気概を持って「将来の夢」を語れ
産経新聞【正論】
2015年1月16日
国内総生産(GDP)の2倍、1千兆円を超え、なお増え続ける国の借金を前にすると、「およそ世の中に何が怖いと言っても、暗殺は別にして、借金ぐらい怖いものはない」といった福沢諭吉の言葉(福翁自伝)を思い出す。借金は返さねばならず、返済が遅れれば、その分、負担は膨らむ。
財政再建を急ごうにも「失われた20年」で落ち込んだ日本のGDPはいまだ20年前の水準に戻らず、世界に先駆けて65歳以上の高齢人口が25%以上を占める超高齢社会に突入し、社会保障費は一段と膨れ上がる。一方で国の支えとなる人口は2008年から減少に転じている。
≪各国が注目する日本の挑戦≫ 難問が山積する現状は国を大きく作り替えるチャンスであり、歴史を振り返れば日本にその力は十分ある。政権が取り組むアベノミクス、地方創生の成否こそカギであり、国が焦土と化した70年前と同様、ゼロから出発する覚悟こそ欠かせない。
一足遅れて少子高齢化が進む世界各国も日本の“挑戦”に注目しており、新たな社会モデルの確立は日本が未来の社会に対して負う責務でもある。
新しい時代を切り開くには、思い切った価値観の転換が欠かせない。戦後社会は権利の擁護と平等の実現に重きを置き、裏腹の関係にある責任、義務を二の次にしてきた。改革には何よりもまず、各自が現状の危機を認識し、自ら解決する気概こそ求められる。
今年10月に予定された2%の引き上げが17年4月まで延期された消費税ひとつとっても、年金、医療、介護を中心にした社会保障給付費が人口高齢化で膨張を続ける現実を前にすれば、増税は避けられない選択である。
高齢人口比率が日本より4〜8%も低い英、独、仏3国を見ても、消費税(国によって付加価値税)はほぼ20%、日本の2・5倍の水準にあり、引き上げをためらえば財政は一段と悪化する。わが国は高齢世代の年金を現役世代の保険料で支える賦課方式を採用しており、このままでは現役世代、さらに次世代の負担が過大になり、イノベーションを生む自由豁達(かったつ)な雰囲気も失われる。
≪戦後を主導した高齢世代の責任≫ 巨額な国の借金は、ある意味で豊かな戦後社会の付けでもある。
その責任の多くは戦後社会を主導した高齢世代にある。しかし現役を退いた高齢世代が財政再建に貢献できる余地は少ない。恐らく消費税は、高齢者が財政再建に直接参加できる数少ない選択肢であろう。
平均寿命が延び、一方で年金など社会保障の将来が見えない不安が高齢者を内向きにし、消費の落ち込みを招いている。先が見えれば消費も活発になり、消費税を通じてささやかでも財政再建に貢献することも可能になる。
そのためにも社会の新しい受け皿が必要だ。日本人の寿命は戦後70年間で30歳も延びた。世界保健機関(WHO)は「65歳以上」を高齢者としているが、日本の65歳以上人口は60年には40%に達する。一律に高齢者と定義し“老人枠”に閉じ込めるのは非現実的であり、バランスの取れた社会を維持していくには無理がある。
現に豊富な知識や優れた技術を持つ元気な高齢者はいくらでもいる。年齢で線引きすることなく気力、体力を備えた高齢者に能力、技術に応じた働き場所を提供する新しい社会システムの確立こそ急務である。労働力不足の解消だけでなく、高度な専門技術の継承、海外流出の防止も期待できる。
同様にさまざまな資格・技術を持ちながら、これを生かしていない人たちの活用も一考である。例えば看護師。日本では現在、120万人が医療現場で働くほか、職に就いていない潜在看護師も55万人に上る。日本財団では全国各地への在宅看護センター設置を目標に看護師や潜在看護師に起業を促す育成事業をスタートさせた。
医師にかかるほどではないものの糖尿病や高血圧など生活習慣病で“病気予備軍状態”にある高齢者のケアを強化するのが狙い。毎年1兆円近く膨張する医療費の抑制ばかりか、医師不足の中、地域創生に不可欠な医療インフラの強化にもつながると期待する。
≪世界に通用する社会モデルを≫ 日本にはこのほか食の安全や環境など世界をリードする知恵や技術、アニメやファッションなど若者文化、そして何よりも大きな財産として勤勉な国民性がある。これらを生かした新たなシステムを確立すれば、十分、世界に通用する社会モデルとなる。
日本は敗戦から立ち直り、短期間に世界第2の経済大国となった。失われた20年でこうした能力がなぜ、機能しなかったのか、いまだに不思議な気がする。有効な将来像を描く努力、議論を怠ったとしか思えない。
皆が国の将来を背負って立つ気概を持って「夢」を語り合うべきである。目指すべき将来が見えてきたとき、新たな飛躍が可能になり、高齢化が進む国際社会のトップランナーとなる。
(ささかわ ようへい)