「少子化対策」
―議論の不足は何か―
少子化問題が深刻であり、その対策の在り方については、さまざまな議論が展開されている。
少子化傾向は既に30年前に予測されていたにもかかわらず、近年になって急速に問題化した。女性の高学歴化や社会進出による晩婚化、経済的理由など、出生率の低下に対する議論は盛んである。しかし、根本的問題に対する議論は行われていないと思慮する。
筆者はあまりテレビに興味はないが、NHKの「ダーウィンが来た」は楽しみにしている。あらゆる生物が種の保存のために命がけの闘いを行っている様子が感動的だからである。
人間においても、かつては「貧しいながらも楽しい我が家」といわれた時代もあった。筆者も結婚当初、6畳と3畳の貸家に住んでいたが、疲労困憊で夜遅く帰宅したときも、幼い我が子の寝姿を見ると、「この子のためにも頑張ろう」と思ったものである。
以下、11月19日付『世界日報』の「上昇気流」に掲載された、素敵な内容のコラムをご紹介します。
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「家に帰って顔を見るだけでうれしい。それだけで一日やってきたのも、疲れとかもなくなる」――。米大リーグでMVP(最優秀選手)に選出された大谷翔平選手の談話である。顔とは今年4月に生まれた愛娘(まなむすめ)のことだ。「ホント、そうだな」と世の親は思ったに違いない。
こんな言葉に触れると、8世紀末の奈良時代に編まれた『万葉集』の和歌を思い浮かべる。「銀(しろかね)も 金(くがね)も玉も 何せむに まされる宝 子にしかめやも」(銀も金も宝玉も、何になろうか。大切な宝と言ったら、子に勝るものなどありはしないよ=『万葉集』巻5)。
「瓜(うり)食(は)めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲(しぬ)はゆ」(瓜を食べては子を思い、栗を食べてはましてや思う、食べさせてあげたいな=同)。いずれも山上憶良(やまのうえのおくら)の「子らを思う歌」である。
大谷選手のプレーには数々の「感動の名場面」があるが、ご本人にとっては「子の笑顔に勝る感動はなし」ではなかろうか。
元NHKアナウンサーの鈴木健二氏は「人生に何も『感動』を持たない人は、生きる屍(しかばね)です。『感動』のみが、人を向上させます」との言葉を遺(のこ)している。万葉の憶良も令和の大谷選手も子によって感動するなら、少子化は感動を減じさせ日本を「生きる屍」に陥れる予兆にも思える。
高市早苗首相は先の所信表明演説で人口減少を「日本の最大の問題」とし克服策を構築すると表明している。おカネに勝る「宝」をその主柱に据えていただきたい。