『「海の地図」作成プロジェクト』
―日本の浅い海域を地図化―
少し遅れてしまいましたが、10月24日の記者会見で表題の「海の地図」作成についての記者会見を行いました。その時の挨拶文と、産経新聞【正論】の記事を合わせて掲載させていただきます。
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※挨拶文
日本財団は「海と日本プロジェクト」を実施しており、様々な海の課題を調査研究すると同時に、国民に海の大切さを啓発する活動も実施しています。世界的に見ても、人間は陸上の地形については精密な調査を行ってきましたし、宇宙に対しても大きな関心を寄せています。今や月、或いは火星の精密な地図も完成しています。しかし、人類の生存に関わり、そして水の惑星と言われる地球の海の海底地形図については全くと言っていいほど出来ておりません。これは大きな損失であり、何とか世界の海底地図を作ろうと日本財団は努力して参りました。
つい最近まで6%しか解明されていなかった海底地形図が、我々の事業を通じて今年までに約26%まで判明しました。この地球から海水を全て抜いたとしたら、どんな格好をしているのか、というのは大変興味深いものです。海水があるので地球は丸く美しく見えますが、もし海水を全部取った時の地球の形はどんなものかと想像すると心弾むのではないでしょうか。我々日本財団は、鋭意世界の海底地図の作成に努力を続けて参ります。
こうした世界の海底地形を解明することも重要ですが、わが国の浅海域の状況はどのようなものになっているのでしょうか。日本は世界で6番目に長い海岸線を持っており、その長さは35000キロ近くに及びます。こうした背景もあり、本日発表の「海の地図」プロジェクト実施の運びとなりました。200年前に伊能忠敬があれだけ精密な地図を作ったのは世界的にも評価されるものです。彼は約17年かけて有名な大日本沿海輿地全図を完成させました。この地図が完成したのがちょうど200年前の1822年10月23日でした。奇しくもその翌日である今日、10月24日を新たなスタートラインとして、海面下20メートルのところまで調査を開始致します。
何故20メートルより深いところを調査しないのかという疑問を持つ方もいらっしゃると思います。それは20メートルくらいまでが太陽の光が届く深さで、多くの微生物が住んでいる領域だからです。そして、この地域をきちっと管理していかないと、海の健康な状態を維持・継続することは不可能だと考えられています。また、この海域は微生物の宝庫であるのみならず、岩礁もあり、船の安全航行にも大きな影響があります。さらには、現在日本の抱えている防災、例えば南海トラフをはじめとする海底地震や津波に対処できるよう、こうした海底の地形把握は不可欠です。このように、海の生態系、災害予防、海難事故の防止など様々な観点から、本事業は非常に重要な取り組みであると言えます。
長年努力されてきた加藤茂氏が理事長を務める日本水路協会と協力し、10年かけて完成させる予定です。この後、専門家から詳細な説明がありますが、伊能忠敬が歩いて17年で大日本沿海輿地全図を完成させたにもかかわらず、何故我々が航空機を使っても10年かかるというのは十分理解出来ておりませんが、いずれにしても精密な地図が完成するものと思います。こうした調査から、新たな研究テーマが出てくることを期待しております。10年ひと昔と申しますが、国土の安全と国民生活の向上に向け、日本財団は水深20メートルまでの地図の作成を開始することを本日発表致します。
※以下は、11月25日の産経新聞【正論】の記事です。
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一浅海域地図が「豊かな海」を守る―
≪詳細な海底地形情報は2%≫ 6800を超す大小の島々からなる日本の総海岸線は約3万5600キロ、世界6位の長さだ。しかし、海岸線に接する浅海域(水深0〜20メートル)の岩礁や浅瀬など詳しい海底地形情報が把握されているのは全体の約2%にとどまる。
船舶を使った従来の調査では、沿岸域に多い岩場などが障害になって情報収集が難しく詳細な情報入手に限界があった。
そこで日本財団と日本水路協会が空から総海岸線の90%を目標に10年がかりで浅海域地図の作成に取り組む協働プロジェクトをスタートさせた。
地域によって違いがあるが、浅海域を海岸線から1キロの範囲と仮定すると対象面積は3万5600平方キロ、国土の9%に相当する。広大な浅海域の情報は海難事故の防止や大地震発生時の津波の予測だけでなく、新たな漁業資源の開発にも役立つ。同時に大気中の二酸化炭素(CO2)の吸収源である海藻などブルーカーボン生態系の保存・再生を図る上で重要な資料となる。
今年は、「1歩」の歩幅を中心にした17年間に及ぶ測量で、鎖国時代のドイツ人医師シーボルトもその正確さに驚いた伊能忠敬の「大日本沿海輿地全図」が完成して201年。浅海域地図が新たな「海の日本地図」として、ともすれば陸に比べて希薄な海に対する人々の関心を高め、豊かな海を守る手掛かりになると期待する。
プロジェクトでは航空レーザー測量(ALB)技術を使って陸地と海底を連続的に測定し、陸地から浅海域まで切れ目のないシームレスな地図を作成する。1秒当たり2250平方メートル、従来の船舶による音響調査に比べ90倍の測定能力を持ち、岩礁や浅瀬など浅海域の詳細な情報が入手できる。
南海トラフ巨大地震で大津波の発生が懸念されている四国から東海地方にかけた太平洋岸など緊急度の高い海域から測定を進め、順次公開して海の諸問題解決に役立てる予定だ。
飛行禁止エリアなど約1割が調査対象外となるが、地図は国の基本であり要である。関係法令の手直しなど必要な対応が取られ、10年を待たずに全海域の地図が完成すると期待する。
完成すれば岩礁などが多い沿岸域の航行に対する安心感が大きく上昇する。4月に北海道知床沖で乗客乗員26人が乗った観光船が沈没し、20人が死亡、6人が行方不明となった事故のような悲劇は避けられるかもしれない。東日本大震災(平成23年)では沿岸域の海底地形の違いによって津波の高さ・規模に大きな差が出た。詳しい地形が分かれば防災計画の強化も期待できる。
≪急速に減るブルーカーボン≫ さらに重要な意味を持つのが地球温暖化との関係。最近、各地で頻発する熱波や旱魃(かんばつ)、異常豪雨は半端ではない。海水温の上昇、海面上昇、酸性化など海にも深刻な影響が出ている。
エジプトのシャルムエルシェイクで開催された国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)でも「地球の存続に関わる脅威」との認識、危機感が一層強まった。
各種資料によると、人間の社会活動に伴って毎年、大気中に排出されるCO2の約20%は森林など陸のグリーンカーボン、25%が海のブルーカーボンに吸収され、残りが大気中に残り温暖化を引き起こしている。ブルーカーボンの8割は海洋全体の0.5%に過ぎない沿岸の海草藻場(もば)や熱帯・亜熱帯地域に多いマングローブ林などに貯留されている。
問題は海草藻場やマングローブ林が毎年2〜7%、乱開発が問題となっている陸上の熱帯雨林などグリーンカーボン生態系を大きく上回るスピードで消失しており、このままでは早晩、世界の海から姿を消すと懸念されている点だ。
国連環境計画(UNEP)の指摘を待つまでもなく、保存・再生が急務で、日本のように広大な沿岸浅海域を持つ国が果たすべき役割は大きい。既に国土交通省や農林水産省、環境省、一部自治体がブルーカーボン生態系の保存・再生への取り組みを始めているが、その活動を加速するためにも詳細な浅海域地図の完成が待たれる。
≪備えの強化は“待ったなし”≫ 南海トラフ巨大地震や南関東地域を震源地とする首都直下地震の発生確率も「30年以内に70%」とされ、備えの強化が“待ったなし”の状態にある。詳細な沿海浅海域情報は防災面からも急務だ。
温暖化防止も防災も国民の理解と協力なしに進まない。日本財団が令和12年の100%完成を目指して、平成29年から大洋水深総図(GEBCO)指導委員会と共同で進める世界の海底地形図作成も当初の6%から26%まで進んだ。
浅海域や海底の分かりやすい情報が何よりも人々の海への親しみを育み、温暖化防止や防災意識を強くする。浅海域地図がその重要な役割の一端を担うのは間違いない。そんな熱い思いを込め、「民」の立場から地図の作成に積極的に取り組んでいく覚悟でいる。
(ささかわ ようへい)