました。また、2022年6月には、「ダ・ヴィンチ」(1714年製)が1,534万ドル(約20億6,000万円)で落札と、歴代2位(ドル換算)を記録しました。こちらの出品者は株式会社壱番屋(カレーハウスCoCo壱番屋)の創業者で、名古屋・宗次ホールのオーナーでもある宗次徳二さんです。
バイオリンの最高峰「ストラディヴァリウス」が高価な理由製作されて300年も経つストラディヴァリウスが、なぜそれほど高い評価を受けているのでしょうか。その音色は、現代の技術でも再現不可能とされています。ニスが違う、防腐処理に特別な方法を使ったなどの逸話がささやかれてきましたが、現在ではいずれも否定されています。
最近の研究で明らかになったのは材質の違いです。ストラディヴァリ父子が活躍した17〜18世紀は小氷期のちょうど中頃。夏も冬も日照時間がほとんど変わらず、一年中木の成長速度が安定しているため、均一な密度で、極めて「積んだ」木材ができたのだそうです。このことはCTスキャンによる分析でも明らかにされています。
そのなかでも素晴らしい材料を見極めた上で、ストラディヴァリ工房の天才的な技術によってつくられた弦楽器は、初めて世に出た頃から名器の名をほしいままにしました。工房から出荷された楽器は王侯貴族に引き取られ、大事に保管されたり、彼らがパトロンとなった名演奏家の手で弾き込まれたりしてきました。
300年間、楽器としての成熟が進むなかで、1挺ごとの個性が育ち、名器の音を誕生当時以上のものにしていると言われます。古くはマリー・アントワネットやエリザベートの聴いた楽器が、今もコンサート会場の空気を震わせると思うと、ロマンティックですね。
科学技術では再現できないストラディヴァリウスの魔力このように、最適の材質、際立った技術、エイジングの三つが組み合わさって、奇跡的に生まれたのが現在のストラディヴァリウスです。現存する600挺のうち、博物館や個人コレクターの収蔵品になったものは市場に出てきませんから、常に需要が供給を上回る状態。しかも、奇跡的な組み合わせですから、新たな供給のメドはありません。
ヴァイオリンは1000年保つともいわれる耐久性の高い楽器で、個々の楽器の音のピークがいつになるかは専門家にもわからないとのこと。しかし、日本ヴァイオリン代表取締役、中澤創太さんによると、「ストラディヴァリウスにはずれなし」。年代によって評価は違うものの、ストラディヴァリの製作技術は初期から晩年に至るまで安定していたようです。
年始番組では芸能人の格付けチェックとしてストラディヴァリウスが登場しますが、ブラインドテストによると、現代の新作楽器との聴き分けは困難だとの結果も出ています。
貴重なストラディヴァリウスを、世界の一流演奏家が奏でていると思うからこそ、私たちは満足するのかもしれません。伝説も希少性もまじえての評価が、ストラディヴァリウスの魔力なのでしょう。
<参考サイト>
ストラディヴァリウスはなぜ高い?
天才ヴァイオリン職人が生み出した、世界に600挺存在する銘器の秘密!また、日本音楽財団が保有する全21挺の弦楽器のエピソードを追加します。
(日本音楽財団「2021年度事業報告書及び付属明細書」より)
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日本音楽財団の保有楽器概要
(2022 年3 月31 日現在)
Stradivarius "Paganini Quartet" 「パガニーニ・クァルテット」1680年製Violin 1727 年製Violin
1731 年製Viola 1736 年製Cello
アントニオ・ストラディヴァリ(1644〜1737)製作による楽器で構成されたクァルテットは、世界で6 セットの存在が知られている。このクァルテットはその一つであり、19 世紀の伝説的なヴァイオリニスト、ニコロ・パガニーニ(1782〜1840)が所有していたことでも有名である。1994 年4 月に当財団はアメリカ・ワシントンD.C.のコーコラン美術館よりこのクァルテットを購入した。同美術館にこのクァルテットを寄贈した米国のアンナ・E・クラーク夫
人の意志を受け継ぎ、当財団は4 挺を常にセットとして四重奏団に貸与している。
Stradivarius 1700 年製Violin "Dragonetti" 「ドラゴネッティ」このヴァイオリンはネックの部分までも製作当時のものが使用されているとても貴重な楽器である。著名なイタリアのコントラバス奏者ドメニコ・ドラゴネッティ(1763〜1846)によって大切に所有されていたことから現在この名前で呼ばれている。当財団の購入直前には、世界的に名の知られているヴァイオリン奏者、フランク・ペーター・ツィンマーマン(1965〜 )によって演奏されていた。2002 年6 月に当財団が購入したものである。
Stradivarius 1702年製Violin "Lord Newlands" 「ロード・ニューランズ」イギリスのニューランズ卿(1825〜1906)によって生涯大切にされていたため、現在この名前で呼ばれている。1964 年から1982 年にこの楽器を保管していたロンドンのヒル商会が、1973 年に英国バースの古楽器名器展にて、当時のヒル商会を代表する楽器としてこのヴァイオリンを展示していた。楽器の保存状態が優れているだけでなく、その音質の良さでも知られており、以前このヴァイオリンを演奏したアイザック・スターン(1920〜2001)は、自身が所有しているグァルネリ・デル・ジェスと同じパワーを感じると語ったという。
2002 年6 月に当財団が購入したものである。
Stradivarius 1708 年製Violin "Huggins" 「ハギンス」このヴァイオリンは、1870年代後半にフランスからウィーンにもたらされ、1882年頃、イギリスの天文学者ウィリアム・ハギンス卿(1824〜1910)が購入し、所有していたことから「ハギンス」と呼ばれている。色艶も鮮やかで保存状態に優れている。当財団は1997年よりベルギー・エリザベート王妃国際音楽コンクール・ヴァイオリン部門優勝者に副賞として次のコンクールまでこの楽器を貸与し、コンクールの発展と演奏家の技術向上に寄与している。1995年3月に当財団が購入したものである。
Stradivarius 1709 年製Violin "Engleman" 「エングルマン」このヴァイオリンは、アメリカ海軍士官ヤング中佐が第二次世界大戦中に戦死するまで、約150年間ヤング家に大切に保管されていたため、保存状態が優れている。当財団が保有する以前は、アメリカのアマチュア・ヴァイオリン奏者で収集家のエフレイム・エングルマンが所有していたため、現在はこの名前で親しまれている。1996年12月に当財団が購入したものである。
Stradivarius 1710 年製Violin "Camposelice" 「カンポセリーチェ」このヴァイオリンは、1880年代にフランスのカンポセリーチェ公爵の手に渡ったことから「カンポセリーチェ」と呼ばれている。1937年には、クレモナ古楽器名器展に当時この楽器を所有していたキューネ博士のコレクションとして展示された。当財団が購入する前は、30年間以上ベルギーのアマチュア奏者のもとで大切に保管されていた。2004年9月に当財団が購入したものである。
Stradivarius 1714 年製Violin "Dolphin" 「ドルフィン」1800年代後半にこの楽器を所有していたジョージ・ハートは、光沢の美しい裏板のニスと華麗な見栄えが、優美なイルカが光り輝いている様を思わせることから「ドルフィン」という名前を付けた。音色並びに楽器の保存状態が優れており、1715年製「アラード」、1716年製「メシア」に並ぶストラディヴァリウスの三大名器の一つとされている。また、巨匠ヤッシャ・ハイフェッツ(1901〜1987)が愛用していたことでも知られている。2000年2月に当財団が購入したものである。
Stradivarius 1715 年製Violin "Joachim" 「ヨアヒム」この楽器は、有名なハンガリーのヴァイオリン奏者、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831〜1907)が所有していたストラディヴァリウス1715年製ヴァイオリン3挺の内の1つである。また、ヨアヒムからヴァイオリンのレッスンを受けていた彼の兄弟の孫娘アディラ・ダラーニ(d’Aranyi)に遺贈されたことから「ヨアヒム=アラーニ」という名前でも知られている。当財団が購入するまでは、アディラの遺族によって代々受け継がれてきた。2000年9月に当財団が購入したものである。
Stradivarius 1716 年製Violin "Booth" 「ブース」1855年頃にイギリスのブース夫人が所有していたため、現在の名が付けられている。彼女はヴァイオリンの才能を発揮した2人の息子たちのためにストラディヴァリウスのクァルテットを形成しようと試み、この楽器を購入した。1931年にアメリカの名高いヴァイオリン奏者ミッシャ・ミシャコフ(1896〜1981)の手にわたり、1961年にはニューヨークのヘンリー・ホッティンガー・コレクションの一部となった。音色の美しさ、音の力強さにおいて知名度が高く、保存状態も優れている。1999年1月に当財団が購入したものである。
Stradivarius 1717 年製Violin "Sasserno" 「サセルノ」1845年からフランスのサセルノ伯爵が所有していたことからこの名前で呼ばれている。1894年には、イギリスで有名な醸造所を所有していたピカリング・フィップスの手に渡った。1906年にはイギリスのヘンリー・サマーズが所有し、それ以後93年間にわたり同家で大切に保管されてきたため、製作時のままのニスが多く残っており保存状態が非常に優れている。1999年5月に当財団が購入したものである。
Stradivarius 1722 年製Violin "Jupiter" 「ジュピター」
このヴァイオリンは、1800年頃にイギリスの収集家ジェームス・ゴディングによって「ジュピター」と名付けられたといわれている。この楽器は大切に使用されてきたため保存状態が素晴らしく、オリジナルのニスも全体に残っている。1998年5月に当財団が購入したものである。
Stradivarius 1725 年製Violin "Wilhelmj" 「ウィルヘルミ」1866年以降、約30年間この楽器を所有していたドイツの著名なヴァイオリン奏者、アウグスト・ウィルヘルミ(1845〜1908)に因んでこの名前が付けられた。ウィルヘルミの所有していた数多くのヴァイオリンのうち最も愛用されていた楽器だったが、「演奏者としてベストなうちに引退したい」との理由で、50代の若さで楽器を手放したという。2001年6月に当財団が購入したものである。
Stradivarius 1735年製Violin "Samazeuilh" 「サマズィユ」この楽器は1836 年、楽器商のタリシオによってイタリアからフランスへ持ち込まれ、一時リヨンのシャポネー伯爵が所有していた。しかし、19 世紀の終わりにロンドンのヒル商会の手に渡り、1901 年、ヴァイオリニストのアーサー・ハートマン(1881〜1956)へ売却された。1903 年にはサマズィユ家が購入し、所有していたことから「サマズィユ」と呼ばれている。1923 年に楽器を所有することになったヴァイオリンの巨匠ミッシャ・エルマン(1891〜1967)は「ストラディヴァリウスの中で最高の音色を持つ楽器の1 つ」と
1926 年に手紙に記している。楽器の内側のラベルには91 歳(製作者の年齢)と書かれている。2017 年8 月に当財団が岡本夫妻の寄付と日本財団からの助成を合わせて購入したものである。
Stradivarius 1736 年製Violin "Muntz" 「ムンツ」楽器の内側に貼られたラベルにはストラディヴァリ本人の手書きで「d'anni 92(92歳)」と書かれている珍しい楽器である。透明な黄褐色のニスが楽器のほぼ全体に綺麗に残っており、楽器の保存状態も音色も格段に優れている。1872年以降、英国バーミンガムの有名な収集家でアマチュアのヴァイオリン奏者のH.M.ムンツが所有していたため、「ムンツ」と呼ばれている。1737年に死去したストラディヴァリが、最晩年に製作した楽器の一つとして知られている。1997年7月に当財団が購入したものである。
Stradivarius 1696 年製Cello "Lord Aylesford" 「ロード・アイレスフォード」イギリスのアマチュア奏者アイレスフォード卿が1780年代初期にイタリアの名高い音楽家のフェリーチェ・デ・ジャルディーニ(1716〜1796)から購入し、その後アイレスフォード家に約100年間所有されていたことからこの名前が付けられた。1946年にはアメリカ・フィラデルフィア在住の世界的に著名なチェロ奏者グレゴール・ピアティゴルスキー(1903〜1976)の手に渡り、1950年から1965年には巨匠ヤーノシュ・シュタルケル(1924〜2013)によって演奏会や35枚のレコーディングのために使用された。2003年6月に当財団が購入したものである。
Stradivarius 1730 年製Cello "Feuermann" 「フォイアマン」アントニオ・ストラディヴァリが製作したうち、現存するチェロは、約50挺といわれている。「フォイアマン」は普通のチェロと比べ、楽器本体の部分が細長い点が特徴である。世界的に著名なチェロ奏者、エマヌエル・フォイアマン(1902〜1942)が1939年から長年にわたり使用したことから、この名前で呼ばれている。エマヌエル・フォイアマンは、斎藤秀雄(1902〜1974)の師として日本でもよく知られている。1996年12月に当財団が購入したものである。
Guarneri del Gesu 1736 年製Violin "Muntz" 「ムンツ」アントニオ・ストラディヴァリと並び称される名工、バルトロメオ・ジュゼッペ・グァルネリ(グァルネリ・デル・ジェス)(1698〜1744)が製作したヴァイオリン。1736年製のストラディヴァイオリンも所有していたイギリスのアマチュア奏者で収集家のムンツが一時期所有していたことから、この名前で親しまれている。1995年3月に当財団が購入したものである。
Guarneri del Gesu 1740 年製Violin "Ysaye" 「イザイ」この楽器はベルギーの国家的ヴァイオリン奏者、ウジェーヌ・イザイ(1858〜1931)が所有していたことからこの名前が付けられた。楽器の中に貼られた小さなラベルには赤いインクで「このデル・ジェスは私の生涯を通じて忠実なパートナーだった。イザイ1928」とフランス語で書かれ、イザイの国葬の際には棺の前をクッションに載せられ行進したことでも知られている。1965年に巨匠アイザック・スターン(1920〜2001)の所有となり生涯愛用した。
1998年3月に当財団が購入したものである。