「感染症の開かれた研究拠点構築」
―10年230億円 大阪大学とともに―
新型コロナウイルスの感染拡大で医療現場を中心にした混乱が続く中、大阪大学に10年間で230億円規模の助成をして大規模な「感染症対策プロジェクト」に取り組むことになった。基礎科学を中心に幅広い研究を進め、現下のコロナ禍だけでなく未知のウイルスによる新たなパンデミック(世界的大流行)に備えるのが目的。大阪大学と協力して、国内外の大学や研究機関、研究者が幅広く集う感染症の国際的な総合研究拠点を目指す計画だ。
今回のコロナ禍を見ながら、感染症との戦いは国民の安全保障、世界の安全保障にかかわる重大な問題だと痛感する。しかし近年は、すぐに売れて利益につながりやすい商品開発が優先されることもあり、基礎科学より応用科学が優先される傾向にある。だが、基礎のないところに建物は立たない。温暖化の進行などで感染症による新たなパンデミックが何時、起きてもおかしくない時代を迎え、改めて基礎科学、基礎医学に重点を置いた研究に取り組むことになった。
そのためにも緒方洪庵の「適塾」以来の感染症研究の伝統を持ち、国立大学でありながら、その他の国立大学とはやや色合いの違う柔軟性とともに産学・社学共同の歴史を持つ大阪大学がベストのパートナーと判断した。大阪大学側も大学の研究機関として独占するのではなく、広く世界の英知を結集する開かれた研究機関にしたいとの考えを持っておられ、プロジェクトの立ち上げとなった。
プロジェクトでは感染症研究の基盤構築、医療従事者の教育訓練やリーダーの育成だけでなく、科学的根拠に基づいた信頼性の高い情報発信など、社会経済学や社会心理学分野の研究も予定され、幅広い成果を期待している。
プロジェクトの立ち上げは9月14日、西尾章治郎大阪大学総長、金田安史副学長とともに東京・赤坂の日本財団ビルで記者発表をした。冒頭、概略以下の挨拶をさせていただいた。
以下、発言要旨です。
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2021年9月14日(火)
於:日本財団ビル2階
日本財団会長の笹川です。現下の状勢が大変厳しいなかお集まり頂いたことに感謝申し上げます。本日の記者発表は日本財団・大阪大学感染症対策事業の立ち上げについてです。日本財団は10年間で約230億円という費用を投じて、この感染症問題に大阪大学と取り組みたいと考えております。
昨今のコロナの状況を見ました時に、多くの驚きを国民の皆さんも感じたことと思います。私の持論ですが、日本は世界に冠たる医療体制を完備し、また国民皆保険という素晴らしいシステムを持っている国です。にもかかわらず日本において、なぜこのような状況が生まれたのでしょうか。政治家の皆さんは常々「国民の命と安全を守る」と簡単に口でおっしゃっていますが、私はコロナそして感染症は「人間の安全保障の問題」と捉えています。「戦争や紛争がなければ世界は平和である」と考える方もいらっしゃるかもしれませんが、感染症も国民の安全、そして世界の安全保障にかかわる重大問題だと考えています。
昨今応用科学、そして応用医学に焦点が当たっています。皆さんお考えの通り、応用科学というのは基礎科学があって初めて成り立つもので、ノーベル賞の事例からも分かる通り、20〜30年前の基礎科学が実験により証明されはじめて応用科学も評価をうけるというものです。現下の世界情勢を鑑みた時に、例えば企業にとっては株主至上主義の中で、ともすればすぐに利益のでるもの、すぐに役立つ商品を販売しなければならないという事情があります。しかし、基礎のないところに建物は立たないのです。世の中は応用科学そして応用医学と言っていますが、基礎科学がない場所に応用科学育つことはありません。これは自明の理でありますが、目先の利益をつい追求してしまう世の中の流れは、残念であると言わざるを得ません。
私は地球環境問題についても取り組んでおりますが、人間にとって最も回避すべき戦争と同じように、気候変動による災害、或いは感染症の拡大も重大事であり、特に感染症は地球環境変化に関係している可能性も十分考えられます。ロシアを中心にこれまで永久凍土と言われていた場所が、今や温暖化の為に溶け出しています。ひょっとすると、何千年前、そして何億年前のウイルスがそこから出てくるということも考えられないことではないと思っています。
東日本大震災が起こるまでは、日本では何かが起こると想定外のことがおこったということで問題を処理してきた歴史があります。最近は少し変わってきましたが、常にあらゆることを想定して国民生活を安定させることは、国家として最も大切なことではないでしょうか。日本財団はコロナが発生した初期に「備えあれば憂いなし」という考えのもと、施設が使われないで終わることが一番ではあると申し上げ、緊急避難の為の施設をつくりました。想定外で片づけるのではなく、現下の情勢を考えて、あらゆることに心を配るというのが、本来の人間の安全保障のあるべき姿ではないでしょうか。
しかし、政府、行政においては、目下それぞれやらなければならない仕事が多々あることも事実です。また戦後76年、国民は権利の主張を繰り返し、「国家は何もしていない」と非難ばかりしてきましたが、多様化した時代の中で国や行政で対応できないことも多々あります。今こそ自助努力を基本としながら、日本人の持っている農耕民族としての「共助の精神」を発揮する時ではないでしょうか。そして、本当に生活に困った人には公助で支えていくことが重要だと思います。
大阪には大阪八百八橋があり、かつてはその9割は個人が寄付した橋であると勉強した記憶があります。これからの多様化する社会の中で、日本財団は勿論のこと、企業その他協力できる人が国や行政の足りないところを埋めていくという共助の精神を発揮することこそが、コロナ禍から見えてきた課題であり、アフター・コロナの時代に必要となってくることだと思います。共助の精神を発揮し、出来る人・組織が主導して助け合い、足りないところを埋めていくのが大切と言えます。
感染症についていえば、私は40年以上にわたりハンセン病制圧の為に122ヶ国、552回の海外活動に従事して参りました。アマゾンのジャングルから病気の巣窟と言われるコンゴの山奥にいるピグミー族のところまで、世界のあらゆる場所で患者を探してきました。その経験から、人間だけが進歩するわけではなく、細菌もまた変化していくことはコロナウイルスでお分かりの通りです。
大阪大学は緒方洪庵の適塾から始まり、立派な微生物病研究所も備えています。官の大学ではありますが、始まりは民の大学であり、通常の国立大学とは色合いも柔軟性も違うと認識しています。こうした背景もあり、日本財団としては大阪大学と連携することがベストであると考えています。西尾総長そして金田副学長の考えで、今後本事業を大阪大学が独占することなく、日本そして世界にオープンな組織とし、世界の英知を結集することで、また将来現れる可能性のある感染症に備えた基礎研究を目指していきたいと思います。オープンな組織として、研究成果を大阪大学が独占しないという心の広い考えに我々は心を打たれました。
また、今回のコロナ禍では、危機の時の人間の行動様式や経済との両立も大きな課題として浮き彫りになりました。日本財団と大阪大学で作る感染症総合拠点は世界に開かれた研究所であり、単に基礎医学だけでなく、行動経済学や社会倫理学の分野を含め、感染症が発生した時に対応できる研究施設とする必要があると、大阪大学より積極的に提案を頂いています。勿論将来的な新たな感染症は望んでおりませんが、「備えあれば憂いなし」という日本財団の基本的な考えに基づき、大阪大学には心を広く、研究所の開設に協力いただきます。10年間で約230億円を予定していますが、今年中に25億円は供出するなど、スピード感をもって専門家の研究の一助に、そして広く言えば人間の安全保障の為に大阪大学と共に本事業に取り組んで参りたいと思います。