「エコノミストと国際会議」
―母なる海は悲鳴を上げている―
日本財団では週刊誌「The Economist」を発行するエコノミスト・グループ(本部ロンドン)と笹川平和財団海洋政策研究所との共催で「海洋」をテーマに計3回にわたるウエビナー(オンライン・セミナー)を開催することになり、海の日の7月23日、その第1回が開催され、筆者も基調講演をした。
エコノミスト・グループは2012年のシンガポールを皮切りに米国やポルトガルなどで計6回、海洋経済の成長と海洋環境の保全を両立させるためのワールド・オーシャン・サミットを開催しており、今年3月には世界60カ国から政府関係者や研究者ら約700人が参加するサミットを東京で日本財団と同グループが共催する予定だった。
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)で見送りとなったが、併行して計画した本ウエビナーは予定通り実施され、当日はロンドン、東京、マレーシア、パラオなどを結んで、エコノミスト・アジア太平洋編集主幹(香港)の司会で進行、パラオのトミー・レメンゲサウ大統領や国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)のアルミダ・アリシャバナ事務局長らも発言、世界各国470人が参加した。
セミナーは、海洋を基盤とする経済再生を目指す「ブルー・リカバリー」が議論の中心となり、基調講演で筆者は「人類の生命を支える海の問題は、千年という超長期のテーマとして課題解決に取り組んでいく必要がある」と訴えた。基調講演の概要は以下の通りです。
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【エコノミストからの質問T】
「日本財団は海の現状をどのように捉え、どのような取組をしてきましたか」
今、人類は存亡の危機を迎えているのではないかと言わざるを得ません。それは、新型コロナウイルスのパンデミックによるものではありません。地球の生命を支えている「母なる海」が、人々の無秩序な海洋利用によって大変深刻な状態に陥っているからです。我々人類は何千、何万年にわたり海の存在を当然のものと考え、経済の近代化に伴い数十年にわたり海に大きな負担をかけてきたことを省みてきませんでした。
昨年9月、モナコで開催された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第51回総会では「海洋・雪氷圏特別報告書」が発表されましたが、既に海洋生態系システムにおいては「転換点」を超えたと考えられる現象が起き始めており、海洋、ひいては地球全体が危機的な状況であるとし、「いま選ぶ行動で未来が決まる」と警鐘を鳴らしました。特にこうした変動の影響を最初に大きく受ける小島嶼国や北極においては切実かつ喫緊の課題です。
海の温暖化・酸性化、漁業資源の枯渇、プラスチックごみの流入など、海洋を取りまく環境はまさに危機的であり、「母なる海」は静かな悲鳴をあげています。だからこそ、人類の生命を支える海の問題は、千年という超長期のテーマとして課題解決に向け取り組んでいく必要があると考えています。このまま放置すれば早晩、人類の生存にも重大な影響を及ぼすのではないでしょうか。
私たち、日本財団はこの海の危機に対して長年にわたり闘っています。日本財団の基本理念は、世界を1つの家族と捉え、政治・思想・宗教・人種・国境を越えた考えです。日本は、海の恩恵なしには生存しえない国家です。私たち日本人、そして世界の人々に多くの恩恵を与えてくれる海の問題を創設以来、基幹事業として重点的に支援してきました。
私たちは、30年以上前に、今日のような状況になることを予測し、人類の生存の鍵を握る海の状態に強い危機感を抱きました。「海に守られる日本から、世界の海を守る日本に変わらないといけない」。
このような想いから、長期的視点に立ち海を守る事業に重点を置いて事業を実施してきました。その取り組みは、150カ国から1400名以上の海の専門人材育成、北極海航路の開拓、マラッカ・シンガポール海峡の安全航行支援、太平洋島嶼国への支援、日本国の海洋基本法制定への尽力など多岐にわたります。
【質問2】
海の現状に鑑み、今後、どのような取組が必要と考えますか。本セミナーを通じて皆さんに期待されることがあれば教えてください。
海洋の問題が多様化、複雑化したことにより、私たちが想像するよりも早いスピードで海の危機は深刻化しています。海洋問題の解決には、あらゆるセクターが分野を超えて連携していくことが必要不可欠ではないかと考えております。
例えば、海の世界のデジタル化は、物流や漁業、航行安全、海洋観測、情報通信、安全保障など従来の海洋産業の構造を大きく変える可能性がある、まさに技術によるイノベーションです。すでに民間では、このような変化に迅速に対応し、新しいビジョンのもとでさまざまなビジネス展開が加速しています。
このように、海の世界では大きな変化が起きており、今や、従来の国によるトップダウンの政策ではなく、官民が積極的に連携して切り拓く海洋のニューノーマルの時代に突入しつつあるといえるのではないでしょうか。
このように、海の豊かさ、そして恵みを守り、持続的な利用を可能にしていこうという動きが、ようやく世界各国で起きつつあります。
しかし、残念ながら「人類の生存危機」という次元で海の問題を捉えている人は未だ多くはないと思います。各国の指導者や民間企業そして世界の人々が、人類の生存危機を認識し、海洋問題に対して行動していく必要があるでしょう。
今回、千年先を見据えて海の問題に取り組む、という日本財団の方針にエコノミストが賛同して会議を開催することができました。この会議で海洋の持続可能性について忌憚のない議論が活発になされることを期待しております。
今を生きる私たちには、「母なる海」を守り、千年先の人類に引き継ぐ責務があるのではないでしょうか。この重要な責務をまっとうするため、共に考え、共に行動し、そして共に歩んでいこうではありませんか。
講演は東京・虎ノ門の笹川平和財団ビルから発信した