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「中国の小話」その264―不思議なアメリカ人― [2021年10月29日(Fri)]

「中国の小話」その264
―不思議なアメリカ人―


46年前のサイゴン陥落時の緊急脱出を彷彿とさせる米軍のアフガニスタンからの撤退は、世界に衝撃を与えた。

中国のSNS微博でアメリカの失態を揶揄したこのような書き込みを見た。

アメリカ人は実に不思議なことをする。
4代の大統領が交代し、2兆ドル以上の戦費を費やし、2500人の兵士を犠牲にして、20年間の戦争をアフガニスタンでやった。その結果は何とも奇抜で、アフガニスタンの政権をタリバンからタリバンに変えることに成功した!
今後は更にテロ対策にタリバンの協力を求めるんじゃないの?!

【私の毎日】10月28日(木) [2021年10月28日(Thu)]

10月28日(木)

6:45 財団着

8:00 関係団体役員会議

13:00 平垣内久隆 日本海事センター理事長

13:30 ササカワ・インド・ハンセン病財団(SILF)理事会(オンライン)

16:30 水越英明 スリランカ大使

17:30 冨永重厚 笹川日仏財団理事長

産経新聞【正論】投票こそ国民の第一の「義務」だ [2021年10月28日(Thu)]

一投票こそ国民の第一の「義務」だ―


産経新聞【正論】
2021年10月28日

 「言論の府」たる国会の低迷が指摘されて久しい。わが国の国政選挙における投票率の低さ、とりわけ若者の投票率の低さの一因は低調な国会論議にあると思う。国を支える若者の投票率の低さは国の将来を危うくしかねない。高い投票率こそ国会、ひいては政治の力を強くする。31日に投開票が行われる衆院選に一人でも多く参加されるよう訴える。

世界でも低い日本の投票率

 近年、わが国の国政選挙の投票率は低下傾向にある。平成29年の前回衆院選も53.68%と戦後2番目の低さだった。28年から4年間を対象とした経済協力開発機構(OECD)の調査でも、日本は加盟38カ国中34位と低位に位置している。中でも若者の投票率の低さが目立ち、28年の改正公職選挙法の施行で選挙権が18歳に引き下げられたのに伴い注目された10代の投票率も40.49%と極めて低い数字に留まった。

 日本財団が一昨年秋、米英両国や中国、インドなど計9カ国の17〜19歳各1000人を対象に実施した意識調査で、「自分で国や社会を変えられると思う」と答えた日本の若者は18.3%、日本に次いで低かった韓国の半分以下だった。さらに自国の将来について「良くなる」と答えた若者は9.6%と突出した最下位だった。逆に「悪くなる」の回答は4倍の37.9%に上り、戦後、平和憲法の下、豊かで安全な社会を築いてきた日本で「なぜ?」といった衝撃を呼んだ。

 近年の格差の拡大など様々な要因があろう。筆者は、世の中がどのような方向に進み、それに対して、自分がどう向き合い、何をすべきか、若者に迷いがあるのが一番の原因と思う。その象徴が国と地方を合わせ国内総生産(GDP)の2.2倍、約1200兆円に上る長期債務(借金)の存在だ。『文芸春秋』11月号に財務省の矢野康治事務次官が「このままでは国家財政は破綻する」の一文を寄せ、衆院選の主要テーマの一つともなっている。

 危険水域まで膨らんだ国の借金は、選挙のたびに与野党が聞こえの良い公約をバラマキ合った結果である。関連して国民の間に、責任よりも権利意識が肥大化する悪しき傾向も生んだ。各党の公約には子供、若者対策も含まれている。しかし、財源をどう確保し、財政をどう健全化するのか、明確な筋道は示されていない。

 結局、そのツケは少子化が進む若者世代に回る。若者の悲観的な将来感、低い投票率の背景には政治に対する期待の薄さがある。政治に対する不信と言ってもいい。そのためにも言論の府である国会が、本来持つべき機能をもっと強化する必要がある。

国会は合意形成を図る場だ

 筆者は、国会は与野党が党派を超えて議論を戦わせ、国民にとって何が一番いいのか、合意形成を図る場と考える。与党がまとめた案に不備や問題点があれば野党が指摘し、必要に応じ修正を加え、最終的に国民に最もふさわしい政策にまとめるのが、あるべき姿であり、「反対のための反対」であってはならない。

 これは、どの党が政権を取り、どの党が野党になろうと、変わらぬ原則である。国会を活性化するためには、時に党の殻を破り自説を展開する覚悟と気迫を持った政治家がいてもいい。昭和15年の帝国議会衆院本会議で日中戦争を批判する「反軍演説」を行った斎藤隆夫は衆議院議員を除名された。不祥事や汚職で党から除名、あるいは辞職を余儀なくされる議員の姿を見るにつけ、せめて天下国家を論じ国会議員バッジを外すぐらいの気概を持ってほしいと思う。

 政治は「言葉の世界」である。論戦は、国民に分かりやすい言葉で、論理を尽くして行われる必要がある。時に、聞くに堪えない感情的な政府批判が先走りするのは感心しない。衆参両院はともに規則で「議員は、議院の品位を重んじなければならない」と定めている。冷静で内容が濃い品位のある論戦こそ、国民の関心と共感を得られる。

国会論議活性化が喫緊の課題

 パンデミック(世界的大流行)となった新型コロナウイルス禍では、わが国に限らず世界の国々が国民の生活から産業基盤まで大きく傷付いた。ポストコロナの社会づくりは決して容易ではない。国民に新たな負担や我慢を求めざるを得ない事態も出てこよう。それに備える上でも政治に対する信頼が欠かせない。

 政治の活性化には、以前、本欄で触れたように議員数や二院制の在り方など多くの問題があるが、何よりも国会論議の活性化が喫緊の課題と考える。投票率は政治に対する国民の期待の指標である。高い投票率は期待値の高さを示し、その分、当選した議員の責任は増し、国会論議の活性化も期待できよう。同時に日本の政治も強靭になる。

 そのためにも一人でも多くの有権者、とりわけ次代を担う若い人たちが積極的に投票されるよう望む。投票は権利であると同時に国民の第一の『義務』である。
(ささかわ ようへい)

【私の毎日】10月27日(水) [2021年10月27日(Wed)]

10月27日(水)

13:30 財団着

13:50 南里隆宏 笹川保健財団常務理事

終日 原稿書き、寄付金への礼状書き

「ゴルフの話」―95才のプレイヤーを見て反省― [2021年10月27日(Wed)]

「ゴルフの話」
―95才のプレイヤーを見て反省―


ご存知の通り、ゴルフにおいて、ドライバーは可能な限り真っ直ぐ飛距離を得るために飛ばすか、アイアンはいかに真っ直ぐ正確な距離に打つかであるが、静止したボールを打つのは反射神経が不用なだけにより難しい。ゴルフのスイング理論は数多くあり、場合によっては真逆の理論もあるため情報過多で常に新しい理論の誘惑にかられ、ゴルフを始めて57年、あれやこれやといまだ私なりのスイングが固まっていない情けない現状にある。

悪い癖は、ゴルフ談義の中で聞いた新しい打法を毎回試してみたくなることであるが、ゴルフ場の練習場で1ダースほど打つだけで身に付くことはあり得ない。そのため、ストレス解放にゴルフをやり、逆にこんなはずではなかったとストレスを抱えて帰宅するおかしなスポーツである。

老妻と二人のプレーが多く、その都度歩き方を注意され、「胸を張って歩幅は70センチ、下を向かないで目標に向かって正しく歩いて下さい」と正される。しかしスイングの反省をしながら歩くとついつい下を向いて歩く姿勢となり、そのたびに注意の声が飛んでくる。

従って最近ではゴルフのスコアより歩く姿に注意するようになった。「飛ばすことを忘れてショットは真っすぐ飛べばスリーオン・ツゥーパットは簡単で、90前後のスコアになるわ!!」と注意を受けるが、確かにその通りではある。尺取虫のように飛ばす誘惑を捨てた方がスコアは良くなるかもしれない。美しい姿で芝生の上を闊歩した方が健康維持には大切だとも諭された。

かつて、老妻と二人でプレーをしていたところ、キャディさんが「前の組の老人は今年92才ですよ!!絶対にカートには乗らない方で、本当にお元気です」と教えてくれた。

茶店で少しおしゃべりの機会があった。「私は現在95才、この11月には96才になります。一週間に二回、一人で電車とバスを乗り継いでゴルフ場に来るのですが、仲間は全員旅立ち、親しい仲間とプレーできないのはが淋しいですね」とにこやかに話され、婦人用のティーからであったが、池越えのショートホールに見事ワンオンさせた。そして、同伴者に遅れることなく姿勢を正して歩く姿に感動すら覚えた。96才まで、私の年齢からはまだ14年もある。彼の一挙手一投足を瞼に焼き付けた。

遅まきながら、よーし!! 私も年齢を感じさせない風格あるゴルファーになろうと決意した。しかし、されどゴルフである。そこそこのスコアを出したいし、風格あるゴルファーにもなりたい。80才を超えても上手な方は風格も伴っているものである。数年前にゴルフ雑誌に掲載されていた記事は今も私の実現不可能な夢ではあるが、本棚の隅にある。

@ 某氏 95歳 エージシュート 1472回 ドライバー 140ヤード
A 某女 87歳 エージシュート  69回 ドライバー 140ヤード
B 某氏 85歳 エージシュート 1238回 ドライバー 190ヤード
C 某氏 84歳 エージシュート  366回 アベレージ 77
D 某氏 80歳 エージシュート  293回 アベレージ 79

ゴルファーにとってエージシュートは夢のまた夢なのに、上記のようなスーパープレイヤーがいるとは驚きであり、私も一度で良いからエージシュートの快挙を達成したいと願っているが、あらゆる雑念を捨て老妻の注意を優先すべきか、スコアに固執すべきか、ハムレットの心境である。

【私の毎日】 10月26日(火) [2021年10月26日(Tue)]

10月26日(火)

6:45 財団着

8:00 各部の運営方針の共有会議

11:00 冨永重厚 笹川日仏財団理事長

12:30 ササカワ・アフリカ財団(SAA)四半期報告会

15:30 沼崎富 日本吟剣詩舞振興会会長

16:30 ミャンマー少数民族武装勢力(電話)

17:30 ミャンマー少数民族武装勢力(電話)

終日 原稿書き、寄付金への礼状書き

「北海道漁業に異変」―イカ激減、ウニ サケ大量死― [2021年10月26日(Tue)]

「北海道漁業に異変」
―イカ激減、ウニ サケ大量死―


地球温暖化による海水温の上昇の影響か否かは不明だが、北海道の漁業に異変が起こっている。かつて年間5万トン近くあったスルメイカの漁獲量は10年余りで激減。2020年にはたったの2218トンとなり、回復の兆しが見えないのが現状という。

9月以降、北海道の太平洋岸で大規模な赤潮のためか、ウニやサケの大量死が続いていると10月12日の読売新聞は伝えている。他に北海道名物の「コンブ」にも影響が出ているそうだ。逆にブリは2008年に325トンだった漁獲量が昨年は1万トンを超える見通しで、鳥取県の漁港と並ぶ一大産地となりつつあるという。

富山県などでは寒ブリは高級魚で、知人によると、娘が結婚した際はその実家がブリ1匹を夫の実家に祝いとして届け、ブリの半身を嫁方の実家に返す風習があるそうで、「嫁ブリ」というしきたりだそうだ。知人の場合1匹が10万円の値段だったという。

ところで北海道では近年、大量のブリが取れるようになり、ブリの食文化のなかった北海道では現在、色々な食べ方の工夫がはじまっているようで、以下はSankei Bizの記事です。

地元から「ブリ食文化」の定着を

 かつてないイカの不漁にあえぐ函館では、「ブリ食文化」を地元に根付かせようという動きも始まっている。推進するのは市の任意団体「はこだて海の教室実行委員会」。日本財団「海と日本プロジェクト」の一環として、ブリを使ったご当地グルメや新商品の開発が進む。

 その第1弾として、昨年開発されたのが「函館ブリたれカツ」だ。ブリ特有の臭みを消すため牛乳に漬け込むなどの処理を施し、食べやすく仕上げたという。学校給食やキッチンカーでの販売、イベントなどを通じてPR活動を展開したところ、「SNSで知っていたので、やっと食べられた」「函館の海でブリがたくさん獲れていることを知る機会になった」といった地元の反応も上々だった。真昆布のペーストなどブリ以外にも地元の食材を取り入れており、若者にも好評を博している。

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新たに開発されたご当地グルメ「函館ブリたれカツ」を使った「ブリたれカツバーガー」
(はこだて海の教室実行委員会提供)


 今月1日から31日まで市内で開催されている「函館ブリフェス」では、この「ブリたれカツ」を使ったハンバーガーのほか、第2弾として「函館ブリ塩ラーメン」も出品。ラーメンの出汁に使われているのは新開発の「ブリ節(ぶし)」だ。市内にブリ節を製造できる工場がないため、世界自然遺産の知床を望む羅臼町に本社を構える企業に製造を依頼。「北海道産」として来年以降の販売に向けて試作中だという。

 イカに代わる“名物”としてのブリの可能性について、同会事務局の國分晋吾さん(39)は、「ブリは汎用性が高く、アレンジのポテンシャルが高い。臭みがあるイメージを変え、新たな食文化として広めていきたい」と意気込む。

 函館では、ブリの燻製やブリフレークなどの商品開発も進んでいる。とはいえ、地場産業はイカがベースとなっており、ブリに舵を切るのは容易ではない。イカが獲れなくなった今も、海外からイカを輸入して加工業を続けている業者も少なからずいるという。

 函館が地元を挙げて「ブリの町」となる日は来るのか。渡島総合振興局の榊原さんは強調する。
 「多くの加工業者が急な転換を迫られ、困惑している。それでも、努力しながら(ブリへの転換に)取り組み始めたところだ」

【私の毎日】10月25日(月) [2021年10月25日(Mon)]

10月25日(月)

6:46 財団着

8:00 関係団体役員会議

10:00 千田恵介 駐サモア大使
    道上尚史 駐ミクロネシア大使
     渡邊信之 駐パプアニューギニア大使
    田中一成 駐マーシャル大使

10:30 ササカワ・アフリカ財団35周年記念式典挨拶撮影

11:00 テレビ東京「モーニングサテライト」無人運航船PJトップインタビュー

14:30 来年のグロ−バルアピール打合せ

14:00 紺綬褒章伝達式
    受章者:白鳥幸子様、原 輝雄様、(株)ユキ様、他1名

15:30 鈴木寿明 蒲郡市長

16:30 小高幹雄 BOATRACE振興会会長

「日本財団の方向性と若干の人生観」―財団の創立記念日スピーチ― [2021年10月25日(Mon)]

「日本財団の方向性と若干の人生観」
―財団の創立記念日スピーチ―


2021年10月1日


皆さんにはこういう状況下にもかかわらず出席いただき、大変恐縮です。

私はあまり過去を振り返るのは得意ではありません。常に未来志向で活動をして参りましたので、過去のことは、鳥海さんが苦労して私達の過去の仕事をまとめてくださり「日本財団とは何者か」というシリーズ、確か7冊ぐらい出ていると思いますので、日本財団職員の必読の書として是非ともお読み下さい。

コロナ禍の今日、皆さんの働き方の環境整備について、フレックスタイムの導入などさまざまな議論があり、結果的にそれを一気に飛び越えてテレワークで仕事ができるということになってきたわけで、そういう意味では大変自由なというか、仕事の環境に自由度が大きく広がったと思います。

特に私達の財団は55%が女性ですし、女性の方々の中には育児中の方もいらっしゃいます。こういう方々への配慮は、ご存じの通り、今までも大胆に行ってきました。働きやすい環境の提供は、皆さんの能力、才能を発揮していく上で必要です。また、風通しの良い職場の雰囲気を作ることも私に課せられた使命だと思っています。

しかしよく考えてみますと、一見、自由度が与えられたような働き方は、逆に皆さんにとってプレッシャーとは言いませんが、自己責任が問われる時代になってきたともいえるのではないでしょうか。職場に集まって仕事をすることから家庭あるいは駅前のオフィスを借りて仕事をすることも可能になったわけで、事務所まで来るのに1時間も1時間半もかかるわけですから、それが省略されるということはいいことではありますが、こういう自由度が与えられたということはどういうことかと言うと、自らの責任が非常に重くなってきたということにもなるわけです。

皆さんがたはプロフェッショナルです。プロというとスポーツ選手や芸能人を思い浮かべますが、彼らは試合や舞台で演技するのにどのような努力を続けているでしょうか。パフォーマンスを出さないとプロフェッショナルとは言えませんね。我々はどうでしょうか。私たちもプロスポーツ選手や俳優と同じようにプロフェッショナルだと思っています。ですから、そのためにはやはり成果を出さなければいけないんですね。

何となく上司からこれをやれ、あれをやれと言われて行った仕事の報告・相談・連絡。こういうコミュニケーションの重要性はごく当たり前の話ではあります。しかし、そういう中でも自らが成果を出さなければいけません。特に自由度の高い働く環境の中では、皆さんがたの仕事の中に、より具体性や独創性や成果を出していかなければならないということです。一方的に自由度が広がったということだけで満足してはいけないことは、皆さんお分かりの通りです。

では、いったい日本財団というのはどういう組織なんでしょうか?
何を目指しているのでしょうか?

私は、世界で唯一の未来志向のユニークな組織だと思っています。いくつか例を申し上げれば、こんなに若い情熱を持った人が集まっている非営利組織の財団は世界にはありません。ほとんどの財団はある程度社会経験を積んだ人や、場合によってはドクターを取った人たちもいる。これが世界的な財団です。我々のところは職員の55%が女性で、しかもこれだけ若い人たちが社会のために活動したいと強い志と信念をもってお集まりいただいている。このような財団は世界にないわけです。

通常はどこも、例えばビル・ゲイツ財団や古くからありますロックフェラー財団、フォード財団にしましても、アプリケーションを受けて、それに対して援助・支援・協力するというのが財団法人であり、また、そういう巨大組織の仕事のやり方です。そして、これは今も続いています。

私は、それだけでは不十分だと考えました。近年まで、日本での財団はほとんどが役所の関係組織でした。そのため必要とされる社会課題解決の組織が存在しなかったのです。ですから、我々はこういう組織が欲しい、こういうものがなければ困ると自ら考え、我々自身が多くの財団を作ってきました。

皆さんご承知のように、国際協力、国際理解のための「笹川平和財団」、独立シンクタンクとしての「東京財団政策研究所」、あるいは40年前に若者の健全な育成のために作った「B&G財団」は500ヶ所近い施設を持ち、どちらかといえば主要都市から離れた市町村に、最初は子供たちの体力向上とコミュニティーの活性化を目的に、指導員の養成も含めて施設作りをしてきましたが、今や老人社会になり、老人の生活環境を改善するため、あるいは頻繁に起こる災害のための準備の施設として様々に活用されております。また、日本の文化、伝統等を海外に紹介するための文化活動、歌舞伎や能、あるいは華道等々ありますが、これは非常に限定的なものですので、もう少し普遍的に日本が発信できる世界的な文化活動はないかということで「日本音楽財団」という組織も作りました。先ほどもお話しましたが、助成財団が自らの事業をやるというのは財団のあり方としていかがなものかと多くの批判を受けたことがあります。しかし、日本財団は助成もするが自らも活動する。その上、社会に必要とする組織も自らつくるというのは世界で日本財団だけです。

そして、何よりも私達のこの活動資金は、一つはモーターボートの法律でカバーされておりますが、私はこれに甘んじてはいけないと思っています。私達自身も、ファンドレイジングをすることによって、お金の大切さ、お金を集めることの大変さを知る必要があり、いま活用している1000万、3000万とかいうお金がどのように貴重なお金であるかということを知るためには、我々自身もファンドレイジングをしようと、現在は様々な方法で寄付金集めをしていることはご承知の通りです。

私は寄附金分野においても日本一の組織になりたいと思っています。今まで募金先と言えば赤十字やユニセフでした。しかし遅まきながら、日本財団は寄付金の中から間接経費には使いませんということで、国民からも広く寄付を集める組織になりたいと考えました。皆さんご承知のように、私は1万円以上の寄付者には、朝7時から毎日のように礼状に添え書きと自ら署名をしています。これは国民が持っている「何か社会のために役立ちたい」という志に対し、単に印刷した領収書だけでは心が入っていません。ですから、よく識者が「日本の寄付文化は非常に遅れている。もっと国民を覚醒する必要がある」とおっしゃいますがこれは全く間違いで、多くの国民はテレビを見て、報道に接して心を痛め、多少でもお手伝いできないかという気持ちを持っています。実は、寄附文化の醸成はいただく側の責任なんです。もっと寄付者に感謝し、説明責任を果たし、日本人が持っている古来からの助け合いの精神というものを醸成していくことは、これからの日本財団の大きな仕事ではないでしょうか。

また財団法人では、第一線で支援に関わる仕事をしている人が大変重要だと思われがちですが、実は、そこは大いに議論の余地があると思っています。日本財団はそういう事業をされる皆さん方をサポートするためにきちっとした総務や経理が存在し、監査部も存在しています。特に事業監査部のある組織は世界の財団の中にはありません。それは、私達がいただくお金に対する我々の責任だと思っています。ともすれば、事業をやる方々は金銭感覚、説明責任、透明性という一番重要なことを忘れがちになります。我々が支援をしている助成団体の中には、毎年、事業報告、会計報告が来ない組織もあり、監査部では大変苦労をされています。彼らの答えは、「私達は忙しいの。そんな帳面や会計報告や事業報告をする時間がないし人もいないの」という返事をされる方もいらっしゃいますが、これは大変な間違です。

かつて私はファンドレイジング協会を立ち上げ、式典の折にNPOやNGOの責任者の7割は資金集めが仕事であり、責任者は透明性と説明責任が果たせる組織にしなければならないと挨拶しました。日本財団がこのファンドレイジング協会を5年間支援して成功しなければ、今後、日本でのNPOやNGOの存在はありえないでしょうということを言いましたとき、ファンドレイジングの専門家であるアメリカ人が挨拶をしまして「私の話が笹川さんに先に越されてしまった。笹川さんのおっしゃる通りです」とおっしゃいました。

いかにお金を集めるか、そして預かったお金をいかに上手に使っていくかということが責任者の仕事で、それをきちっと透明性と責任を持って当たるということの重要性を指摘されていたことを思い出します。そういう意味におきましても、監査部がきちっと評価を行い、総務、経理がきちんとバックオフィスとして仕事をしているので健全に機能するのです。

日本財団の資金は、1円たりとも私達が稼ぎ出したお金ではありません。日本財団がいただくお金はいわばお預かりをしているお金ですし、あえて申せば、私は公金だと思っています。100万円というお金がどのようにして日本財団に生れるんでしょうか。ともすれば我々は事業優先の中で、コスト意識を忘れがちになる傾向があるのは、自ら稼いだことがないために起こる現象です。実は、自ら稼いだお金よりもお預かりをしているお金の方がもっと責任が重いわけですから、コスト意識をしっかり持っていく必要があるのではないでしょうか。

先ほども言いましたが、日本財団には数多くの関連財団が存在します。今日的な言い方で申せば、日本財団は公益財団におけるホールディングスです。こういう組織は世界にはございません。だからと言って日本財団が本部として威張ってはいけません。それぞれの組織には評議員会もあり、理事会もあり、それぞれ独立しております。皆様方にお願いしたいことは、多種多様な関連財団についての事業の内容についても関心を持って頂き、あるいは人脈についても、優れた人たちがたくさんいますから、これからは関連団体との連携が大変重要になってきます。あれは誰それさんがやっている組織だからではなくて、これからはネットワークの時代でもありますし、共同でできることがあれば積極的に協力して欲しのです。

働く我々にとりまして、聞くことは全く恥ずかしいことではありませんが、実は、知らないままでいることは恥ずかしいことなんです。知らないことがあれば、プロですから、自らが調べるという能動的な姿勢が重要なんです。プロフェッショナルは安易に知らないという言葉を口にしてはいけないと私は思っています。わからなければ聞けばいいし、調べればいいわけです。我々には今まで気がつかなかったアセット財産、人間的な財産がたくさんあります。そういうネットワークをうまく活用していくことが、皆様方が新しい事業を立ち上げる上の一つのヒントになるのではないでしょうか。

ということで、日本財団のユニークさというものは、ある程度皆さん方は理解してくれたと思いますが、私自身も一生懸命頑張って、コロナが終わりましたら全国で遺贈をいただくための活動を再開したいと思っています。私は皆様方に1000億円の遺贈の預金通帳を残したいと思っており、それほど難しいことだとは思っていません。遺贈については日本財団が先頭を切ってやってきましたが、最近新聞を見ていますと、遺贈に関連した広告がユニセフなど、色々なところから出てまいりました。色々な団体が共同で遺贈を受け付けますというような広告も出てきておりますが、この分野におきましては、遺贈チームの木下さんを中心に、日本財団が大いに頑張っております。現在の実質上の寄付は年間20億円程度ですが、そう遠くない時期に数百億円規模にしたいし、できると思っております。私はこれからの日本財団は、日本の社会に寄付文化をきちっと醸成をしていくことにも力を注いでいただきたいと思っています。

日本財団の存在は何なのかと考えたときに、今や日本の国家財政は、コロナもありましたから、1000兆円を超える財政赤字が存在するわけです。国民の総預金あるいは国の財産を含めますと1800兆円はあると言われているから大丈夫だという議論が経済界や経済学者が指摘するところではありますが、私は経済には疎いのですが、借金は借金であって、預金がそれ以上にあるから、財産がそれ以上にあるから安全なんだというのは、庶民的感覚としてはわからない点があります。

何故巨額な財政赤字が生じたんでしょうか。国民の一人一人が、戦後76年経つ平和憲法のもとで、「民主主義の中には国民の権利がある。あれもこれも国がやれ、全て国の責任でやれ」ということを言い続けてきた結果、政治家も主権在民ですから、国民の要望を聞かざるを得ない。聞かなければ当選しない。そういう国民の声に押されて、また、国民の権利の主張をすべて国の責任としてやってきた結果だと私は思います。しかしここで冷静に考えてみましょう。我々には権利があると同時に国民としての義務も存在しているんです。果たしてそれ相当の義務を私達は果たしてきたのでしょうか。

本当に生活に困った方々がたくさんいらっしゃることは事実です。そういう人を救うために国費を使うことは当然過ぎるぐらい当然のことですが、それだけでは国は持ちません。日本は災害大国と言われ、外国人の書物を読み歴史を振り返りますと、災害が繰り返されてきたことが分かります。江戸時代、振袖火事と言われて、木造家屋でしたから、今の山手線の内側くらいの面積が焼失した事がありました。しかし「まだブスブスと煙があがる中で、新しい建設のつち音が聞こえてきた。日本人はなんてすごい国民なんだ」と。「災害のたびに強くなっていくじゃないか」というような外国人の報告文書も読んだことがあります。その中身は何でしょうか。それは先ほど言いました公益といって国がやる、行政がやらなきゃいけない仕事と同時に、共益という考え方があったんです。助け合いの精神です。

私達は農耕民族です。1人で自分の全部の田んぼの田植えすをすることはできませんし収穫することもできません。あるいは、田んぼに水を引く水路をどのように清潔に保ち、草を刈って水が流れやすいようにするか。1人ではできません。常に共同で水路を整備し、田植えや稲刈りも共同で助け合い、協力し合って今日の日本を作ってきたわけです。昔は川が氾濫する地域では、危険が迫ると被害を再少限にするために事前に防波堤を切る場所が決められており、そこの堤防を切るぞということの了解を事前に村人から得て、川が増水してきたらそこを切ったんです。そして、田んぼが被害を受けたところにはみんなで収穫した米を分け与えたんですね。大阪に八百八橋と言われる橋があります。9割は個人の名前がついた田中橋、渡辺橋。公費で作られたものではありません。個人が寄付したものです。この話はかつてアサヒビールの社長をされていた樋口廣太郎さんから聞きました。

このように、日本には共同社会としての伝統の中でお互いが助け合う共益・共助というものが存在したわけですが、高度成長の中で、コミュニティが、地方でも大都会においても、崩壊してしまいました。だからといって共益・共助の精神を忘れては人間社会、農耕民族は成り立たないと思っております。そこでかつてのような共益・共助の精神は無理としても、日本財団は、これから単に国や行政に求めるだけではなく、様々な社会課題を我々が発掘してそれを共同で解決していく。そういう共益の精神のセンターになっていきたいと思っているわけです。

私は公益の公助、そして我々がやろうとしている共益・共助、そして勿論自助努力も大切ですが、自助努力ができない方もたくさんいるわけですから、その方々は公助と共に国に任せるだけではなく、我々自身も立ち上がって共助ができる部分については共助をしていこうということです。そういう意味で、日本財団は様々な社会課題の解決のためのプラットフォームの役割を果たしてきました。これからは更に強化していく必要があります。それを具体的にどのように処理するかについては、「日本財団という方法」という言葉で皆さんに説明をしてきました。

具体的に言えば、特別養子縁組制度の確立、あるいは今、こども庁を作ろうと話題になっていますが、27年前に国連で子供の権利条約を批准しながら、日本は27年間も放っておいて、今頃になってこども庁を作ろうということで騒いでいるのです。しかし「仏作って魂入れず」で、どういう基本的理念に基づいて創るのかということについては関心がなく、高橋恵理子さんに頑張っていただいてこども基本法というたたき台を作りました。また数日前に新田さんが提言書を集めて下さった子供たちにおける性の問題ですが、包括的な性教育というものが学校教育の中で施されていないというアンバランスの中で、望まない妊娠が増えることで、昨今にみられる悲しい子供の虐待事件がたくさん起こっているということに対する問題提起を準備しています。私が考えた「日本財団という方法」は、この場所を使っていただき、専門家や学者の皆さん、そして具体的に社会活動をしていただいている皆さん、何よりもそれを発信していただくメディアの皆さんと場合によっては政治家にも参加してもらい、各ジャンルの方々を巻き込んでたたき台を作り、そしてある程度まとまったらそれを行動に移す。そういう場所に日本財団がなってほしいということをお願いし、行ってもらっています。これが問題解決への「日本財団という方法」です。

また昨今では、いわゆるコロナの問題でもそうでしたが、多様化、複雑化した時代の中で、国だけ、行政だけでは解決できない問題が多々出てまいりました。したがって日本財団が活動できる場が多々存在します。振り込め詐欺師が逮捕され、押収されて金融庁に保管されている資金の行き先の募集に、日本財団も申請しました。2年間かかりましたが53億円という当時としては大きなお金をお預かりし、我々は立派にそれを透明性と説明責任を持って活用したことに対して、役所の評価は非常に良いものがありました。日本財団は行政の、あるいは国家の資金を任せていただけるプラットフォームにもなりつつありますし、この部分をもっと広げていかなければいけないんじゃないかと思っています。3.11の東日本大震災でも100億円を超える資金を造船業、その他の支援のために国からお預かりしましたし、ミャンマーの人道支援活動についても既に100億円を超えるお金を国からお預かりし、今の困難なミャンマーの情勢の中におきましても、1日も休まず人道支援活動をやっております。

ご承知のように、ろう者のための電話リレーサービスは、7年間にわたり日本財団が自主的に活動した結果、今日では国のお金で我々の電話リレーサービスが24時間対応可能になりました。これは入口でありますが、日本財団に任せれば非常に効率的に仕事をやってくれるし責任を持って活動くれると評価をいただいています。

このような案件は厚生労働省にも通産省にもあると思いますので、こういうことを探してくださいと竹村さんにお願いしていますが、積極的にこういう資金をより効果的に使っていく。国家がどれだけ膨大なお金を無駄遣いしているかというのはある程度ご承知の通りで、国家の仕事もきちっとできるプラットフォームとしての責任も、私は新たな日本財団の仕事として積極的に取り入れていきたいと思っています。

特に海洋の問題などは、我々は既に50年近くにわたり世界の人材養成をやってきました。我々の力は「継続は力なり」で、誰もまだ気がついていない事を発掘して継続することです。海洋の人材養成は、当時の運輸省から「日本としては交際費の一部として1回だけで結構です」と依頼されました。「それでは人は育ちません。私達が責任をもってやります」と言って、今日では50年間に140ヶ国以上の人材を養成してきたわけです。そういう継続性を持った、また、先見性を持った仕事というのも我々の一つの特徴で、2年3年で終わるのではなく、「あふれる情熱を持って、どんな困難があっても、乗り越えて、成果が出るまで頑張り通す」というのが日本財団の精神ではないかと思っています。

私達が30年前に作った国連笹川防災賞は、当時は誰も見向きもされませんでした。今、各国で異常気象による災害が激増しています。ニューヨークですら水難事故、ドイツにおいても数百人が死ぬような今まで考えられないような気候変動が起こってきて、今や国連笹川防災賞に各国から推薦が多く寄せられているそうです。

1972年にストックホルム宣言による国連環境計画(UNEP)が設立されました。当時は世界的に環境問題への認識は限られた人たちだけでした。我々はこれをどういうふうにしたら世界の人々に理解していただけるのかということで、国連笹川環境賞という賞を作りました。しかし、今や環境というのは世界中の人が認識するテーマとなりましたので、環境賞は廃止しました。

すべて社会は泥縄式です。泥棒を捕まえてから手を縛る縄を作ることを泥縄式といいます。コロナ対策でも備えあれば憂いなしで、未来を予測して備えるということは決して無駄なお金ではないんです。ところが今の時代、すぐ成果が上がる、そういう一つのグローバリゼーションの中における資本主義というものが株主至上主義になりました。株主が最も偉い、配当をもっと出せ。かつて企業も実るか実らないかわからないための研究開発にお金を投じました。そして事故が起こらないようにということで保安要員をたくさん確保しました。しかし、近頃は株主資本主義で、無駄なことは省いて利益を計上しろという傾向が強くなっています。日本最初の造船業に三菱重工の香焼という世界に冠たる造船所が長崎にあります。大型客船を作っていてる時に2度も火災を起こし、とうとう造船業からの撤退を余儀なくされました。これも一つの株主資本主義の欠点です。おそらく保安要員を削減した結果ではないかという気がします。

今まで主に国内問題とそのあり方について説明をしてきましたが、障害者問題は世界的な問題になってきまして、樺沢常務を中心に、世界の有力500社、MicrosoftやGoogle、アマゾンなどを巻き込んで障害者雇用を徹底してやっていこうと活動を始めました。かつて日本の役所のエレベーターは自動で動く装置があるにも関わらず、わざわざ椅子を設置するという形だけの障害者雇用などをやってきましたが、そういうことではなく、彼らには秀れた才能もありますし働く情熱もあります。また15億人も超える障害者のマーケットというものも存在するわけです。そういう障害者のマーケットは通常の人からは見えるものではありません。障害者を雇用してみて初めて障害者の雇用と同時に15億人の障害者のマーケットも見えてくるのです。

ということで、海洋問題を含め、障害者問題やハンセン病の制圧活動は今も続いていますが、そういう世界的なイシューにも取り組んでおり、世界に冠たるユニークな財団であることは先ほどから説明してきました。組織としての日本財団に与えられた使命とその可能性というものが、これほど大きいものはありません。日本財団の財産は、機械でも設備でもありません。ここにお集まりの皆さん全てが資本なんです。皆さんに強い意識を持って仕事をやっていただくことが、日本のみならず、世界を変える大きな原動力になりうる可能性を持っていることを是非、理解して下さい。

さて、皆さんはどうして日本財団に入ろうと思われたのでしょうか。多分、お金儲けだけの世界には入りたくないし、社会にはいろいろ問題点もあり、社会のために役立ちたいと思って選んでいただいたんだと私は思っています。そして、皆さんのその初心をきちっと実行するための責任を私自身痛感しておりますが、果たしてそれだけでしょうか。

なぜ私達は存在するんでしょうか。ちょっと考えてみてください。私は世界中を飛び歩き「なぜ私は日本人に生まれたんだろう。私がインドのカーストのアンタッチャブルの世界に生まれる可能性はどうしてなかったのか」と思うことがあります。私達には両親がいます。両親がいたから我々が存在するんです。1億とも2億ともいわれる精子が一つの卵子と結びついて誕生することは当然です。隣の精子が着床していたら私達は存在しないんですね。そうじゃないですか?私達は何者なんでしょうか?不思議に思いませんか。私は最近、自分の存在がなんなんだろうかということを考えたときに、この広い宇宙の中で、今のところ人類が生存するのは地球だけです。人生100年時代と言われますが、宇宙的な時間軸で考えれば、100年なんて瞬きぐらいの時間です。私達がたまたま日本人として、あるいは人間として生まれてきたということは、どこに行くんでしょうか。あらゆる生物は、人間も含めて、この世に誕生したら死に向かって歩み出すんです。基本的人権だとか平等だとか、いろいろ素晴らしい言葉がありますが、どんな権力者であろうが大金持ちであろうが、すべてこの世に誕生した以上は死というものに向かって一斉に歩み出すんです。人類に限らず、あらゆる生き物の絶対平等というのは、誕生した以上は死が存在するということなんです。

間違いなく死ぬんですよ。100年なんていうのは先ほど言ったような宇宙的時間でいえばわずかの差です。そうすると、その与えられた時間をどう過ごすか。私は、幸運に恵まれてこの世に誕生し、しかも、非常に限られた時間の中を死に向かって歩いている中で、どう生きればいいのかということを考えたときに、「よく生きる」ということが一番大切なことではないかと考えています。よく生きることは、それぞれの人によって環境が違いますから、勿論結婚して子供を育てる人もいらっしゃるでしょうし、絶対に結婚しなくてはいけないということではありませんから、独身のままで過ごしていくこともあるでしょう。置かれた環境も考え方も違いますが、たった一度この世に生を受けたんですから、よく生きるということについては皆さん同意して下さると思うんです。しかしよく生きる、よく生きたとは、いつどこで理解できるんでしょうか。それは死ぬ間近というか、終末時なんですよ。自分の人生はよく生きたな、満足がいかないまでもよく生きたなと思って死ぬことが最大の幸せであり、私は人生だと思っています。もっとこうやっておけばよかった、あの時こうすればよかったなという後悔を持って死を迎えるということは、甚だ幸運に恵まれてこの世に誕生したのにちょっと残念な気がします。ですから皆さん、権力者だとか大金持ちだとか、他人を羨ましいなんて思わないでください。みんな死ぬんですから。そういう方々に限って、大きな悩みや恨みやもっと激しい憎悪まで持って死んでいく人もいるんです。

私達は小市民で権力者や大金持ではないけども心豊かな人生を歩むことが可能です。皆さんが日本財団で働くというのはどういうことかとあえて言えば、日本財団という場所をお使いいただいて、こころ豊かな人生を歩む。そういう道具の場所です。しかし、多くの人が心豊かに過ごすための皆さんの努力が、結果的に社会のために役立つ、困っている人たちのために役に立つということで、決して役に立ちたいとか、良いことをしているとは思わないでください。そういう気持ちで仕事をしていると、どこかで壁にぶち当たります。そうではなくて、日本財団という場所を活用していただき、自分のたった1回の人生を心豊かな終末を迎えるための道具の場所であり、皆さん方の努力によって喜びを得た人、困難な人に手を差し伸べられたということができれば、素晴らしい人生であったというように思えるでしょう。この問題は宗教の問題その他が絡んでくるのかもしれませんが、私は何よりも、この世に生を受けて、一体、笹川陽平って何なんだということを突き詰めていくと、私は若いときから死を意識して生きてきましたので、納得した死を迎えたい、いつ死んでもいいと思えようになりました。私は世界中どこで死んでもその場で焼いてもらって骨の一片だけを日本に持ち帰ってもらえば、家族には死んだところに来てもらわなくてもいいし、そんな必要もないと伝えております。皆さんに私の82年間の現在の心境をお伝えし、何かの生きる上での参考になればということで、多少、人生論めいた偉そうな話をしましたが、ともすれば日々の中で忘れがちな大きな人間としての目標、死というものを迎えることについて考えていただけたらと思います。シェークスピアの戯曲に「終わり良ければ全て良し」というのがありましたね。

ということで、どうぞ世界に一つしか存在しないユニークな、そして非常に可能性のある日本財団というところで、皆さんがたと共に汗をかいて仕事をできることを感謝申し上げると同時に、喜びに感じている次第です。
ご清聴ありがとうございました。

【私の毎日】 10月22日(金) [2021年10月22日(Fri)]

10月22日(金)

6:50 財団着

8:30 尾形武寿 日本財団理事長

9:00 IAMU年次総会挨拶ビデオ撮影

11:00 アメリカ大使館

終日 原稿書き、寄付金への礼状書き
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