あまりに手薄な犯罪被害者対策
産経新聞【正論】
2013年2月13日
「預保納付金」という言葉がある。振り込め詐欺など犯罪に使われた預貯金口座に被害者が特定できないまま残され預金保険機構に納付された金で、2008年に施行された「振り込め詐欺救済法」により犯罪被害者支援に活用されることになった。
≪「振り込め」の被害金活用≫
預保納付金は現時点で50億円を超し、事業の「担い手」に日本財団が選ばれた。民間の知恵を活用する金融庁の英断に敬意を表するとともに、民の立場でCSR(企業の社会的責任)や贖罪(しょくざい)寄付などを開拓し被害者支援の強化に少しでも貢献したいと考える。
同時に現状の被害者対策は先進各国に比べあまりに手薄。犯罪に巻き込まれる可能性は誰にもあり、被害者支援は国民共通の課題である。政府には一層の強化を求めたい。
オレオレ詐欺や架空請求詐欺など振り込め詐欺被害は07、08の両年、250億円を超え、その後2年間、3分の1近くに減ったが、11年は110億円を突破、昨年も132億円に達した。
救済法は振り込め詐欺などの振込先として使われた口座の凍結・失権手続きや被害者の返金申請手続きを定め、最近では口座に残された金の70%近くが被害者の手元に戻っている。しかし当初の返金率が50%前後と低かったこともあって、昨年末時点で52億円が預保納付金としてプールされている。
支援事業は、犯罪被害者の子弟に対する奨学金制度の新設と犯罪被害者等支援団体に対する助成の2本立て。奨学金は預保納付金のうち40億円を基金に高校生、大学生、大学院生に対し月3万〜10万円を無利息で貸与し、25万〜30万円の入学一時金も用意する。
「まごころ奨学金」と名付け、4月から貸与を開始する予定だ。
残額と今後、新たに発生する預保納付金は犯罪被害者等支援団体の活動基盤の強化に充てる。犯罪被害者や家族・遺族は捜査・公判段階での精神的・物理的負担から「被害者にも落ち度があった」といった偏見に対する精神的苦痛、レイプや虐待に伴う心のケア、報道被害など極めて大きな被害を受ける。被害者支援には幅広い民の力こそ必要で、今回の金融庁の決断は支援強化の新たなモデルとなる。
≪被害者に冷たい社会≫
犯罪被害者には05年に閣議決定された犯罪被害者等基本計画に基づき重症病給付金や障害が残った場合の障害給付金、さらに死亡した場合の遺族給付金が定められ、支給要件の緩和や支給期間の延長など順次、改善が図られている。しかし各年度の支給額は9億〜20億円、11年度までに約1万2千人に対し246億円が支給されているが、英米独仏4カ国に比べ10〜20分の1にとどまっている。
犯罪被害者の支援態勢整備や国民の理解増進など内閣府や警察庁が進める関連予算も12年度は76億円。国選弁護士への報酬や刑務所諸経費など全体で1000億円に上る加害者関連予算に比べ大きな差がある。加害者対策が厚すぎると言うつもりはないが、これでは社会正義上もバランスを欠く。現状は「被害者に冷たい社会」と言われても仕方がない。
わが国の犯罪被害者支援は「社会の連帯共助の精神」を基本としており、英仏両国と同様な考えに立つ。しかし国には犯罪を予防し国民を犯罪から守る責任がある。不幸にして国民が犯罪に巻き込まれた場合は国の責任で救済するのが筋である。被害者支援を「国が国民の安全を守れなかったことに対する補償」とするドイツの考え方こそ正しいと考える。
警察庁によると、11年の刑法犯の認知件数は214万件。02年をピークに減少傾向にあり、国連が05年にOECD(経済協力開発機構)加盟国を対象に行った調査でも日本の犯罪率は先進国の中で最低ラインにある。振り込め詐欺の封じ込めも成果を上げつつある。
一方で、動機不明の凶悪犯罪が増加する傾向にあり、何よりも200万という数字は誰もがある日突然、犯罪被害者となる可能性があることを示す。犯罪の撲滅と同様、被害者の救済も国・社会全体で取り組む必要がある。
≪民の活用で小さな政府を≫
財務省によると、国債と借入金、政府短期証券を合わせた国の借金は今年度末、1000兆円の大台を超す。極めてタイトな財政状況の中で、犯罪被害者対策費をにわかに大幅アップするのは困難であろう。それを少しでもカバーするためにも、さらに民の知恵とノウハウを活用してほしいと思う。NPO法人(特定非営利活動法人)など民の受け皿は十分に育ってきている。
長年、世界各地で支援事業に取り組んできた経験からいえば、官の仕事は公平公正が原則であり、その分、時間もコストもかかる。これに比べ民は自由な発想で動け、小回りも効く。民間のソフトパワーを活用し、官民一体の協力体制を効率的に運用すれば財政支出を削減し“小さな政府”の実現にもつながる。各省庁にも金融庁と同様の英断を期待する。
(ささかわ ようへい)