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笹川 陽平
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【私の毎日】5月13日(木) [2021年05月13日(Thu)]
5月13日(木)

6:47 財団着

8:00 パラオ大統領とのオンライン会議のための打合せ

10:00 角南 篤 笹川平和財団理事長

12:30 喜多悦子 笹川保健財団会長
「沈黙の外交」―ミャンマー問題― [2021年05月13日(Thu)]
「沈黙の外交」
―ミャンマー問題―


ミャンマー問題について、「『ミャンマー国民和解日本政府代表の笹川』は何故ミャンマー国軍を批判しないのか」と、にわかミャンマー専門家やSNS上で批判を受けている。私は人を批判する人より批判される人になりたいと努力してきたので、誤りのある発言も多くあるが反論はしない。正直のところ痛痒も感じていない。スカンジナビア・ニッポン・ササカワ財団の初代理事長でスウェーデンの名外交官といわれたグンナー・ヤリング氏はかつて国連特使として中東和平に尽力された。ヤング氏が困難な問題解決には「沈黙の外交」が必要だと述べられていたことを思い出している。

太平洋戦争(正式には大東亜戦争)中の昭和20年3月10日、当時6歳だった私は、アメリカ軍による東京空襲の中、高熱で寝込んでいた母の手を引き、雨のように降り注ぐ焼夷弾で大火災が発生し、熱風が吹き荒れ、逃げまどう町内の人々のほとんどが焼死する中、奇跡的に生き残った。多くの死者の中から町内の人を探し出し、名札を付けた記憶が、今もはっきりと脳裏に焼き付いている。約3時間の爆撃で10万8000人が命を失い、何十万戸もの家屋が焼失し、まさに生き地獄を体験した。

そんな体験もあり、今回の事態が発生した2月1日以降も人命尊重に向け、懸命の説得工作を重ねた。にもかかわらず極めて残念な事態に発展したミャンマーの現状は、痛恨の極みであり、悶々とした日々を過ごしている。

ならば何故、非難声明を出さないかと人々は私を批判する。確かに私はミャンマー国民和解日本政府代表として、今回の事態発生前は約20の少数民族武装勢力とミャンマー政府、ミャンマー国軍との停戦和平交渉の仲裁役として奔走していた。相互信頼の醸成に向け130回を超える訪問を重ね、主にタイに在住する少数民族武装勢力説得のため0泊3日、すなわち深夜に成田を出発して現地で夕方6時まで活動し、早朝に成田に着き、そのまま日本財団事務所へ直行する生活を三週続けたこともある。

幸い10グループとの停戦が実現し、残り10グループの和解に向けた話し合いも続けていた。ミャンマーでは少数民族武装グループが約75年間もの間、ミャンマー政府および国軍と戦ってきた。世界各地に数多くの紛争が存在するが、これほど長きにわたり戦いが続いている事例は、ミャンマー以外に寡聞(かぶん)にして知らない。そこに今回の事態が発生した。

民間人である私がミャンマー国民和解日本政府代表を拝命したのは、長年にわたるミャンマーでの人道活動が評価された結果である。この役職に任期はない。約135の民族が存在するミャンマーは、日本で考えるほど単純な国家ではない。少数民族武装勢力は合従連衡が激しく、仏教の僧侶の発言力は強いが、一方で少数民族のカレンやカチンはキリスト教が多い。またイスラム教の人々も存在する。

私の立場はそれぞれの指導者に寄り添い、意見を聞いて話合いの場を作り、なによりも関係者から信頼を勝ち得ることが大切である。面子を重んじるミャンマーにおいて外国人である私の発言はことのほか注目されているだけに、言葉には細心の注意が必要と心している。アウンサン将軍が夢見たミャンマー統一連邦国家実現のために犬馬の労をいとわず、引き続き活動し、人生最後のお役に立ちたいと決意している。

それだけに、如何なる批判、中傷を浴びようとも、何とか問題解決への道筋はないかと日々、苦慮し、問題解決の任を負った者として、覚悟をもって任務を全うするため、あえて「沈黙の外交」を堅持する考えでいる。スーチー女史より預かった父アウンサン将軍の日本刀の手入れは順調に進んでいる。いつか女史に直接、返還する日が来ることを信じて・・・。

―――――――◇―――――――◇―――――――

ミャンマー問題に関しては、新聞、通信、雑誌、テレビなど多数のメディアから取材申し込みを受けましたが、一切、お断りしてきました。大変申し訳なく、お詫び申し上げます。現地は日々、激しく動いております。今、しばらく猶予を賜りたく、よろしくお願い致します。併せて関係記事など以下3点を参考までに掲載します。

*******************

※資料1 茂木外務大臣談話
 2021年4月27日付

我が国は、4月24日に開催されたASEANリーダーズ・ミーティングにおいてミャンマー情勢に関して議論が行われ、その成果として「5つのコンセンサス」が発表されたことを、事態の改善に向けた第一歩として歓迎するとともに、ASEANの事態打開のための努力を高く評価します。

特に、ミャンマーにおいて暴力が即時に停止されるべきこと、全ての関係者間の建設的な対話が開始されるべきことについて議長声明に盛り込まれたことは、前向きな一歩です。その上で、対話の開始のためには被拘束者の速やかな解放が重要な土台となることを強調します。
我が国はこれまで、累次の外相会談・電話会談等を通じて、こうした考え方をASEAN各国に伝達してきました。今後は、今回の「コンセンサス」を具体的な成果につなげていくことが重要です。我が国は、引き続きASEANの努力を後押しし、ASEANを始めとした関係国と協力及び連携するとともに、(1)暴力の停止、(2)被拘束者の解放、(3)民主的政体への回帰をミャンマー国軍に強く求めていきます。

日本政府は、この一連の過程において、笹川陽平・ミャンマー国民和解担当日本政府代表と緊密に連携してきており、今後もそれを継続していきます。

※資料2 ベルギーシンクタンクとミャンマーの有力民間日刊紙Mizzimaのツイッターを参考までに掲載しました。
 私が直接取材を受けたわけでございませんが、公表されておりますので参考までに掲載しました。

2020年12月23日にベルギー(ブリュッセル)のCrisis Groupが発表した論説の日本財団(笹川会長)関連部分翻訳

■Japan has helped broker an informal ceasefire between Myanmar's military and the Arakan Army in order to hold supplementary elections.

⇒日本は、追加選挙を実施するために、ミャンマー軍とアラカン軍との間の非公式な停戦を仲介している。

■In the days after the election, Japan's special envoy to Myanmar, Yohei Sasakawa, engineered a surprise diplomatic breakthrough, with the Arakan Army and the military issuing choreographed statements within hours of each other calling for elections to be held in arears here they had been cancelled. Most importantly, these statements marked the beginning of a de facto ceasefire between the two groups that has held since.

⇒選挙後の数日間、日本政府代表の笹川陽平氏は、アラカン軍と軍部が数時間以内に、ここでは中止されていた選挙を実施するよう求める声明を発表するという、驚きの外交的突破口を開いたのである。そして何よりも、この声明によって両グループの間で事実上の停戦が始まり、現在に至っているのである。

■In late November, it emerged that the Japanese government's special envoy for national reconciliation in Myanmar, Yohei Sasakawa, had been a key intermediary between the military and Arakan Army. He arrived in Myanmar in late October yo observe voting in the general election, meeting Commander-in-chief MIn Aung Hlaing, Union Election Commission chief Hla Thein and senior government officials in the days before the vote. On 10 November, he was the first foreign government representative to meet State Counsellor Aung San Suu Kyi following her party's victory; they discussed the peace process. The detente between the Tatmadaw and Arakan Army was arranged in the days before and after the election, leading to the statements of 12 November.

⇒11月下旬には、日本政府の笹川陽平ミャンマー国民和解担当政府代表が、軍とアラカン軍の間で重要な仲介役を務めていたことが明らかになった。笹川氏は、総選挙の投票を視察するために10月下旬にミャンマーに到着し、投票の数日前にミン・アウン・フライン司令官や連邦選挙委員会のフラ・テイン委員長など政府高官と面会した。11月10日には、外国政府代表として初めてアウンサンスーチー国家顧問と面会し、和平プロセスについて話し合った。選挙の前後に国軍とアラカン軍の緊張緩和が図られ、11月12日の声明につながった。

■The Japanese embassy in Yangon went public about Sasakawa's role on 21 November, confirming that he had coordinated the release of the Arakan Army and the Tatmadaw statements. When the special envoy returned to Myanmar on 25 November, the military arranged a trip to Rakhine state for him, so that he could speak to local stakeholders, including the ANP, and assess the security situation.

⇒在ヤンゴン日本大使館は、11月21日に笹川氏の役割を公表し、アラカン軍と国軍の声明文の発表を調整したことを確認した。11月25日に笹川政府代表がミャンマー入りした際には、軍は政府代表のためにラカイン州への出張を手配し、ANPを含む現地の関係者と話をして同州の治安状況を把握している。

■The trust in Yohei Sasakawa from both sides appears to have been a decisive factor in bringing the Arakan Army and Tatmadaw to the table. The Japanese envoy has had a long relationship with Myanmar's conflict actors: he has engaged with the military for many years through development organizations such as the Sasakawa Peace foundation and Nippon Foundation, and he has worked with the country's ethnic armed groups including the Arakan Army for much of the past decade.

⇒笹川陽平氏への双方からの信頼が、アラカン軍と国軍をテーブルに着かせる決定的な要因となったようだ。笹川陽平氏は、笹川平和財団や日本財団などの開発組織を通じて軍部と長年にわたって関わり、また、過去10年間の大半はアラカン軍をはじめとするミャンマーの民族武装勢力と活動してきたなど、ミャンマーの紛争アクターと長い付き合いがある。

■The Japanese push for talks was also well timed. Whatever the envoy's personal relationships and the commander in chief's geopolitical calculations, it is unlikely that either side would have engaged so readily were it not for factors encouraging both to take a more conciliatory approach, though for different reasons.

⇒日本側からの働きかけもタイミングが良かった。笹川政府代表の個人的な関係や司令官の地政学的な思惑がどうであれ、理由は異なるものの、双方がより融和的なアプローチを取るよう促す要因がなければ、どちらもこれほど簡単には関与できなかっただろう。

■Aung San Suu Kyi, who was positive about the idea when she met the Japanese envoy in early November, is now less enthusiastic. She likely has concerns about Sasakawa's close with the military and the ethnic armed groups. Although she was aware of hid trip to Rakhine state in late November, she was caught off guard by the Tatmadaw flying him by helicopter from the state capital Sittwe to the conflict hit township of Kyauktaw and Buthidaung.

⇒アウンサンスーチー氏は、11月初旬に日本の政府代表と会ったときにはこのアイデアに肯定的だったが、現在はあまり乗り気ではないようだ。笹川氏が軍部や民族武装集団と親しいことを懸念しているのだろう。笹川氏が11月下旬にラカイン州を訪問したことは知っていたが、州都シットウェから紛争地域であるチャウック・トーやブティ・ダンにヘリコプターで移動したことで、彼女は不意を突かれたのである。

■After returning from Rakhine state in late November, Sasakawa met the Union Election Commission and Aung San Suu Kyi again. The meeting did not go well: afterward, the envoy was unusually critical, chairman Hla Thein of backtracking on assurances he apparently gave in a meeting shortly before the election. "In my opinion, I can see that they do not want to hold elections", Sasakawa was quoted as sating, referring to the commission. While he did not criticise Aung San Suu Kyi directly, he told the media that when he expressed his disappointment with the commission in a subsequent meeting with her, she "told me she had nothing to do say". Unlike their previous encounter on 10 November, this one was not reported in Myanmar state media or on the state Counsellor's Facebook page. In light of his public comments, it seems unlikely that the Japanese envoy will continue to engage directly with Aung San Suu Kyi or the election commission, although he could still facilitate dialogue between the Arakan Army and the Tatmadaw if necessary.

⇒11月下旬にラカイン州から帰国した笹川氏は、連邦政府選挙管理委員会やアウンサンスーチー氏らと再会した。選挙の直前に会ったと思われるフラ・テイン委員長については、その約束を反故にしたとして、異口同音に批判した。"笹川氏は、委員会について「私の意見では、彼らは選挙をやりたくないと思っているように見える」と述べたという。笹川氏はアウン・サン・スー・チー氏を直接批判することはなかったが、その後の彼女との会談で委員会への失望を表明したところ、彼女は「何も言うことはないと言った」とメディアに語っている。11月10日の前回の面会の時とは異なり、今回の面会はミャンマーの国営メディアや国家顧問省のフェイスブックでは報じられていない。今回の公の場での発言を踏まえると、日本の特使が今後もアウンサンスーチー氏や選挙管理委員会に直接働きかける可能性は低いと思われるが、必要に応じてアラカン軍と国軍の間の対話を促進することはできるだろう。

■The Japan-brokered temporary truce in Rakhine state to hold supplementary elections offers the best opportunity in two years to scale back conflict in Rakhine and southern Chin states between Myanmar's military and the Arakan Army. Tokyo's intervention is a significant achievement.

⇒日本が仲介したラカイン州での追加選挙実施のための一時的な休戦は、ラカイン州と南部チン州におけるミャンマー軍とアラカン軍の間の紛争を縮小するための、この2年間で最善の出来事となりました。東京の介入は大きな成果である。

※資料3 ミャンマーの有力民間日刊紙Mizzimaのフェイスブックの抜粋です。

「ミャンマー問題に対し沈黙を続ける日本財団会長にデモ抗議」
在日ミャンマー人達が、現在のミャンマー問題に対し沈黙を続けている日本財団笹川会長に4月22日ミャンマー時間13時頃より東京の日本財団ビルの前でデモを行った。

「現在ミャンマー問題に沈黙を続けている日本財団笹川会長に対し、国軍への支援と選挙結果への責任を持ち、その責任を果たして説明をするように抗議する。公開嘆願書も渡した。笹川会長が我々の嘆願書をしっかり読み、ミャンマー国民に協力してくれること、国軍への支援を止めることを求める。」

笹川会長は2020年11月8日に行われた総選挙において、選挙の公正さを監視する為に日本政府が派遣した選挙監視団の団長である。

(以下、この投稿への緬語コメント抜粋です。)
☆国軍の悪行を許さないで下さい。民主主義を支持します。

☆選挙で使用したインクは不正が無いように日本のインクが使われた。選挙結果についても公正だったと笹川会長自らインタビューで答えていた。

☆笹川会長、沈黙を続けずミャンマー国民の為に声をあげて下さい。

☆一つの国の中にも、政府、国民、企業と様々な立場がある。一組織が黙っているからと言って国全体を批判しないように。

☆ミャンマー訪問時に帰国の空港で(公平な選挙だったと)言っていた。

☆(批判しているコメントに対して)あなた方は全ての情報を知った上で言っているのか?笹川会長は、ラカイン9区で再選挙をするようにアウン・サン・スー・チーに呼びかけてくれた人だ。聞き入れられずに終わったが、これ以上何をさせたいのか。
(上記に対し)
そこまでしてくれるのに、なぜこの非常時に黙っているのか。
(返事として)
今のような事態にさせない為に(会長が)誠心誠意仲介してくれていたのだ。それでもこうなってしまった。今もミャンマーを気にかけてくれているに決まっている。解決する術がないから黙っているのだろう。
アウン・サン・スー・チーが頑固でなければ、笹川会長の助言を聞き入れて再選挙をしていれば、ミン・アウン・フラインもここまではしなかっただろう。

※ミャンマー関連取材申込みリスト一覧
 共同通信、朝日新聞、東京新聞、日本経済新聞、産経新聞
 NHK、フジテレビ、TBS、BSTBS、TBS報道特集、BS朝日、テレビ東京
 文芸春秋、東洋経済新報、東洋経済オンライン
 外国特派員協会、Human Rights Watch、ロイター、The Washington Post
 The Wall Street Journal、BBC news、National Public Radio、CNBC Asia
 その他、ミャンマー問題を研究されている皆さんなど多数










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