「国際開発ジャーナル」
―インタビュー記事―
※国際開発ジャーナル2月号のインタビュー記事を掲載しました。
2022年、日本のあるべき姿を展望
今年も激動の一年になることが予想される東アジア地域。ミャンマーでは軍事クーデター勃発から一年が経った。大きな時代のうねりの中で、日本に求められていることとは何か。国内外で幅広い社会貢献活動を行い、平和構築活動にも長年尽力している日本財団の笹川陽平会長に、2022年の展望を聞いた。
(聞き手:国際開発ジャーナル編集主幹・荒木 光弥)
「口舌の徒」になっていないか―2022年において、日本は何をすべきでしょうか。
世界の中で日本は今どういう立場にあるのかを見つめ、「わが国はこうあるべき」という明確な考えを持つ必要がある。そして、それをどう世界に発信していくかも、考えていくべきだ。
そうした意識がないから、最近の日本人はさまざまな問題において真実から遠いところで議論をしているように感じる。このままでは世界の潮流に乗り遅れ、いつの日か孤立してしまうのではないかと懸念している。ただ、分析や討論だけではだめだ。立派な考えを実行に移す必要がある。今の日本は「口舌の徒」になってはいないだろうか。
―どのような意識の変革が求められますか。
まずは指導者が変わるべきだ。具体的には、組織の指導者が覚悟を決める必要がある。日本は本当にポテンシャルのある国だ。しかし近年の指導者は、世論調査の結果で良い数字を出すことばかりに傾倒している。次の選挙で票を取るためのポピュリズムに傾倒しているように感じてしまう。批判を受ける覚悟をトップが持てず、誰もチャレンジをしない、イノベーションが起こらない社会になってしまっている。アフターコロナの時代を見据えて、日本の存在を世界に示す、そして“真実に近いところ”で議論ができる、そんな力をつけていくべきだ。
―日本の存在感を世界に示す上で、何をアピールすべきでしょう。
いろいろ考えられるが、その一つには国際開発協力がある。日本は途上国支援を始めた当初から現場に実際に足を運んで現地の人々と共に汗を流し、共に喜ぶ姿勢を貫いてきた。青年海外協力隊も現地の人に寄り添い、困難に負けずに努力を続けている姿が世界各国から高く評価されている。日本はもっと自信を持ってもいい。
民主化支援の知見を発信すべき―日本財団はミャンマーでハンセン病患者への医療支援や平和構築支援など、長年さまざまな活動を展開しています。軍事クーデターに端を発する今回の問題についてはどのように考えていますか。
日本国内ではクーデターから全てが始まっているかのような報道がされているが、戦後においてミャンマーが平和だった日は一日もない。常に武装勢力との戦いを続けてきた。
とはいえ、今の混乱をどう収束させるかは非常に難しい問題だ。日本財団としては、今まで通り人道支援に特化した活動を続けていくつもりである。
―ミャンマーという国を冷静に見た時に、私はこの国の構造的な問題として、民主主義を支える政治指導者の層の薄さがあると思っています。民主化というのは、教育を含めた人材育成を通じて基礎を築き、地道に民主主義の意識を浸透させていくという中長期的なプロセスが必要になる。ミャンマーではそれがうまくできていなかったことが、今回の事態が引き起こされた背景にあるように思えます。
問題の根本には民主主義の基礎が築かれていないことがある。私はミャンマーで今回の事態が起きて、国民民主連盟(NLD)の幹部2人と会ったが、どちらも高齢だ。若い人材は少ない。現在、国民統一政府(NUG)というのができているが、武力闘争を始めているなど、この組織にも懸念は残る。
―国軍は2023年8月までに総選挙の実施を表明しています。
選挙実施へのロードマップを早急に作り、発表してもらいたい。そして選挙には、NLDもきちんと参加させるべきだろう。ロードマップが提示されたならば、世界は問題解決に向けて手助けをしていくべきだ。
特に日本は、過去にインドネシアでスハルト退陣後に行われた同国初の民主的な選挙の実施を支援するなど、アジアにおける民主化支援の経験と知見を有している。軍と国民の間に立ち、徐々に政治体制を整えて、民主化達成の手助けをしてきた。カンボジアもしかりだ。そういうノウハウを、日本はもっと世界に向けて発信していかないといけない。アジアにおける民主化の歴史を紐解きつつ、東南アジア諸国連合(ASEAN)地域で一丸となってミャンマーを育てていく機運を醸成していくべきだ。日本にはその能力があるが、覚悟がないと感じる。
若者に期待、人脈築く機会を―日本財団は今年、どのような事業や支援に注力していきますか。
日本財団は、若者たちに非常に期待をしている。2020年度の長者番付は、100人中30人が50歳未満の起業家だった。若い力が、自分の個性を生かして世界を牽引していることがわかる。そしてそうした若手起業家たちは、社会貢献にも力を入れたいと考えているようだ。これは本当に素晴らしい。「共助」精神の重要さが見直され、それが「儲け主義」に偏らない新しいタイプの経営者を生み出しているように思える。
だからこそ今後は、そういった次世代を担う者たちへの支援に力を入れていきたい。その一つに、大規模な留学支援制度の立ち上げを考えている。さまざまなポテンシャルを持つ若い人たちに世界がどんなものかを見てもらい、多くの外国人の仲間を作ってもらうためだ。
すでに日本財団は、1980年代から世界海事大学で開発途上国の海事関係者が学べるように奨学金「笹川フェローシップ」を提供しており、“笹川フェロー”というコミュニティーが国境を越えて形成されている。この制度ができたきっかけには、ある通商産業省(現・経済産業省)の人の経験がある。その人は関税および貿易に関する一般協定(GATT)のある協議に出席した際、影響力のある有力者のサロンに参画できず、自分が出席した時にはすでに声明文ができてしまっていたそうだ。多くの国際機関の方針や声明文はそういったそういう“インナーサークル”と呼ばれるようなサロンで基本的なことは検討される。
また、各国の有力な人材とのネットワークは重職の肩書きによってできるものではない。同じ大学で学んだりして形成された交友関係が、その後の人脈形成に重要な役割を果たす。だからこそ、国際社会で発言し、行動出来る日本を代表する国際人の養成が急務と考えている。したがって今考えている留学支援は大事だ。未来の国際社会で日本を未来の存在を高めてくれる人材の養成こそ、私の最後の奉公だと考えている 。