• もっと見る
« 2013年03月 | Main | 2013年05月»
leprosy.jp
resize.png日本財団はハンセン病の差別撤廃を訴える応援メッセージサイト「THINK NOW ハンセン病」を開設。皆様からのメッセージを随時募集・配信しています。
Google
<< 2013年04月 >>
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
プロフィール

笹川 陽平さんの画像
笹川 陽平
プロフィール
ブログ
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
リンク集
https://blog.canpan.info/sasakawa/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/sasakawa/index2_0.xml

4月30日(火) [2013年04月30日(Tue)]

4月30日(火)

7:50 財団着

8:00 船の科学館 森田文憲理事長

10:00 麻生太郎財務大臣 於:財務省 

11:00 共同通信ヤンゴン支局 田島秀則支局長

12:40 東京財団 秋山昌廣理事長

14:00 石川和秀 外務省南部アジア部長

17:00 外務省 河相周夫事務次官 於:外務省

17:30 ミャンマー勉強会

19:30 松岡正剛 編集工学研究所所長

4月26日(金) [2013年04月26日(Fri)]

4月26日(金)

7:50 財団着

8:00 日本財団×ベネトン デザインアクションプロジェクト福祉車両お披露目式典打合せ

8:30 休眠口座事業打合せ

9:00 BOAT RACE振興会 船越眞 常務理事

9:30 海洋政策研究財団 工藤栄介 特別顧問

10:00 関西学院大学大学院 上野真城子 教授

11:00 外務省東ティモール大使館 川崎敏秀参事官

11:45 日本科学協会 平成25年度研究奨励の会 挨拶 於:ANAホテル

_TSB2846s.jpg


13:00 笹川平和財団 羽生次郎 会長

14:30 ベネトン ジャパン株式会社 パスカル・センコフ 代表取締役社長

15:00 日本財団×ベネトン デザインアクションプロジェクト福祉車両お披露目式典

DSC_6921.JPG


16:00 「語り場」日本財団職員との対話

18:00 図書30冊挑戦日本財団職員 報告会 

「中国の小話」その4―中国女性の妊娠で大騒ぎ― [2013年04月26日(Fri)]

「中国の小話」その4
―中国女性の妊娠で大騒ぎ―


中国は共産主義国家で、夫婦共働きが普通である。かつて夫婦の浮気の調査が発表されたことがあるが、男性は80%近く、女性も確か40%を超えていたと記憶している。そのため下記のような小話ができるのでしょう。

妻が妊娠した。旦那がこの喜びをみんなと共有しょうと、妻の携帯で「私は妊娠した」と知人に発信をした。

すると、まず妻のお母さんから返信「旦那の不妊症が治ったの?」

姉の旦那から返信「どう処理するつもり?」

同級生から返信「半年前のことだったので、僕ではないぞ。」

同僚からの返信「二日前のことで、間違っているでしょう?」

上司からの返信「一万元出すから、しばらく休んでいい。」

顧客からの返信「明日我が家に来て、契約書にサインするから。」

知らない男性甲からの返信「離婚すれば、この子を認める。」

知らない男性乙からの返信「その日はAさんもいた。僕とは限らないぞ。」

知らない男性丙からの返信「冗談じゃないぞ、僕はパイプカットしているから。」

e028e1a76869e2dd9bfb9a6092ecf188.jpg
どんな環境の下に生まれても、健やかに育ってほしい!


「中国の小話」その3―中国の恋人募集のテレビ番組に参加したイギリス青年― [2013年04月24日(Wed)]

「中国の小話」その3
―中国の恋人募集のテレビ番組に参加したイギリス青年―


最近、中国では高度成長のお陰で女性の望む結婚条件が厳しくなり、かつての日本のように三高(高収入、高学歴、高い身長)は当然のことで、それ以上に様々な条件を求める女性が多いそうだ。

そこで、以下のようなテレビの恋人募集の話題が作られた。

*********************


出場したイギリス人青年は、中国人独身女性の質問に答えた。

女性Aの質問:一人っ子ですか?
答え:兄弟二人、結婚したばかりの兄がいる。
(いくつかのランプが消えた)

女性Bの質問:マイホーム持っていますか?
答え:持っている。ただ、それは一世紀前の古い建物。
(またいくつかのランプが消えた)

女性Cの質問:結婚したらどこに住みますか?
答え:祖母、父親、継母、兄貴、兄嫁と一緒に住む。
(ランプが消えた)

女性Dの質問:どんな仕事しています?
答え:兵隊さんしている。
(ランプが消えた)
女性Eの質問:お父さんは何をしていますか?
答え:名誉職だけで、仕事がない。
(ランプ一つだけ残っている)

最後の女性の質問:結婚式の時にベンツやBMWが迎えにきてくれますか?
答え:だめ、祖母が賛成しない。普通は馬車しか使わない。
(すべてのランプが消えた)

イギリス人青年が恥ずかしそうに現場から去った。
翌日、イギリスの新聞『タイムズ』はトップ紙面で「英国王室のハリー王子が中国の恋人募集のテレビ番組に出場、第一回戦で敗退」というタイトルのニュースを報道した。

写真.JPG
日本の合コン・サイトも花盛り
三高以上を求めて?

「中国の小話」その2―中国人が夢見る理想の生活― [2013年04月22日(Mon)]

「中国の小話」その2
―中国人が夢見る理想の生活―


国によって「理想の生活」は異なる。

アメリカ人―アメリカの住宅・日本人の妻・フランス料理
イギリス人―イギリスの住宅・日本人の妻・アラブ料理
アラブ人―アラブの住宅・日本人の妻・アラブ料理
「最悪のケース」―日本の住宅・アメリカ人の妻・イギリス料理

と言われたものだが、最近は経済成長著しい中国人も、極端な格差社会の中の一部の富裕層ではあるが、「理想の生活」を考えるようになった。最後の一行は大いに笑わせてくれる。

サウジの給料をもらう。

英国の住宅に住む。

スイスの腕時計を付ける。

日本人の女性を奥さんにする。

韓国人の女性を愛人に囲む。

ドイツ車を運転する。

フランスワインを飲む。

イタリアの革靴を履く。

スペイン女性と遊ぶ。

ロシアの別荘を買う。

フィリピン人の家政婦を雇う。

イスラエルのガードマンを雇う。

中国で政府高官になる。

最後の条件が備えれば前のすべてが実現できる。

習近平総書記.jpg
「政府高官」のトップに上り詰めた習近平総書
汚職撲滅への取り組みは如何に?



「インド・ジャルカンド州訪問」その3 ―ハンセン病支援活動― [2013年04月19日(Fri)]

「インド・ジャルカンド州訪問」その3
―ハンセン病支援活動―


ジャルカンド滞在中、運悪くマオイスト(毛沢東主義者)のデモのため、州都ランチの郊外への外出は制限されてしまった。

訪問したハンセン病回復者が集団で住むニルマラ・コロニーは、メイン道路の下のドブ川沿いに存在し、150人が生活していた。以前はドブ川の増水や道路の雨水でバラック小屋は常に被害を受けていたが、近年、ドブ川との間にコンクリート製の壁が出来、小屋もレンガ積みになったので環境はいくらか改善されていた。とはいえ、ドブ川の水量は少なくゴミは山積。強い悪臭が鼻を衝き、蠅の大軍と蚊の多さには何百ヶ所のコロニー訪問を経験している私にとっても最悪の場所の一つであった。

IMG_0731.jpg
川沿いのコロニー

IMG_0729.jpg
水量は少なく、捨てられたゴミからは悪臭が


いつものように一軒一軒ナマステー(今日は)と言って家を訪ねる。家の前のわずかな日陰には、盲目の老人が所在なく地面に座っている。化膿した手足には蠅がたかり、不衛生極まりないが、悲しいかな、彼には見えない。彼の感じることは鼻を突く悪臭だけなのだろうか。いや、それすらも感じないのかもしれない。薄暗い小さな室内では、老婆が薪を燃やして夕食の準備に取りかかっていた。

IMG_0739.jpg

盲目の老人に話しかけるが、表情は暗い


集会には40〜50人の女性と子供、それに若干の男性が集まってくれた。絶望の中で、日々何となく物乞いで生活しているこれらの人々に話すことは辛い仕事である。社会との接点はなく、唯一、物乞いとして受け取る何がしかの小銭だけが生きる糧である。いくら優しい言葉で生活改善の可能性を説いたところで、現実しか信用しない彼等の不審に満ちた目が、説明している私の心に突き刺さる。

コロニーの代表者の妻は、40歳代の顔立ちのはっきりした人であった。両膝を抱いてうつむき加減に話を聞いていたが、時々私の話に反応してキッとした鋭い目つきで直視してくる。「話はどうでもいいのよ。早くこの現実を改善してよ。そうすれば貴男の話を信用するわ」と言いたげで、その目の奥には憎悪にも似た感情が潜んでいるようだった。

過去、何千、何万人の回復者に会っただろうか。
それでも、私は決して彼女の鋭い眼差しを忘れないだろう。
何とか私の生きているうちに彼女の微笑みを見たいものである。

私の働きとその成果が如何に不十分であるかを反省させられる旅であった。

(おわり)

4月18日(木)〜25日(木) [2013年04月18日(Thu)]

4月18日(木)〜25日(木)

タイ王国滞在

4月17日(水) [2013年04月17日(Wed)]

4月17日(水)

7:40 財団着

8:00 電話リレ−サービス全国普及制度化事業打合せ

9:50 CSR事業打合せ

10:30 /小宮則子 内閣総理大臣官邸写真室室長

12:30〜14:00 江戸川ボ−トレース場・指定席内覧会

13:45 新井哲二 丸亀市長

14:05 武部恭枝 プライムコーポレーション社長

16:30 ミャンマー勉強会

「明日からタイへ出張」 [2013年04月17日(Wed)]

「明日からタイへ出張」


4月25日、帰国予定です。

「インド・ジャルカンド州訪問」その2 ―ハンセン病支援活動― [2013年04月17日(Wed)]

「インド・ジャルカンド州訪問」その2
―ハンセン病支援活動―


前回述べたように、訪問の目的は、ハンセン病制圧活動の再活性化と回復者の組織強化運動の一環であるハンセン病年金値上げを州政府担当局に陳情することであった。

ハンセン病回復者は、かつてのハンセン病病院の隣接地や誰も住まない墓地の跡、荒れ地やドブ川沿い等々に自然発生的に住みついた場所をコロニーと呼んで生活している。彼等は長い間、家族は勿論、社会からも見捨てられた人々であった。

中には、コロニーの環境改善を州政府に要求し、10数回も逮捕されながら闘争を通じて改善に努力したリーダーも存在する。しかし、1本の糸では弱い。弱い糸を数百本、数千本に束ねれば強いロープになる。そんな思いで日本財団が全額支援してハンセン病回復者の全国組織「ナショナル・フォーラム・インディア」を組織化し、活動を開始して8年になる。現在のところ850ヶ所のコロニーが加盟しているが、まだ未登録のコロニーも数多く存在するのが現状である。

ナショナル・フォーラムのナルサッパ会長、58のコロニーを束ねる州リーダーのジャイヌディン氏と私の3人で、マオイストのデモで州都ランチ以外への外出が制限されている中、市内の2ヶ所のコロニーで啓蒙活動を行った。

インディラ・ガンディー・コロニーは人口550人の比較的大規模なコロニーで、10年前に訪問した折に植樹した木の成長を楽しみにしていた。しかし、コロニーの発展と環境改善の中で、バラック小屋から土蔵作りの家に変貌し、植樹した木は跡形もなく消えていた。酷暑のこの地域では夏は涼しく冬温かい土蔵作りの家の方が快適だと思われるが、少女は早くレンガ積みの家に住みたいという。やはり住み心地より外見の美しさにあこがれるのだろう。

住環境は改善されたが、相変わらず住人が物乞いを主たる職業にしていることは、何百ヶ所のコロニーを訪問している筆者には、基本的な問題が遅々として解決していないことに驚いた。

家の隅や軒下のあちこちに壊れた木製の手押し車が放置されていた。重い障害者や老人を載せ、物乞いをする場所まで移動させるのである。若者の中には、物乞いの移動を手伝い、一日の稼ぎの半分を取り上げて生活している者もいる。手に職のない孤立したコロニーの若者にとって、採用してくれる職場もなく、社会から拒絶された存在として成長してきた経緯はある程度理解しなければならないが、このまま放置していて良い訳がない。何とか彼等に夢と希望を持たせたいのである。

最近「ササカワ・インド・ハンセン病財団」で、この種の若者に職業訓練の実習を行ったところ、75%が就職できたとの報告があった。訓練内容は一般社会人との会話の方法、挨拶や就職を希望する会社に自分の気持ちを伝える方法を指導する程度であるが、商店やレストランのサービス係に採用されたとのこと。しかし、月々確かな収入が得られることが彼等にとって望外のことだと思うのは支援している我々サイドの思い上がりで、若者の中には、8時間働くよりも物乞いの往復を手伝った方が楽で稼ぎが良いとする者も多い。朝夕の手伝い以外コロニーで所在なく過ごしている若者が存在するのも現実である。

コロニーに住む回復者の物乞いをゼロにしたいとの念願は、私の人生の目標の一つである。老人や障害者には政府に年金の増額を要請し、働ける人には「ササカワ・インド・ハンセン病財団」より少額融資で資金を提供する。これにより小規模商売、例えば、牛を飼って牛乳を売る、織物のための機械購入、花入れ用などの各種竹細工等々の指導も含めた協力活動、子供たちへの教育資金の提供も行っているが、コロニーの指導者の資質により、生活向上に意欲的なコロニーと旧体制依然としたコロニーでは、財団への支援要請の数でわかる。

一方、夢と希望を持って高等教育を受けている若者もいる。
今回、ササカワ・インド・ハンセン病財団の奨学金を受け、4年制の看護大学で勉強している二人の女子学生を訪問した。

マオイストのストで、日曜日にもかかわらず学長からの外出許可が下りず、当方から小一時間車に揺られ、荒野にポツンと建つ学校を訪ねた。

350名の女性が通う女子看護大学だが、日曜日のため人気はなく、コンクリートの壁のあちこちに色とりどりのリボンの飾りが貼りつけてあるのが唯一、女子大学めいた雰囲気で、殺風景この上もない建物の会議室で二人の女子学生は出迎えてくれた。歓迎の歌をデュエットで歌い、各々感謝の言葉と将来ンハンセン病コロニーで働きたいと、目を輝かせて語ってくれた。下記写真の砂絵のような作品は、多分、昨夜徹夜で制作してくれたのだろう。

写真.JPG
砂絵の「Thank you」メッセージ
多分、徹夜で・・・


彼女たちの笑顔に接したとき、文豪トルストイの「幸福とは他人の幸福を見ることである」との言葉をしみじみ思い出した。

7日 看護師奨学生.jpg
看護師奨学生


(つづく)
| 次へ