「海底地図の作成」
―海水のない地球の形体は?―
海底の地形図を最初に作成しようとしたのは、モナコ王国のアルベール二世であったが、当時は科学的測定技術も未熟であった。
近年、日本財団はこれに着目し、イギリスのニューハンプシャー大学で人材養成をスタートした。その後、彼等が第一線で活躍するようになり、先般、シェル石油が主催するXプライズの世界大会に日本財団の海野光行常務理事が中心となった多国籍軍が応募、優勝し、賞金4億円を獲得した。
これを機会に、海底地形図の作成に弾みを付けるため、権威ある英国王立科学院において専門家会議を開催した。
以下は私の冒頭挨拶(原文・英語)です。
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報告会は格式高い王立協会で行われた
この質問をさせていただくことから開会のご挨拶を始めたいと思います。
地球の表面から海水を抜いたら地球がどのような形をしているか。これまで想像をしたことがありますか?
私は若い頃、ジュール・ヴェルヌの「海底二万里」を読み、海の底にある世界に夢を膨らませました。90年代半ばには潜水艇に同乗し、2,000mの海底まで訪れる機会に恵まれました。乗せていただいたのは操縦席1つしかない小型の潜水艇でした。私はパイロットの足の間にしゃがみこみ、かつて夢見た海の世界が目前に広がる様子を畏怖と共に見つめていました。潜水艇の中に流れるモーツァルトのピアノ協奏曲を背景に、マリンスノーが眼前に舞う海中の景色を眺めた体験は、なんとも言えず神秘的なものでした。
つまり、私たちの足元の海の下に広がる世界はロマンに満ちているのです。
しかし残念なことに、人類は自分達の住処である地球よりも宇宙に夢を描いて過去一世紀ほどを過ごしてきました。それは、私たちが本プロジェクトを開始した時点で火星の地形が完全に解明されていた一方で、世界の海底地形は全体のたった6%しか明らかにされていなかった事実に現れています。
海底地形の解明は未知なるフロンティアを明らかにするという単なる好奇心の充足に留まりません。海底地形の情報は、地球と人類の将来にとって大きな可能性を秘めたものです。海底地形の形状を把握することは様々な恩恵をもたらしますが、中でも船舶の安全航行、海の生態系の解明、津波や海面上昇の予測に貢献できると考えられています。
この恩恵の大きさを踏まえて、日本財団は世界の海底地形を明らかにする取り組みを前進させることが、私たちの人類に対する義務であると考えました。
2004年、日本財団はGEBCOと共に米国のニューハンプシャー大学において、海底地形図の新しい世代の専門家を育成する人材育成事業に着手しました。これまでに40カ国90名のフェローがこのプログラムを修了しています。そして、世界の海底地形を100%解明するという大きな目標を掲げ、「The Nippon Foundation-GEBCO Seabed 2030」を立ち上げました。
Seabed 2030の立ち上げに伴い、世界中から様々な企業、政府、研究機関が賛同を示し、プロジェクトは急速に拡大して参りました。本日、この場にお集まりいただいたのは、Seabed 2030を前進させることに貢献してくださった多くのパートナーや支援者のみなさまです。
私たちとビジョンを共にする全ての方に感謝申し上げます。しかし、全世界の海底地形を解明するにはまだ長い道のりが残されていることも忘れてはなりません。プロジェクトの目標達成を促進するにあたって、今後力を入れていかなくてはいけないと感じる領域が3つあります。
1つ目は未開拓海域でのマッピングの促進です。
世界にはデータが取られていない海域がたくさん存在します。これまで調査が難しかった海域のマッピングを促進するには、公的機関と民間セクターとの協力が重要であると思います。
2つ目はクラウドソーシングによる海底地形データの収集です。
データの収集をより早く進めていくにはより多くの人の参加が必要です。そのためには専門知識がない人達でもデータ収集に気軽に参加できるような仕組み作りが必要かもしれません。
3つ目はデータ収集の技術革新です。
ご存知の方も多いかと思いますが、今年の前半、無人での深海探査に革新をもたらすことを目指した国際コンペティション「Shell Ocean Discovery XPRIZE」でGEBCO-日本財団Alumni Teamが優勝しました。彼らはこのコンペティションを通して、今までは不可能とされていた水深4,000mでの無人測量を可能にするシステムを開発することに成功しました。
海底地形データをより効果的に収集するためには、XPRIZEを通じて開発された無人測量だけではなく、専門知識を持たない大勢の人達にデータ収集に参加してもらえるような技術の開発が必要となってくるのではないでしょうか。技術革新をより一層促進させるようなコンペティションを催すことができるよう、検討を進めていきたいと考えています。
世界の海底地形を解明する動きはSeabed 2030によって一気に加速し、過去2年で既に膨大な量のデータをGEBCOの海底地形図に取り込むことに成功しました。さらに、1年目の終わりに42団体だった協力団体は、2年目の終わりに106団体となり、今も増え続けています。
しかし、みなさまもご存知のとおり、世界の海底地形を100%解明することは決して容易なことではございません。今まで実施してきたことを継続するだけで到達できるゴールではないのです。このシンポジウムが海底のマッピングを加速させるための新しい取り組みを生み出すきっかけになることを願います。
私は現在80歳ですが、海底地形図の完成を見届けてから天国に行きたいと願っておりますので、人類共通の夢の実現のため、より一層のお力添えをよろしくお願いします。
ありがとうございました。
登壇者との記念撮影