「出世主義はハンセン病」
―ローマ法王の発言―
6月6日、ローマ法王はカトリック聖職者や教皇庁スタッフの育成機関「教皇庁聖職者アカデミー」で聖職者の過度な出世主義を批判する演説を行い、この中で「出世主義はハンセン病」と発言されました。このことは、ハンセン病が悪い者の「象徴」として使われた形で、ハンセン病患者に対する差別を助長する恐れがあります。
南米を中心に、カトリック教の信仰に熱心な患者・回復者も数多く存在し、彼らの深い悲しみを考えるといてもたってもおられず、別紙の書簡で法皇に遺憾の意を伝えました。
私はハンセン病患者・回復者、その家族への差別撤廃のために長く活動して参りました。一昨年の12月には念願が叶い、ニューヨークの国連総会で192カ国(現在南スーダンが加盟193カ国)全ての賛成により「ハンセン病患者・回復者とその家族に対する差別撤廃」の決議案が可決されました。この結果をもとに、世界五大陸で「原則とガイドライン」の啓蒙普及のため、第1回はブラジル、第2回はインドで実施。第3回目のアフリカ大陸はエチオピアで行うべく、現在、日本財団職員が懸命の準備作業を行っているところです。
バチカン教皇庁は「ハンセン病」について深く理解されており、毎年宣言を発表して下さり、先々代のパウロU世法王には二度の謁見の栄を賜っているだけに、誠にショッキングな出来事でした。
パウロU世法王は、ハンセン病に深い理解をお示し下さった
是非、早急に撤回発言を願いたいものです。
以下は6月12日付、法皇への書簡の全文です。
(原文・英語)
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聖下
日本からご挨拶申し上げます。WHOハンセン病制圧特別大使および日本政府ハンセン病人権啓発大使としてこのお手紙を記しています。
まず初めに、毎年1月の世界ハンセン病の日に合わせてバチカンが発表されている、ハンセン病回復者に対する理解と協力に感謝申し上げます。ハンセン病とこの病気にかかった人々が直面している課題について人々の認識を高めるため、聖下が今年に発出されたメッセージや、教皇庁立保健従事者評議会からの毎年のメッセージにも深い敬意の念を表します。
さらに、教皇庁立保健従事者評議会の会長におかれましては、私が毎年行っているハンセン病回復者およびその家族に対するスティグマと差別をなくすためのグローバル・アピールに、2009年、他の宗教指導者と共にご賛同いただきましたこと、深く感謝しております。
聖下がよくご存じのように、ハンセン病は人類によく知られている最も古い病気の一つです。数世紀にわたって、身体的、心理的、精神的な苦痛を患者や回復者そしてその家族にもたらしてきました。今はこの病気が完全に治るようになったという事実にもかかわらず、世界には、この病気に対する迷信や誤解によって偏見と差別を受けているハンセン病回復者と家族が存在します。
近年になって、ハンセン病に関連する差別の問題において、素晴らしい取り組みがなされています。グローバル・アピールに加え、2010年12月には、国連総会が、ハンセン病回復者とその家族に対する差別撤廃の原則とガイドラインを承認する決議を採択しました。現在、この原則とガイドラインが完全に実行されるよう努力がなされている段階ですが、それは容易なことではありません。
お伝えしたいのはこの点についてです。最近、聖下が教皇庁聖職者アカデミーでお話しされたスピーチの中で、「出世主義」をハンセン病と結びつけてお話されたことを知りました。これは、この病気について深く染みついた固定観念を強めてしまうだけであり、最も嘆かわしい比喩であります。
この病気に対するスティグマを強めたり、ハンセン病回復者に苦痛を与えたりすることが聖下の意図ではないことは、疑う余地はありません。しかし、今回の場合、結果的にそうなってしまったと言わざるを得ません。聖下のお言葉は広く多くの方に伝わり、影響力がありますゆえ、言葉の選択において細心の注意を払っていただくよう、強くお願い申し上げます。特に、南米諸国にはカトリック信者が多く、ハンセン病回復者も多数存在するため、聖下のお言葉は非常に大きな影響を与えます。
また、これを機会に、ハンセン病回復者の尊厳と人権の回復のためにこれまで行ってきた活動内容を聖下にご報告申し上げるために、聖下のご都合のよろしい折に拝謁を賜りたく存じます。
最後に、世界ハンセン病の日にバチカンが下さっている重要なご支援に再度お礼申し上げます。世界からハンセン病とそれによる問題をなくしていくために、聖下と共に取り組むことができましたら幸甚に存じます。
敬具