―党利党略の国会論戦に落胆する―
産経新聞【正論】
2025年4月11日
令和7年度当初予算が年度末ギリギリの3月31日、ようやく成立した。
≪大局を欠く議論≫党利党略に立った議論ばかりが目立ち、少数与党の中で期待された熟議、激動する国際社会を視野に大局的見地に立った議論は最後まで希薄だった。
わが国は内外とも、かつてない難題に直面し、国民は政治がどのような方針を打ち出すか、注目と期待を寄せていたはずだ。
国会に提案された個々の施策の重要性を否定するつもりはないが、国の進路、将来像など大局に関する議論はほぼ皆無。日本の政治は果たして大丈夫か、不安を抱かせる結果を招いている。
当初予算は4月から1年間の国の運営方針として、石破茂首相が国会に提案した。自信と責任を持って提案した以上、衆参両院の予算委員会審議にも、もっと毅然とした姿勢で臨んでほしかった。
審議が二点三転したのは、小数与党の中で予算を成立させる駆け引きの結果としても、時代が求める強いリーダーとは逆に “ひ弱さ”を感じたのは筆者だけではあるまい。
参院予算委員会の審議を大幅に遅滞させた当選1回の自民党衆院議員に対する石破首相の10万円商品券配布も然り。配布が自民党の長年の慣行だったとしても、「政治とカネ」の問題が長く尾を引く中での配布はあまりに軽率。「李下に冠を正さず」の言葉を引くまでもなく、非難されても仕方がない。
同様に野党に対しても注文を付けたい。今国会でも、高校授業料無料化や所得税の非課税枠「年収103万円の壁」などを巡り、新たな給付や負担減を求める野党案が出された。国民にとって手厚い施策が好ましいのは言うまでもない。
しかし、国債や借入金などを合わせたわが国の借金残高はGDP(国民総生産)の約2倍1300兆円にも膨れ上がり、先進国でも最も深刻な財政状況にある。総額115兆円と過去最大となった令和7年度予算も、一般会計のほぼ4分の1を公債の発行でまかなっており借金残高はさらに膨らむ。
「何の問題もない」という専門家の見方もあるようだが、経済に疎い筆者に言わせれば借金はない方がいい。新年度予算を見ても歳出のほぼ4分の1が国債の償還や利払い費に充てられており、新たな政策の圧迫要因にもなっている。しかも、そのツケは将来世代に回る。
≪財源明示の責任≫野党の立場にあっても提案する以上、どう財源を確保するのか明示するのが公党としての責任である。深刻な財政の悪化は聞こえのいいバラマキ政策が長く続けられた結果である。財政ポピュリズムと言うしかなく、本来、表裏一体である権利と義務のうち、権利の主張が国民の間に肥大化する悪しき風潮も生んだ。
日本財団が令和5年に全国の17〜19歳1000人に「国会が有意義な政策論議の場となっているか」聞いたところ「そう思う」と答えた若者は「どちらかといえば」を含めても5人に1人だった。2年を経て数字はさらに低下している気がする。次代を担う若者が期待しない政治が、その役割を果たすのは難しい。
わが国は少子化による人口減少で国力も落ち、医療や年金など国の基幹システムが崩壊する事態も懸念されている。国外に目を転ずれば、ロシア、中国、北朝鮮に囲まれたわが国の安全保障環境は急速に厳しさを増し、世界の危険地帯の一つに数えられている。
トランプ氏が2度目の米大統領に就任して以降、米国第一主義に立った強引な関税政策などが矢継ぎ早に打ち出し、世界が振り回され、わが国もその例外ではない。というより、国内政治の低迷もあって何らの対応もできていない現状にある。
事業で年に何回も外国を訪れ多くの要人と会うたびに、国際社会の中で日本の存在感が急速に落ち込んでいる現実を痛感する。存在感が薄れれば外交力は落ち、一度、落ちた力を回復するのは容易ではない。
石破首相は立党70周年の節目となる3月の自民党大会に向け「(有権者に)うけることばかりやっていると国は滅びる」と語った。国の健全な発展を期すため、国民にも負担増を含め、新たな協力を求める決意と理解する。
≪党の明日より国の明日を≫国難を乗り切るには政治が与野党の壁を超え、国づくりの先頭に立つ必要がある。そのためにも聞こえのいい政策を競い合う政治とは決別しなければならない。7月の参院選に向け、野党だけでなく与党からも減税・バラマキの歳出圧力が強まるような事態は避けるべきである。
国会議員ひとり一人が自分の明日、党の明日より、まずは国の明日を考え、責任と勇気を持って行動されるよう望んで止まない。それが政治の世界を志した人間の心意気である。
(ささかわ ようへい)