一看護師の新国家資格に道を拓け―
産経新聞【正論】
2023年3月23日
65歳以上の高齢人口がピークを迎える「2040問題」を前に、医師の指示を受けずに看護師が一定の診療や治療ができる新たな国家資格創設の是非について内閣府の規制改革推進会議の作業部会で検討が進められている。
≪看護師が一定の医療を担う≫ 想定されているのは、欧米で普及するナース・プラクティショナー(NP)制度の日本版。日本看護協会が早期実現を求めているのに対し、日本医師会は反対の立場を表明している。
高齢化の進行で医療需要は今後も引き続き増大し、複雑多様化する。医師、看護師を短期間で大量に増員するのは容易ではない。ここは制度を手直しし、医療サービスの選択肢を増やすのが現実的な対応策と考える。
NP制度は1965年に米国で導入され、現在は欧米各国やシンガポールなどで普及している。看護師の力を生かす現実的な選択肢であり、わが国でも早期に制度が確立されるよう求めたい。
令和4年版厚生労働白書によると、2040(令和22)年の高齢人口は約3900万人、全人口の35%を占める。医師、看護師、介護士ら1070万人の医療・福祉人材が必要になり、全体で96万人が不足すると推計されている。
医師法は「医師でなければ、医業をなしてはならない」と定め、保健師助産師看護師法は看護師の役割を「診療の補助」と位置づけている。岸田文雄首相は昨年末の規制改革推進会議などの合同会議で、医師の仕事の一部を看護師に移行する「タスクシフト」の具体化を求めており、作業部会も看護師が自らの判断で一定の診療行為を行うことを可能にする新たな国家資格の創設が中心テーマとなる。
日本でも平成21年から日本NP教育大学院協議会がNPの養成に向けた教育を開始し、昨年3月現在で、760人が資格の認定を受けている。5年以上の看護師経験を持ち協議会が実施するNP資格認定試験に合格した看護師で、「診療看護師」とも呼ばれている。
≪揺らぐ日本の保健医療制度≫ このほか、医師の指示の下で脱水時の点滴など診療を補助する特定行為看護師や、熟練した看護技術・知識を身に付け水準の高い看護を行う認定看護師を育成するための研修教育制度も用意されている。診療看護師も含め、多様化する医療需要の受け皿として力を発揮するだろう。
しかし、診療看護師はあくまで民間の認定資格であり、一定レベルの診療行為を行うものの、医師の指示の下で業務を遂行することに変わりはない。その意味で新たな国家資格と位置付けられるNP制度とは性格を異にする。
海外に目を移すと、米国より遅れてNP制度を導入した英国では、例えば乳がん患者の治療法を外科治療(手術)にするか、抗がん剤を使った化学療法にするか決める際、患者を見てきたNP看護師と医師が対等の立場で話し合い最終判断を下すという。
そうした違いもあり、日本看護協会では令和4年度予算・政策に関する要望書でNP制度創設に向けた検討を早期に開始するよう政府に求めている。約400の訪問看護ステーションを対象にした調査で、7割を超える施設が「医師の指示が得られず症状が悪化した事例がある」との回答を寄せたとも報告されている。
急速な高齢化でおよそ20年後には65歳以上の世帯の約4割896万世帯が一人暮らしとなる。人口減少が進む中山間地では病院や医師の確保が難しい町や村も出ている。高齢者が遠隔診療やオンライン診療を利用するのも容易ではない。大手病院での「2時間待って5分の診療」より、日常的に健康状態を見守ってくれる看護師の存在がより重要となっている。
全国で稼働する訪問看護ステーションは令和4年現在、全国で1万4000に上る。軽度の皮膚疾患や慢性疾患に関する薬は、症状に変化がない限り、日常的に高齢者に接し健康状態をよく知る訪問看護師の判断に委ねてもいいのではないか。
わが国は世界に誇る保健医療制度で世界一の長寿国になった。しかし、少子高齢化の流れの中で、その制度も揺らぎ、パンデミック(世界的大流行)となった新型コロナ禍では医療をめぐる多くの問題点が表面化した。近年は医師や看護師、介護士ら医療・福祉関係者の長時間労働も深刻な問題となっている。
≪医師会もNP制度に協力を≫ 「食」と同様、「医療」が崩壊すれば社会は成り立たない。NP制度の創設は、時代に合わせ日本の医療を見直す格好の機会にもなる。日本医師会も胸襟を開いてNP制度の創設に協力されるよう切に求めたい。
われわれの姉妹財団の笹川保健財団も、当面10年間で100人を目標に、NP制度習得に向け米国やカナダに留学する看護師の支援に取り組んでいる。「民」の立場で、NP制度の確立にささやかでも協力していく決意だ。
(ささかわ ようへい)