「WHOハンセン病制圧大使」
―就任25周年記念式典挨拶―
少し時間が経過してしまいましたが、5月18日、WHO(世界保健機関)総会の初日に、多忙な方々がお集りくださり、私のWHOハンセン病制圧大使就任25周年を祝ってくださいました。

各国代表の皆さん100名近くが参加下さった。
これほど長く活動を続けている例は珍しく、多くの場合は、政治家や音楽家、俳優などの著名人が短期間活動される中で、無名の私は、制圧大使としての新しい在り方を考え、記念式典や華やかなオープニングセレモニーへの出席ではなく、世界各地の現場を訪れてまいりました。「現場には問題点と答えがある」との考えに基づき、今日まで活動を続けております。
WHO総会において、テドロス事務局長は総括の中で、「私は、WHOハンセン病制圧大使として25周年を迎えられた笹川陽平氏のリーダーシップに敬意を表したいと思います。笹川氏はWHOで最も長く務めている制圧大使であり、今なお精力的に活動を続けておられます。ありがとうございます、笹川さん。」と述べられました。
以下は、就任25周年記念式典における私の挨拶です。
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今日は、WHO会合初日という大変お忙しい中、こうしてお集まりいただき、心から感謝申し上げます。
私がこのハンセン病(レプロシー)という病気を世界からなくしたいと思ったそもそものきっかけは、韓国に父が設立したハンセン病病院を初めて訪問した時の経験にあります。その時、患者さんたちの表情の中に、生きる力を失ったような深い絶望を見ました。そして、父が傷ついた患者さん一人ひとりを抱きしめる姿を目の当たりにし、私は足がすくむ思いがいたしました。その瞬間に、「これは自分が生涯をかけて取り組まなければならない仕事だ」と強く意識しました。以来50年間、私は世界127か国の現場を回ってまいりました。
やはりこの問題は、社会の中に深く沈殿し、隠されてきた病気ですので、まずはアウェアネスを高めることが極めて重要でした。幸いにも、この50年間で、約2,400人を超える閣僚、首相、大統領の皆様にお会いする機会をいただきました。1996年には5,000万ドルを拠出し、世界中にハンセン病治療薬MDTを無償配布いたしました。その結果、500万人もの方々が病気から解放されました。その後、本日もノバルティスの責任者の方がお越しくださっておりますが、ノバルティスによる素晴らしいご支援のおかげで、今では世界中で薬が無償配布される時代となりました。
しかしながら、この病気には二つの大きな特徴があります。一つは、各国の保健大臣や保健当局にとりまして、マラリア、HIV/AIDS、あるいはTB(結核)のように膨大な患者数を抱える病気への対応が優先されるため、患者数の比較的少ないハンセン病には、どうしても十分な力が注がれにくいという現実があることです。もう一つは、私はこれを「沈黙の病気」と呼んでおりますが、多くの病気には熱や痛みなどの症状があるため、患者さんは病院へ行こうと考えます。しかし、ハンセン病は初期段階では全く熱も痛みもありません。そのため患者さんは病院へ行かず、障害が現れ始めて初めて受診することになるのです。ですから、障害をなくすためには、患者さんが病院へ来るのを待つのではなく、私たちの側から患者さんを探しに行かなければならない病気なのであります。
さらに、この病気は2,000年以上前から、「神の罰」「呪い」といった誤った考え方と結びついてきました。交通手段も通信手段も発達していない時代から、世界共通の認識として、「呪われた病気」であるという偏見が存在し続けてきたのです。そして、その認識は今なお世界各地に残っております。その結果、患者さんたちは極めて厳しい差別を受けており、これは単なる医療問題ではなく、深刻な人権問題でもあります。病気にかかった子どもを家族が捨てる、そうしたことが現在に至るまで続いている病気は、ハンセン病をおいて他にありません。
私はこれまで病気を治すことに懸命に努力してまいりました。しかし、実際に現場へ行ってみますと、病気が治っていてもなお、厳しい差別の中で、「コロニー」と呼ばれる集落で、患者さんやその家族が集団生活を送り、社会から隔絶された生活を余儀なくされている現実があります。現在でも世界には、そのような生活を送っている方々が数千万人存在するということを、ぜひ皆様に知っていただきたいと思います。
私はこれを単なる健康問題ではなく、極めて深刻な人権問題であると認識し、国連人権理事会へ参りました。当時、24名の人権専門家の方々は、ハンセン病にそのような人権問題が存在することをご存じありませんでした。そのため、この問題を理解していただくために、大変長い時間を費やしました。その結果、初めて国連総会の場で、ハンセン病と人権についてお話しする機会をいただくことができました。おかげさまで、日本政府の支援もあり、すべての国が賛同してくださり、差別撤廃決議が採択されました。さらに、日本の外務省のご協力を得て、この問題は国連総会へと持ち込まれました。192か国すべてが賛同し、ハンセン病患者・回復者、そしてその家族に対する差別撤廃決議が採択されたのであります。これは、人権問題に関する国連決議において、すべての加盟国が賛同した極めて稀有な例であります。
現在、私たちは2030年までにハンセン病をゼロにしようというテドロス事務局長の強力なリーダーシップのもと、活動を進めております。そして今、まさに「ファイナル・プッシュ」の段階に入っております。日本には、「百里の道も九十九里をもって半ばとする」という言葉があります。これからが本当に大変な時期であります。特にヨーロッパの皆様の中には、「まだハンセン病が存在しているのか」と思われる方も少なくありません。しかし、この深刻な状況は今なお続いております。どうかその現実をご理解いただき、私たちの活動にご支援を賜れれば幸いです。
私の行動哲学は、「現場には問題点と答えがある」ということです。私はこれまで、アフリカの砂漠、インドの山岳地帯、ブラジル・アマゾンの奥地にまで足を運んでまいりました。そして、これからも現場へ行き続けるつもりです。どうぞ皆様、「笹川さん、ぜひ来てください」とお声がけいただければ、私はどこへでも参ります。私はまだ87歳の青年ですので、まだまだ活動できると思っております。ぜひこれからも私をお使いいただければ幸いです。
本日は、WHO会合初日という大変お忙しい中、お集まりいただきましたことに、改めて心から感謝申し上げます。そして私は、このWHOハンセン病制圧大使としての責任を果たし、ハンセン病ゼロの世界をこの目で見届けてから、天国へ行きたいと思っております。ありがとうございました。