「アメリカ行政の欠陥」
―駐日大使2年間不在―
日本にとって最大の二国間関係は、日米安全保障条約に基づく日米関係であることは論を待たない。
しかし、駐日アメリカ大使は2年間も不在という、誠に困った事態が続いている。その理由は、政治任命職で上院の承認を必要とするからである。
この問題について、岡崎研究所の「情報分析」8月11日より、ワシントンポストのハイアット論説編集長の記事と、笹川平和財団アメリカの秋元諭宏会長兼理事長のコメントを引用しました。
以下、ハイアット論説編集長の記事です。
1.ケネディ大統領が1961年に就任した際には、779人の政治任命職が上院の承認を必要とした。これは政府を運営する極めて不合理な方法だ。その後、この不合理は広く認知され、改良の努力もなされてきたが、60年が経過して状況は悪化している。パートナーシップ・フォー・パブリック・サービスの調査によれば、バイデン大統領は、1,237人の政治任命職について上院の承認が必要だった。実に59%の増加である。政治任命職を巡っては、不合理な状況から、常軌を逸した状況になっている。
2.現状はどの程度常軌を逸しているのか。WP紙とパートナーシップ・フォー・パブリック・サービスは、799人の重要な政治任命者について調査を行った。今週時点で799人のうち、112人しか承認されていない。政権が発足して6カ月が経過して、換言すれば政権の8分の1以上が経過して、バイデン政権は上級職チームをようやく構築し始めたばかりと言えよう。
3.最近、ワシントンを訪問した外国の外交官は、バイデン政権が同盟関係の再構築、民主主義の促進、中国への対抗など、野心的目標を掲げる一方で、具体的な政策が欠如していることを驚きと共に語った。この指摘は完全に正しいとは言えない。バイデン政権には、政策があるからだ。しかし、大使、国務次官補、国防次官補などを欠いたままで、政策に具体的な肉付けをすることは容易ではない。
4.全ての政権が発足して半年程度が経過すると、十分な政治任命者が揃っていないことが、物事が進まない理由として指摘されるようになるのが常だ。共和党は、バイデン政権がなぜ799人の政治任命者のうち、323人しか指名していないのかと批判する。バイデン政権は、クルーズ上院議員(共和党、テキサス州選出)などがロシアとドイツを結ぶパイプラインに対する政権の立場に反対を示すために政治任命者の承認を妨害する状況で、これ以上政治任命者を指名しても意味がないと反論する。問題は、そもそもなぜこのような状況になっているかだ。
5.先ずは、全ての政権が埋めなければならない4,000人の政治任命者の存在だ。パートナーシップ・フォー・パブリック・サービスを率いるマックス・スティアは、こうした状況は他国の民主主義には見られないと指摘する。上院に承認される任命者の平均的勤務期間は2年程度に過ぎないので、多数の政治任命者の存在は官庁機関の機能を低下させ、短期的な思考を助長することになる。残念ながら、米国の社会と政府が直面するほとんどの問題は2年間では解決することはできない。会計監査院は1997年にサイバーセキュリティ政策を連邦政府のハイリスク問題として指摘した。25年が経過して状況は全く変化していない。気候変動、政府が必要とする新技術、経済変化に適合した労働者の再訓練など、すべての課題が長期的な対応を必要としている。悲劇的に思い知らされた公共医療の危機対応も長期的思考が求められる。
6.4,000人の政治任命者のうち、1,237人が上院の承認を必要とすることも、問題をさらに深刻化している。こうしたプロセスは多くの有資格者に公共的役割を果たすことを躊躇させている。パートナーシップ・フォー・パブリック・サービスによれば、レーガン政権では政治任命者は上院承認に平均で56日を要した。しかし、オバマ政権では平均で112日、トランプ政権では117日と、近年はほぼ倍になった。この日数は、政治任命者の指名に至るまでの政権による候補者の身元調査期間は含まれていない。
7.オバマ政権では、政治任命者に指名された人々は指名承認のプロセスに平均で452日を要している。候補者にとっては拷問である。同時に、上院にとっては立法に必要な時間を奪われることになる。さらに、政府の機能も低下する。政権発足後2年が経過しても多くの政治任命職が空席のままだ。バンダービルト大のルイス教授によれば、過去3政権において30%の政治任命職は政権発足後2年が経過しても指名に至っていない。スティアは、「政治任命者の問題を解決すれば全てが解決するというものではない。しかし、この問題を解決しなければ、全ての問題が極めて困難なまま継続することになる」と述べている。
8.どのように解決するべきか。先ずは政治任命職のいくつかを廃止することだ。ある報告によれば、連邦政府では最上級指導者と機関職員の間に83役職層が存在する。この報告では、2016年6月から83の役職のうち、少なくとも40の役職が空席のままだ。空席のまま長期間運営しているということは、これらの役職について精査するべきだろう。
9.より重要なことは、ホワイトハウスと上院が政治任命職そのものと、上院承認を必要とする政治任命職の両方を削減することだ。上院は、承認が必要な本当の上級職のみを承認し、これらの上級職者に自らのチームを形成させた上で結果に責任を問うべきだ。さらに、これらの上級職者は経験豊富で、組織的な記憶を有し、長期的に携わる官庁機関に頼るべきだ。こうした改革により、政府は複雑な課題に取り組むことが可能になる。
10.大企業で役員会が最高経営責任者を任命した後、数カ月から数年にわたり運営チームを構築することなく、経営ができるだろうか。株主はこんな馬鹿げたことを許さないだろう。納税者も同じだ。
以下、上記のハイアットの記事に対する笹川平和財団アメリカの秋元諭宏会長兼理事長のコメントです。
1.米国の政治任命職を巡る課題は指摘されて久しいが、ハイアットが指摘するように問題は悪化しており、政府の機能の視点から深刻な問題になっている。整理してみれば、政治任命職が多過ぎること、上院の承認を必要とする政治任命職が多過ぎること、政治任命職の指名前調査から指名承認まで時間がかかり過ぎること、多くの政治任命職の指名に時間がかかること、有能な有資格者が政治任命職を避ける傾向があること、中長期的な課題への取り組みが疎かになることが、政治任命職を巡る課題の中核である。ハイアットは指摘しただけだが、議会公聴会で個人情報を含めて見世物的に批判されたり、ソーシャルメディアなどで不条理に叩かれたり、有能な有資格者が政治任命職を避ける傾向は深刻である。
2.ハイアットは、政治任命職を削減すること、上院の承認を要する政治任命職を削減することを提案しているが具体的な道筋は示しておらず、容易ではないことをうかがわせる。上院を例にとっても指名承認に要する時間と労力は膨大であるが、承認を管轄する委員会にとっては政治任命を巡る権力の一部でもあり、非政権担当党にとっては上院における政治的取引の材料である。さらに、政治任命職は政府に求める役割を反映したものであり、一般に民主党では増加傾向にあり、共和党では減少傾向にあることも、課題を継続させている。
3.政治任命職は、ホワイトハウス、国務省、国防総省における要職に加えて、各国へ派遣される大使職の任命などで、外交にも大きな影響がある。トランプ前政権では、駐日米大使候補の選定と指名に膨大な労力と時間を費やし、ワインスタイン・ハドソン研究所所長(当時)が指名されてからも、上院の承認へ向けてさらに膨大な労力と時間を費やした。2020年3月に指名承認の議案が上院外交委員会に付託されたが、結局本会議の採択に至らなかった。トランプ政権を巡る政治的混乱があったこと、同政権の終盤での指名であったこと、上院における強力な推進者が不在だったことなどが挙げられるが、長期間にわたり不安定な状況におかれたワインスタイン所長には気の毒だった。結果として、駐日米大使の不在はハガティ前大使が2019年7月22日に辞任して以来、2年以上にわたり継続している。
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【筆者解説】
8月24日、日本の外務省は、アメリカの駐日大使にオバマ政権で大統領首席補佐官を務めたラーム・エマニュエル氏が指名されたことについて読売新聞は、「バイデン大統領の厚い信頼を得ていると承知している。日米同盟重視の姿勢を表すものとして高く評価する」との外務報道官談話を発表したと報じた。
これは駐日大使が決定したことではない。本文にあるように、これから難しいアメリカ議会の承認を得て、初めて駐日大使が決定されるのである。
正式決定にはまだ時間が必要なようだ。