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【私の毎日】11月11日(水) [2020年11月11日(Wed)]
11月11日(水)

9:00 少数民族武装勢力と会談

11:30 ヤンゴン空港着
    丸山市郎 在ミャンマー大使と打合せ

13:20 ヤンゴン発

21:20 成田着

23:00 PCRコロナ検査終了

00:10 自宅着
「アウン・サン・スー・チー国家最高顧問」―総選挙直後の会談― [2020年11月11日(Wed)]
「アウン・サン・スー・チー国家最高顧問」
―総選挙直後の会談―


11月8日、選挙監視団長として日本大使館の全面的協力を得て、ヤンゴン市内の10か所の投票状況と一部開票状況も視察する多忙な一日であった。

9日午前中に丸山大使を通じ、アウン・サン・スー・チー国家最高顧問より小生との会談の用意ありとの連絡を受ける。国軍からはヘリコプターを利用されてはとの申し出を丁重にお断りの上、10日早朝5:30に丸山大使と共に片道5時間の首都ネピドーに向う。最高顧問の自宅での会談は異例で、我々の到着を応接室で既に待っておられた。

選挙大勝が予測される中、極めて冷静な対応で、特に少数民族武装勢力との全面停戦和平の実現の重要性を発言され、小生の更なる活動と協力を要請された。

今日にいたるまで最高顧問との会談は我々だけで、会談の様子は多くのメディアは勿論、SNSでも広範囲に拡散し、各国大使館からの問い合わせも多く、ミャンマーでの日本の存在感がミャンマー国民をはじめ、在ミャンマー各国大使館や国際機関にも認識されたことは有難いことであった。

以下は、会談直後に最高顧問室から発出された声明で、会談内容に一部誇張された部分があるが、ここに翻訳の上、読者に参考のために掲載します。

※ミャンマー最高顧問府FB上での会談に関する発表内容
 今日の午前・アウン・サン・スー・チー国家最高顧問と日本政府のミャンマー選挙監視団の団長、ミャンマー国民和解担当日本政府代表、笹川陽平日本財団会長との会談が行われた。

 会談の際、笹川陽平会長は「11月8日に実施された複数政党制民主主義の総選挙はCOVID-19感染予防対策が取られており、自由で公正な選挙が安全で成功裏に行われたことを直接視察することができたことに敬意を表したい。国家最高顧問率いる国民民主連盟(NLD)が国民の圧倒的な支持を受けて勝利したことに祝意を表したい。選挙が成功に実施された後、日本政府としてミャンマー国民の生活向上のためにあらゆる角度からの支援をしていきたい。今回投票所を直接視察したが、非常によく管理されていたし、COVID-19感染防止対策措置が講じられていた。ミャンマーの和平のために全面的に支援する。日本財団は停戦合意が締結されているすべての地域において和平の果実を受けられるように支援している。ミャンマーの和平達成のために特段の努力を続ける。新たに発足される新政権の下で和平達成に向けて努力されると確信する」旨、述べられた。

 国家最高顧問は「ミャンマー和平のための支援に感謝の意を表したい。複数政党制民主主義の総選挙に日本政府が派遣した監視団として選挙を監視されたことに謝意を表したい。和平プロセスを精力的に努力して取り組む」旨、述べられた。

 この会談に国家顧問府ウー・チョウ・テインッ・スエイ大臣と丸山市郎駐ミャンマー大使が同席された。

スーチー国家最高顧問の自宅前でのツーショット.jpg
スーチー国家最高顧問の自宅前で

小生の英文図書を興味深く目にされたスーチー国家顧問.jpg
小生の英文図書を興味深く目にされたスーチー国家顧問

日本財団の活動状況の入ったクリアファイルを前に.jpg
日本財団の活動状況の入ったクリアファイルを手に


「中国の小話」その237―人生の重大失敗― [2020年11月11日(Wed)]
「中国の小話」その237
―人生の重大失敗―


多くの中国人は、政府の指示に従順に従い、又、金儲けのチャンスに気付かず重大失敗の人生だった。

1911年、宦官になった。
1937年、抗日で国軍に参加した。
1948年、土地を買った。
1957年、積極的に政府に意見を出した。
1970年、農村に下放され農民と結婚した。
1976年、四人組に近寄った。
1992年、株の購入許可証をもらいそこなった。
1999年までに軍を退役して企業に転入した。
2000年、高い費用を使って農村戸籍から都会戸籍に変えた。
2004年、分譲住宅を買わなかった。
2010年、ビットコインを買わなかった。
2017年、雄安市から転出した。
2019年、養豚しなかった。

※少し難しい小話で説明すればなるほどと笑われると思うが、あえて省略します。
 一つだけ例えば2017年の雄安市は性都?として風俗が極端に乱れたところでした。

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