「ハンセン病制圧活動記」その51
―ブラジル訪問記 最後の未制圧国を訪問して見えた課題と展望―
長島愛生園機関誌『愛生』
2019年9・10月号
WHOハンセン病制圧特別大使
笹川陽平
2019年6月29日から7月12日までの14日間、ハンセン病制圧活動のためにブラジルを訪問した。蔓延地の状況と取り組みを視察するとともに、政府高官からハンセン病をなくすための政治的コミットメントを得るためである。この国を最後に訪れたのは2015年、4年ぶりの訪問であった。
ブラジルは豊富な食料、資源、エネルギー、工業力を背景にロシア、インド、中華人民共和国、南アフリカと並んで「BRICS」と呼ばれる新興経済国になるまで成長し、ラテンアメリカ最大の経済規模を誇る。ただし貧富の格差の大きさ、公共サービスの質の低さや地域差など改善すべき課題が多く残されている。
ハンセン病に関しては、ブラジルは世界保健機関(WHO)が定める公衆衛生としての制圧(人口1万人あたり1人未満)を達成していない唯一の国である。患者数が世界で2番目に多く、毎年約25,000人の患者が発見される。患者は経済的に貧しく医療へのアクセスが厳しい中西部や北東部に集中している。またブラジルは政府が元患者に対する強制隔離について過ちを認め、当事者に賠償金を支払っている国でもある。一方で州や自治体レベルではハンセン病に対する差別的な制度や条例が未だに存在しており、医療従事者や教育関係者の患者や家族に対する偏見や差別の強さが報告されている。
最初の訪問地である首都ブラジリアでは、ルイス・エンリケ・マンデッタ保健大臣と面談した。大臣はハンセン病患者が多いマットグロッソ・ド・スル州の出身で、整形外科医としてハンセン病患者・回復者の治療を行っていたという経歴を持つ。今年1月にボルソナーロ新政権となり、保健省内部の改革が行われ、ハンセン病対策の部署が一層強化されたことを大臣から聞いた。私は、現場での経験に加え、熱意を持つ大臣がトップに立ったことで、保健省全体の士気が上がり、ブラジルにおいて制圧に向けた動きが加速されることが期待できると感じた。その日は保健大臣の他に、世界保健機関ブラジル代表やブラジル司教協会事務総長と面談し、夕方には慌しく次の目的地であるパラ州ベレンに向かった。
マンデッタ保健大臣と面談
北部に位置するパラ州はブラジルで2番目に広大な州である。緑豊かなアマゾン熱帯雨林の広大な地帯を有するこの州は洪水になると遠隔地までの交通手段が閉ざされることもしばしば起こるという。地理的要因や経済格差が原因でパラ州は新規患者数が年間2,678人と多く、ブラジルで5番目の蔓延州である。私がこの地を訪れるのは2度目であった。
ベレンではマルセロ・カンディア病院をブラジルハンセン病協会会長のクラウティオ氏の案内で見学した。1930年代に設立されたハンセン病療養所が現在ではリハビリ施設や特別な履物を作る施設を備えた州最大のセンターとして活用されている。他の自治体の診察所で対応できない重度の障害を持つ患者・回復者や深刻ならい反応がある患者が来院するそうだ。
マルセロ・カンディア病院でお会いしたハンセン病回復者の方々と
その後、パラ州のバラバロ知事と面談し、パラ州でハンセン病をなくすためにこれからも共に歩みたいこと、子どもの障害をなくすために家庭の中でスキンチェックを習慣にして欲しいことを伝え、次の訪問地であるパラ州マラバに向かった。
マラバはベレンから500kmほど南下したところにある第3の都市だ。同じ州内であっても飛行機を使って移動しなければならない。マラバもベレン同様にハンセン病患者が多い地域だが、設備が整った医療施設がないため、重度の障害がある患者は何時間もかけてベレンのセンターに通わなくてはならないという。
マラバではミランダ市長のイニシアティブのもと、ハンセン病の患者が途中で治療をやめてしまわないように来院した患者に対して食料を支援するという条例が策定され、私はこの条例成立の記念式典に招待された。市長、市会議、医療・保健従事者、メディア関係者など約100人集まった式典で、私は「ハンセン病はかかりにくい病気だが、栄養状態が悪い人に多いことは事実。また自宅から診療所まで遠くて通うことが困難な人もいる。これらの人たちが治療を終えることができるようなこの条例は人道的で愛情に満ちている」と挨拶した。その後、テレビ・ラジオ番組の収録を終え、次の目的地であるマラニョン州サンルイスに移動した。
テレビ番組「 personality 」の収録
北東部に位置するマラニョン州の新規患者数は年間3,436人。ブラジルで3番目の蔓延州である。その要因のひとつが約50年間続いた独裁政権期間中に社会保障政策がほとんど実施されなかったためと言われている。
サンルイスに到着したその夜にフラビオ州知事から夕食会に招待された。知事は代議士時代にハンセン病の集落を訪問し、患者や家族と交流したことがあったそうだ。その時、自分が知事になったらこの必ず問題を解決すると誓ったことを語ってくれた。実際、マラニョン州では現知事が就任してから州が取り組むべき課題にハンセン病が挙げられ、患者の発見活動や障害の予防が積極的に行われるようになった。私は知事の熱意を聞き、「マラニョン州がハンセン病制圧に成功すればブラジルのモデルになる。知事や保健局長が本気で取り組めば患者数を9割減らすことができる。そのためにはできる限り協力したい」と伝え、知事と固い約束を交わした。
翌日はマラニョン州の蔓延地区から280人の医療・保健従事者や社会福祉関係者が一堂に会したハンセン病会議が開催された。会議では保健局長、公共政策局長、公共弁務局主任がそれぞれの立場からマラニョン州のハンセン病の状況と取り組みを説明した。私は参加者に対して「皆さんが力を出してくれればマラニョン州からハンセン病をなくすことは不可能ではない。皆さんは愛に満ちた崇高な仕事をしている。正しい知識を広めてくれることを期待している」と激励した。その後、診療所の見学やテレビ・ラジオ番組の収録を終え、再びブラジリアに戻った。
ハンセン病会議で挨拶
ブラジリアでは、ジャイル・メシアス・ボルソナーロ大統領と面談した。大統領は陸軍軍人、リオデジャネイロ市議会議員、連邦下院議員という経歴を経て、2019年1月にブラジル連邦共和国の大統領に就任した。保健大臣、女性・家族・人権大臣、外務大臣らの閣僚と共に颯爽と登場した大統領には、ブラジルという大国の将来を背負っているという自信と緊張感が漲っていたが、大統領が元軍人ということで私が敬礼をすると、すかさず答礼をしてくださるという大変気さくな方であった。
まず大統領が「ハンセン病を制圧することはブラジルにとって大きな課題である。患者が多いことは事実であり、隠すべきではない」と発言されたとき、私はこの国が本気でハンセン病の制圧に取り組んでいること、そして今がその絶好の機会であると感じた。私の方からブラジルは世界で2番目に患者が多く、WHOの定める公衆衛生としての制圧を達成していない国であるため、大統領の熱意と指導力で政府を動かし、ひとりでも多くの患者を減らし、差別のない社会を作って欲しいとお願いした。その後、大統領と共にブラジルからハンセン病をなくすためのメッセージを大統領のFacebookを通じて配信した。動画は73万回再生され、1万9千のコメントが寄せられた。
ボルソナーロ大統領(左)が急遽Facebookのライブ配信を始めた
今回の旅を通して最後のハンセン病未制圧国ブラジルの展望が開けてきたと感じた。中央政府はハンセン病対策に真剣に取り組む姿勢を見せており、マラニョン州のように知事が率先して全体の課題としてハンセン病をなくそうと積極的に活動を行っている州がある。今後一層ブラジルにおいてハンセン病制圧を推進するために政府関係者や医療従事者など一同に会する「ハンセン病全国大会」を開催し、具体的な方策を議論したい。世界で2番目にハンセン病患者が多いブラジルからハンセン病のないブラジルに転換するよう私は全力で支援することを誓った。