「世界的名指揮者」 ―ゲルギエフと日本人女性― [2025年10月10日(Fri)]
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「世界的名指揮者」 ―ゲルギエフと日本人女性― 先般、14年ぶりにロシアを訪問した。ウクライナ侵攻により日露間の政府交流は停止している。日本はロシアと国境を接しており、「永遠の同盟もなければ永遠の敵対もない」ことは歴史が証明している。このような時期こそ民間の交流が大切であり、「面識のないところに理解なし」という想いのもと、私は世界各地で人と人との関係を重視し、ネットワークの拡大に努めてきた。 今回も、何人ものロシア要路の方々と率直な意見交換を行った。なかでも、世界的名指揮者ヴァレリー・ゲルギエフ氏は、有名なボリショイ劇場の総裁であり、マリインスキー劇場の芸術監督でもある。同氏はサンクトペテルブルクにチャイコフスキーの銅像を建立するため、チャリティーコンサートをボリショイ劇場で開催しており、私もご招待をいただいた。 楽屋裏というより著名人の集まる部屋にはワインやシャンパン、カナッペが並び、ゲルギエフ氏は黒のTシャツに第一ボタンを外したラフな服装で笑みを浮かべて現れた。彼は指揮棒を使わず、少し長めの爪楊枝で指揮をすることで知られており、形式にとらわれない性格を象徴しているように思えた。 ロシアのウクライナ侵攻の影響で、各国での首席指揮者や名誉資格をはく奪されているが、意気軒高で、特に熊本での演奏会を熱望していた。その理由は、日本人女性チェスキーナ・永江洋子氏が熊本県の出身だからである。永江氏は東京芸術大学を卒業後、イタリア・ヴェネツィアへ留学。そこで資産家レンツォ・チェスキーナと結婚し、夫の死去により約300億円の遺産を相続、篤志家として活動を始めた。彼女は、ニューヨーク・フィルハーモニックの北朝鮮公演を支援したほか、前述のゲルギエフ氏が芸術監督を務めるマリインスキー新劇場の建設にも巨額の寄付を行ったそうだ。 2015年1月、ローマの病院で逝去。同年8月には、ゲルギエフ氏指揮による東京交響楽団の追悼演奏会がサントリーホールで開かれ、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」が演奏されたという。義理人情に厚いゲルギエフ氏は、永江氏への思いを忘れられず、彼女の没後10年となる今年、なんとか故郷・熊本で演奏会を実現したいと奔走しているが、まだ見通しは立っていないようだ。 芸術に国境はない。熊本県が生んだ世界的篤志家・永江洋子氏を、熊本のみならず日本全体に知ってもらうためにも、ぜひゲルギエフ氏の義理人情と恩義を実現させてほしいものである。 |






